【65】『中道』という価値観━━日本政治の新たな地平拓く(上)/1-25

突然降って沸いたような衆院解散総選挙。色々と取り沙汰されてはいるが、単純率直に言ってわけわからん選挙ではある。ともあれ、選挙が多すぎるという世の反応が最も素朴で納得できる。27日に公示される選挙で大きなの注目点の一つは、新党「中道」の立ち上げであろう。今日から3回に分けて、「中道」の立ち位置に焦点を合わせて、この選挙の背景を追う。

◆「政治の安定」を傘に身勝手で強引な解散総選挙

 前政権の終わり頃、日本の政治の行く末を心配した人々が「新たな政界再編」(政界新編)を期待した。自民党にはもはや往年の活力を求めても詮なく、かといって立憲民主党を先頭にした野党にも多くは望めない状況下での強い思いだった。それは左右双方の極端に走りがちな勢力に与するのではなく、穏健な改革の道を力強く進む「かたまり」ができぬものかとの模索の表れだった。自民党内の改革の狼煙や支持する世論の動向から、「元首の謀反」さえ望んだが叶わず、敢えなく〝見果てぬ夢〟に終わったのである◆その後、石破氏に代わって高市早苗氏が自民党総裁になった。安倍晋三元首相の後継を自認するこの人は、「政治の師」から、最も受け継ぐべき手法を学ぼうとしなかった。それは、「急がば回れ」方式であり、目的達成へ迅る心を抑えて、時に異心の友とも協調する姿勢といえた。安倍氏が公明党との「安保法制」の合意に見せた柔軟性。憲法9条2項を抜本的に変えずに「自衛隊明記」といった「加憲」で妥協する融和性。こうした面があったればこそ、自公政権は長期存続を可能にした。功罪相半ばした安倍政権の良き面を高市首相がどう受け継ぐか。半信半疑で見ていた公明党関係者の関心を無惨にも裏切ったのが就任直後のあの〝手前ミソ的手法〟だった◆かくして、公明党の「連立離脱」へのお膳立てを用意してくれたのは他ならぬ当の高市首相だったのだが、私のような「自公連立」に懐疑的だった者からすると、いいきっかけを与えてくれたと、喜ぶほかないといえよう◆衆議院議員を勇退(2012年末)して以来、私は2010年代半ばから、『安保研リポート』(一般社団法人「安保政策研究会」発行)の場で、主に自身の政治活動を回顧しつつ政治評論を書き続けてきた(No10-60)のだが、それをベースに書き溜めたものを集大成したのが拙著『77年の興亡━━価値観の違いを追って』(出雲出版 2022年)だった。これは、明治維新以来の日本近代史を「77年のサイクル」で区切ってみる仮説に基づく。明治から昭和20年(1945年)の日本の敗戦という節目に次ぐ2度目の77年の転換期は令和4年(2022年)だった。その頃の世界は、コロナ禍で大激震に襲われた。ウクライナでガザで戦争状態が始まり広がった。ドンピシャの大転換期の時代の幕開けに「連立離脱」の時は今とばかりに、その当時の私は奮い立ったものである。(以下つづく 2026-1-25)

 

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