【34】ジャカルタへの旅でDMOへの思い強めるー平成29年(2017年)❷/7-7

●日本版DMOに熱中しはじめた頃

バンコクから帰って、「瀬戸内海島めぐり協会」として、本格的にDMOへの取り組みを強めることになりました。Destination Management Organizationーこれを頭文字だけとってDMOと呼びます。地域と協力しあって観光地づくりをしようという法人を指します。日本版DMOと呼ばれる様に、欧米先行型の発想でできた観光戦略の柱の一つです。国交省観光庁が推進に努めています。

観光庁、兵庫県と連携をとりつつ、淡路島を中軸に据えたDMOに採用されるべく、まずは候補法人としての資格を得ようと奔走することになりました。兵庫には既に幾つかのDMOがありますが、いずれも十全たるものとはいえず、どちらかと言えば、広島県など西瀬戸内海に位置する地域が熱心でした。これではならじと、「瀬戸内海島めぐり協会」は大いなる意欲を燃やしていきました。その取り組みの一環として、インドネシア・ジャカルタに飛ぶことにしたのです。

●勃興するアセアンの大国での数々の出会い

実は、先に紹介した中嶋嶺雄先生の選集発刊を祝う会で、元日経新聞のジャカルタ支局長K氏と、偶々同じテーブルで隣り合わせになっていました。今もなお同地との関わりを持っていると知り、私はジャカルタへの思いを募らせました。今度もバンコク行きと同様にT氏が同行。3月7日から三泊四日の旅となりました。K氏がジャカルタで待ってくれているという大いに贅沢で、心強い機会でした。

この時の旅でも現地駐在の谷崎泰明大使と会うことは大きな楽しみの一つでした。欧州局長時代に彼とは付き合っていました。今回は本国に帰る辞令が出た直後で、ギリギリセーフのタイミングになったのです。スカルノ、スハルトらのリーダー論から始まって、同国の持つ「多様性の中の統一力」など種々教えていただく絶好の機会になりました。また、多島に囲まれたこの国の観光力は、瀬戸内海に挑む私たちにとって、大いに参考になるとばかりに話も弾んだのです。

更に、この地で偶々開かれる在留邦人と漁業担当相のフォーラムがあると聞き、駆けつけました。JBIC(国際協力銀行)などの現地駐在職員も参加していて、開会前のひとときが懇談の場に。東京外語大のスワヒリ語科で学んだという才媛との会話などを楽しんだのです。この日のメイン・スピーカーであるスシ漁業担当相は「気風の良さに加えて妖艶さ漂う」女傑と聞いていました。うそか誠か入れ墨をしている、とまで。これは確かめるわけにはいきませんでしたが、チャーミングな佇まいの女性で、噂と現実のギャップを感じ少々失望してしまいました。

●中野兄弟会で上京、大沼シンポと掛けもち

池田大作先生が昭和48年に結成してくださった人材育成グループ「中野兄弟会」も、既に目標の30年=2003年を超えて、やがて明後年には50年を迎えます。毎年結成記念日(2-4)前後に、責任者である藤井達也氏らが種々の集いを企画してくれてきました。この年も3月19日に新宿区大久保で記念の会合が行われるので、出向くことにしました。ただし今回は、市ヶ谷での大沼保昭東大名誉教授のシンポジウムと掛け持ち。繋がりが深い大沼さんの試みも外せぬ魅力があるためです。

この日のタイトルは、「文際的世界の国際法」。文明間の差異を超えて、共通する国際法で新たな地平を世界に築こうとの、この人らしい壮大な狙いです。案内状にあった「欧米中心的世界から文際的世界へ」「脱亜入欧信仰からの脱却」などの謳い文句に魅了されるところはあったものの、前の会合との関係から肝心のシンポは抜きに。後半のミニコンサートと懇親会からの参加になったのです。

旧知の橋本五郎、小田尚(ゼミ生)の読売新聞記者コンビの他に、色んな分野の方々が参加していて、魅力あふれる出会いの場になりました。特に印象深かったのは、大沼さんの主たる仕事の一つである、慰安婦問題や人権問題について。政治家との繋がりができたが、ごく少数の人を除いて、まともな対応をしてくれた人物は皆無に等しかったとの発言。当日の出席者で、政治家の端くれは自分だけだったので、いささか無念の思いを抱かざるをえませんでした。(2021-7-7)

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