Author Archives: ad-akamatsu

【105】知られざる事実に唖然━━『モンゴル抑留』出版記念講演会から(上)/

モンゴルにも日本人が捕虜となって抑留されていた━━この事実を知っている人は極めてまれです。ジャーナリストの井手裕彦さん(大阪読売新聞の元記者)が角川新書からこのたび出版された『モンゴル抑留』はこの事実を克明に追っていまず。私も読んだ上で、司馬遼太郎さんの『モンゴル紀行』と比較して、いかに鋭く日本とモンゴル両国に横たわる問題を描いているかについて読書録(6-5付け No.98)に書きました。昨日私の所属する一般社団法人「未来を創る新教育推進会(会長 相島淑美神戸学院大教授)が、井手さんを招いて講演会をやりました。ここでは私が述べた講評(事前にまとめたものを当日配布)を披露します。写真下は壇上での著者と私の2人です。

⚫︎厚労省、外務省への厳しい指摘に対応を約束

私は衆議院議員を20年ほど務めましたが、その間に外務委員会、安全保障委員会に長く席を置き、厚生労働副大臣を一年だけやらせていただきました。ですが、残念ながらモンゴルについては何ら関わりを持たずに過ごしました。今回、井手さんの本を読ませて頂いて、厚労省や外務省がいかにも無為無策であったことを知った次第です。

実はこの本で著者は厚労省には37箇所ほど、外務省には12箇所ほど厳しい批判の刃を向けています。厚生労働省の宮崎淳文現官房長は私の元秘書官を務めてくれていました。今回彼に意見を求めましたところ「井手様にはいつも貴重な情報を提供していただいており、深く感謝しています。しっかりと気を引き締めて今後取り組みを進めていきます」とのことでした。

外務省関連については、日本とモンゴルの関係における、ソ連の影に隠れてモンゴルは交戦国になっていない歴史的事実、モンゴル軍のことが触れられていない教科書などの見直しといった重要な問題提起に、強く私は賛同します。また、日本モンゴル友好議連の長島昭久会長(衆議院議員)にこの辺りについて伝えましたところ、必ずや外務省、文科省に井手様のご意志を伝えるとともに、共々に問題解決に向けて尽力させていただきますとのご意向を表明して頂いたこともお伝えいたします。

⚫︎モンゴルとの友好に満ちあふれた司馬遼太郎の本

私は実は書評を趣味にする政治家です。モンゴルをめぐっては、司馬遼太郎さんの『モンゴル紀行』と半藤一利さんの『ノモンハンの夏』の2冊が有名です。井手さんの本を読んだのちに、この2冊をあらためて読み直し、3冊を読み比べました。

まず司馬さんはご存知のように大阪外大のモンゴル語学科出身です。根っからのモンゴル大好き人間ぶりを余すことなく披瀝しまくっています。実は『モンゴル紀行』文庫版の163頁には東京外大のモンゴル語科出身の留学生の話が出てくるのですが、この富永君という人は僕が学生時代に付き合った懐かしい友です。司馬さんは「彼の笑顔に青春を感じた」と書いています。モンゴル好きの若い同好の士を見つけた率直な喜びが彷彿として伝わってきます。

日本人捕虜の手になる国立オペラ劇場のことも出てきて、「言い難い感情を持った」とか、「国家次元の問題よりも人情としてやりきれない思いを持たざるを得なかった」などといった言い回しが出てきますが、全体としてモンゴルという国へのほのぼのとした友好感情が溢れ出ている素晴らしい本です。私は司馬さんの本では「街道を行くシリーズ」が好きですが、『アイルランド紀行』と並んで『モンゴル紀行』が大好きです。(以下つづく 2026-8-1)

 

 

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【104】「官邸がアホやから政治がでけへん」━━158日間の国会を概括する/7-26

⚫︎「党首討論会」での国民無視の虚しい風景

 誰しもが知る作り笑いの目立つ高市首相と、あまり皆が知らない苦悩の様子がありありの公明党の竹谷とし子代表。さる7月15日にテレビで観た「党首討論」での2人の女性リーダーの好対照な姿が印象に残った。全体で約1時間の中で終始わざとらしさが消えない笑顔で野党党首たちと応酬していた首相と、僅か4分間の持ち時間を「円安の影響で物価高にあえぐ家計支援を急げ」と厳しくぶつけたものの軽くいなされた竹谷氏。翌日の公明新聞の記事の「高市政権の見通し甘い 国民生活後回し 改めるべき」(時系列的には午前の中央幹事会での発言)との見出しがせめてもの慰めであった。首相就任後初めての長丁場の国会の最終盤で、睡眠時間がいかに少ないかを自ら言い出し、家事に取り組む自らのすがたを誇大に言いふらす━━こんな首相のパフォーマンスに苛立ちを覚えない方がどうかしていると思った人は多かろう。8日間の延長を含め158日間に及んだ特別国会を振り返って思うことは多い。

⚫︎監督のせいにしたプロ野球との類似性

 この通常国会、最初から異常だった。と、書きかけて、ん?おかしい、間違ったと気がついた。恥ずかしながら一瞬150日プラス1週間ほど続いたのは通常国会だと思いきや、それは一日で終わっていた。衆院選挙に突入して、その後に開かれた「特別国会」がやっと終わったのだ。召集日の1月23日に衆院解散がいきなり行われたのをつい忘れていた。僅か6か月ほど前のことが遠き昔に思われた。歳はとりたくないものである。

 ともあれ、異常続きの国会を作ったのは、異常な衆院選挙の結果だった。高市早苗自民党総裁が誕生し、通常国会招集日の〝電撃解散〟で自民党単独で3分の2を超える議席を奪った上での、自民党と維新による連立政権の誕生は過去の国会のいわゆる常識を壊し続けた。この辺りのことについては、25日付けの伊藤智永の毎日新聞コラム「土記」が痛烈だ。「何せ行政府の長が国会に出たがらない。議論を嫌い、一方的に話すか、ごまかす。議会の慣例を無視し『首相の命令や』でゴリ押ししようとする。批判には『私寝てないの』『家事も大変』『体が痛い』とSNSで愁訴する」と。

