【181】兵庫県知事を取り巻く「究極の事態」を見て考えること/9-20

 斎藤元彦兵庫県知事を「不信任とする決議案」が、全会派の86人の賛成のもとに議決された。この結果、同知事は10日のうちに自ら辞職するか、逆に議会を解散し県民に信を問うかの選択を迫られることになった。同知事はその議決を受けて、重く受け止めて自ら決断するというだけ。ここで一人の兵庫県民として、この事態をどう受け止めるか、考えてみた◆今回の事態の発端となった「西播磨県民局長の知事告発文書」と、「同局長の自死」という結果の間に「隠れた事実」があるように私には思われる。告発文書に対し「嘘八百」と言った知事及びその周辺は、恐らく「壮絶な脅迫」をしたに違いないと見られる。一般に通常の感性の持ち主の男が自ら死を選ぶケースは、「恥」が暴露されることを恐れることが多い。今回の事件における一連の報道で伏せられている真実は、「死を選ぶほど(本人が)恐れる事実の公開をちらつかせられた」ことだと思われる。そのことを知事は「知らなかった」と言っているようだが、仮にそうだとしても副知事以下の側近がしたことの監督責任は免れない。即刻辞任に値する◆ことここに至るまでの流れを追うと、どうしても「斎藤元彦」という人物の「人となりの異常さ」が浮かぶ。先日来のテレビ報道で見る限り、一度涙を催した場面を除き、およそ表情に喜怒哀楽がない。議場で県民の付託を受けた県議会議員が相次いで提出議案に賛成する票を投じているのを平然と見ている姿は、これまでの短くない私の政治家人生でも稀な場面だった。別に涙を流せ、薄ら笑いを浮かべよ、怒りを表せと言っているのではない。全くといっていいほど人間味を感じさせない、能面風の面構えには驚きあるのみだった◆ほぼ3年前の県知事選で、私は井戸知事後継の候補者に一票を投じた。〝よりまし選択〟だったと思った。総務省幹部が相次いで知事となってきた県政だから、流れを変えようとの声が自民党国会議員団から出て、維新府政下の隣県大阪の財務課長だった斎藤氏を引き抜いて持ってきたと聞く。今頃になって言うなとはいわせない。維新の罪はもちろんのこと、自民党で斎藤知事を担いだ一部県議団の責任は軽くない。兵庫県自民党が一時的にせよ分裂した当時を思い起こし、県民に詫びる必要さえあると思う。「人を見る目がありませんでした」と。当時、斎藤知事を担いだ自民党若手の一人が知事の責任追及をしている発言をテレビ画面で見ていて、自らの不明を恥じる発言を聞きたいと心底から思った。人格者だった彼の祖父を政敵ながらリスペクトしていた私だけに、尚更その思いが強い。この際我が身を棚に上げて、国でも県でも市でも町でも、政治に携わる全ての人々に「もっと人格を磨け」「人を見る目を養え」といいたい。(2024-9-20)

 

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【180】〝できそうにないものねだり〟━━自民党総裁選挙に提案する/9-15

 米大統領選挙の2人の候補者の90分間の討論を先日テレビで観た。メロメロに見えた民主党のバイデン大統領と違って、新たな候補・ハリス副大統領はそれなりにしっかりとメリハリが効いた攻守の展開でホッとした。世界のトップ・リーダーを決める選挙の討論会で初歩的なハラハラどきどきは御免被りたい。トランプは、いわゆる「常識」を超えた言葉遣いや振る舞いで、日本人的には理解不能な側面が強い(米国人でも熱烈な支持者を除いてその色合いが強いようだが)人物だが、今回の討論会では司会役がファクトチェックをして、事実と相違する発言にはいちいち注意していたのは良かった。個人的にはハリスに勝たせたい思いが強い。なにしろその執務室に池田大作創価学会SGI会長の写真が掲げられていたのだから。トランプが大統領になって、我が畏友・宮家邦彦の本のタイトルにあるように、「復讐が始まる」というのでは正直なところ怖い。分断の危機を煽るトランプの復活で、「第三次世界大戦」も真実味を増す。尤も歴史は民主党政権下の方が共和党よりも戦争に馴染んできたことを証明しているのだが◆さて、日本の場合である。国民が直接トップを選ぶ選挙と違って、日本の場合は直接選べない。自民党の党員、地方議員や国会議員たちにしか投票権がない選挙で、この党の総裁に選ばれた人が首相になるケースがほとんどなのである。今回現職の岸田文雄首相が不出馬となって、過去最高の9人もの候補者が乱立しての選挙戦がスタートした。これから27日の投票日まで延々と舌戦が続く。新聞、テレビが様々な取り上げ方をしているが、投票権のない、自民党員でない一般の有権者は、色々見聞きして好悪の感情を抱いたところでも、隔靴掻痒では困ったものだ。「政治とカネ」と「旧統一教会」問題で、壊滅的状況を迎えている自民党が一般国民への〝めくらまし〟を演じることがあってはならない。そこで、私としては、ダメもとを承知で2つほどの提案をしてみたい◆一つは、野党第一党の立憲民主党も代表選挙をやっているが、それぞれが身内だけで選挙戦をやるのではなく、相互乗り入れでやってみてはどうか。「9対4」ではどうにもならぬという疑問もあろうが、与野党それぞれが勝手に言い放題ではなく、疑問点を投げ合って議論を深めてみると面白いと思われる。男女の代表を双方一人づつ選び出して「2対2」でやるのも一興だろう。「野田対高市」「石破対枝野」といったカードは面白そうだ。それは出来ぬと言うなら、それぞれの相手党への批判点を投げて、それに全員がどう答えるかをチェックするような場面があってもいいと思う◆もう一つは、与党間の討論である。自公連立政権も20年を超えて続いているが、一般的にはその実情が見えていない。なぜか隠されている。単に「選挙互助会的連立」ではなく、それぞれの政権構想を戦わせる、つまり「この国をどうするのか」との根本的な「ビジョン討論」をして見せてほしいと思うのは私だけだろうか。いわゆる「党首討論」でも、公明党の党首は一切表に出てこないのは、おかしくないか。かつて、毎日新聞社が安全保障を巡って全政党間の討論を展開したものを単行本にまとめていたが、実に興味深いものだった。そういった「超党派のテーマ別対論」があっても悪くないように思われる。以上、〝出来そうにないものねだり〟のようだが。「政治とカネ」「旧統一教会」問題という自民党の宿痾とでも言うべき巨悪を覆い隠すための「お祭り的総裁選挙」であっては断じてならない。このことを改めて強く主張しておく。(敬称略 2024-9-15)

