放置人工林の天然林化に動こうー日本熊森協会総会で強調

毎年恒例の一般財団法人「日本熊森協会」の総会がGWの第一日目の27日に尼崎市のホテルで開かれました。この協会の顧問を務めている私は今年も参加してきました。この協会は今年で発足以来22年目になりますが、会長が森山マリ子さんから、室谷悠子さんに代わって初めての総会です。全国各地から会員が参加され、例年にも増して盛況でした。と言いますのは、長きにわたって人工樹林の天然林化を訴えてきた同協会の念願が、ようやく叶う一歩となる「森林環境税」がこの国会で成立したことに起因します▼式次第の中に、「森林環境税への取り組み」が盛り込まれ、映像を通して国会でのロビー活動を中心に「特別報告」がなされました。この中で、挨拶をということで、私がマイクを握りました。この一年の新会長を中心とする懸命の努力を高く評価する一方で、私はこれまでの国会における政治の取り組みがいかにいい加減であったかを直裁に述べました。一つは、私が衆議院予算委員会分科会、同環境委で、森の荒廃が熊の状況に予兆として現れていることを質問でしてきても、大臣や政府担当部局はきわめて消極的であったこと。第二に、かつて某環境相に直接、熊森協会の青年たちを引き合わせて、森と熊の相関関係を訴えて、善処を要望しても全く取り合ってくれなかったこと。そして第三に、議員連盟を立ち上げ、数年間は活動したものの結局は挫折してしまったこと。以上の三点です▼これは、勿論私の非力の結果でもありますが、かくほどまでに政治家たちの関心が低いことを訴えたかったのです。今回の森林環境税の成立に当たって、人工樹林の天然林化を法律にビルトインすることを強く熊森協会は求めましたが、結局叶わず、付帯決議にとどまりました。一般的にこれは前進と受け止められているのですが、私個人としてはきわめて不本意です。この日も挨拶の中で、付帯決議なるものはこれまであまり実現されたことはない、と正直に述べました。努力目標であって、それ以上ではないとまでは流石に口に出来ませんでしたが。ともあれ、国会議員始め政治家のさらなる力の発揮を求めたいと強調しました▼最後に、近く一般紙に、日本熊森協会の顧問の肩書きで書いた私の文章が掲載されるはず、と述べて、是非とも読んで欲しいと力説しました。そして、この会を日本最大の環境保護団体とするために、さらなる努力をと訴えました。終わって、多くの方から、面白かった、感銘受けたとの反応や、それほどまで付帯決議は効力ないのかとの感想を聞かされました。ともあれ、全てはこれから始まるのだとの合意が大事だと思います。議員を引退して6年。この活動も新段階にはいったことを痛感し、皆で力を合わせようと励ましあったものです。(2019-4-28)

