与野党の対立軸ではなく、与党内の違いに目を

衆議院解散から一週間。週明けにははや公示を迎える。この間私もあちこちと奔走せざるを得ず、なかなかキーボードに向かう暇もなかった。ようやく週末の間隙を縫って今回の総選挙の意義やら、日本の政治の課題めいたものを考えてみたい。安倍首相の狙いは,道半ばのアベノミクスをなんとか立て直し、本格的な軌道に乗せたいというところにある。このままではじり貧になり、デフレからの脱却はおろか経済は再び暗闇に迷い込む。それを逆手に取り前進させるには、衆議院解散という劇薬しかないとの判断と見られる。消費税の先送りは要するにきっかけに過ぎない。何よりも選挙態勢がとれていない野党を叩くには今が最適というわけだ▼確かに野党各党は惨憺たるありさまだ。全部で7党あるようだが、その名前をすべて正確に言える人はよほどの事情通か暇人としかいいようがない。それよりもその実態だ。およそ政権政党に対する対立軸を提示するに至っていない。これで選挙をして国民有権者に選択を迫ると言うのは到底無理があるというものだ。この50年の間というもの現実政治に関わり、その都度”日本の今”に向き合ってきた身としては、きわめて嘆かわしい。だが、「与野党の対立」という視点にこだわり過ぎなくてもいいのではないかと思わないでもない▼今の政治の本質は与野党の不毛の対立ではなく、「与党内の対立」にこそ実質的な重みがあるのではないか。前回にも述べたように、集団的自衛権問題で言えば、全面容認か全面否認かは全く意味がないと言える。「日米同盟の絆」という現実の中にあって、後者を選択することは非現実的以外何ものでもない。そこは自ずと限定的容認ー憲法9条の範囲内でできることをやるという公明党主導の道が開けてこよう。消費税でも、ただ上げる、いやあげないどころか撤廃だというのは無責任のそしりを免れない。公明党の軽減税率の有効性が格段に光ってこよう。原発も近い将来の原発ゼロを目指し、新エネルギー開発に力を注ぎつつ、漸次その依存率を減らしていくというのが王道ではないのか▼こうみると、与野党の対立というのは、かつての自社対立と変わり映えがしないのであって、より大事な対立は自民党と公明党の間の主張にあるといえないか。そこを与党内の対立だからと軽く考えないで、現実的な対立にこそ重要なポイントがあるとみるべきではないか。メディアの政治を見つめるまなざしに乗せられてはならない。公明党と自民党の違いの中にこそ、あるいは公明党と野党の主張の違いにこそ大事な問題が提示されていると見なければならない。所詮、政治は「黒か白か」とか、「賛成か反対か」という思考方法にだけとらわれ過ぎてはいけない、と言いたい。(2014・11・29)

公明党50年の佳節に「中道」待望論

衆議院解散を今日正式に安倍首相が記者会見で発表する。いやはやなかなか大胆だ。通常の感覚では考えられないが、あの麻生首相での解散先送りによる大惨敗がトラウマになっているのだろうし、首相としては自分の手で一度は解散権を行使したいに違いない。彼は前回には病気途中退場だっただけに猶更のはず。ところで、この解散は公明党にとってどういう意味を持つか、50周年の佳節に期せずしてぶつかったことの背景を考えてみたい▼公明党が衆議院に進出したのは昭和41年12月の黒い霧解散と呼ばれる佐藤首相のとき。あれから今日まで計16回の解散がなされており、今回は17回目。そのうち、与党として解散に立ち会ったのは過去4回。森,小泉(第一次,第二次の二回)、麻生と続いた(前回は野田民主党のもとで野党としての総選挙だった)。この4回はいずれも自民党の主導で公明党は巻き込まれたというか、かなり受け身の総選挙だった。しかし、今回はかなり違う。勿論、安倍の主導は当然のことだが、政権運営への公明党の関わり方がかなり主体的で、政治課題への取り組みの独自性が際立つ。ここは、大いに公明党らしさを強調できる大チャンスだ▼先日、元防衛大学校の教授で保守の論客・佐瀬昌盛氏が読売新聞紙上で面白いことを言っていた。「冷戦が終わりマルクス主義の権威は地に落ちたが、相変わらず白黒二分法の考えで、中道嫌いは今も続いている。中道とは足して二で割った考えではなく、それ自体の独立した価値がある。言い換えれば、人間性の洞察に基づく健全な常識のことだ。21世紀にこそ中道が根付いてほしい」(11・7付け 「冷戦終結25年」)と。これには文字通り我が意を得たりとの感が強い▼佐瀬さんは知る人ぞ知る「集団的自衛権」問題の権威で、日本の防衛問題の代表のひとりである。この人が中道の重要性を強調することに大いなる意義を感じる。結党いらい中道の旗を掲げ続けてきた公明党こそ21世紀の政党として本格的な出番だ。具体的な中道政治の現れ方は、「集団的自衛権」では「限定容認」だったし、「消費税」では「軽減税率の導入」であり、「原子力発電」では、「段階的撤廃」だ。こうした自民党とは明らかに一線を画し、健全な常識に基づく政治決断,政策選択こそ公明党の真骨頂と弁えて、大いに選挙戦に乗り出していきたい。(2014・11・18)