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【179】明石市は県議も市議も立民はゼロ!━━立憲民主党代表選挙に思うこと/9-8

 立憲民主党の代表選挙が告示された。7日の日本記者クラブ主催の討論会に続いて、8日にはNHK総合テレビで日曜討論会が放映された。こうした報道に接して、兵庫県の明石市に住む人間として素朴な違和感を感じることからこの稿を書き始めたい。まず、この地域の衆院小選挙区は兵庫9区だが、この20年余りずっと自民党安倍派だった西村康稔氏が当選し議席を7期にわたり独占し続けてきた。野党第一党の立憲民主党は、衆議院では議席を有したことがない。いや実は現在明石市選出の県議会議員(定数4)も、市議会議員(定数30)も所属議員はゼロなのである。そんな政党が「政権をとる」というスローガンを掲げるのは、残念ながら絵空事に思えてならない。この3年間に限っても「旧統一教会」や「政治とカネ」の問題といった、自民党の屋台骨や土台を根底から揺るがす大事件が起きているのに、である◆政権交代を窺う一大チャンスの時に、市内で目立つポスターは「自民党公認」を得られない、「無所属」の西村氏のものばかり。テレビで野田佳彦元首相始め立憲民主党代表選の候補者の口からでてくる「裏金議員には対抗馬を立てて、当選させないようにする」というセリフが虚しく響く。辛うじて名乗りをあげている「維新」の候補に一本化できるのかどうか。その「維新」は斎藤元彦県知事の少数与党としてパワハラ問題で苦境に立ち続けていて、それどころじゃない。金権腐敗体質から抜けきれず、思想信条も怪しげなエセ宗教団体との関係にどっぷり浸かった自民党がものの見事に自壊過程に入っているのではないかと見られる時に、野党がこの体たらくでは、嘆かわしい。NHK の放映を見ていて、私なら知りたいという角度の質問がこの日は全くでなかった。期待した質問は、政権の座から転がり落ちた2012年末からこの12年間、野田氏や枝野氏はどう政権時を反省して、どう変身への努力をしてきたかというものである。一般市民としては、あの民主党政権の3年の「負の遺産」から、今はどう変わっているのかがさっぱり分からないのだから◆野党共闘の問題も、「国民民主党は、元は同じ党だったから」という言い回しが使われていたが、だからどうなんだと聞きたい。同じ党だったから修復は簡単なのか、いや、返って難しいのか。そのあたりが一般有権者は分からない。また、「維新」や共産党との関係については地域ごとの事情に応じて変幻自在、自在無碍にやろうという空気が感じられるが、果たしてそううまく行くのかどうか。スタート時点での討論会の雰囲気は、政治改革では一致するものの、消費税や原発を巡っては訴える主張に差があった。それは当たり前のことで、あまり差の部分ばかり強調され過ぎないようにしてほしいに違いない。これからの長丁場で立憲民主党は頼れる政党だ、自民党に代わって十分政権を担えるという確信を国民各層に思ってもらえるかどうか。しっかり見極めていきたい◆自民党政権の与党・公明党も、山口那津男代表がこの度の代表選挙(18日告示28日投票)には立候補しない方向であり。週明けにも記者会見するものと見られる。世代交代、若返りの流れも取り沙汰される状況下で、山口氏の続投には無理があるように思われる。複数の立候補者が出て初の選挙になるのか、それとも1人だけで信任投票に終わるのか現時点では不明だが、私は月末までの3週間ほどの期間は公明党にとって、極めて大事な時だと思う。これまでの自公政権で解決し得た課題、積み残した課題を整理して、せめてこれからの展望に向けての問題点を明確にしてほしいものである◆この稿の冒頭で立憲民主党が明石市において県議も市議もゼロという逆三角形の政党であることに触れた。実は地方に行けば、町村議会では保守系無所属という名の擬似自民党ばかり。人間の身体に例えると自民党以下の政党は中枢機能は立派でも、末端神経や先端細胞は繋がっているかどうか疑わしい党ばかりだ。その点、公明党は中枢部分は小ぶりでも最先端部とがっちり繋がっていて、連携は正確無比である。自民、立民のように〝頭でっかち尻つぼみ〟政党とは違う。であるが故の、地に足つけた現実主義的な議論をし得る政党としての真価を、この際天下に示して欲しい。それが無くて、ただ大きい政党の候補者の大風呂敷を広げられるのを聞くだけでは、たまらない。いやそんなもの聞きたくないと思うのは私だけではないはずだ。(2024-9-8)