 僕は昭和44年に公明新聞政治部記者になっていらい、国会で歴代首相を見てきた。佐藤栄作さんから宮沢喜一さんまでは記者、衆議院議員候補者として。細川護煕さんから野田佳彦氏までは同僚議員として、そして安倍晋三首相が再登場して今に至るまでは一有権者として、ちょうど30人の総理を観てきたが、高市さんほど異常な人は初めてだ。なにしろ、自民党内部から、野球の監督を首相に例えて「間違ったサインを出す監督をいちいち気にしてたら試合にならない」との嘆き声が聞こえてきた。かつて「ベンチがアホやから、試合がでけへん」と皮肉った阪神のあの選手の迷言を思い出す。つい、ベンチと試合を置き換えてみたくなる。

⚫︎目に余った自維のゴリ押し

 この国会で目立ったのは、維新の横暴さである。自民・維新の連立合意に記載された法案のうち、衆議院議員定数削減法案と副首都法案は同党が強く成立を目指した。自民党は皇室典範改正案、国家情報会議設置法案、日本国旗損壊罪法案などに強くこだわった。さすがに与党だけで、少数政党に一方的に不利になる定数削減を通すことには無理があり、今国会では見送らざるを得なくなった。だがその分、維新の生命線とも言うべき副首都法案は最後の最後まで揉め続けた。土壇場では会期の再延長まで考えたようだが、無所属議員の一本釣りで2議席の差で自維与党は逃げ切った。

 首相の維新偏重ぶりは自民内にも反発を招かざるを得ないものだった。高市自民党は奇襲攻撃が功を奏し衆議院で大きな議席を得たのだが、参議院は少数与党のままである。150日間の国会会期の前半は超多数をいいことに乗り切ったものの、後半は無惨な体たらくとなった。大阪を「副首都」にして東京一極の弊害をカバーするとの建前とは別に、「大阪都」構想を蘇らせようとする維新執行部の本音はあざとい。既に過去2回の住民投票の結果で決着がついたはずのものに未だ拘り続ける。今回の国会最終盤でも、特別区設置の住民投票と地方選挙の期間が重複しないことをめぐっての攻防が焦点になった。大阪を舞台にした維新の執念は、一応のメドなど取り合わぬ雰囲気で早くも波乱含みの様相である。

⚫︎公明、立憲、中道のこれからの議論に注目

 さて野党の中核・中道と公明、立憲民主の三党のことだ。参院で自民党が過半数に足らぬ2議席を無所属から引っ剥がす離れ技をやった一方で、衆院で中道は同じ2議席が足らず内閣不信任案が提出出来なかった。出す出さぬの議論とは別に、2議席の今風悲喜交々の姿ではあった。衆議院49議席の中道では高市政権ノーへの意思表示を単独で示せないのである。

 それにしても皇室典範改正論議における衆院中道と参院立憲と公明の意思の食い違いは苛立たしいものだった。このテーマでの公明党サイドの結論は谷合正明会長の意思表明に明らかなように、とりあえずの課題に対応したから、皇位継承問題はこれから取り組むということだろう。それに対して立憲民主党は、男系男子にこだわる自民党に真っ向勝負で反対している。この対立は国民世論を反映しており、自然なものだと受け止めたい。問題はこれからである。暑い夏を返上して、三党が日本の課題解決に向けて徹頭徹尾の議論をしてくれるものと期待するしかない。(2026-7-26)

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【103】伝統的保守か現代的改革か?━━「皇室典範改正」をめぐる架空鼎談/7-20

 今国会の終盤で展開された「皇室典範改正」論議は、最重要課題なのに、早々と結論を出した感が否めません。ここでは親子3人による鼎談で問題点を明らかにしてみたいと思います。便宜上、父親が今回の法改正に賛成した立場、娘がそれに反対した立場で、母親がどちらにも決めかねている立場という風に設定しました。

⚫︎「歴史的伝統」を守ることと「男性優先」はイコールではない

母)今回の「皇室典範改正」は、皇位継承をめぐっては直接触れず、結婚後の女性皇族が皇室に残ることで負担を和らげる一方、養子縁組で皇族数を増やすという2点がポイントだった。数合わせに過ぎないと批判があるわね〜。

娘)古い考え方の保守政治家たちが21世紀の現在なのに、男系男子にしか皇位を継承できないようにする仕組みを温存しようとの意図が見え見えだわ。こんな「男尊女卑」の考えは捨てないと。お父さんもやっぱ昭和なんだね〜。

父)僕は男系男子が理想だけど、女性天皇であってもいいとの立場だね。過去の歴史で女性天皇は現に8人ほど存在したからね。だがその女性天皇のもとで男女を問わず生まれたお子を次の天皇にするという女系天皇は難しいな。

母)どうして?その理由はどこからくるの?

父)皇位継承は男系女系どちらでもいいとすると、筋が通らなくなるという危険性を孕むね。「男尊女卑」といった性別比較ではなく、歴史的伝統を優先させないと国の根本が混乱するってことかな。無原理ではね。男系男子が譲れない原則だと固執しているのではなく、それがこれまでの伝統だからって言うべきかな。

娘)それって耳障りがいいように聞こえるけど、結局は男性優位の日本社会を持続させたいってことじゃないの?

母)そうじゃなくて、お父さんが言うのは男系男子の筋を通す必要性ありってことじゃないの?でもそれにしては、皇族の養子縁組を増やすために旧宮家を復活させるという方法は苦しいわね。そんなことに応じる人いるかしら?

父)という問題は残るけれど、可能性を有した天皇候補を作っておかないと皇位継承が揺らぐということだろうな。

娘)そういう考え自体が古いのよ。もう伝統に拘らず、時の天皇の第一子を後継にすると決めた方が分かりやすいし天皇家自身も余計な苦しみを感じないですむわ。男を授からなくてはダメだというプレッシャーは残酷過ぎるよ。

⚫︎皇位継承を縛らないという政府の約束を監視せよ

母)それに関していうと、天皇、皇后はじめ皇室の生の意見も聞きたいってこともあるわ。当事者の意見を加味せずにこんな重要なことを決めていいのかって。それに今回は皇位継承問題は別だと言いながら、怪しい部分ないの?