衆院解散を最も早く予測したのは「読売」ではない

衆議院解散の空気が濃く漂っている。一昨日12日のテレビ朝日「報道ステーション」を観ていると、キャスターの古舘伊知郎氏が冒頭に喋った言葉が印象に残った。机の上にその日の全国紙6紙を並べたうえで、今日はこのように各紙とも、衆議院解散総選挙が近いと一斉に報じているが、元をただせば、昨日の読売新聞が、「消費増税先送りなら衆院解散」といった意味のスクープを書いたことが発端だ、と述べた(その日の読売新聞紙の下から前日付けのものを取りだしつつ)。首相に近い位置にある同紙が書いたものだから、勿論のこと各社とも追っかけた、と。朝日新聞系列の同局としては、口惜しそうな言いぶりだったが、解散記事を抜かれた側からすれば、当然だろう▼ただ、私のように一週間前の水曜日(5日)に関西テレビで放映された「アンカー」を観ている人間は受け止め方が違った。コメンテイターである青山繁晴氏が、その日の番組のなかで、明確に「11月解散12月総選挙」が間違いないとの予測を微に入り細にわたってやっていたのだ。おまけに彼は12日の夕刻にも、ダメ押しするごとく、勝ち誇ったように自分がすでに指摘した通りに、解散・総選挙が間近にあることを報じていたから、10時台のテレビが何を間の抜けたことを言っているのかという風にとらえたのである。この番組を毎週欠かさず観ていると、首相を含む政権中枢と密接な関係にあることが十分に読み取れる。勿論、彼はかなり辛辣に安倍政権を批判もしており、決して”首相の提灯もち”ではない。毎週、独特の読みを十二分に駆使したきわめて見ごたえがある番組なのだ▼ただ、以前にも書いたように、東京のメディア関係者には滅法評判が良くない。かつて共同通信記者時代の行状を持ち出して、およそ記者の風上にはおけない人間のように誰しもが言うのだ。私は百歩譲って、そういう噂や見方が事実に基づくものだとしても、もはや時効であって今の彼の仕事ぶりを見て判断すべきだと思う。彼の時折涙を交えての真摯な語りが、いかに芝居がかっているにせよ、全てそれを単なるパフォーマンスというのは言いすぎだろう。毎回必ずと言っていいほど、メディア批判を大胆に切り込むところが視聴者の共感を呼ぶのだが、同時にそれはメディア側には、彼への侮蔑を高めているのかもしれない▼しかし、今回の解散総選挙を予測する報道に限って見ても、勝劣は明々白々ではないか。もう報道機関もそろそろ彼の鋭い見方、仕事ぶりを認めてやってもいいのではないか、とさえ思う。これは彼が兵庫県出身であり、なかんずく中高時代を姫路で過ごしたという同郷意識がなせるものでもない。細かいところを挙げずとも、私などとは国家観も違うし、主義主張は異なる。現に彼が講演の場で公明党に批判のまなざしを憚らずに向けたので、後刻さしで誤解をとくよう努めたこともある。要するにこの国を真に憂う国士の一人だと思うだけに、メディアのバッシングが解せないのだ。(2014・11・14)