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【178】「新・政権合意」こそ魅力あるものに━━自民党総裁選を前に思うこと(下)/8-30

●「コメなし騒動」から見えてくるもの

 おコメを買おうにもどこにもない、という声を家人から聞く。スーパーやコンビニなどあちこちの店内を探してもどこも同じのようだ。つい先日元農水官僚で、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹が「不作でもインバウンドでもない コメが買えない『本当の理由』」とのタイトルで、毎日新聞記者のインタビューに答えていた。それによると、歴代自民党政権の減反政策(安倍元首相の「減反廃止」政策はまやかしと断定)に主因あり、という。

 直接のきっかけは、8月初旬に気象庁が南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を出したことと無縁ではないように私的には思われる。私の周辺からは一般大衆が不自由を感じ、その原因を訝しく感じているのだから、公明党は早急に実態を調査して原因を究明すべきだとの声が出ている。国民生活の上で、問題が発生したら直ちに現場に飛び、実態を調査するというのが公明党の現場第一主義による反応だろう。

●過去12年の「連立政権」の評価をめぐって

  これから1ヶ月ほどの間、自民党や立憲民主党の総裁、代表選挙が続く。公明党も28日に投票(18日告示)を迎える。公明党も他党のような代表選挙をすべきだとの意見もある。勿論、小さな政党が代表選びの選挙を大々的にすると、団結にヒビが入るだけで碌なことがないとの考えが支配的だろう。それを踏まえた上で、あえて提起したいのは、これまでの自公連立政権、とりわけ約8年続いた2期目の安倍政権と菅政権の1年、岸田政権の3年の合計12年を総括した上で、新たな「政権合意」の準備をすべきだということである。

 この期間の見方は大いに分かれる。例えば、一般的に安倍政権については、外政は及第点だが内政面ではいわゆる〝もりかけ桜〟問題に見るように疑問符をつける向きが多い。菅政権も学術会議の人事をめぐる拒否権発動問題など内政は権威主義的傾向を疑問視する傾向が専らだ。岸田政権については、あれこれと手は付けたがいずれも実を結ばずやり過ごしたとの不評が見過ごせない。

 しかし、公明党的にはいずれについても肯定的な評価が専らである。連立政権の全体的評価は大筋それでいいかもしれない。しかし、それと自民党積年の病弊を抑え込めなかった問題は、別に見なければならないのではないか。それも含めて高評価はおかしいし、見て見ぬ振りは許されない。

 私個人としては、安倍、菅政権の9年は〝功罪相半ばする〟と見る。功と罪を仕分けする必要を感じる。岸田政権の「旧統一教会」や「政治とカネ」問題の発覚も、自民党固有の積年の体質と関わりがあると見ざるをえない。このため例えば、「岸田政権の3年」を評価するに際して、成果を羅列するだけではなく、全体像の中から岸田政権3年における「公明党の努力成果」と位置付けて、分離し抽出するものだろう。

 ●新党首の政権構想の掌握について

  自民党のトップ選びの期間が終わるのは9月27日。その翌日の28日は公明党大会。それまでに自民党の新しいリーダーとの間で「政権合意」を交わすことになるのだろうか。あまりに時間がなさ過ぎる。厳密にいうと、同じ党とはいえ、新旧の総裁の政治姿勢、政策理念は微妙に違う。それを選挙戦を通じて知悉しておかないと、今後の政権運営に支障をきたしてしまう。

 それは公明党にとっても同じであろう。山口代表の留任か、それとも新たな代表を選ぶのか。選挙になるのか、信任投票になるのか。それなりの党内議論が戦わされ、党の内外に周知されねばならない。双方のトップを選んでいく過程を睨み合せながら、短時間で合意を得ていかなければいけないからだ。政策的な側面はこれまでの経緯をおさえれば、さしたる困難はない。問題はもっと大きな政権戦略についてである。この辺りについては、自公共に、選挙戦を通してお互いに十二分な意思疎通を怠らぬようせねばならない。