娘)そうよ。本来は議論の対象ではなかったはずの皇位継承問題が、するっと、旧宮家出身の男系男子の子孫が皇位継承資格を持つと盛り込まれるって、絶対おかしい。立憲民主党なんかは騙し討ちって言ってる。これ正しいよ。

父)そこをまさに公明党の谷合正明参院会長が特別委員会で、政府、法制局にはっきり確認したと言ってるところだね。公明新聞の17日付に載ってる。要するに今回の改正は皇位継承制度に関する今後の議論を拘束しない、って。

娘)憲法第一条の定める「国民の総意」に基づいてできる限り幅広い合意のもとで進められるべきだって、谷合さんも言っているんだけど、現実的には政党によって考え方、態度は分かれているよ。首相や官房長官、法制局が将来の議論を縛らないと言ってること信用できる?伝統的保守を変えて現代的改革するのが中道的生き方ではないの?

母)確かにそこは重大ね。立憲民主党などは「総意から逸脱する」と強く反発しているわね。中道と公明と立憲民主党は同じ政党になろうと努力してしていると聞いているけど、この問題で、まとまらなかったのは残念だね。

父)そう。僕もそこはこだわりたいね。今回の改正の道筋を確認したことは大事だけど、従来から付則や付帯決議なるものの軽さは否めないからね。国会の意思を示す重いものとの認識を示したと言われても、俄かに納得し難い。

娘)谷合さんは「賛否の立場を超えて、引き続き議論を重ね、合意形成に努めていくべきだ」といってるけど、ここは合意形成を断じてやるって言って欲しいわ。いかにも与党崩れの野党めいた半端な言い方では頼りない。

父)きついね。でもそこは大事だね。まずは中道が公明と立憲民主との合意を形成するために汗をかかないと。僕は、皇室典範改正問題は、日本独自の伝統的な考え方を踏襲するか、それとも近代(現代)日本に相応しい斬新な考え方に立つかの重要な分岐点を意味すると考えている。国のかたちに関わる課題だから簡単には片付けられないね。

母)つまりこれで終わりではなく、これから始まるのね。時間をかけて大議論して国民的合意を目ざすべきだわね。日本の課題を三党が背負ってることをプラスイメージで捉えたいわ。(2026-7-20)

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【102】坑道ラドン浴にハイパーサーミアの合わせ技━━「富栖の里」での中村仁信先生の講演会から/7-15

 日本唯一の坑道ラドン浴「富栖の里」といえば兵庫県姫路市の最北部・安富町富栖にあります。ここで7月11日に大阪大学の中村仁信名誉教授(日本放射線ホルミシス協会理事長、ハイパーサーミア第43回大会会長)による講演会が行われました。演題は「放射線ホルミシスとハイパーサーミアで進行がんも延命できる」。午後3時から1時間にわたってのお話で、僕も参加(写真)してきました。実は中村先生と僕とは10数年前からの懇意な関係で、同先生に監修して貰った『みんな知らない低線量放射線のパワー』(早わかり10問10答)という電子本も発行しています。今回の講演会では、放射線ホルミシスに加えて、ハイパーサーミアという「温熱治療装置」を用いることで、より一層ガンの進行を抑えることが出来るという中身でした。沢山の症例を交えながらの分かりやすい講義で、参加した人々からは納得された様子が十分に伺えました。以下今回の講演会の内容と共に、がんをめぐる最新の話題について触れていきます◆この日の講演の最後に中村先生は「がん対策」を以下のようにまとめられました。①がんにならないためには、免疫力の向上とストレスを減らす生活習慣が大切②がん検診による早期発見、早期治療の実行が大事③がんを切除出来た人や抗がん剤、放射線治療で回復出来た人の再発予防はより重要④発見が遅れたり、治療がうまくいかなくて、進行がんや末期がんと向き合う場合、放射線ホルミシスやハイパーサーミアで元気な生存期間を少しでも長くする━━という4点です。世にいう「がん難民」にならないための必須の法則とでも言えるものでしょう。今健康であることを自覚出来る人は、多忙な日々をあれこれ悩み苦しむことはなく、毎日を明るく楽しんで暮らせている人でしょう。だが、そういう人はあまりいません。多くの人は分かっているけどやめられない「生活上の悪習慣」と慣れ親しみ、がん検診なんて無縁だという人が多いと思われます。で、気がついたら時既に遅しというケースが専らでしょう◆畏友・亀井義明氏は15年ほど前からこの坑道ラドン浴・「富栖の里」の創始者として、懸命に庶民大衆の健康増進に取り組んできました。つい先ほどは『ラドンの奇跡』なる映画まで制作して、彼の地元赤穂、姫路から大阪、東京へと試写会を行なって、放射線ホルミシスの効力を世に訴えてきました。僕もそこでの奇跡的な体験については幾つも聞いてきました。一方、ハイパーサーミアってなんだろうと思う向きが多いと思われますが、いわゆる「温熱治療」のようなものだというと分かりやすいかもしれません。大阪華僑のトップ・段為梁氏が「琉球温熱治療」の効用をかつて絶賛されていたことから、僕も少しかじったことがあります。今回中村先生は、ハイパーサーミアが①熱ショック蛋白(HSP)の増加による免疫力の強化と熱によるがん細胞壊死による腫傷の増殖を抑制する②他臓器転移再発を抑制することで、リスクを低減し延命につながるとの説を展開されていました。同先生は長年にわたってご自身が院長をされている彩都友絋会病院での様々な症例をあげつつその効果を強調されていたのです。亀井会長はこれまでの坑道ラドン浴に加えてハイパーサーミアも導入して、より一層のがん対策に効果あらしめたいと力説していました◆僕の母親は胃がんが直接の死因で60歳前に亡くなりました。父親は80歳近くまで元気でしたが晩年、膀胱がんに悩まされました。思えばがんは「親の仇」でもあります。現在のところ僕自身はがんの予兆はないとはいえ、いつ何時襲われるやもしれません。生来の楽天的で強気の生き方の人間だとはいえ、加齢と共にストレスも増してきているとの実感もあります。高校同期の親しい友で笑医塾塾長の高柳和江さんの笑いによる免疫力増説も意識しているところですが、笑っているばかりとも参りません。同世代の友人にもちらほらがん患者が出てきています。この日の講演が終わって中村先生に個別の相談にくる人たちの様子を見るにつけ、人ごととは思えませんでした。7月21日からハイパーサーミアが富栖の里にも導入されるとのこと。ひとりでも多くの人が延命の幸せを実感でき、生きていることの喜びを味わえるようになることを祈らざるを得ないのです。(2026-7-15)

