AKR(全小売市場連合)共栄会の顧問に僕がなってから四半世紀を超える。大型スーパーの進出を前に町の小売市場が苦戦を強いられている状況をなんとかせねばと、前世紀末に当時の専務理事の河田正興さん(故人)が、仕入れと配送と保険を三位一体のものにして組み上げたのはグッドアイデアだった。大衆の側に立つ政治の担い手として政治家になった直後に、毎日新聞大阪本社の幹部だった大学同級の友人から紹介されて彼と会ったのが始まりだった。歳月が流れ、一段と小売市場を取り巻く状況は厳しい。とりわけコロナ禍の奔流に河田さんが早々に飲み込まれて逝ってしまったのが悔やまれる◆今はHaccp(ハサップ=衛生管理)委員会に関わる程度でAKR本体の運営には関わっていない僕だが、毎年の定例総会には来賓として参加して、京都、大阪、兵庫、滋賀の会員(小売店主)や、メーカー、ベンダーの皆さんを前にご挨拶をする。今年は5月26日に開かれた。今回は12星座のうち射手座(11月22日から12月21日生まれ)に関する話題と、堺屋太一氏の遺作『団塊の後━━三度目の日本』を踏まえての今の時代の捉え方を絡めて語るべく準備をした。一言でいえば、「人生は楽観的に強気でいけば道は開かれる」との趣旨だった◆この話の背景には、昭和
20年11月26日生まれという僕の出生に関わる逸話が外せない。産声を上げたのは戦後だが、母がその胎内に僕を宿したのは恐らくお正月だったろう。つまり、空襲警報発令の最中に僕の誕生の原因的行為がなされたかもしれない。僕は過去に幾度となく、戦時中に身籠った母と父の楽観的生き様に感心したものだった。しかも僕の星座は、縛られるのが大嫌いな天下御免の自由人である(と言われる)射手座。おまけに血液型は世にいう自己中心的なB型とくる。こういう星のもとに生まれた僕は、戦後の占領期から高度経済成長期を楽観的に強気で生きてきた。という風な話をして、何事もクヨクヨせず悠々と生きることが大事ですよって、勇気づけたつもりである◆更に、話は堺屋さんが前述の著作において近代日本が一度目は明治維新、二度目はアジア太平洋戦争で苦悩の底に沈んだが、三度目はIT競争でまたまた厳しいという見立てに触れた上で、それを回避するために「楽しい日本」の構築を謳っていると運ぶ。この流れは拙著『77年の興亡』とほぼ同じだけに僕の得意球だ。堺屋さんが「流通の無言(=沈黙のレジ)」が平成の時代を通じて日本政府が進めてきた政策の本質だと述べながら警鐘を鳴らしていることを紹介。巨大スーパーと違って、小売市場は「賑やかなレジ」のはずだから、先行きは大丈夫だとの結論にしたつもりだ◆尤もこの日の僕の気分は動揺していた。実は神戸の小売市場の親しい経営者が「近く店を閉めざるを得ない(倒産する)」という話を会場に着くなり打ち明けたのだ。しかも「これから用があるので」と途中で帰ってしまった。予定した話の中身と直前に受けたショックとの落差が我がこころを苛んだ。小売市場への烈風は止まず、抗いは続く。(2026-5-30)