 ともあれ、違う政党が一つになって明日の日本を作り上げていくためには、「二人三脚」の呼吸合わせが第一である。いささかの遺漏なきよう、取り組まれることを望みたい。(2024-8-30  この項終わり)

 

 

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【177】問われるべき「連立」の有り様━━自民党総裁選を前に思うこと(中)/8-26

●「政治とカネ」「旧統一教会問題」への不見識

 今回の自民党総裁選挙には10人を超える候補者が名乗りを挙げようとしている。中でも最も若い部類に入るのが小林鷹之氏。かねて「経済安全保障」をめぐる主張をテレビで観て注目に値する人物だと記憶に残っていたことを覚えている。しかし、出馬表明して以降の言動を聞く限り怪しげな部分が多い。先日の毎日新聞の夕刊では佐藤千矢子論説委員が「政治とカネ」をめぐる彼の発言ぶりが「あまりに後ろ向きで、驚いた」と、具体的に列挙していた。また、旧統一協会との関わりでは、作家の鈴木エイト氏が統一教会のPEACE ROADイベントで、「公明党さんが勉強されている教えより、皆さんの方が上ですよ。自民党の国会議員として真の家庭運動ができるよう皆さんと一緒に頑張ります」と挨拶していたということを、ネット上で公開している。

 この発言の有無については、同党議員らしく例によって曖昧な言い振りで否定している。ここで改めて「勉強の対象」が何を指すか、から始まって両者の比較などするほどのヒマは当方にないから論及はしないものの、少なくとも連立相手の「公明党理解」がおよそ幼稚であることだけは見てとれる。発言を否定しておられるようなので、それなら改めて聞いてみたい気がする。公明党の議員たちが「勉強している教え」って何なのか、またそれどこまで知っているのか、と。

●公明党との政策選択への異論を問う

 こうしたことから私が懸念するのは、自民党の総裁選挙に名乗りを挙げた候補者たちがこれまでその選挙戦を通じて、連立政権の是非を正面から問うたことがあるのか、という点だ。小渕恵三首相の要請に始まって、公明党が連立政権に参画してから20年余。途中、民主党政権誕生によって下野した3年間ほどを除き、ずっと政権を一緒に担ってきたが、その間の総裁選挙で公明党との連立の是非をめぐる議論は殆ど聞いたことがない。そのくせ、様々な政策選択の場面で、不協和音が出ては消え、消えてはまた出てくる。

 直近でいえば、「政治とカネ」の問題で、公明党の意を汲んだ岸田首相の決断に反発した人たちが数多くいたとされることは、先般のNHKスペシャル番組でも報じられていたし、防衛装備輸出(移転)問題での決着についても公明党サイド寄りの結論に異論が自民党内にあったことはよく知られている。さらに遡ると、安保法制論議での集団的自衛権の部分的容認をめぐって、自民党内に不満を持つ人々がいたことも同様だ。これらは、その時どきの首相が公明党のリーダーとの間で合意をしたことに、異議を唱える人たちがいたことを意味するのだが、そうしたことの積み重ねが、自民党の中から、公明党がブレーキをかけるがためにその政策選択がうまくいかないとの不満の源泉になっているのではないか。

 そうした問題について、議論を侃侃諤諤とすることがあっていい、と私は思う。岸田首相が総裁選挙に出ていたら、当然そこいらは議論の対象になっただけに、不出馬は残念な気がする。しかし、ぜひ、候補者には、自公両党の選挙協力以外の、政策選択のあり様をめぐっての意見を披瀝して貰いたい。(2024-8-26  この項続く)

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【176】「やっぱり自民党」と思わせる人物━━総裁選を前に思うこと(上)/8-22

●「高村正彦」という卓越した人物から学ぶこと

 『冷戦後の日本外交』━━この夏に私が読んだ本でダントツのお勧め本である。いや過去に読んだ政治家の本の中で、と言い換えるべきだろう。ありきたりのタイトルからは想像できないほど面白くためになる。「政治とカネ」をめぐるドタバタ騒ぎで、自民党に愛想尽かした人は、この本を読んでからでも見切るのは遅くない。と、思わせるほどの出来栄えだ。実はこの本、著者の書き下ろしではない。高村正彦元衆議院議員から、兼原信克元内閣官房副長官補(国家安全保障局次長)ら4人の外交、国際政治学の専門家が聞き出したオーラルヒストリーである。高村氏は弁護士から1980年に衆議院議員になり、外相、防衛相などを経て自民党副総裁となり、安倍晋三首相のもとで、「安全保障法制」を制度化した。公明党の北側一雄副代表と幾たびも議論を重ねた挙句に「集団的自衛権」を部分的だが容認に持ち込んだことで知られている。