仏様ならぬ習近平氏の「仏頂面」の意味

日中首脳が3年ぶりに会談をした。安倍・習会談の中味よりも、出会いの場面の習近平中国主席の顔つきが話題になっている。無愛想で不機嫌な顔をしていたことから、報道では、「仏頂面」という言葉が躍った。これは、どういうところからきた言葉なのか、語源由来辞典を引いてみた。まず「仏頂」とは「仏頂尊」のことで、お釈迦様の頭上に宿る広大無辺の功徳から生まれた仏という意味で、その面相は、知恵に優れ、威厳に満ちているが、無愛想で不機嫌に見えることから、使われてきたとされる。ロシアのプーチン大統領や、韓国の朴槿恵大統領らとの握手の際の顔つきがニコニコとしているのと対照的なだけに一段と考えさせられる▼日中間には、二千年の交流をもってしても未だ理解しあえない異文化間認識ギャップがあるとされる。例えば、日本人は死んだものには鞭打たない、と一般的に考える。一方、中国人は死んでも悪人は悪人で、むしろ死んでからさらに鞭打って糾弾して死者をも暴くというのが通常だという。私の学問上の師であった故中嶋嶺雄先生は、その著作のなかで(『日本人と中国人はここが大違い』)、日中関係は「同文同種」ではなく、「異母兄弟」の関係だとして、ひとたび摩擦が起き、対立が生じると、他人以上に和解しがたい関係になると述べている▼近過去の歴史を振り返れば、昭和47年の日中平和友好条約の締結いらい40年余。周恩来や胡耀邦、鄧小平氏といった優れた指導者の時代と違って、江沢民氏以来のリーダーたちは、内政上の不都合を対日関係に転化させていく手法に拘泥しすぎているように思われる。経済的な側面でいかに成長をとげようとも、国家の品格という観点からはどうにも首をかしげざるをえない行動が多すぎる現状に、多くの国が戸惑いを隠せない。とりわけ遠い遠い昔のことではあるけれど、中国に対して「あれだけ愛し、慕ってきたあなたなのに」と幻滅を感じているのが日本の普通の大衆ではないか▼しかし、ものは考えようであり、捉え方しだいだ。「仏頂面」であるにせよ、交渉の場に出てきたということは、日中関係打開への姿勢と期待があるということである。ああいう風な顔をするというのは、写真や映像でにこやかなふりをしてはならない、という事情があるのだろう。世界の常識では、いかなる内部の、家庭の事情があっても、人の世のお付き合いは、友好を、礼儀をもって旨とするはず。それを破るというのは、人道に反するということにほかならず、やがて世間の、世界の非難の対象となろう。尤も、「仏頂面」とは、仏の知恵に優れ、威厳に満ちた面相のことらしいから、習近平氏には単なる内部向けの造作ではなく、それ相当の戦略があるに違いない、と思っておくことにしようか。(2014・11・12)