統一地方選後半戦を終えてー姫路市長、市議選に見る

今回の統一地方選後半戦で、姫路市議選には定数47に対して57人が立候補しました。60人のポスターが貼れる大掲示板や、候補者の政見が読める公報を目にしつつ、考えたことは、一票をどう投じるかの難しさです。私のような人間にとっては、公明党から出ている候補者と、自治会のために日頃から頑張ってくれている候補者のどっちにするかは悩みどころでした。二票制に出来ないものか、ととつくづく思います▼また、掲示板の前で思案投げ首の一般の有権者に聴いてみると、誰を選ぶかは本当に選ぶ基準が分からず困るというのです。そこでいつも考えるのは、現役候補なら、実績一覧、新人候補なら、これまでの経歴を主張、抱負と合わせて見ることができる掲示板の常設です。選挙が終わったら片付けてしまわず、そのまま残しておき、当選者については、その後の活動ぶりを継続して見られるような工夫が出来ないものでしょうか。これは掲示板でなく、サイトでもいいのでしょうが、高年齢者には馴染まないかもしれません。ぜひこの辺りをどうするかは当選者の皆さんにも知恵を求めたいものです▼姫路市長選挙はなかなかの激戦でした。結果は、石見市政を継承するとした清元氏の2万5千票差の圧勝に終わりました。勝敗を分けたのはどちらも新人ながら、副市長としてここ数年関わった飯島氏よりも、全く突然舞い降りてきた清元氏の方が新鮮なイメージがあったのかもしれません。市政の継承をする清元氏か、それとも刷新を狙う飯島氏か、の関係が逆転して見えたのは、内科医あがりと総務省出身という政治とのこれまでの関わりも関係したかもしれないように思われます。加えて、組織戦と個人戦の違いもありました。かたや現職市長と代議士のタッグマッチです。地を這い回るような飯島氏の地道な戦いと、企業、団体ぐるみの清元氏とでは、自ずと差が出たのは無理からぬことと、見られましょう▼この選挙戦を通じて気づくのは、メディアの問題提起の弱さです。今回はどう見ても、「市政継承か、新しい市政か」が唯一最大の争点だったのに、正面切ってそうした切り口を提起し、掘り下げるメディアはありませんでした。それどころか、地元紙に至っては、明らかな勇み足をしでかしました。最終盤で、「名門校対決」などと称して、姫路西対白陵という候補者の出身高校を対比する記事を掲載しました。姫路の学校と高砂の学校を比べるのは、受験戦争の記事でもあるまいし、明らかにミスリードです。しかも西高の出身者が5代にわたって続いたとデカデカと市役所市長室の肖像写真を載せたうえ、後援会副会長のコメントを出しました。一方、白陵の方は名前を伏せたままの声だけです。政財界トップ輩出とはあるものの、西高も同様に輩出しているだけに首を傾げざるをえません。ある友人が怒りの電話をしてきました。こんなアンフェアはない、って。かつて、直木賞作家の車谷長吉さんが「西高にあらずんば人にあらず」という姫路の気風を嫌ったことはよく知られているところですが、思わず彼の言葉を思い出してしまいました。こんないびつな切り口で、市長選挙を追うしかなかったのか。大いなる反省を求めたいものです。(2019-4-22)

中身ある政策論戦に期待の姫路市長選

先に、明石市長選挙や大阪府知事、市長選についてあれこれと書きましたが、今度は地元姫路市の市長選挙です。11日の夜に姫路市市民会館で7時から「公開討論会」があったので行ってきました。青年商工会議所の主催です。元総務省の防災課長で、前の副市長・飯島よしお氏と、元東北大教授で内科医出身の清元秀康氏の対決です。800人くらい入る会場ですが、結構空席があったので、500人くらいでしょうか。当初、一問一答形式で一方的に司会者と候補者のやりとりに終わるかと懸念していましたが、案に相違して面白い論戦になりました▼これをざっくり総括すると、大相撲でいえば、大関対前頭筆頭の勝負で、下位の力士があれこれと仕掛けたのですが、通じず最後は勇み足で自滅したいうことでしょうか。花にたとえると、華やかな桜と、厳しい寒さに耐えてやっと咲いた地味な梅との対決でしょう。桜は艶やかでしたが、パッと咲いて散ってしまいました。どっちがどっちと、訊かれなくともお分りでしょう。飯島さんは、総務省出身の行政のプロです。役人あがりの生真面目さと硬さは否めません。ただ、やはり地方自治については当然ですが、通暁しています。しかも姫路に帰ってきて8年ほど、副市長をしながら、姫路の全地域を這いずり回ってきた(本人はママチャリで走り続けたと言います)強みがあります▼一方、清元さんは、香川医大を出て内科医をしていたようですが、請われて東北大に移り、中央行政にも関わられたといいます。ポスターでお見受けするところ花も実もあるいい男ぶりです。いかにも優しい上品なお医者さんという雰囲気をたたえています。震災の地・東北で懸命の活動をされてきた強かさを持っておられます。この二人の討論は聞き応えがありました。立ち上がりからの前半戦は、清元氏が個別の質問を飯島氏に投げかけ、対論を有利に運ぶかに見えました。ただ、中盤以降は、やや肩や腕に力が入りすぎ、足元がふらつき、上体は常に揺らいでいました。特に、医科大を姫路に誘致するとか、道の駅を市内に四つ作るとか、財源的裏付けのないことを口にして、飯島さんから嗜められていました▼最後は、自ら喋りすぎたとか、ペットボトルの水を殆ど飲んでしまったと口にする一方、自分が行政の現場が分かっていないことを自ら認めていました。面白くて率直な人と見受けました。双方の意見を聞いて、これはいい試みだと感心しました。司会の方もうまい運び方でした。姫路市青年商工会議所も捨てたもんじゃあない、とも。姫路市の発展のためにはこういう機会はどんどん作るべきでしょう。両者とも見識豊かです。政策にもアイデアの違い、実現に向けて手法の相違は見えても、方向はもちろん「姫路の前進」で一致しています。私は今回の選挙で、兵庫県自民党がどちらかを推薦するのではないかと思っていました。しかし、しませんでした。すれば、自公協力で、公明党はその候補を応援せざるを得ないからです。しなかったということは、中立・自主投票で、個人の判断が優先することになります。自民党及びその関係者の干渉を受けずに、それぞれが自分の理性と感性で、より姫路市長に相応しい人を選ぶ選挙になったことは、地域発展にとって好ましいことだと思います。(2019-4-12)

