イラク戦争をめぐる私的検証➂ー見通しを誤った評論家たち

イラク戦争についての経緯を思い起こすにつけて、忘れられないのは、二人の著名な評論家のことだ。一人は元外交官の故岡崎久彦氏。もう一人は劇作家であり、文明評論家の山崎正和氏である。二人とも私にとって仰ぎ見る存在であるが、幸いなことに親しくさせて頂いた。ご両人とも、私の学問上の師・中嶋嶺雄先生のお引き合わせがあってお出会いした。岡崎さんは、集団的自衛権行使を早く認めよとの議論を論壇などで盛んにされたことや、安倍晋三総理と深い関係があったことで知られる。私とは「新学而会」という学者・文化人、政治家の私的勉強会でご一緒した。イラク戦争については、米軍を中心とする攻撃で、世界中が右往左往していた頃、必ずや近い将来には、中東に自由で民主的な新しい国家が誕生するのだから、心配する必要はないという意味合いの極めて歯切れのいい論考を発表されていた▼これについては、後年になって、外務省の後輩である孫崎享氏との「論争」が私的には注目された。孫崎さんは、『戦後史の正体』などの著作で知られるが、その外交感覚の不明さで問われ続けている鳩山由紀夫元総理を真面目に持ち上げたことでもわかるようにユニークな評論家だ。真正保守の「守り神的存在」の岡崎氏に比べると、奇をてらった形で論壇への殴り込みをかけがちな孫崎さんは、失礼ながらあたかも「疫病神的存在」かも知れない。中央公論誌上での「岡崎・孫崎対談」は興味津々であったが、どちらかと言えば、孫崎氏の方に軍配を挙げたくなる内容だった▼国際社会での出来事をナイーブな感性で観ることは往々にして事の本質を見誤ることになる。したたかな図太い理性で見ていかないといけないということは分かる。しかし、イラクについての岡崎さんの見立ては明らかに間違っていたというしかない。今なお混迷の度を加え、民主国家の誕生どころではない、かの地の事態には、ご本人に間違った情勢判断だったと言って欲しかった。しかし、最後の出版となった『国際情勢判断半世紀』という回顧録にも、イラク戦争をめぐる記述は皆無だった。残念なことだ▼ただし、一か所だけ気になるところがある。台湾をめぐる情勢判断について、1993年頃に九州での国際会議で、「(10年後の台湾について)独立志向が強く、多分今の情勢でいくと、事実上独立国になっているだろう」と発言されたことに触れておられるくだりだ。中国の代表が「台湾問題は我々が決める問題だから」と抗議してきたことを明らかにされたうえで、こう述べている。「客観的見通しを話しているだけで、もしそうなっていなかったら、私の判断が間違ってるだけの話だ」と。イラク戦争についても、せめて「私の判断が間違っただけの話だ」とぐらいは言って欲しかった。(2016・9・15)

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