だまし絵が教える視点移動の重要性

「だまし絵」というものをご存じだろうか?一見すると人間のように見えるのだが、よーく見ると様々な道具が積み重ねられているだけ、といったたぐいのものだ。目の錯覚をいたずらに引き起こすとでも言うのだろうか、不思議なほど面白い世界に引きずり込まれる。先日、兵庫県立美術館で開かれている「だまし絵Ⅱ」に行ってきたのだが、楽しいひとときを過ごせた▼通常の美術展にもまして、みんな一心不乱に絵に見入っている。いったいこの絵は何を意味し、何が隠れているのかを見抜こうとして、右に左に視点を移動させながら。遠くから見ると、きれいな女性の顔だと思って近づくと、指紋ですべて描かれていて、その気持ち悪さにぞっとしたり、男性が手を頭にあてて泣いているかのように見えるが、よく見るとものすごい数のオモチャが山のように積みあがってるとか。砂浜と岩山が広がる不思議な景色をじっくりと観察すると、次々と隠れているものが見えてくる。遠くからと近くからとではまったく違うものが見えてくるからおかしい。立体的な絵を右に左に動きながら見ると、絵が勝手に動くかのように見えてくる▼女性の顔だけが大きな像として立っているところで、みな立ち止まって見ていたが、つい私などはそばにいる女性学芸員の顔をまじまじと見てしまった。普通の人間までもが何かだまし絵のように見えてきたのだ。当たり前のものを違う角度から見る楽しさとでもいえようか。つい先日は、ハローウインのお祭りということで、各地で様々な仮装が現れたようだが、これも日常性を打破する意外性が受ける一つのポイントかもしれない▼日常的に経験することだが、扉を押しても開かないので、引いてみたら開く。つまりは押してもだめなら引いてみなということは数限りなくある。先日旅先で離れの部屋のカギを閉めようとしたらどうしても閉まらない。慌てて従業員を呼んだら、なんのことはない。鍵穴が二つあって、もう片方が見えていなかったのだ。また、同じくホテルでお湯を沸かそうとしてもどうしても湯沸かし器の使い方が分からない。これもホテルマンを呼ぶと、いとも簡単なことが気づいていなかった。要するにちょっと見方を変えてみると疑問が氷解することは少なくない。硬直化した捉え方に捕らわれてばかりいると、らちがあかないということを痛切に感じる。(2014・11・8)

保守、左翼、中道の3総合雑誌を比べ読む

3種の総合雑誌を月ごとに購入し出してほぼ一年が経った。あまり読まないことも多いが時に熱中することもある。11月号はかなり読む機会があったので、気に入った読み物だけを紹介したい。3種類とは、保守系の『文藝春秋』、左翼系の『世界』、そして中道の『潮』だ。三つ併せ読めば、バランスを欠くこともないか、との思いからだ。かつては、『諸君!』や『中央公論』もよく読んだものだが、前者は廃刊になり、後者は「読売」がバックについてから、精彩を欠いているように思われてならないから殆ど読んでいない。ちなみに新聞は、『日経』、『神戸』の二紙だけしかとっていない▼雑誌作りのうまさというのをいつも感じるのはやはり、『文春』だ。今月の総力取材は、「世界の『死に方』と『看取り』 12か国を徹底比較」という特集だが、なかなか考えさせられた。ジャーナリストの森健氏による報告のうち、脳卒中で倒れた老教授が13年間もの長きにわたって延命治療うけ、90歳を目前にして管につながれたまま亡くなったという話はインパクトが強い。当たり前の発言だがエイジング・サポート実践研究会を主宰する人の「医師の仕事は病気や怪我を治すことですが、老化は治せない」との言葉は重く響く。だから「終末期は治そうとするより、生活の質を高め、維持する医療のほうがよほど負担が少ないし、QOLも高い」のだ。死と向き合おうとせず、準備教育を怠ってきたツケは大きい▼『世界』は学生時代からしばらくはよく読んだものだが、ソ連崩壊あたりから読まなくなった。つい数年前の表紙のセンスのなさといえば信じがたいものがあった。このところようやくまともになった感がする。”朝日岩波文化人”という言葉が象徴するように、お高いところからの政権、政治社会批判が鼻についてならなかった。が、このところの左翼退潮が結果的に絶滅品種を守らねばとの思いを駆り立てたのかどうか、読ませる記事が多い。というか、大事な視点を提供してくれて面白く感じる。今月は特集「ヘイトスピーチを許さない社会へ」のうち、「メディア・バッシングの陥穽」が迫力があった。朝日新聞問題に事寄せて、その他新聞各社をはじめ、「現下の雑誌や出版における反知性主義の氾濫」は目を覆いたくなるという主張には全く共感する。しかし、そういう反批判も度が過ぎると首をかしげざるを得ない。「融合一体化する政府権力とメディア」を元毎日新聞記者の西山太吉氏に書かせたのはいいが、ここはむしろつい最近岩波書店から『戦後責任』を出版した大沼保昭さんを登場させてほしかった。『文藝春秋』が大沼さんに「慰安婦救済を阻んだ日韓メディアの大罪」を書かせていたのはさすがだと思った▼こういう二誌が時の話題を執拗に追っているのに比べて『潮』は、少々角度が違う。「結党五十年ー公明党の使命と責任」の狙いどころはいいが、識者に1000字メッセージを書かせるという切り口が機関紙・公明新聞や理論誌『公明』とさして変わらないのはいかがなものか。ここは他党の幹部やかつて公明党議員に苦しめられた閣僚を登場させるなど、もっと意表を突く企画はなかったか、と思う。むしろ上野千鶴子との対談『「アグネス論争」から27年』や黒川博行と後藤正治の記念対談が興味深かった。『潮』が営々として築き上げてきた出版界における実績は本当に凄いと思うだけに、時々の課題にもっと鋭く切り込んでほしいとは思う。(2014・11・1)

