【17】生まれ育った地域で〝花の自治会長〟を引き受けるー平成27年(2015年)❶/4-10

●新在家自治会長についに就任

議員引退をした翌年(2014年)の春に、私の住む新在家自治会(1丁目から4丁目まで約400世帯が在住)の副会長を仰せつかっていました。この時点に至るまで、姫路市の中で4地域を転々と住み替えしてきましたが、日常的な自治会活動に関与したことは、全くなし。隣保のお世話は全て妻に任せっぱなし。資源ゴミや粗大ゴミ捨てから、溝掃除、地域行事の参加に至るまで、何もやったことがなかったのです。いわゆる変型単身赴任者だったので、ある意味仕方なく、許されてきたのですが、基本的に毎日自宅にいるとなったら、そうはいきません。

ということで、一年間、「自治会長見習い」をしました。このポジションはご多分に漏れず、何処も同じでなり手が中々ありません。副会長を引き受けた段階で翌年の「自治会長」は覚悟していたのです。この地域には、そのむかしに私が出た幼稚園と入学した小学校(2年生の冬に転校)があります。生まれ育った町への、ほぼ65年越しのご奉公、ご恩返しと腹を決めて取り組むことにしました。

●神社へのお参りやお祭りへの参加

自治会長になって、それまでの生活と違うことをあれこれとする羽目になりましたが、最も大きいことは神社への参拝です。この歳(70歳)になるまで、行くことはあっても「拝むこと」はなかったのですが、地域の代表としては、そうもいきません。心ならずも神前に額ずき「二礼二拍手一礼」をすることになりました。

実は、この地域の自治会長経験者に、創価学会員の大先輩や元姫路市議会議員の大先輩がおられました。それぞれお世話になった立派な人格の素晴らしい人です。ただし、過去には古くからの習慣的儀礼との間で、それ相当の〝文化的衝突〟があったようです。お祭りの際にフルバージョンで参加しない自治会があるのは、どうもそのことと関連があったと思われます。古くからの来歴には立ち入らぬようにして、私は新時代に相応しい対応をすると決めていました。それゆえに、何も軋轢など起こさず、うまくこなしたつもりです。

地域のお祭りについては、つくづくいいなあと率直に感じました。とりわけ、神輿担ぎは興奮しました。阿波踊りのように、「担ぐ阿呆に見る阿呆」と言い比べると、罰当たりめと言われそうですが、当事者の悦びはやってみないとわかりません。尤も、「よーいやさー」の掛け声に合わせて、つい年甲斐もなく担いでしまって、翌日以降肩が痛くなったのはお笑いでした。

●地域の人材発見に驚く

自治会長をして、改めて気づいたのは、町内には様々な分野で著名な方や、個性的な方がおられたことです。数学者(大阪市大教授)、日赤病院や姫路循環器病院の医師をはじめ、画家、音楽家から杖術の達人に至るまで、実に多彩な人々がとなり近所に点在されていたとは知りませんでした。

とりわけ、少年野球のお世話を長年されてきた人については驚きでした。息子さんが小学校時代から面倒を見始めて、今やお孫さんの代に移ってなお携わっておられたのです。地域の生き字引のような存在に、ただただ頭が下がる思いがしました。こうした新たな発見をする中で、むくむくと私のあるアイディアが頭をもたげてきました。やがて、生来の新しいもん好き、オンリーワン志向が実を結ぶのですが、それは翌年以降のことになります。お楽しみに。(2021-4-10)

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