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【101】溢れ出す追憶と連想と知的興奮━━川成洋、吉岡栄一編『英米文学の愉楽』を読んで/7-10

 英米文学が好きで好きでしようがない研究者たち12人による書評論考集である。英文学者でスペイン研究家の川成洋法政大名誉教授から勧められた。読むほどに様々な連想が浮かび知的刺激を受ける。川成さんと僕のご縁は、公明新聞記者時代に原稿依頼をして以来のことだから、かれこれ50年越し。80歳代半ばにして次々と本を執筆し、合気道など複数の武道の鍛錬を常に怠らぬ紛れもなき文武両道の達人である。まず「はしがき」をしっかり読んで欲しいとの注意書きが添えられていた。「実用英語」にばかり走り、削り取られる一方の現代日本の「英学教育」の悲惨な現状への怒りが漲っていた。書評を「政治家の趣味」にしてきたと密かに自負する僕にとって、先達の切り拓いた森林の中に分け入るような期待と緊張感に駆られた◆やっぱり川成洋「ジョン・コーンフォードとスペイン内戦」から読み始めた。コーンフォードなる人物がイギリスの「途方もない知的名家」の家系に生まれ育ち、21歳の若さで戦死した詩人だったことも、筋金入りの共産党員で「スペイン革命」の担い手たらんと「戦う参加者」になったことも知らなかった。勿論1930年代のイギリスが、スペインを舞台に左右双方の全体主義が激突した内戦に巻き込まれるかたちでの「政治の季節」にあったことは分かる。1936年夏に彼は軍に入隊。戦いの中で傷病を負いバルセロナからひとたびロンドンに帰還する。そこで40日間のスペインでの戦場体験を「マゴット・ハイネマンへ」「アラゴンからの手紙」など3篇の詩に描く。青春の只中を生死を懸けて戦った詩人の「戦場体験」が胸を打たぬわけがない。これまでスペイン内戦についてはJ・オーウエルやA・ヘミングウエイらの小説や映画で「観念的体験」をしてきた。だがそれも死と隣り合わせた青年詩人の「生への渇仰」と「死への恐れ」、愛する人への胸掻きむしられる想いなどの〝詩的迫真性〟には遠く及ばない。僕ら「ベトナム戦争世代」にとって彼の国の〝非情事態への受動的加担〟という負目は今も引き摺る。一方、早逝の悼みは、高校2年生時に心臓病で斃れた天風会の畏友・西園寺健弘や20代後半で散った未完の女検事・川上磨姫ら同期生を追憶の彼方より引き戻す◆次は、吉岡栄一「コンラッドの『ノストローモ━━ある海辺の物語』論」である。ジョセフ・コンラッドの著作では『闇の奥』を随分前に読んだだけ。かつてベルギー領コンゴにおける悪辣非道な植民地主義の展開をめぐって、英国を含めた先進資本主義国家全体の罪を問うのか、それともレオポルド2世の例外的行為と見るのかの論争があった。吉岡氏はコンラッドが搾取される現地の黒人への同情心と共に、ヨーロッパの植民地主義のありのままの実態を糾弾した姿勢を進歩的として明解に論及している。実はこのテーマは、ナチのホロコーストとコンゴでの大虐殺との比較論(前者の陰に隠れて後者が無視されている)などの問題を孕んでいて無視できない。かくいう僕自身もヒトラーの残虐の前にレオポルトの巨悪を見逃し「コンゴの惨劇」を失念していた。また『闇の奥』は名映画『地獄の黙示録』と、かの立花隆の謎めいた論考「誰もコッポラのメッセージが分かっていない」を〝キリスト教の闇〟という課題と共に連想させる。『ノストローモ』に関する吉岡論考の終盤はオーウェルとコンラッドの比較論が展開され興味深い。文末の「つづく」の3文字が次号への大いなる期待を招く◆未読の本の書評陣列の中で惹き込まれたのは山本長一「ファビュレーターとしてのイシグロ、マードック、特にムラカミの物語性について」だ。村上春樹とカズオ・イシグロのものは映画を含め随分馴染んできた。山本氏はマードックを加えた三者が三様の物語性を誇っていると高く位置付け、それぞれの作品の「本歌」を探し当てた上で、入れ子細工的に組み込まれた小さな物語の成り立ちを描き出す。その試みを「三点測量」と銘打って20頁ほどにわたりめくるめくような展開をして見せてくれ読む者を飽きさせない。とりわけ僕にとって遠い日の半端な理解に終わっていた村上の『騎士団長殺し』の解読はあたかも手品師の種明かしの趣きのようだと錯覚するほどだった。イシグロの映画化された作品群についてもディック・ミネや中山大三郎らの懐かしの名曲の記憶を呼び覚まさせつつ、答えが分からなかった問題集を解きほどくように提示してくれてこぎみいい。他方、最終編に登場する長尾輝彦「新渡戸稲造と英文学」は、若き日に「われ太平洋の橋とならん」と誓った新渡戸の壮大な心意気が伝わってくる。僕は福澤諭吉『学問のすすめ』は、実は「交際のすすめ」でもあると読み換えている不肖の読み手に過ぎないが、日本の英学の道を切り拓いた福澤の後に新渡戸が続いた故にこそ今があると心底実感できた◆手元に放送大学の教材『世界文学への招待』が新旧2冊ある。最新の2022年版にはイギリス文学はおろかアメリカ文学に関する講座すらない。前号の2016年版はアメリカ文学ものが2つも並んでいたのに。これだけをもって英米文学への関心の退潮を論ずる傍証にするつもりはないが、激動する世界の今に英米文学の側からの発信を期待する者たちにとって訝しさは否定できない。この本は「構築」という研究グループの努力の賜物だが、5冊目にして僕は初めて存在を知った。今からでも遅くない。英米文学を庶民大衆の嗜みの一翼とする作業のささやかなお手伝いをさせて頂こうと思うに至っている。(2026-7-10)

