宮本輝さんの『潮音』全4巻をやっと読み終えた。去年の晩秋から読み始めたので、それこそ一年越しだ。実はこの本、人情ものに目がない読書家・日笠勝之さん(元郵政相)が贈ってくれた。僕の妻が輝さんファンだと知ってのお心遣いだった。本人が喜んだのはいうまでもない。ただし、いつまで経っても仏壇脇に積まれたまま。で、1冊づつ僕がそっと手をつけ、読み終えるごとに戻しておいた。著者初めての時代小説。しかも幕末から明治維新を経て、西南戦争までの約30年という近代日本激動の夜明け前を描いた興味深い内容だった。これまで明治維新関連の小説は司馬遼太郎のものを始め、数多手にしてきたが、これは一味も二味も違う。越中富山の薬売りの生活に目線を据え、腰を構えた上で、〝日本革命〟の背後に横たわった知られざる動きを追った異色の物語でもある。根幹をなすのは富山の売薬業者と薩摩藩と清国と廻船問屋という四者の密貿易ネットワーク。それを見事に仕立て上げて見せた◆明治維新については、270年ほど前の関ヶ原の戦いで負けた側の「復讐戦」というざっくりとした見立てがある。改めてその辺を痛感させられた。この本ではあくまで歴史の背後に潜む動きが過不足ない形で盛り込まれている。「薩長土肥」と呼称される四つの藩、なかんずく薩長二藩が権力を手中に収め、君臨していく様子が赤裸々に描かれていくが、薩摩の背後にこんな仕組みがあったとは、ついぞ知らなかった。しかも富山の薬売りが介在していたとは二重の驚きだ。薩摩という九州最南端に位置する地域は、あたかも独立国家の風があると見られてきたが、改めてその方向性の強さが確認された。ただしそれも西南戦争で多くの有為な青年が亡くなり、さらに日清、日露の二つの大戦でも犠牲者が大量に出て、すっかり様変わりしたとの思いが消えない。つまり、明治維新で名を馳せた地域はひとしなみに現代日本では元気が無くなり、画一化しているように思われる。この辺りは東京一極集中及び横浜、名古屋、大阪、福岡といった東海道、山陽道ラインの大都市への人口集中のなせるわざと言えよう◆富山の置き薬の記憶は我が幼少期にもある。薬そのものは飲んだ覚えは殆どないが、薬業者が置いていった紙風船の類は微かに懐かしい。越中富山の「反魂丹」などといった呼び名も朧げながら甦る。尤も、富山の薬売りのネットワークが薩摩を始め全国ここかしこに張り巡らされていたとは、この本で初めて気付いた。北前船が北海道から日本海、瀬戸内海を経て京都に至る海のルートで様々な商品を交流し、情報伝達役をも果たしていたのと同様に、九州西岸伝いに薩摩へ、そして琉球を経て清国までにも至る売薬人コースも大きな力を持っていたのである。それにしても、あの時代、遠方への交通機関は船だけ。あとは駕籠や馬であろうが、基本は歩きだったに違いない。よくぞまあと改めて感心する。旅の途上における事故の生々しい描写も胸を打たずにおかない◆周知のように著者は法華経の信仰を持つ。随所に人生における戦いへの対処ともいうべき教えへの言及が顔を出して興味深い。魔との戦い、各種の障害はなぜか集中的に襲ってくるとか、厳冬のような試練も必ず暖春の到来で乗り越えられるといったように。第四巻の終焉近くで原因不明の悲しい自死事件が起こる。冒頭に予告があり、そのことが原因で主人公が大病に陥るという設定だが、不透明で不可思議な空気漂う現代的風潮にも通じる不可解さを感じさせる。この小説の主たる舞台である八尾は、「おわら風の盆」で知られるが、この本でも哀しさ漂うラストシーンへの運びに八尾への仄かで切ない印象が重なり響く。尤も、主人公夫婦の若き日の微笑ましい愛の交流を、徒然草第62段「こひしく」の引用でそっと忍ばせる手法など心憎い。ただし、仮名手本忠臣蔵11段目「合印の忍兜」を登場させた場面に僕は戸惑った。読む人の教養レベルが試されているかのようで心震える。この人ならではの知的味わい深さで、心乱されたり慰められたりして心ぜわしい。ただし仏壇脇の本は元通り4冊に戻っていても、妻からの問いかけも反応すらも未だない。(2026-3-5)