さる8月30日に91歳で亡くなったゴルバチョフ元ソ連大統領。その彼が2014年にNHK の単独インタビューを受けていました。それをまとめたETV特集『ゴルバチョフの警告──冷戦終結とウクライナ危機』は、極めて重要な内容を含む見応えあるものでした。これは、2015年3月14日に放映された『冷戦終結 首脳たちの交渉〜ゴルバチョフが語る舞台裏』をベースに、インタビューに当たった記者の解説を加えて再構成したものでした。再放送を見た私は、ゴルバチョフの深い人間性、そしてそれに呼応した西側指導者たちとの交渉の妙味──現実は騙し合いの感あるものの──に圧倒される思いでした。見ておられない方に強くお勧めします◆「ウクライナはマッチ一本で大火事になる危険性をはらんでいます。問題が起きた瞬間に止めなければ、誰にも止められなくなってしまう」──あのロシアのクリミア併合(2014年3月)の時に、既にそう「警告」していました。その危機に陥ることを防ぐには、かつて自分が成し遂げた冷戦終結に向けての努力に倣って、首脳相互間の話合いしかないというものでした。ゴルバチョフとドイツのコール、米国のレーガン、父ブッシュらとの真剣な中にも人間性溢れる交流には強い関心を抱きました。ですが、同時に、その行動の結果を苦々しく思い、必ずこの事態を覆さねばとの強い思いを抱いた人物もいたのです。いうまでもなくプーチン現ロシア大統領です◆私たちは、あの東西ドイツの壁が壊されるのを、「ソ連の崩壊」「共産主義の敗北」の象徴と見てしまいました。「西側、資本主義の勝利」と短絡的に捉えた傾向が強かったのです。だが、プーチンからすれば屈辱以外のなにものでもない出来事でした。冷戦終結にあたって、NATOの東側への進出を禁じる約束をしたかどうか。ゴルバチョフと違って、西側は否定しています。その後の歴史は、明らかに西が東へ拡大する一方です。これに怒りに満ちた思いを持ったのがプーチンです。これにはゴルバチョフも米欧を批判しています。2014年と2022年のロシアによるウクライナ侵略は非難に値するものの、その背景には目を向ける必要があると思わざるを得ないのです◆ゴルバチョフという指導者は冷戦後のこの30年。自分がしたことは正しかったと思い続けていたと思いますが、この間ずっとウクライナを中心に、母国の行末が危うい状況にあることを懸念もしたはずです。元を正せば、彼の「改革」に対して国内的反発が強かったのです。今日の事態は当然予測できました。冷戦崩壊で、全て丸く収まり、西側の思いのままに展開すると見た者が浅はかだったということでしょう。ゴルバチョフはウクライナの惨状を目の当たりにして、恐らく深い悲しみを持って死に至ったと思います。この人の登場は世界史で特筆すべきものと私は思ってきました。しかし、プーチンの怨念の爆発で、ゴルバチョフの作り出した、一見〝素晴らしき新世界〟が、〝忌まわしき旧世界〟に逆戻りするのか。それとも、プーチンのあだ花に終わるのか。これはロシアと西側双方にゴルバチョフの警告を真正に受けとめる新たな指導者の台頭を待つしかないと思われます。(2022-10-4)