ナチュラリスト荻巣樹徳を君は知っているか

あなたは荻巣樹徳(おぎすみきのり)っていう人物を知っているだろうか?まさに知る人ぞ知る、幻の植物を求めて世界を駆けるナチュラリストである。彼の手によって数多くの新種の植物が発見されており、それらにはオギスの名が冠せられている。彼のことをわかりやすくプラントハンターと呼ぶ向きもあるが、正真正銘、地上にあって世に知られていない植物を探し出すプロ中のプロだ。今は中国大陸にしばしば足を運び、あれこれの新たな植物を発見している。私はこの分野に詳しいわけではなく、さしたる関心があったわけでもない。かれこれ10年余り前に、わが選挙区のなかの宍粟市山崎町に彼の主宰する東方植物文化研究所があったことから(今はない)知り合うことになり、今では大変懇意にしていただいている▼その彼が住む豊中市の東泉が丘に、わが友でカリスマ臨床心理士の志村勝之もいることから、二人を引き合わせることにした。私には人とひととを繋ぐことに妙に興味があり、著名なひと同士やら無名の人々を結び付けてきた。この二人、共に野に咲く知られざる名花といえ、”ご対面”させることには密やかな喜びがあった。志村勝之とは電子書籍で、とことん対談『この世は全て心理戦』をこの夏に出版したが、心理学の分野での造詣は圧倒的に深く、単なるカウンセラーの領域に留まらない豊富な知識と経験を持つ。彼の場合、きわめて有能でありながら、そのことで有名になるとか、世に出ることを徹底して嫌う。まっとうな意味での自己実現を果たせばそれで充分という、私からすればもったいない男だ▼談たまたま、荻巣さんが英国王立園芸協会のヴェイチー記念ゴールドメダルを受賞(平成8年)したことに触れた。かの国では園芸に関する関心と評価がきわめて高い。しかし、日本ではNHKテレビが放映する番組にも「趣味の園芸」といった風に趣味という二文字が形容されるごとく位置づけが低いことを嘆いていた。建築の分野では例えば安藤忠雄氏が日本を代表する建築家の地位をほしいままにしているが、園芸の分野である意味それ以上の実績を持つ荻巣さんは殆ど知られることがない。私もNHKに荻巣樹徳さんの活動を「プロフェショナル」番組に取り上げよと、推薦したが受け入れられなかった。こうしたことから、彼我の差を実感し悔しい思いを共有している▼おそらく志村はこうした荻巣さんの発言を聴いていて、別にひとが評価をせずともいいではないですか、ご自分で満足出来る結果を生み出すことができていれば、と感じたに違いない。彼は私との対話で、いつも人の評価を気にしないところから、平穏さと幸福感が発生することを強調するので、そのあたりの心理展開はよくわかる。もちろん、荻巣さんとて単なる功名心などとは無縁のお人だが、それにしてもあまりにも「園芸」の地位が低すぎることに我慢ならない思いがあるのだろう▼初めてお邪魔した彼のマンションの部屋のなかには、所狭しとその分野の本やら資料が置いてあったが、書庫に平然と並べられていた数千冊の専門書はすべて外国のものばかりであった。しかもこの世にせいぜい数冊しかないという代物が多く、その値打ちたるや一冊が一台の車や一軒の家にも値するものと聴いて、ひたすら驚くしかなかった。(2014・10・31)