統一地方選前半戦を終えてー県議選を姫路市に見る

統一地方選挙前半戦を終えて、私がいま考えてることをご披露します。私の住む姫路市という人口53万人の地域に限ってのフォーカスですが、それはそれで全体に通じる教訓とでもいうべきものが見えてくるのではないかと思います。今回の姫路地域では、定数8に対して、公明2、自民3、立憲民主1、共産1、無所属3の11人が立候補。何れ劣らぬ強者揃いで、誰が落ちてもおかしくないと見られる激戦区でした。落選する3人は誰か、興味津々でした。公明は2人のうちどちらかが票を取り過ぎると、片方が憂き目を見ることは必至でした。終わって見れば、私が予想した通りの3人でした。公明勝利に胸をなでおろす一方、予想を書いておけば良かった、とクイズを言い当てたのに口に出さなかった人のように、悔しい思いさえしています▼なぜその3人が落選したのでしょうか。3人に共通しているのは、日頃の活動が市全域にわたっては見えなかったことが挙げられます。次点の維新現の候補者は、この4年間、街頭演説など殆ど私は目にすることがありませんでした。露出度が少ない分、恐らくダメだと見ていました。次の無所属新は、市議一期からの転進でしたが、知られていたのは彼が住んでる地域のみ。市内全域では全く知られていず、やはり無理だと見ていました。3人目の立憲新は、候補に決まったのが2ヶ月足らず前。しかも落下傘候補。これではいくら中央で野党第一党の党に所属しているといっても、難しいのが常識。案の定でした▼さて、後出しジャンケンの解説見たいで、気がひけますが、これからの選挙を占うために、当選者8人を見比べると、いくつかの強さの秘密が浮かび上がります。まず言えるのは二世候補の強さです。自民党現の3人はいずれも親父さんが、元県議であり、元衆議院議員(彼は爺さんも)でした。本人たちは、その秘書だったり、会社の後継者や普通の会社員だったりと色々。政治家としての力量は殆ど見るべきものがなかったのですが、一期4年ですっかり、親の地盤、鞄、看板を引き継いでしまいました▼公明を除くあとの3人は、元自民党だった無所属元と、旧民主の無所属現と、共産現。3人共、二世組とはひと味もふた味も違う個性が際立っています。根強い個人的人気に支えられたものと思われます。このうち、無所属元は前回市長選挙に出て落選しただけに、現市長と戦った功労賞的意味合いの同情票が集まったと思います。旧民主現は、かつて兄貴分だった民主党代議士がさっさと自民党に鞍替えしてしまったので、離婚した親の片方に残った弟のように、哀れに見られた向きがあります。節操のない兄貴分も、さすがに見捨てられないと思ったのでしょう、せっせと弟の面倒を見たとの評価が専らです。共産現はやはり、宮本百合子『播州平野』を生み出した土地柄もあって、一議席を死守するぐらいの力はあります▼公明党の現と新の二人は、知名度の低さが最後までまとわりつきましたが、見事に当選しました。これはなぜでしょう。組織力云々はこの際別にして、私の見るところ、二人が議席を受け継いだ先輩の遺産が大きかったと思われます。公明現の方の先輩は、街頭演説で声が潰れるほどの数をこなし、市民相談も圧倒的に多かった伝説的人物でした。残念ながら脳出血で倒れてしまいました。先輩のこのイメージがダブって、後輩は苦労もしましたが、その分かえって助けられたとも言えます。もう一人の公明新は、政治的にはズブの素人でした。やはり先輩が個性豊かで、演説の特異さが目立っていました。特に婦人層に大変人気があった人でしたが、体調が不調なこともあって、今回退きました。その先輩のイメージと支えがあって、やはり苦労はしたものの、後輩にも受け継がれるに違いないと、期待された向きがあります。こう見ると、今回は無事当選できたものの、次回はよほど頑張らねば、危ないことは違いありません。これから4年の精進が待たれるところです。(2019-4-9)

