この夏も「戦後81年」をめぐる様々な企画がメディア上で賑わっている。そのうちテレビの映像を通じて僕が観入ったものは数多い。なかでもNHK『映像の世紀』〜8K映像で描く第二次世界大戦〜は4回にわたって、日独両国と米ソ仏英など連合国との戦いを交互に対比しつつ追ったもので、毎回息をのみつつ観てしまった。最終回の『地獄』はタイトル通りの凄まじいまでの切ない映像の連続であった。とりわけレイテ沖海戦での過酷さは「我々から文明の仮面を剥ぎ取り全員を野蛮人に変えた」と米海兵隊員が回想していたように、人間同士の争いとはいえぬ酷いものだった。今年も例年の決まりのごとく、あれこれと専らNHKTVを(ビデオに収録し)観まくった。戦争への嫌悪感を改めて強く感じた人は少なくなかったに違いない◆このうち「こころの時代」の『われ過(あやま)てり 生きろ』は異色の内容を持ったもので、ある種の救いを感じた。劇作家で精神科医の胡桃澤伸さんのひとり芝居「鴨居に朝を刻む」で始まる映像だったが、戦争の被害と加害をどう受け継ぎ、どう伝えるのかというテーマを、皆んなで一緒に考えようとする意欲的な中身だった。伸さんの祖父・盛氏が村長をしていた長野県の河野村から満州開拓に73人が出向き分村を作る。だが、戦争終結と共に、現地住民の攻撃を受ける事態になり、「集団自決」という選択を取った。やがてその事実を知った村長は自分が皆を追い込んだことに自責の念に駆られ、一年後に自宅の鴨居で首を吊り自殺をしてしまう◆そのことをずっと知らされず気付かずに生きてきた孫の伸さんがその足跡を知ってから動く。その経緯の中で精神科医で作家の中井久夫氏や詩人の金時鐘氏との出会いがあり、伸さんはこころのひだの深い人間に育つ影響を受けていく。この問題の本質は、戦前の日本政府が中国大陸奥深くにまで植民地を作ろうとした国策と、それに追従した地方自治体の長の後悔と責任感である。祖父の日誌をもとにその軌跡を探る中で、死なずに生きる選択もあったのではないかと葛藤する。「生きること」への真摯な姿勢が観るものの胸をうたずにおかなかった。「満蒙開拓」をめぐっては、昨今殆ど論じられることもないが、先年テレビで教え子から満州に渡るべきかどうかの相談を受けた結果、行ってこいと背中を押した、学校の教師が登場していた。その時の笑顔が妙に気になった。苦渋に満ちた顔をして欲しかったと思ったものだ◆また、同スペシャル『白い旗 水木しげると硫黄島』は、戦時に死なずに捕虜になることの意味を問うものだった。生きて囚われの身となることを恥とし、玉砕を選ぶことでいいのかの問題を突きつける内容だとも思えた。実はこのテーマは「武士道とは死ぬことと見つけたり」といった戦国時代から江戸期日本に定着した考え方の延長線上にあり、旧日本帝国軍人の精神の骨格を形成するものとなった。この「死の美学」ともいうべき生命軽視の歪んだ向き合い方こそ、近代日本における異形な思想として根付いたものといえよう。特攻隊にせよ、沖縄での民間人の集団自決にせよ、余りにも生命を粗末にした場面を思うにつけても、「武士道」を説いた『葉隠』(山本常朝)の罪深さを思わざるを得ない。僕はむしろ「人道とは生き抜くことと見いだしたり」が大切だと痛感する。このフレーズをこれからの日本に定着させたいと心底から思う。(2026-8-20)