 政治家への「聞き語り」形式でのいいところは、自己宣伝になりがちなところを抑制する役割を聞き手が果たすことにあろう。安倍晋三元首相『回顧録』でのアプローチでは橋本五郎氏らがそれなりに切り込んでいた。ところがこの本では、兼原氏らが遠慮しているかに見える。政治家と新聞記者の組合せと、官僚や学者と政治家との関係の違いだろう。ただし高村氏の謙虚さも目立つ。ともあれ、高村氏が随所でジョークを飛ばしたり、時に皮肉を込めて交渉相手の人となりを揶揄したり、褒め上げたりと自由自在。実に面白い。

●論理的弁術の巧みさ

 加えていかにも練達の法律家らしい論理的弁術の切れ味の良さは惚れ惚れするほど。時に詭弁とも思えなくもないが、自己正当化の論法はお見事というほかない。とりわけ感心したのは、イラク戦争時における大量破壊兵器の有無をめぐって、米英両政府が不良イラク人に騙されたと〝それぞれの不明〟を恥じる結論を出していることに対して、真っ向から否定していること。そういうイラク側の不始末の土俵に乗らず、湾岸戦争時の国連決議に拘る論理で一貫したことが誇らしげに語られている。「私がブッシュさんだったら、この戦争はやらなかったけれど、私が小泉さんでも支持せざるを得なかった」という巧みな言い回し。米国の同盟国の日本の外相として〝技あり〟〝合わせ技一本〟というところだろう。

 安倍元首相と旧統一教会との関係の深さと古さは今更言うまでもないが、高村氏との関係(元勝共連合の顧問弁護士)も勝るとも劣らない。安倍元首相との回顧録インタビューは事件前だったこともあり、触れられないままに永遠の闇に消え去った。その点、高村氏から今の時点での彼なりの捉え方を聞きたいと思うが、テーマが違うとあって、この本では全く話題に出てこないのは残念である。

 今回の総裁選挙でも、「政治とカネ」の問題と並んで、政治姿勢という観点で問われ続けられるのは「旧統一教会問題」であろう。この問題では、候補者として名乗りを上げている人でも極めていい加減な認識を持っている人がいることは無視できない。(2024-8-22  続く)

 

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【175】今こそ自公連立の有り様を問う議論を━━岸田退陣、自民党総裁選挙に向けて/8-16

 お盆の只中、14日に岸田文雄首相が退陣を表明した。それを受けて自民党の総裁選挙に向けての動きが活発化している。個人的には岸田氏は続投を貫き通すのではないかと思っていただけに拍子抜けしたことは否めない。尤も普通に考えれば、とっくに日本のリーダーとしての賞味期限は切れていて、死に体であったのだから、ごく当たり前の判断だったに違いない。岸田退陣を報じた全国紙5紙をつぶさに読んだが、圧倒的に切れ味鋭い論評を提起していたのは毎日新聞4面オピニオンのページだった。「岸田政権とは何だったのか」との「論点」のもと、中島岳志(東京工大教授)と、上脇博之(神戸学院大教授)、鈴木哲夫(ジャーナリスト)の3氏の「さばき」から見てみたい◆バッサリ切っているのは中島氏。「首相になることだけが目的で、首相になってやりたいことのなかった政治家」「宏池会出身で30年ぶりの首相として期待されたが、中身は空っぽだった」「時々で主張を変えるヌエ的な存在だとわかった」と。3年間総理大臣の座にあってこういう評価を下されて、首相本人は返す言葉があるだろうか。「政治とカネ」の問題で「告発」者として名を馳せた上脇氏は、自分が身を引くことが自民党が変わることを示す第一歩だとの岸田発言を捉えて、「岸田氏が次の衆院選に立候補せずに議員辞職すれば第一歩だ」「不出馬は形を変えた『保身』と国民に見透かされる」と述べ、「延命最優先」のみで、任期中を通じて「第3の安倍政権」で「岸田カラーは全くなかった」とこき下ろす。鈴木氏は、政治を「官僚主導」に戻し、「国会軽視」を強めたことの二つが岸田氏の政治姿勢で、明らかな問題だという。改めて「官僚任せ」の無責任さが露呈した、と。首相の辞任発言直後の紙面にこれだけの論評を載せたのは「毎日」だけ。かねてこの3人に聞くと決めて、依頼していたに違いない。読み応えがあった◆私が国会議員を2012年暮れに辞めた後、首相を務めたのは、安倍晋三(第二次)、菅義偉、岸田文雄の3人。言うまでもなくいずれも自公政権であり、公明党が支えてきた。先に述べた様にめった斬りにされて、自民党出身の首相だからと、〝知らぬ顔の半兵衛〟は決められない。この期間、一貫してパートナーだった公明党の山口代表はどう考えているのか。14日午後の記者会見で、「首相の強い意志と重い決断を受け止める」とする一方、「岸田首相は、先送りできない課題を一つ一つ着実に前進させるという志で取り組んできた。それだけに出馬をしないという意向を伺った際は、正直言って驚いた」と率直な感想を漏らした。加えて「この段階で身を引く覚悟を示すことに残念な思いもあると述べた」という。それはそうだろう。例えば、防衛装備完成品の第三国輸出に関する方針について、「意思決定のプロセス化」や「明確な歯止め」をかけさせたことは公明党の主導によるし、「政治とカネ」の問題でも、自民党内の異論を押し切って公明党の主張を受け入れたのは首相の決断だったからだ。辞める決断をした相手に人間、政治家のモラルとして、「感謝とねぎらい」の言葉をかけるのも当然だ。「評論家」と違うのだから◆そのことは百もわかったうえで、山口代表に求めたいのは、連立政権のパートナーとしての「けじめ」であろう。公明党はこれまで20年を超えて「自公政権」を担ってきた。初めに連立ありきではなく、自民党の総裁が同党内の手続きを経て新たに決まるたびに、その当の相手と連立政権の目指す方向を議論して「合意」を得てきた。だからこそ、今回の辞任表明を受けて、山口代表は「岸田首相が任期を全うするまで自公政権合意に基づいて、公明党としても誠意を尽くして政権運営に努めていきたい」と述べている。任期を全うした後は、次の新たなリーダーとの間で、その意向を見定め、議論しなければならない。あたかも次のリーダーも公明党と組むのが当然のごとく考えるのは間違いだ。私がこれまでの自民党の総裁選挙を見ていて不審に思うのは、候補者の誰もが連立政権の相手の公明党について、注文をつけたり、異論を唱えるのを聞いたことがないことだ。大いなる議論が出て然るべきなのに。先に述べた防衛費関連の案件や「政治とカネ」をめぐる問題でも自民党の内外で百家争鳴だったのだから、総裁選挙を通じて大いなる議論が出されることが望ましい。それを経ずして、〝選挙互助会的な意味〟だけで、「連立ありき」を自明のことにするのは自公両党のためにならないことを指摘しておきたい。そして、公明党も山口代表でこれからも行くのかどうか、自民党との連立の是非を、経過を綿密に点検したうえで、党内で大きな論争が起きるように期待したい。そういう論争のない政党に国民の支持は集まらないと私は思う。(2024-8-16)