50年目の大学入学式に参加して

「新入社‥‥員」と言いかけて、慌てて「新入生の皆さん」と言い直したもんだから、場内大笑い。「令和」への改元が公表された一日の午後3時。パシフィコ横浜展示場で開かれた、慶應義塾大学入学式でのこと。恒例の卒業50年に当たる塾員の参加者を代表して、麻生泰君(麻生セメント社長)の挨拶はなかなか聞かせました。冒頭の言い間違いで笑いを誘ったあと、新入生に対して、大学時代に三つの力を習得せよと続けました。一つは、体力。二つは、語学力とIT力。三つは、魅力だ、と。大学を出て、ちょうど50年、大先輩が後輩達に与える言葉として、いい内容でした。特に、語学力について、日本語は世界で2%ぐらいの人しか喋らない言語だから、国際社会では役立たない。英語と、もう一つぐらいの外国語を話せるようになれとのアドバイスは重要でしょう。選挙戦のさなか、いささか肩身の狭い思いをして上京し、参加してきた50年ぶりの入学式とその周辺を報告します▼慶應義塾大学のこの慣例は、恐らく大学としては寄付を募る絶好のチャンスということでしょう。人生最終盤の峠にさしかかった卒業生に、孫のような新入生と一緒に50年前を再現し、懐かしさを味あわせてあげるから、ちょっとお金も出してね、ということでしょうか。5000万円を超えるお金が集まり、大学の新しい建物建設の一助に使って貰うとの話がありました。この日集まった卒業生は1700人ほど。個人差はあれ、参加した連中は1-3万円程は出しているはず。それなりの満足感を体験できました。この日の式典では、長谷山彰塾長もいい話を聞かせてくれました。福澤諭吉の独立自尊の精神は、己が道は自分が開くということだとして、これからの大学生活で自らの歩む道を決めよと、呼びかけていました。学問は二の次にしてしまい、一生をかけるに足る思想・宗教の習得だけに時間を使ってしまった私は、我が大学の4年間を甘酸っぱい思いで想起しました▼この日入学した新塾生は6000人を超えていました。その代表として登壇し、入学の辞を堂々と述べたのは田中美帆さん。いやはやほんとうに惚れ惚れするような清新さ。近い将来の大輪ぶりを感じさせる、知性と人間的魅力を湛えた素晴らしい女性でした。法学部との紹介でしたが、恐らくはそのスピーチから察するに、法律学科ではなく、私と同じ政治学科に違いないと、勝手に推測したものです。私たちはスクリーンに映し出された映像を見たのですが、かえってその場に挑んだ新入生の顔の表情が良く見えました。21世紀の前半、恐らくは令和の時代に働き盛りを過ごす若者達の面構えを食い入るように見たのですが、田中さんほどには、迫力を感じる表情を見出せず少々落胆しました▼終了後に近くのホテルで塾員招待会が開催されましたが、70歳を超えた元気な爺さん、婆さんばかり2000人も集まっての宴会は壮観そのものでした。二クラスごとに集まったテーブルでのしばしの立食懇談に花が咲き乱れました。私のクラスでは20人ほどが結集。3年ほど前に、電子本を一緒に出した、小此木政夫君(慶大名誉教授)と梶明彦君(元日本航空常務取締役)らと旧交を温めました。また、隣のクラスの田中俊郎君(慶大名誉教授)とも。小此木は韓国、田中はEUの専門家ということもあって、今話題のテーマに自ずと話は及んだものです。この場の話では、英国がこの国本来のしたたかさを失ってるかに見えること、および、中国の不気味な浸透ぶりがEUで目立つとの田中君の話が印象に残りました。小此木君とは、「本を出したから読んでね」「送ってくれたら読後録書くよ」「うーん、ちょっとそれは」「なんで」「分厚くて、高いんだよ」「いくら」「8640円」「えーっ、高すぎるよ。仕方ないから図書館で借りるかな」「頼むね」という会話をしました。この結果、『朝鮮分断の起源』なる、我が友の最近著作を読む宿題を頂いてしまう羽目になってしまいました。(2019-4-2)