 

 

 

 

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【100】クマを寄せつけない集落をどう作るか━━「熊森協会」のイベントに参加して/7-5

 街中でクマが人を襲う━━日本最大の自然環境保護実践団体である一般財団法人「日本熊森協会」に関わって25年余りが経つ僕も、昨今の報道で見る異常な風景には驚くばかりです。本来は奥山に生息し主にどんぐりなど植物類を食し、人間を恐れる臆病で優しい野生動物であるとの捉え方が一般であり、僕もそう思い込んでいました。ですが、その習性が変化したと見ざるを得ないクマが東北、関東を中心に日本各地に数多く現れてきているのです。既にクマに襲われた死傷者が続出しており、どうすればこの被害にあわずともすむのかとの安全対策が様々な場所で論じられています。さる4日には兵庫県宍粟市一宮町市民協働センターで「クマを知ればクマと出会わない」とのキャッチコピーのもと、クマを寄せ付けない集落作りについての講演会(熊森協会主催)がありました◆講師は、岡居宏顕氏(写真左)豊岡市の有害鳥獣主任対策員で、通称「クマのおじさん」と呼ばれているとのこと。県下で最も出没数が多い地域で「人身事故ゼロと最小限の捕獲」の両立を果たし、高い信頼を集めるプロフェショナルです。この日は、クマに関する広範囲で有益な情報を提供して頂き、あっという間の4時間でした。実はこの日、僕は午前9時過ぎに姫路で合流した室谷悠子熊森協会会長と共に工藤真那本部職員の運転するレンタカーで会場の一宮市民協働センターに向かいました。1時間半ほどで到着したのちに、以前にクマが出た染河内駐在所周辺に移動しました。ここで後刻に野外実践をするので事前見聞のため(写真右 現実には雨で中止)でした。ここで僕は岡居さんと初対面しました。初印象は「イケメンのクマ探偵さん」でしょうか。熊森協会の仲間たちが取り囲んで早速クマ対策論議が展開されました。田んぼの向こう側に川が流れていてそのあたり一帯の森林傍に草叢が鬱蒼と生い茂っています。クマが降りてきても見つからないから刈ってしまう方がいいかどうかとの質問がでたり、岡居さんから山桜の実を食べたクマが出す糞のタネが発芽するためクマの役割が重要だとの話を聞いたりの楽しいひとときでした◆木材の香り漂う「いちのぴあホール」での講演で、最も僕が関心を持ったのは、クマを集落によせつけない「共生の取り組み」での熊森協会のボランティア活動でした。岡居さんからの要請を受けて豊岡市での対策を講じ始めたのが2020年のこと。以来毎年取り組みを重ねてきました。民家近くでクマの目撃情報を受けたのちに、豊岡市と熊森協会の職員やボランティアで連携して、情報収集し、現地視察を重ねて作業を立案検討して、被害対策が講じられて行ったのです。この3年間の活動は、2023年が12集落を対象に55日間で延べ67人、2024年が3集落、12日間に延べ35人、2025年が11集落で22日間で延べ94人に及んだといいます。作業内容は、柿、栗のもぎ取りから、樹木へのトタン巻き、ネット巻き、剪定、伐採、草刈りなどの多岐にわたったようです。熊森協会としては、クマが大量に出没した2023年に、人身事故ゼロ件、9月以降の有害捕獲数ゼロという結果だったことは、安全な地域づくりに貢献出来たものとして強く自負しています。この辺りを改めてきちっとまとめて報告してくれた竹林裕子フィールド担当職員に感謝したい思いで一杯になりました。指導担当にあたった岡居さんは、行政任せではスピード感からも予算面からも、とてもうまく行かず、熊森協会の敏速果敢なボランティア活動のおかげで上手く運んだと高く評価してくれていました◆この日の会には70人ほどの参加者(写真左)がいましたが、地元一宮町で牧場を営む小池時子さんが日頃からの人脈を生かして活躍していました。僕も宍粟市の福元昌三市長始め、公明党の北條泰嗣元兵庫県議、井上洋文元佐用町議、榧橋美恵子元宍粟市議始め多くの仲間に参加を呼びかけました。参加されたのはこの4人でしたが、皆さん「目からウロコが落ちる思いだった」「熊森協会の凄さを知った」と異口同音に吐露していました。かつて僕が熊森協会顧問になった頃に、クマが奥山から里山を経て人里に降りてくるのは、森の荒廃の予兆であると言って、「森林保護政策」と「クマを奥山に追い返すこと」の両立を叫んだものです。当時は「野生動物のせいで我々の生活圏が脅かされる。クマと人間のどっちが大事だと思うとるんや」と文句を投げかけた仲間たちが殆どでした。僕は「両方とも大事だ」と言い返すと共に、「生きとし生けるものの生命の尊さを説いているのが日蓮仏法ではないのか」と心に刻んだものです◆以来20数年が経った今、政治の力及ばず森林の荒廃は収まるどころか乱開発が進む一方です。僕にはクマが街中に出てくる現状は、「だから言わんこっちゃない」です。しかし、熊森協会を誤解する友人や仲間には、「クマを捕殺しないからこうなった」と真逆の反応をする向きも少くなくありません。クマを知ることの大事さを地道に訴え、捕獲さえすればいいとの考えの誤りを強調し、クマを寄せつけない集落作りを推進するしかないと決意を固めたしだいです。(2026-7-5)

 

 

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【99】ユダヤ人とイスラエル国の「闇」━━「歴史」と「映像」から/6-30

