●出版好きの歯科医との出会い
男が歳を重ねると、衰えを実感する身体の器官は言わずと知れた、歯と眼と男根です。順序はともあれ、また人によっては違う器官が割り込むことはあっても、この三つが一般的には最初に 白旗を挙げることで、男は生物的に役割が終焉に近づきつつあることを自覚するもののようです。私は歯には自信がありました。残り二つよりも。ところが、議員を辞めた頃から、何かが狂って、歯車が合わず、歯噛みする機会が増えてきたのです。
丁度そんな頃に、親しい友人が大阪からわざわざ姫路まで歯科治療に来ていることを知りました。彼も自らの歯の不都合を自覚する中で、偶々姫路の開業歯科医である河田克之氏の著作を読んだのです。「この歯医者は凄い」と思い込んだ彼は、はるばる自宅のある豊中市から1時間半ほどかけて治療に通ってきていたのです。
そんな歯科医の存在すら知らなかった私は、迷うことなく、その門を叩きました。この人の持論は、一言で言えば、歯垢、歯石を取ることに尽きます。今でこそ、多くの歯科医が歯石取りに取り組んできていますが、それは主たる仕事ではないと長く見られてきました。ということもさることながら、この先生の出版好きには驚きました。現在は参議院議員を務める、元評論家の青山繁晴氏(河田さんの親友)との共著を始め、数冊の自著があるのです。
●歯にこだわった32本の質疑応答
電子本の発刊に傾倒していた私は、治療を受ける合間に、紙の本から電子書籍への方向転換をこの先生に促していきました。しかし、いつのまにか二人で紙の本を出そうか、ということになっていったのです。歯科医と患者の関係から始まって、行政のありようを巡るものまで、とことん語り合おうと、盛り上がりました。で、最終的に、『ニッポンの歯の常識は?だらけ』とのタイトル、「反逆の歯科医と、元厚生労働副大臣、歯の表裏事情に迫る」との長いサブタイトルの本が「ワニ・プラス社」から発売の運び(11月10日発行)になりました。一から十まで、河田さんのお陰です。
まえがきは河田さん。あとがきは私。序論「すべては歯から始まる」は私が担当し、第一部は二人の対談。「今明かす歯と歯医者に関する政治の実態」とのタイトルで、「歯をめぐる最大の誤解」「歯の『常識』を疑え」「歯科医学の将来」などのテーマを、60頁ほどにわたって語り合っています。さらに第二部は、歯科医療の現状と歯医者も知らない歯の真実」と題する質疑応答編です。
「歯をくいしばって訊く教養的な話」「歯に衣着せないで訊くわかりやすい話」「歯が立たないことはない専門的な話」「歯の根が合わなくもない特殊なやりとり」との4章だてで、それぞれ8つずつの8問8答から構成しました。とことん「歯」にこだわった内容で、私が32問訊いて、32の答を河田さんが徹して解説してくれています。
●全国会議員に贈呈、アンケートも
今読み返してもよく出来てる面白い本だと自信はあります。私が魂魄留めて取り組んだ「序論」では、チェーホフの短編小説から説き起こし、阿刀田高編の『作家の決断』の中にある渡辺淳一の心情の吐露を引用して締めくくっています。かなり気合を込めて、政治家をめぐる変遷を描いています。要するに、今、政治家が尊敬されていない現実を、歯痒い思いで自省しているのです。あとがきもこりに凝って書いていますので、ぜひお読みいただきたいものです。
河田さんは、この本を全国会議員に贈呈したいと言われました。一冊1300円します。私は「そんな勿体ないことはよしましょう。どうせ国会議員は忙しくて読みやしないですから」と言ったのですが、「例え僅かな人でも読んでくれるかもしれない」と押し切られました。せっせと、両院議員の部屋に私は持って回りました。その際に、「歯についてのアンケート」を付けよう、そうすれば、多少なりとも読むきっかけになるかもしれません、との提案をしました。
その甲斐あってか、幾人かの真面目な議員や秘書さんから回答がいただけました。今から5年半前のこの奇妙な試みを覚えてくれている政治家は殆どいないでしょうが、私たちには懐かしい思い出です。(2021-5-11)