戦争勃発後4年が経とうとしているものの、ウクライナの情勢は依然として終結を見そうにない。「プーチンのロシア」に寄り添う「仲介役」のトランプ米大統領への不信感やら欧州各国の分断に傾いた動き。事態は混迷の度を増すばかりである。そんなさなかのさる18日に神戸市のポートアイランド内の神戸学院大キャンパスにあるウクライナ名誉領事館でのイベントに参加する機会があった。先の大阪・関西万博のウクライナ・パビリオンでの展示物を移転させ、「永久展示」するセレモニーが行われたのである◆パビリオンでは、戦時下の国民生活を、最新のIT
技術を駆使して再現していたことが話題になった。子供たちの犠牲を物語るおもちゃや、反戦デモに使われたマイク、企業の生産物の数々が「NOT FOR SALE (非売品)」のテーマのもとに掲げられていた。そのうちから、戦闘で使われた兵士のヘルメットや銃弾痕が生々しいホームセキュリティシステムの操作盤などが移転展示の対象となっていた(写真左)。式典では、パビリオン館長のインナ・イリア氏や名誉領事の岡部芳彦神戸学院大教授が「新たな息吹が吹き込まれた展示から、ウクライナ国民が民主主義のために戦っていることを感じて欲しい」「百年後の世界中の人たちに、こんな戦争があったことを伝え続けるための永久展示だ。戦時下でウクライナの人々がどのように生きてきたかを観てほしい」などと挨拶。美しいガラスケースに整然と並べられた品々からは戦争の残酷さは殆ど伝わってこない。これが率直な印象だった◆他方、たまたま翌19日のテレビで10年前に放映された『〝医師の罪を背負いて〟 九大生体解剖事件』の再放送(『時をかけるテレビ』=写真)は、とても衝撃的だった。同事件に関与した1人の医師(無罪釈放)の詳細な記録を残すための地道な動きをまとめたものだった。実は、1945年5月5日に大分県山中に日本の攻撃を受けて米軍のB29機が墜落した。この時に捕虜となった8人の米兵の生体解剖実験(片肺除去、代用血液など)をしたというまことに痛ましく惨虐な行為が行われたのである。軍部からの要請で医学部第一外科の石山福二郎教授以下、軍医や看護婦ら14人が手をくだしたのち隠蔽した事件は戦後、駐留軍によって裁かれた◆事件当日の5月17日に偶々現場に居合わせたひとりの医学生(東野利夫氏)が一部始終を目撃してい
た。彼は自ら罪に向き合い続けた末に産婦人科医の道を選んだ。その間、迷い悩み心も病んだ。やがて、世に事実を語り継ぐしかないと決意し、事件に関わった人たち、その家族らから聞き取り調査をし続けた。30年の歳月をかけて、事件の真相を膨大な資料にまとめた。この所産は、九大内施設(医学歴史館)のなかで展示すべく挑戦が試みられたが彼の存命中は叶わなかった。自身が営む医院の中で披露(4週間)したりもした(写真右)。彼は2021年に95歳で亡くなったが、ようやく戦後80年の本年になって九大医学部は東野氏の資料展示に踏み切ったという。僕は映像を追いながら、軍の命令に逆らえなかったでは済まされない医師たちの「心の闇」を覗き見る思いだった。歴史を刻む、手作りの展示物から切々と伝わってきたのは戦争加害の残酷さと人間の弱さだ。それをありのまま開示して見せた1人の医師の勇気に深い感動を覚えた◆戦争の被害と加害の実態とをどう後世に伝えるか。今なお進行中の戦争被害を未来に伝えようとする展示と、過去に行われた戦争での残虐行為を個人の努力で明らかにした展示と。2つの展示の切り口は全く異なり、同列には論じられないが、「戦争」を考える新たなきっかけとはなる。(2025-12-25)
【58】ウクライナとニッポンと━━戦争の「被害と加害」2つの展示から/12-25
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