 遠い昔に読んだ本のタイトルは覚えているが中身は忘れた。そんなことは誰しもいっぱいあるはず。だが、出版当時著者が誰なのか名前だけでは分からないというケースは珍しかった。1970年代初頭にベストセラーになったイザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』である。著者はユダヤ人ではなく、日本人の出版書店主で著述家の山本七平氏であることが分かってからも、「ベンダサン」の意味をめぐってもかまびすしかった。昨今の「ガザの悲劇」や「イラン空爆」の報道に接するとき、ユダヤ人そしてイスラエルという国について僕らは何も分かっていないことに気づく。イスラエルという国を形成するユダヤ人は「哀れで可哀想な」という印象と「計算高くしたたかな」イメージとが混在してきた。だが、鶴見太郎『ユダヤ人の歴史』を読むことでこの民族の興亡と離散、ホロコーストからシオニズムへの全体像を掴める。そしてNHKのバタフライエフェクト『ホロコーストの記憶と揺れる世界』(6-22放映)を観て、「闇」が晴れたような気がした◆ホロコーストをもたらしたドイツはこの80年余、徹して「贖罪」の道を歩んできた。イスラエルが建国されて以降は同国に対する罪の償いを国家の基本(国是)として位置付けてきた。ヴィリー・ブラント首相(西ドイツ)が1970年にポーランドのゲットーの跡地を訪れた際に、ひざまづいてまで詫びた姿が印象深い。後々まで「ナチス狩り」から「アウシュビッツ裁判」といったかたちで、広く深く「贖罪意識」はドイツ社会に浸透していった。前述の映像では、草の根を分けてでもナチスの生き残りや少しでもホロコーストに関わった人間は許さないとの意思が社会に漲っていった様子が鮮明に描かれていた。かつて僕がドイツに住む学生時代の友人のところに行ってフランクフルトの街中で、ヒトラー・ナチスの凶悪さを口にした際に、強く嗜められた。どこで誰が聞いているか分からないからそんな話は止めろという注意だった。日本人の僕が日本語で喋ることにすらそんな反応だったことに強い違和感を受けたものだった。若き日からドイツに永く住んできた友人には反射神経的にその手の話題を拒む姿勢が身に染みついていたのに違いない◆他方、アメリカも、ユダヤ人との関係はとても濃い。いや、イスラエルとアメリカに住むユダヤ人はほぼ同じ(イスラエルが700万人、アメリカが600万人=2025年)人口構成の上、経済的、軍事的にアメリカにおけるユダヤ人はイスラエルを支援し続けており、地球上で最も深い間柄といえよう。尤も、無条件、無批判に応援するというより、注文付き側面が強いし、21世紀に入ってイスラエルの右傾化の進展に伴いアメリカ・ユダヤ人は「母国」に距離を置くようになった。その点でドイツがホロコースト加害国としてイスラエルに強い贖罪意識を持つのとは根底的に違う。これまでアメリカは中東でパレスチナとイスラエルの双方とバランスをとる態度をとることが多かったことは否めない◆今回の「バタフライ・エフェクト」の映像で、極めて印象深かったのは冒頭のベルリン国際映画祭(2024)である。イスラエル人とパレスチナ人の監督2人が最優秀ドキュメント賞を共同受賞し挨拶をした場面だった。ドイツはイスラエルへの武器供与をやめて欲しいと語ったことに大きな拍手が巻き起こった。だが、翌日ドイツ政府をはじめ公的機関の関係者は反ユダヤ主義だとして強く抗議をし、今後の関係遮断すら表明したのだった。もちろん、ドイツにあってもイスラエルの昨今の軍事大国風の様相に批判は根強い。いや、ガザをめぐる世界各国の空気は、概ねイスラエルやそれを支援するトランプ政権への反発である。日本でもこれまでの「ひ弱で気の毒な」ユダヤ・イスラエル像が真逆の存在へと大きく傾斜していく傾向は明白といえよう。かつての被害者が今や加害者へと立場が真反対に変わったことへの衝撃は大きい。ベンヤミン・ネタニヤフ首相が「じっとしていたら敵にやられる。その前にやるしかない」との〝先制攻撃正当化〟は反ユダヤ主義を引き出すに十分過ぎる好戦的構えなのである◆国家相互の力がぶつかり合う冷徹な国際政治のなせるわざだと言ってしまえばそれまでかもしれない。また背景にはキリスト教とユダヤ教をめぐる想像を絶する宗教史の積み重ねがあると片付けるのも落ち着かない。ではどう現実を見てこれからどうすればいいのか。この事態を前にして、人類は今こそ「東洋の叡智」としての「法華経の智慧」に学ぶしかないとの「60年来の思い」がいや増して募ってくる。(2026-6-30)

 

 

 

 

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【98】遥かなるモンゴル近景━━新旧2冊の本から日蒙関係と自身を重ね見る/6-25