 

 

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【174】常軌を逸した行動パターン━━兵庫県知事問題の背景を追う(下)/8-8

 「一年間は黙ってみていてくれ、その後には新鮮味溢れる県政が展開するから」との斎藤知事を推した自民党の一部勢力の言葉が印象に残っています。これを鵜呑みにしたわけではないものの、それなりの期待感を持って見ていました。しかし、斎藤知事からの発信は変わり映えせぬまま。それよりも聴こえてきたのは、「知事に会おうにも会えない」「一切門戸を閉ざして会ってくれない」「知事はよほど変わってる、変人を通り越している」との怨嗟にも似た声ばかりでした。私が所属する異業種交流会はそれなりの兵庫県のエスタブリッシュメントで構成されていますが、皆さん口を揃えて「未だに会えない」「アポが取れない」でした。私は、貝原、井戸両知事との約30年、とりわけ井戸さんとの20年は県との関係が充実していましたので、時代の転期と見て、井戸引退を機に県政との距離を置くことにしました。そんな私に入ってくる噂は、専ら斎藤知事は既成の支配層との交流は避けて、若い世代との繋がりを求めているというものでした。それを聴いて、新時代の県政構築に向けて自分らしさを出したいにしてもいささかやり過ぎだと懸念を抱いたものです◆後に、片山副知事を中心とする特別なグループの人間(かつて東日本大震災時に宮城県に出張した際に出会った4人)以外の声を知事は一切聴こうとしないようだとの情報を得て、その常軌を逸した行動パターンに呆れ返ったものです。今回の一連の事件の成り行きを知るにつけ、単に新基軸を県政に導入するとの狙いよりも、井戸前知事の色合いを一切合切排除したいとのスタンスのみが際立つ政治姿勢だったように思われます。今回の事件の発端になった元西播磨県民局長の〝パワハラ告発〟に対して即座に「嘘八百」だとして、退官に追い込んでいった流れを追うと、一部週刊誌の知事を非難する報道を無碍に否定できません。知事側近グループのおぞましいまでの動きが浮かび上がってくるばかりです。同局長が自死を選択するに至った背景を知るにつけて、片山前副知事を中心とする側近グループの罪深さに思いが至り、もはや斎藤県政は持たないということが明白のように思われます◆斎藤知事を担ぎ出す役割を担ったのは自民党の国会議員団でした。県議団は分裂したことが示すように、斎藤支持に二の足を踏む向きも多かったのです。スタートから2年を越えて漸く知事の実態が露わになるにつれ、分裂状況も収束し、(つまり知事派議員も改心してしまって)斎藤与党は維新のみになっていきました。そこに起きた今回の事件で、自民党国会議員団があれこれと口を挟む姿はあまり褒められたものではないと思うのは私だけでしょうか。政治とカネにまつわる一連の不祥事や旧統一教会事件を通してとかくの行為が指弾されてきた人たちがしゃしゃり出て、したり顔に県政批判をするのは疑問視せざるを得ません。それは決して知事を擁護するわけではなく、冷静に県政当事者の動きを見るのが重要で、外野席は静かにしておれと言いたかったのです◆そんな中、県政に通じたある人物と言葉を交わす機会がありました。彼は、県議会公明党の動きがよく理解できない、と言うのです。それが、議会に百条委員会を設置して斎藤知事のパワハラ問題などを究明するにあたって、公明党が慎重だったことを指していることは明白でした。維新と一緒になって知事擁護の態度をとるのはおかしいというものです。その疑問はいかにも「維新嫌いの人」らしいものですが、私には県議会公明党の「筋を通す姿勢」が明確に分かります。知事のパワハラを含む行状を調査追求するものとして、第三者機関を設けたのだから、まずそれを先行すべきでしょう。当初の百条委員会は屋上屋を重ねるだけで反対だとの公明党のスタンスは賢明だったと思われます。ただ、政治は生まもので刻々と事態は変化します。「副知事に続き2幹部が空席」となり、「崖っぷちの兵庫県政」が露わになるにつれ、外から見ていて、維新と一緒になって斎藤知事擁護をしているかに見えてしまうのはいかがかと思われます。暑い時期だけに、早く知事問題に決着をつける方向での公明党の敏速果敢な英断を期待するものです。(2024-8-8 この項終わり)

