◆「中道」にまつわる2つの誤認識
自民党との連立を離脱、終わらせるべきだと思い続けてきた私でも、立憲民主党と直ちに新党を作るとの話には驚いた。やがて近い将来に同党を始めとした、いわゆるリベラルに位置付けられる政党の人たちとの共闘の時がやってくるとは思っていたのだが、自民党との間で、「保守中道政権」を作ってきた公明党が、一転「中道リベラル」政権に与(くみ)するには、それなりの時間がかかると考えていたからである。
こう考えた背景には、内外に及ぶ2つの私自身の誤認識があった。一つは、立憲民主党を中道政党ではなく、リベラル政党だと漠然と考えていたことであり、もう一つは、公明党がここ数年の間に「中道」とは異質の「極中道」に変化してきたと捉えていたことである。
一般的に、「中道」は足して2で割る立場や左右に偏しない真ん中というざっくりとしたイメージで捉えられがちである。その観点でいえば、立憲民主党は旧社会党よりは革新色が弱いものの、左右どちらかと言えば、左に偏した党だと見られがちで、私も同様な見方をしていた。また、公明党は連立相手の選択肢を変えない硬直性にとらわれ過ぎのように見えた。つまり、ヨーロッパで今流行してきている「極中道」と類似したスタンスに変わってしまったと見たのである。しかし、どちらも私の思い違いで、誤った認識だったのである。
◆仏教に由来する「中道観」の奥深さ
物価高に悩む国民生活の悲鳴にたいして、高市首相はあくまで「政治の安定」を口実に「少数政党」という足場を変えることを優先させて、「維新」と組む選択をした上で、強引に解散総選挙の道を選んだ。この高市首相の荒業が、一気に立憲民主党と公明党に「非常対応」を促したといえる。
ところで、そもそも「中道」とはなんだろうか。改めて考えたい。国語辞典では、「極端に走らず、穏当なこと」と、簡単な記述で済ませているものから、仏教の基本的教義の一つだとして「対立する見解や態度を克服した立場であり、教派によって諸説ある」などと言及するものまで種々ある。公明党は、1964年の結党以来、中道主義に立つ政党だと自認してきたが、自らのよってたつ基盤をどう表現してきたのだろうか。
党の創立者である池田大作先生は1974年のアメリカ・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)での「21世紀への提言」と題する講演で述べたものがわかりやすい。「この言葉(中道)は、アウフヘーベン(止揚)に近い言葉と考えていただきたい。すなわち、物質主義と精神主義を止揚する第三の「生命の道」であることを、私は確信しています」とのくだりである。そして、その理念は「人間主義」とされてきた。私自身はこれを踏まえた上で、「生きとし生けるものの『生命』を重視する仏教に依拠するスタンス」であり、政治選択が迫られる場合には、「いくつかの選択肢の中から、真っ当な結論へと合意形成をするレベルアップの営みである」などと述べてきた。つまり「人間主義」と「合意形成」という公明党の政治理念と政治手法を説明する際には、二つの補助線を引いて説明してきた。それはなぜか。
単なる「人間主義」だけでは、キリスト教的な自然環境破壊を伴う「人間中心主義」との差異が曖昧になってしまうし、いわゆる「合意形成」だけだと、〝談合的馴れ合い風合意〟と区別がつかなくなってしまいかねないからである。(以下つづく 2026-1-26)