革命的な3人の歯科医たちの挑戦

凄い人がいるもんだとあらためて深く感心した。27日のNHK総合テレビで放映されたプロフェショナル 仕事の流儀 『ぶれない志 革命の歯科医』で取り上げられた熊谷崇さんのことである。ご覧になった方も多いに違いない。見損なった方は、なんらかの手段で見られることをお勧めする。番組での世界屈指の歯科医との触れ込みも決してオーバーではないと思われる。35年にわたって取り組んでこられた予防歯科治療は今、山形県酒田市で大きく実り、全国に広がろうとしている▼歯は痛くなったら歯医者さんに駆け込み、痛みが取れたらそれでいい、しばらくは行かない、という人が大半だろう。しかし、痛むようにならないための治療に取り組む熊谷さんは、患者のそういった安易な姿勢を許さない。痛み止めの応急措置はするものの、口腔をきれいに清掃してからでないと、直接的な歯の治療はしないのである。およそ27もの治療室はすべて個室で、歯科衛生士は20人もいるという。歯垢をとるために歯の間をフロス(糸で摩擦)したり、唾液検査もするという徹底ぶりだ▼歯はその人の人生そのもので、歯科医師は患者のパートナーにしか過ぎず、どこまでも患者本人のメンテナンスをする姿勢に健康な歯はかかっているという。実はこうした基本の考え方を持つ凄い歯科医は私の住む姫路市にもいる。河田克之さんだ。ジャーナリストの青山繁晴さんと淳心学院中高等部での同級生同士の間柄で、昨年対談本『青山繁晴、反逆の名医と「日本の歯」を問う』を出版した。この人も徹底した歯石取りを進める。歯磨きだけで事足れりとする姿勢を改めることを強調し、歯周病菌が歯槽膿漏の原因ではなく、歯周ポケットにたまった歯石にあるというのだ。歯石取りを習慣化しない歯科医界の現状やそれを放置する厚生労働行政に警鐘を乱打している▼わが姫路にはもう一人凄い歯科医がいる。既に何度も紹介してきたが、高石佳知さんだ。この人は、歯に骨密度が集約的に表れ、骨粗鬆症の予兆は歯に出てくるという仮説を立て、ついにそれを裏付ける検証を行った。海外で学術論文を発表し、高い評価を受け、今では骨密度を測るためのソフトも開発した。かつて私はご本人から事情を聴いたうえで、衆議院予算委員会分科会で質問にたち、厚生労働省に注目を促した。こういった方々の主張や研究をもっと多くの歯科医や内科医が注目する必要がある。どんな世界でもそうだが、出る杭は打たれる傾向にある。この人たちの試みが大きな潮流になることを強く期待している。(2014・10・29)