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【173】パワーのでどころ、出しどころ━兵庫県知事問題の背景を追う(上)/8-1

 「パワハラ」を始めとする、斎藤元彦兵庫県知事の行状が問題になっています。ひとりの兵庫県民として、嘆かわしき事態だと思いますので、少しこの問題について考えてみたいと思います。この人が県知事選挙に立候補するまでの背景を追いますと、ご本人の「県知事になりたい」という若き日よりの強い意志がまず第一に挙げられます。漠然とした「政治家志望」ではなく、県知事に的を絞った夢を少年の頃から持ち続けていたことを初めて知った時、私は大いに驚きました。歴代の兵庫県知事は、明治期初代の伊藤博文から昭和、平成に至るまで、立派な人物が多かったというのは、率直な印象です。とりわけ、貝原俊民、井戸敏三のお二人は個人的にも知己を得たこともあって、それなりにとても尊敬出来ました。もちろん、生身の人間ですから、個別具体的には好き嫌いの要因があるのは当然ですが。

 斎藤さんが県知事選挙候補に名乗りを上げた頃の出来事の記憶をたどりますと、第一に井戸前知事が擁立しようとした前副知事に対する反発が県自民党内にあったように思われます。率直に言うと、確かに「良い人だけどパワーを感じない」と言うのが私の彼への印象でもありました。県議会の最大会派である自民党の中で、前副知事を推すことに反対する動きが強くあり、違う候補を探す流れが強まっていったようです。そんな中で、某国会議員が目をつけ強く推薦したのが斎藤さんでした。若くてパワーを感じるという人物評が専らでした。ただし、当時、大阪府庁の課長だったことから、維新の松井、吉村ツートップとの関係が懸念されたのは当然でした。

 自民党兵庫県議団は、前副知事を推すグループと、新しい斎藤さんで行こうという人たちとに二分化され、選挙戦を通じて分裂を余儀なくされていきました。維新の色合いが強い人物を兵庫県知事に選んでいいのかという党派的見方を巡って混乱したのです。兵庫県議会公明党は、貝原、井戸両知事時代を通じて与党の一翼を形成してきた経緯もあり、自民党の分裂は一言でいうと迷惑千万だったはずです。ただ、井戸前知事との20年の繋がりもあり、前副知事の側を応援したのです。残念ながら選挙結果は裏目となってしまいました。

 選挙が終わって、斎藤知事が誕生して半年ほどが経った頃、一向に新味が出ない斎藤県政について、県議会自民党の反乱派(斎藤県知事擁立派)の中心メンバー数人と私は懇談したことがあります。私はその際、この知事の「新しさ、凄さはどこにあるのか一向に見えない」と、苦情を言ったことを覚えています。彼らからは初の予算編成を見て欲しい、当選後1年経てば分かりますから、との返答があったのです。しかし、その後、聞こえてきた「噂話」は全く違うものでした。(2024-8-1  この項つづく)

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【172】「与野党合意」より「与党修正」に方針変更━━NHKスペシャル『政治とカネの攻防』から(下)/7-27

 「政治とカネ」をめぐる今回の各党間の攻防は、30年前に比べると議論の成り行きはお粗末そのものと言わざるをえませんでした。「政治改革」と呼ぶには値せぬ、矮小化された結論に終わりました。「改革」は継続するとの言い振りも聞こえてきますが、当座をやり過ごせば後は野となれ山となれの空気が漂っていると見るのは酷でしょうか。以下、後半のテレビ放映を要約しつつ、「攻防の顛末」を整理してみます。