 なぜ今モンゴルなのか。実は僕の関わっている一般社団法人(未来を創る新教育推進会)が8月1日に「出版記念講演会」を大阪で開く(写真左)ことになっており、その対象になっている本が『モンゴル抑留』というタイトルなのである。講演する著者は井手裕彦。元大阪読売新聞の論説委員で今はフリーのジャーナリスト。この人はモンゴルに抑留された人々のうち死亡者をこの10年ほどの歳月をかけて徹底的に掘り起こし続けて、遺族にその記録を届けるという極めて得難く重い仕事(シベリア抑留に比べて殆どこれは未開の分野)に取り組んでいる。この本は現時点までの経緯をまとめたもので、この6月半ばに著者から頂いた。と同時に僕は急に司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの『モンゴル紀行』を半世紀ぶりに読み返したくなった。ということで、立て続けに新旧2冊の「モンゴル本」を読んだことになったしだいである。講演会当日、この本に私も触れた上で挨拶をさせて頂く予定だが、ここでは、当日の予行演習をしてみたい◆モンゴルと聞くと大抵の人は大相撲の力士を思うに違いない。日本人と見紛うばかりの顔立ちと流暢な日本語に異民族であることすら忘れてしまう(因みに僕は鶴竜=現音羽山親方の姫路後援会に所属し毎春のように会っていた)ほどだ。だが、敗戦直後に生まれ育ち日蓮仏法に巡り合った僕のような人間はやはり一にも二にも「蒙古襲来」を連想する。史上初の二度に及ぶ侵略攻撃を受けながら兎にも角にもそれを防いだ歴史の記憶である。以来800年ほどが経った日蒙間の「原風景」を、大学でモンゴル語を学んだ人間として、無類の優しい筆遣いで描いてみせたのが作家の司馬遼太郎だった。1970年代半ばの司馬遼風モンゴル像はとことんこの国と人に寄り添い、読む者の「蒙を啓くタッチ」である。『坂の上の雲』で近代日本がしゃにむに軍事力を磨き上げた末、世界に追いつく姿に迫った司馬は、明治国家は描けても昭和国家の敗戦までの20年は書けない趣旨の発言を残した。とりわけ「ノモンハン事件」(モンゴル側は「ハルハ河戦争」と呼ぶ)を言語に絶する暴挙の象徴と位置付け、理由とした◆井手は、日本国政府は戦時賠償を回避する代わりに、抑留者への調査をする請求権さえ放棄してしまったと指弾している。この本は、シベリア抑留の影で忘れ去られてきた14000人のモンゴル抑留者のうち1700人の死者の「命の記録」を遺族に届けたいとする著者の誓いの言葉で締めくくられているが、日蒙「和解の歴史」への挑発的側面も併せ持つといえそうだ。司馬の本には大正期のシベリア出兵の時と昭和14年のノモンハン事件の時の捕虜のことに併せて触れたくだりが1箇所ある。一方、日本人の捕虜についてもあたかも「捕虜はお互い様」とでもいうかのように1箇所だけ触れられている。ただ、この関係を「逆縁」として「13世紀と20世紀のある期間をのぞいては、長い日蒙の歴史の上で交渉は全くなかった」としているのが印象深い。だが、井手は司馬のいう「逆縁」を歴史上の過去のものとして「見捨てることが出来ない」うえ、許されざるものとしてこだわり続ける◆全9章300頁を越えるこの本から学ぶことは実に数多い。僕は最初に①「はじめに」と、1章、2章を読み、②次に8章、最終章と「おわりに」に飛び、③最後に3章から7章へと戻った。一読者として、①ではそもそもなぜ抑留が起こったかの経緯を、2つの戦争(ノモンハン事件と第二次大戦末期のモンゴル対日参戦)から理解し②では外交的側面から日蒙の「抑留」実態を知るに及び③を通じて著者が己が人生を懸けてこの問題に取り組んできた感性に共感するに至った。読み方は人様々だろうが、僕はこんなアプローチを試みて手応えを感じたものである。これまで数多の「戦争」にまつわる本を読むと共に、歴史上の疑問を解く作業を見聞してきたが、井手の「作法」ほど「理」に叶い「感」を満たすものはないと痛感する◆僕は厚生労働省の副大臣を1年(公明党からは23年間に17人が担当)、衆院外務、安全保障委員会には1993年からほぼ20年間関わってきた。井手はこの厚労(旧厚生)、外務両省の「非情さ」を時に熱く、しばし冷静に取り上げている。僕は自らが関係した官庁の姿勢を殊更弁明する気はない。だが、新聞記者を経て政治家のはしくれに名を連ねた人間として「鈍感」が恥ずかしい。議員を務めた期間以外は井手と僕は似通った境遇にあったはずである。だが、真実を追求し抜こうとする生き様と、ひたすらに自身が知り得た所産を遺族に渡そうと「死亡記録配達人」として徹する彼の鋭敏な姿には到底敵わない。ただただ敬服するのみである。(敬称略/一部修正 2026-6-27)

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【97】様々なる「老いの輝き録」を追って/6-20

 山中直樹ソロリサイタル━━さる6月14日の午後、神戸・御影芸術堂でのこと。イタリア古典歌曲から6曲、歌劇のアリア2曲、カンツォーネ4曲など12曲が次々と披露されるなか、百人近い方々と僕ら夫婦は見事な声量にただ圧倒され聴き入っていました。山中さんは元々「船舶工学博士」。船を設計する仕事をしながらひたすら歌ってこられました(写真左=山中夫妻と左端はピアノ演奏の片桐えみさん)。「職場人混成合唱団指揮者を経て、神戸男声合唱団に所属。神戸浪漫コンサート、神戸文化ホール音楽祭等に出演」されると共に、「アンサンブル・フェスティバル2010で実行委員会賞受賞。第14回大阪国際音楽コンクールでアマチュア部門シルバーコース第一位受賞」などといったプロフィールを見ると、歌の合間に仕事をされてきたのかもと瞬時疑ってしまいました◆僕とのご縁はご夫人の鏡子さんと大学の同窓仲間の会でお会いしてきたことです。このご夫妻はまた無類の船好きで、自前のヨット(フリースピリット号)を操って余暇を楽しんでいます。奥方を「提督」、旦那様は「艇長」と呼び合われるとのこと。文字通りの〝おしどり夫婦〟なのです。昨秋には揃ってイギリスに3週間ほど旅をされたようです。その旅先で鏡子さんが描かれた風景画を仲間内のグループ展に出されました。その展示会に顔を出した折に今回の催しのお誘いを頂いたのです。このようなセレブ風とまではいかずとも、友人たちには色んな趣味で老後を楽しむ仲間は少なくありません。高校同期の石井道信君(写真右)は、かねて年の差10〜12前後の先輩2人とバンドを組んで楽しく演奏会をやっています。年を重ねて遂に4年前にめでたく「卒寿、米寿、傘寿」の三寿トリオの巡り合わせになりました。94、92、81歳の並びになった今も未だ元気に年に数回は多数の観客の前でギターを爪弾いているようですから驚きです。いつまでも続けて欲しいものと思っていますが、こればかりは、さて◆高校同期と言えば、ユニークなのは成川慎吉君です。かねて取得した学芸員や天気予報士の資格を活用して、県立美術館などで展示作品の説明を担ってきました。先年はある著名な画家の作品が描かれた当時の天候を知りたいと言って、わざわざフランスの日本大使館まで行って調査してきたほどですから、入れ込み様は尋常ではありません。また小学校同期の豊田秀昌君は複数の合唱団に所属して歌う一方、今年10回目となる「異文化交流の集い」(写真左)を主宰したり、毎年恒例の播磨国総社のお祭りのプロデュースをこなしています。さらに変わり種は、大学同期の尾上晴久君でしょう。75歳まで現役第一線で働いていましたから、その後の5年間というものは堰を切ったかのごとくあれこれ取り組んでいます。子供たちと一緒のお絵描きから始まって、古文書研究、英国とスペインの両文学講義、最近は能楽のお稽古まで奥方と一緒に謡や仕舞いを始めた(写真右)というのです◆そんな友人たちに比べると、僕などは趣味関連はゼロ。やっているのは議員時代の延長で種々の団体のサポートだけ。議員辞職後の68歳からの10年余りに取り組んできたのは、一般財団法人日本熊森協会の顧問と公益財団法人奥山保全トラストの理事。一社)オール小売連合(AKR共栄会)の顧問と食品衛生に関わるHACCPの委員長。そして専ら原稿を書くだけの一社)安保政策研究会の理事といったところでしょうか。コロナ禍前には一社)瀬戸内海島巡り協会の専務理事として奔走しましたが今や雲散霧消の憂き目に会ってしまいました。これからは、「新しい教育を創る会」やら、ホルミシスの活用による統合医療のお手伝いなどが待っていますが、どうなることやら未知数です。ともあれ、友人たちに比べて「生涯学習」という観点からは何もしていないに等しいわけで、焦ります。尤も、これは未だ「準現役」なのだと思って、80代からの10年にかけることにしています。(一部修正 2026-6-30)

