《25》日本人と台湾人の「国家と個人」対談ー2022年に臨む論点を考える(下)/1-23

 毎日新聞の新年からの企画『論点「2022年にのぞんで」』の3回目(12日付け)「個人として国家と向き合う」を読んだ。東京大教授の加藤陽子さんと、台湾人作家の温又柔(おん・ゆうじゅう)さんとの対談を構成担当の鈴木英生記者がまとめたものだ。前文に、「大国化する中国との関係を考えながら私たちは歴史や国家とどう向き合うべきか。どう個人として生きるか」との触れ込みに、胸弾ませて目を滑らせていった。面白く読めたが、些か期待外れでもあった。大きいテーマに対して、記者が2人の意見を十分に引き出していず、意図する方向に議論を収束し得てなかったと思われる◆この対談に読み手が期待したのは2つ。一つは軍事、経済両面で台頭を続ける中国に、「戦争論」の泰斗・日本人学者がどうこれを捉えるかとの視点。もう一つは、その中国との間で軍事的緊張を持ち続ける台湾の立場を、日本語育ちの台湾人がどう表すかとの観点であった。ここでは前者に絞って追ってみる。冒頭で加藤さんは、戦争研究の理由を問われて、「なぜ戦前の日本人は中国人を徹底して敵だと思うようになったのかを考えてきました」と述べたもののそれをフォローする発言が出てこない。友好ムードに包まれた戦後の日中関係が、今敵対関係に変わってしまったかに見えることへの分析が聞きたかった◆しかも、次に質問は「中国との関係で、今の台湾をどう見ていますか」と続く。ここは、逆に「台湾との関係でいまの中国をどう見ているか」と訊いて欲しかった。尤も、ここで加藤さんが「日本人は、台湾と中国に対して過去の日本の保守政権がとってきた重層的な外交をもっと思い出すべき」だとして、1952年のサンフランシスコ平和条約締結時と1972年の日中国交回復時におけるバランスの取れた姿勢を挙げていることは注目される。今、公明党の山口那津男代表が中国の対外姿勢について、あえて非難を避けているかに見える。これは自民党内にあっても外に出てこない主張を代弁し、バランスを取ろうとしていると思われる。この辺に言及して欲しい◆最後、今年の仕事は?と訊かれて、加藤さんは、「東京裁判と日本国憲法の関係をつなぐ論理を分析する」としたうえで、「日本の学術会議の新会員任命を菅義偉前首相が拒否した理由も(歴史学的手法で)読み解きたい」として終わっている。現時点での加藤さんの〝読み解き〟をひきださないと、尻切れトンボの印象は拭えない。学問の分野への政治の介入と捉えられかねない前首相の行為には、公明党はもっと異議を唱えるべきだったと私は思うが、あまり聴こえてこなかった。安保法制への批判をした学者といっても、千差万別だと思う。それを十把一絡げにしてノーとしたかに見えるーという見立てでいいのかどうか、もっと加藤さんの意見を聞きたかった。新聞紙面の制約もあり、ないものねだりをしたとの自省もあるが、引き続きこのテーマでの議論は読んでみたい思いに駆られる。(2022-1-23)

 

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