高校卒業50年の同期会の席上考えたこと

先日、高校を卒業してことしは50年になるので記念の同期会があった。わが母校は兵庫県立長田高校。旧制でいうと神戸三中。昭和39年の卒業だ。後輩たちの頑張りで今や兵庫県下でも有数の受験校として知られているのはうれしい限りだ。しかも運動や文化活動にあっても決して他校の後塵を拝するばかりではなく、結構有名をはせている。その卒業の年は、いうまでもなく東京オリンピックが行われ、東海道新幹線が開通した。そしてわが公明党も結党された。文字通り食べるのにも事欠いた戦後に一区切りがつき、高度経済成長への道を驀進し始めたばかりの頃といえよう。同世代の歴史家・松本健一氏に言わせると、「1964年(昭和39年)は日本社会が転換した年」だ。我々の親からすれば戦後16年が経って子どもたちを高校に進学させ、3年後に卒業させたということで、本当にホッとした時期だったと思われる▼生まれた年はまさに先の大戦のただ中で、その数たるや少なかった。少し前の世代が産めよ増やせよの世代で、すぐ後が団塊の世代というわけで、ちょうど瓢箪のくびれ部分のような少子化の年代である。それだけに競争という観点からすると、かなりゆっくりした世代であったといえる。つい先ほど世代論を取り上げていたNHKのテレビ番組「オイコノミア」によると、1950年代からはしらけ世代,新人類世代、そしてバブル世代と続き、1970年代からは団塊ジュニア世代、1975年ぐらいから10年間ほどは氷河期世代といわれ、その後はゆとり世代から、この20年ぐらいに生まれた子どもたちはさとり世代と呼ぶようだ。要するに、生まれたときから不景気続きで、「世の中そんなものと悟っている世代」だというのだ▼そうした若い人たちの苦労を横目に、右肩上がりの経済成長のただ中で生きてきた我々世代はまことにラッキーだったというほかない。私は今年の前半期に、小中高大の同期の友人たちとの対談を電子書籍として出版した。そのうち、小学校の竹馬の友で、現在住友ゴムの会長をしている三野哲治君とは『運は天から招くもの』というタイトルで対談をしたが、要するに我々の生きてきた時代は幸せだったということを、関西経済界を代表する一人の経営者として語っていた。また、長田高校時代の同期の高柳和江さん(笑医塾塾長、元日本医大准教授)と、飯村六十四君(内科医)とは『笑いが命を洗います』との題で鼎談をした。ここでも3人は高度経済成長期と重なる躍動感に充ちた青年前期を語り合った。そんな世代と比べると、後に続く若者たちはまことに経済的には苦労が多いように思われ、先輩世代は彼らからすると、罪深く映るはずだ▼時代の甘い汁だけをたっぷりと吸い尽くして,遅れてきたる世代に何も残さないとすれば、確かに問題は少なくない。少し前の総合雑誌での世代間討論が妙に記憶に残っている。それは、そこそこの年金を貰って退官しようとする団塊世代の大学教師に、年金に将来期待が持てない今の大学生が「先生、逃げるのですか」と厳しい追及の矢を放つという中身だった。ともあれ恵まれた時代の子としての我々世代も、ついに齢70を迎える。その時代の意味を自覚したものたちが遅れて来るものたちに何を残すか。その真骨頂が問われるなあと、50年ぶりの再会場面で考えた。(2014・10・25)

 

秋祭りの屋台をちょぴり担いだ肩の痛み

この一週間、両肩が痛い。先週の日曜日の地元の秋祭りで、屋台をほんのちょっぴりながら担いだためだ。これまでの人生で初めての経験である。今まで地域の自治会絡みのことはすべて家内に任せてきたのだが、今年からどうしても自治会副会長を引き受けざるを得なくなってしまった。粗大ごみの分別、整理など、あれこれと地域行事のお手伝いやらお世話をさせていただいているが、秋祭りでは格別の経験をさせてもらったのだ▼太鼓を叩く小さな子ども4人を含めて、屋台なるものは、およそ1000キロ、1トンはありそう。それを4、50人で担ぐ。一人当たり25キロから20キロの重みが肩にかかってくる計算だ。ところが、その人数を集めるのが年々難しいという。今年は40人を切ってしまった。一段と重くなってくる。私は担ぐ役回りではなかったが、つい見るに見かねて、飛び入りしてしまった。いやはや重かった。というより角棒が無性に痛かった。足はもつれてしまい、危うく転びかねない危険すら感じた▼一瞬、屋台が横転し大惨事になるという悪夢が頭をよぎったことも。時間にして5分間ぐらいだったが、貴重な経験をさせていただいた。若い男たちが力を合わせ屋台を担ぐのを、女や子どもや老人たちが囃すーこの他愛もない行為が持つ、浅からぬ因果関係に思いが及んだ。大げさながら、この構図が地域連帯のカギを握っているのかもしれない、とさえ。遠巻きにみているだけで、われ関せずの住民が殆どで、ごく一部の人だけが取り組む祭りの現状を変えていく必要を感じた。自ら屋台を担ぐことで、である▼昨日は、「人権を考える会」が催されるというので、小学校の体育館に足を運んだ。同じ町に住む子どものいじめを、見て見ぬふりをしていた新任の自治会副会長が、地域交流の大事さに目覚めるという短編の人権啓発映画『ヒーロー』が上映された。なんだか身につまされ、苦笑いやら涙ぐむことをも禁じ得ない作品で、印象深かった。また「公民館活動と人権とのかかわり」と題する講演も、小学校の校長を定年で辞めたあと、公民館館長をすることになったという人の体験談で、なかなか聞きごたえがあった。ヘイトスピーチが横行する現代社会を草の根から考え直すいい機会にもなった。肩の痛みが心なしか心地よく感じられてきたのはいささか不思議なことではある。(2014・10・19)