●「カネの集め方」と「再発防止」のすれ違い

  自民党の政治資金集めの収支報告の杜撰さに端を発し、同党の裏金作りの実態を追及する声の高まりの中で、今回の「政治資金規正法」改正の議論は展開しました。素直に国民的関心に耳を傾けると、「自民党は現行法のルールを破ってまで、どうしてこんなにも多額のカネを集める必要があるのか」に尽きました。一般的には、「カネの集め方」にまでさかのぼっての議論が期待されましたが、自民党はそれを避けて、今回のようなケースの「再発防止」に的を絞ろうとしたわけです。体よく問題をすり替えたともいえます。

 立憲民主党は①政治資金パーティーの禁止②企業・団体献金の禁止という政策を掲げていたのは周知の通りです。テレビ放映では、立憲民主党の支持者の「月5千円、年間6万円の寄付で政治家を育てる」との主張が印象的でした。それに対して自民党の支援者が「現状は資産家でないと政治家になりにくい。だから、資金集めのためのパーティーや企業団体献金も必要なんだ」と述べていました。

 今回の国会での議論の核心はこうした議論の食い違いをどう乗り越えて、与野党間の合意を形成するのかにありました。私などは、中道政党公明党の合意形成力の発揮に期待したのです。しかし、残念ながら野党とりわけ立憲民主党の歩み寄りを促すには至りませんでした。しかし、その代わりに自民党の持論を譲らせ、公明党の主張に近づけさせることに力点が置かれ、それは見事に成功したのです。つまり、与野党合意ではなく、自公与党間合意です。政治資金パーティーの対価支払い者に係る公開基準額が現行20万円超だったのを、一気に5万円超にまで引き下げることに公明党は成功したのです。

 テレビ放映では、この合意に自民党内の反発が強かったこと━━公明党の要求通り引き下げるのは否定的で、一定程度の匿名性を担保して20万かせいぜい10万円にする案こだわった━━を様々な角度から描いていましたが、最終的に岸田首相が山口氏の、「国政選挙に影響が出る、自党の主張と有権者の反発とどちらが大事か」との説得に負けたことが浮き彫りにされていました。

●立憲民主幹部の失敗と維新党首の当てはずれ

 一方、野党の側からは、大きく2つの失敗、思惑の違いが露わになってしまいました。一つは、立憲民主党の岡田克也幹事長らが国会論議の最中に、自らのパーティー開催が取り沙汰されたのです。これは「タイミングが悪かった」では済まされないお粗末さです。事前に取り下げていればいいものを、「税金と自己資金だけでは事務所費用を賄えないことをどうするか」などという、自分の党の方針と相反することを、未練たらしく言う場面が報じられていたのは何をかいわんやでした。

 もう一つは維新は衆議院サイドでは、政策活動費などをめぐって自民党との合意ができ賛成しました。だが、かねての主張だった旧文通費の処理の仕方について、岸田首相が裏切ったから信頼関係が壊されたとして、参議院では反対に回ったのです。〝騙した騙された〟とは、国民から見て分かりづらいこと夥しいです。政党のエゴと捉えかねられない醜態だったと言わざるをえませんでした。

 こういう事態に対して、岸田首相は、「自民党は自らが起こした問題について、信頼回復に向けて誰よりも汗をかかないといけない。引き続き政治の信頼回復に取り組む」。茂木幹事長は、「総理総裁としての決断がなされた。オカネのかからない政治に持っていく。そのための制度改革だが、過渡期においては透明性を確保しながら資金を集める手段が必要だ」と、問題の本質からずれた言いぶりに止まっていました。一方、立憲民主の泉代表は「みんなでルールを守ればいい、これまでの資金源をつなげていきたいという考えでは政治は何も変わらない」と、正論を述べるだけ。政治を変えるための妙案は出ないままでした。

●「悪魔を完全に祓ったとは言えず」

 では、これからどうなるのでしょうか。政治学者の佐々木毅氏は、有権者の姿勢も問われるとして、「政治家と有権者は本来、協力関係と同時に緊張関係も孕んでいる。(今回のことは)この関係を考えろということを教えている教材のようなものだ。現実というものを直視するスタミナを持つことが大事だと思う」「法改正だけでは悪魔を完全に祓ったとはいえず、今後の議論を忍耐強く見ていきたい」と述べていました。諦めずに現実を直視して、政治変革にいどみたいと、ご自身に言い聞かせているように聞こえました。

 闘いすんで日が暮れて、カネまみれの自民党が作り上げた荒涼たる風景の中で何が見えてきたでしょうか。抜本的な政治改革の糸口には程遠いものの、公明党の自民党変革への意欲だけが浮き彫りになったと言えると思います。本当のところは、野党の変革をも促したかったのですが、ないものねだりだったのは残念でした。(2024-7-27  この項終り)

 

 

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