 

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2026年6月19日 · 1:22 AM

【96】今のアメリカを読み解く2冊の本を併せ読む/6-15

 アメリカはどこかおかしい。漠然とした疑問が2冊のアメリカ発の本を併せ読んで解けた。一つは、政治制度の腐敗化と取り巻く人間の堕落。もう一つはエリートたちの国家意識の希薄化。2つは一つ。僕の「読後感」を紹介したい。

⚫︎外国の独裁、腐敗政権を顧客に宣伝を請け負い儲けまくる

 1冊目はケイシー・ミシェル『ロビイストに蝕まれるアメリカ』(小金輝彦訳)。著者は、長くアメリカ政治の「泥棒化」を追うジャーナリスト。ロビイストとは、政府や議員ら政策決定者に対して意見や要望を伝えることを職業とする人のことで、米国では建国以来大いなる影響力を行使してきた。この本では、外国代理人登録法(FARA)という法律があるのに、登録制が無視され、世界各国の独裁政権や腐敗政権を顧客にして、カネを儲けることを主眼にやりたい放題の状態が続いていることを徹底的に告発している。

 トランプの大統領初当選以後、その選挙活動にロシアが関わっていた、つまりロシアの応援を得て当選したというニュースは耳にしてきた。しかし、よもやそれはなかろうという生真面目な思いが祟ってほぼ無視してきた。だが、この本の第15章「お前は終わりだ」から、次章「共和制が危険にさらされている」までの記述を読むに至って驚愕する他ない。加えてトランプのみでなく、バイデン以前の多くの大統領たちも無縁ではないと知った。「外国の独裁、腐敗政権の代理人」と化したロビイストたちの、カネ、かね、金の攻勢の前にアメリカ政治の制度も人間も正常さを失ってきたと見ざるを得ないのである。

⚫︎シリコンバレーで広がる企業家とエンジニアたちの意識の落差

 2冊目は、アレクサンダー・C・カープ&ニコラス・W・ザミスカ、村井章子訳『テクノロジカル・リパブリック━━国家、軍事力、テクノロジーの未来』である。著者たちは、アメリカの防衛、情報機関の基盤をAIで構築する今をときめく企業家。これを読むに至ったのは前号で紹介したように思想家の先崎氏のTV番組での勧めによる。300頁を超す(ちなみに前掲書は400頁超え)本だが、めちゃ読み易い。読み終えて「アメリカの今」がすっきりと分かった気になる。同時に題名は「シリコンバレーの落日」にでもすれば良かったのに、と思った。このネーミングには著者たちの狙いと反することを僕が期待していることを意味する。

 この本の主たる意図は第1章「さまようシリコンバレー」に尽きている。僕風に要約すると、GAFAMと略称されるような米国のテック産業は国境を無意味なものにさえするがごとき躍進を遂げたが、今になってその推進役を担ってきたエンジニアたちは、国家への忠誠心を忘れてしまい、市場における消費のみに関心を寄せるように心変わりしてしまった。彼らを呼び覚まさせ、国家、軍事力への貢献あってこその科学技術力だということを再認識させないと、中国やロシアなど敵対国に負けてしまいかねないという危機意識の発露が窺えるのだ。それを打ち消し得てこそシリコンバレーに陽はまた昇ると言っている。こういう実態は初めて知った。

 著者たちは第二次大戦以後大きな戦争はなかったという認識を披瀝する。確かに冷戦からポスト冷戦、新冷戦などと呼ばれるこの80年間の国際政治は「大国間の戦争」を回避してきたと言えるかもしれない。だが、「平和な時代」だったといえるか。朝鮮戦争からベトナム、イラク、ウクライナ、イラン戦争に至るまで地域の名の下に括られる〝悲劇の連続〟〝不幸の連鎖〟だったのだ。「核の時代の終わり」から〝AIの時代の始まり〟へと、呼び名が変わっただけなのだ。

⚫︎〝カネの亡者〟で壊れる権力と〝平和の代償〟で揺らぐアメリカ

 1冊目を読むことでアメリカという国の中枢がカネによって自壊作用を起こしていることを知り、2冊目を読むことによって、かの国を成り立たせてきた科学技術の最前線を構成する人間の意識が〝かりそめの平和〟のもとで、希薄化しつつあることを知った。つまり、円に例えると、中心部と外縁部の双方が同時進行で腐り、弱ってきていることが分かったのである。

 前者の著者は外国の誘惑の手を招き入れるロビイストによってアメリカが壊れていく現状を描き出し、後者では、このままいくと敵対国家群との軍事力競争に負けてしまうと警鐘を乱打しているといえよう。こういった事態を前にして日本はどうするか。よその国のことゆえ我関せずでいいのか。1冊目を読めと勧めてくれた元衆議院議員の先輩は、こんな国と同盟関係をいつまでも続けていくことでいいのかと問いかけてきた。2冊目の推薦者は、日本の自立への決断を暗示させる言葉で前著を締め括っている。

 「黒船来航」で否応なく「近代化」へと目覚めさせられた日本は、「敗戦占領」の80年でどうなったのか。「2つの77年」を超えて三たび目の大きな岐路に日本は立っているのだが、高市首相はその大事この上ない転機に首相の座についた巡り合わせをどう自覚しているのか。心許なきこともまたこの上ないように見える。(2026-6-15)

 

 

 

 

 

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