《43》プーチンの「核」の挑発の背後に浮かぶ地獄の選択(上)/5-13

 ロシアのさる9日の「対独戦勝記念日」におけるプーチンの演説が注目されていた。「唯一の正しい決断だった」と述べ、全体的な印象としては、対ウクライナ戦争の戦果を誇るわけでもなく、犠牲者への追悼など、むしろ弁明に聞こえる内容だったように思われる。ただ、東部から南部にかけて侵略の結果として、略奪した地域の既成事実化を狙う一方、戦争決着を急ぐなかでの核兵器使用が一層懸念されていることに変わりはない。そんな状況下に、私はつい先ほど、『核兵器について、本音で話そう』を読んだ。ここでは、「核廃絶」の理想追求に立つ、共同通信社の太田昌克編集委員に対して、「核抑止」に立脚する兼原信克元国家安全保障局次長、高見澤将林元軍縮会議日本政府代表部大使、番匠幸一郎元陸上自衛隊西部方面総監の1対3というリアル派優勢の議論だった。ここから、改めて『核兵器』の現在と揺らぐ国際秩序の行く末を考えてみたい★ここでの議論の最大の読みどころは、兼原が戦術核の話について、「『お互いに怖いから撃たない』へ持っていくための議論だと思います。軍事力一般にそうですが、戦いを始めないために万全の準備をするということです。構えていないから戦争が始まってしまう」と述べたところである。それに対して、太田が「その論理は分かるのですが、そういう局面に持っていかないような他の努力、外交戦略があってしかるべきではないか。なぜそこまで究極のシナリオを考えてそこまで突き進んでしまうのでしょうか」と言い返す。ーこの対論は、戦争をめぐる従来の二つの立場がくっきりと現れている。ここで、太田はもう一歩進めて、「構えていても戦争は起こりますよ」というべきだった。言わなかったから、兼原に「それは逆だと思います。最悪の究極シナリオを考えて、その地獄が見えるから、小競り合いの段階からやめようというのが、核抑止の議論です。柔軟反応戦略も、小競り合いがエスカレーションの階段を上ることになり、最後に核の応酬につながるから、最初から喧嘩はやめようという考え方です」と突っ込まれてしまう。で、太田は「そこはそうかもしれませんが‥‥」と、あっさり兜を脱ぐ★今ウクライナの情勢は、紛れもなく「小競り合い」であり、「エスカレーションの階段を上りつつある。兼原のここでの言い振りは見事に破綻している。私は、この場面は、一番若い太田が、多勢に無勢の状況下で、不本意ながら屈したと見る。ことここに至るまでの「外交戦略の欠如」として、西側の「ロシア追い込み」の失敗もあり、ことここに至っては、後の祭り以外の何ものでもないのだが‥‥。戦後77年の日本から見た、究極のテーマとしての「核」の国際政治の現実は、力には力で強者が弱者を抑え込むか、話し合いの外交展開で平和構築に向かうか、に帰着すると言えよう★今、国連常任理事国の一角を占めてきたロシアによって、これまで国際社会が営々として築いてきたと錯覚してきた国際秩序が、積み木崩しのように壊された。そして、もう一つの常任理事国の中国が虎視眈々と主導権取りを窺っていると見える。民主主義国家群対専制主義国家グループの地獄の選択が現実化しようとしているのだ。かつて20世紀始めにイギリスを始めとする欧米日に陵辱され辱めを受けた中国の復権と、20世紀後半に自ら帝国の崩壊を余儀なくされたあと、NATO 諸国に追い上げられ昔日の面影なく、風前の灯火であるロシアの復活の「復讐のタッグマッチ」といえようか。さて、ここからどうするか。(敬称略 2022-5-13一部修正 以下続く)

 

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