「読書の秋」は「食欲の秋」でもあり、僕にとっては「面談の秋」でもあるとばかりに、このところ旺盛に人と会って、食事やお茶をしながら本の話や政治、文化、宗教の話題などに熱中しています。ここでは、老若ふたりの学者との出会い(10日)から、大学教員に転身した懐かしい政治家との語らい(12日)を通して、気鋭の文芸批評家の書『日本人の作法』のさわり部分に絡めて、あれこれと考えてみました。
⚫︎秋の夜長に博士ふたりとの懇談
この秋口に嬉しいメールが亡き旧友の息子・久保健治君から届きました。念願の商学博士の学位を大阪市大で取得出来たというのです。彼は経営学者兼コンサルタントとして観光分野を中心に歴史学を活かした経営戦略に取り組んでいます。才能豊かな「行動する学者」として高く評価されています。この慶事を祝うためにかねて尊敬する数学博士の枡田幹也(大阪市大名誉教授)を誘い、3人で懇談しました。分野は違えど学問の道を極めようとする2人の博士の話は、横で聞いていて刺激的で楽しいものでした。
御多分に洩れず学生時代に数学が苦手だった僕は、老いて友人に数学博士を持つという巡り合わせに不思議な思いがします。姫路で自治会長をしていた頃に聴いた枡田さんの「数学小噺」が面白くてタメになったゆえに、エッセイを書かれるべきだとけしかけています。この夜は固辞された上で最近上梓された専門書について「はしがき」だけでも、せめて見て欲しいと「逆襲」されてしまいました。
異業種の人達との懇談の際に、私は政治家の端くれとして政局観や漫談風政界小噺を披瀝し、自己満足しているのが常です。ただし、この日ばかりは些か己が気持ちに迷いが生じたように思われました。
⚫︎遅れてきた文芸批評家の「昭和の論客」への視線
というのは、直前に浜崎洋介『日本人の「作法」』という本を読んでいたからです。この本は、現代政治家の「卑小さ」を、思想家の「高貴さ」との対比を通して見事に描いています。自身を含め政治家の有り様について改めて深く思いをめぐらせざるを得ない境地になったのです。
福田恒存、西部邁、江藤淳ら名だたる「昭和の論客」について、著者は遅れて来た文芸批評家として、自身の思想的遍歴を惜しみなく絡ませながら丁寧に捌いてみせています。と共に、安倍晋三、菅義偉、岸田文雄、石破茂の4人を完膚なきまでに「料理」しています。思想家と政治家の差異を見せつけられるまことに切なく悩ましい本というほかありません。
例えば、著者は福田恒存について「戦後日本を跋扈した軽重浮薄な『主義』達が過ぎ去り、ポスト・モダニズムの浮かれ騒ぎもようやく落ち着いた現在、静かに、そして孤独に、福田の言葉に耳を傾けられる時が来ているのだと思う。来るべき新時代の未知なる地平など信じる必要はない、確かなのは『私』の歩幅だけである」と述べています。福田との出会いを「宿命」と捉える著者の心意気がうかがえる重要なくだりです。著者の深い洞察力に貫かれた思索が続き、めくるめく思いに引き摺られます。
⚫︎4人の首相経験者への辛辣極まる評価
政治家4人への論及は辛辣で厳しさに満ちています。例えば安倍晋三については、かの橋本五郎による『回顧録』をもとに、縦横無尽に批判した最後に、「どこまでが譲れる線で、どこからが譲れない一線なのか‥‥そんな自己の輪郭を自覚する努力だけが、安易な理念主義と、安易な無限包容から、私たちの「実践」を守る営みであるように思われる」と「匕首」を突きつけています。安倍が「加憲」論で公明党に譲歩したことについて「サヨク以外の誰をも寛容に受け入れてしまう安倍晋三の『器』は、ついに『国家百年の計』をも狂わせる可能性があった」とも。まさに安倍のこの「譲歩」ゆえに、彼の「大らかさ」を評価し、その連立を「ハイブリッド的連立」と名付けた者として、複雑な思いに駆られます。
菅義偉は、「取り消すことのできない自己」の感覚(内面生)を持たず、「その自己を生かしてきた「ふるさと」(日本)の感覚を理解できない人間だと、決めつけられています。岸田文雄は、現実の「困難」に立ち向かおうとせず、当たり障りのない答弁と、「敵」を作らない姿勢で「いかに困難を回避してすり抜けるか」を考えているだけ、と容赦なしです。さらに、石破茂については、「私たちが努力すべきことは、この小児病者の弄ぶ『抽象的・文芸的な政治理論』に引き摺られることなしに、彼の『やってること』━━椅子の座り方、おにぎりの食べ方から、その政治的振る舞いまで━━を真正面に見据えること」だと木っ端微塵の扱いです。ここまで言われて、菅、岸田、石破の3人に反論あるやなしや。嗚呼。
⚫︎落選後も日本の社会保障のあるべき姿を学生に論じる政治家
そんな折もおり、かつて参議院議員を2期(兵庫選挙区2001-2013)勤めた辻泰弘さんから、久方ぶりにお誘いを頂き、懇談しました。彼は旧民社党の政策審議会出身の人で、僕より10歳若い人です。58歳で落選後、某企業の役員をしながら、東京医療保健大学客員教授として教鞭をとられているようです。
再会前に、彼が著した『みんなの社会保障』(2025年度版)いう本を戴きました。7章184頁に及ぶ課題を分かりやすく丁寧に一頁づつに収めた見事な教科書です。私見を抑え事実に忠実に正確を期した内容でした。この本を使って週に一回学生たちにあるべき日本の社会保障を講義しているのです。うーむ。
首相たちの無惨な立ち居振る舞いをことあらだてられたあとの一陣の爽風。そう感じられました。(一部敬称略 2025-11-15)




