【208】トランプという名の〝黒船〟━━「国際協調主義」破綻の時代(上)/3-23

 米大統領にドナルド・トランプ氏が再選していらい、国家間の「関税」や「買収」などで世界各国が戦々恐々とする場面が相次いでいる。ウクライナをめぐる米ロ交渉を見ていると「新帝国主義」(佐藤優氏)の時代の到来と呼ぶのも無理からぬことかもしれない。日本に対しては既に「日米安保体制の見直し」を示唆する一方、軍事費の増強を迫る姿勢を見せている。先の大戦後80年の間、多少の紆余曲折はあれ、揺るぎなき同盟関係を培ってきた両国関係に転機が訪れようとしているのだ。これをどう捉えるか。いつまでも「政治とカネ」をめぐる問題で右往左往している場合ではない。上中下3回でことの本質に迫ってみたい。

⚫︎トランプ大統領の素朴な問いかけ

 トランプ大統領の言動が傍若無人に見えるというのは、通常の「人の世のしきたり」とかけ離れていることに起因していよう。一連の「法外な関税」とは別に、隣国カナダやメキシコを属国扱いにすべく脅かしたり、グリーンランドの買収をデンマークに持ちかけたりするなど、常軌を逸した動きが目に余る。ただ、「日本防衛」について、なぜ「豊かな国・日本」のために、アメリカが守らねばならないのかとのトランプ氏の素朴な問いかけは、ある意味ですごく真っ当な言い分に聞こえる。今では日本の名目GDPは世界第5位(2025年見通し)だが、ついこの間までアメリカと肩を並べていた。そんな豊かな国を守るために米国が汗をかき、血を流すというのはおかしいとは自然な感情といえよう。ロシアのプーチン大統領がことあるごとに、「国家の自立」を口にして、米国の庇護のもとにある国家群について揶揄するのも同じ思考から出てくるものと思われる。

 日本は米国に基地を提供する一方、それ相当の財政負担をしている。何も無償で軍事力の提供を受けているわけではない。「アジア太平洋15年戦争」の敗戦の結果として、日本は米国の占領下7年の末に、その軍事戦略体系の中に組み込まれてきた。どう言い繕おうとも、独立国家、自立した国家とは言い難い国柄になってしまった。日米軍事同盟関係そのものを拒否するのではないが、同盟の形態がいかにもいびつだというのは認めざるを得ないのだ。

 トランプ氏が第一期から第二期に至るまで、「応分の負担増」をあれこれ口にするのは無理難題ではない。深読みせずとも当たり前のことかもしれない。つい先日も米NBCテレビなどが民主党政権下で在日米軍が計画していた態勢強化の中止を検討していると報道した。国防費が1750億円ほどの節約につながるからとの理由である。今後の在日米軍の有り様の劇的変化の前触れと見る向きも少なくない。

⚫︎「日本の自立」をいつまでごまかし続けるのか

   日米関係の戦後80年には様々な紆余曲折があったが、基本的に米国の側より「日本防衛」から後退するとの雰囲気を漂わせることはなかった。占領下から解き放たれ、在日米軍の駐在による平穏が自然になり、いつの間にか日米軍事体制の一体化が当たり前になり、こと荒立てて独立の態様を気にしなくなってしまった。2016年〜2020年の第1期トランプ政権の時代にも、日本防衛の根本的見直しは俎上に乗ろうとしたが、結局は手つかずのままできてしまった。それが再び浮上してきたのである。

 私は2022年に日本が三度めの「77年の興亡」のサイクル(①1868〜1945〜2022〜)を迎えることを期に、自公政権が日本の「国家ビジョン」の提起を示す必要性を主張してきた。その最大の問題が憲法9条の取り扱いであることは言うまでもない。10年ほど前に日本政府は「平和安保法制」を制定して、「憲法改正」を待たずに国家の危急存亡の折に対処する限度ギリギリの方策を講じたが、所詮それは付け焼き刃的なものに過ぎない。「専守防衛」の国の構え方の合意さえ国民の間で共有されているとは言い難い。いわゆる保守とリベラルの価値観の違いによる防衛意識の混乱は戦後80年一貫して変わっていないといっても過言ではないのだ。だからこそ、そのテーマを含めて「国民的大論争を起こそう」と呼びかけてきた。残念ながら全くその兆しが表れぬまま、「防衛」をめぐって日本の自立が問われる〝トランプという名の黒船〟の再登場となったのだ。

 さる2月7日の日米トップ会談では事なきを得たようだが、相手の出方に一々身構え続けるのではなく、日本の基本的対応をそれこそ平時から考えて、国民的合意を確立しておかねばならない。国家経営の基本ともいうべき防衛対応に答えを出さないまま、棚上げし続けて誤魔化す状態を持続させることは大いなる禍根を残す。

 過去に防衛担当の大臣職を最も長きにわたって経験してきた石破茂氏が首相の座に就くことに、国民の間である種の期待感があったのは言い過ぎではない。ところが、現実には、得意のはずの防衛問題で手腕を発揮するどころか、カネと政治の問題でもたついた挙句、自身の不手際といもいうべき「10万円商品券バラマキ」騒動で墓穴を掘りそうな現実には惨めというほかない。(以下続く 2025-3-23)

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【207】民主主義における「中道」の役割━━東浩紀インタビューから/3-15

 『公明』4月号の特集の冒頭に掲げられた批評家・作家・哲学者の東浩紀さんへのインタビュー「民主主義のカギは説得と納得━━『中道』とは人間に向き合い、訂正を許容する営み」がとても読ませます。「中道」政治とは何かを追い続ける同誌編集部の意気込みが伝わってきます。ここでは、私たちが銘記したいと思われる東発言を引用していきながら、その主張についての私個人の考えを披瀝してみたいと思います。

⚫︎選挙の勝ち負けだけが政治だとの思い込み

東発言)政治は選挙で終わりではない。選挙はあくまでも国民の代表を決める制度だ。それは確かに民主主義の要だが、政治というものは、本来、その代表同士が話し合って政策を決め、最後に政策を実行するまでを含む。日本に限らず諸外国を見ても、現代の政治はその点がとてもおかしくなっている。選挙の勝ち負けだけが政治だと思い込んでいる。政治家をめざす人物も、目の前の勝ち負けのためだけに戦略を立てている。(3頁)

赤松)そう指摘されて、私が思い起こすのは、最近の選挙戦で与党が「政権選択が問われている」と強調し過ぎることだ。昨年の衆院選ではいつもにも増して、野党各党を名指しして「こんな無責任な政党に政権を任せられますか」と叫んでいる場面が多かった。もちろんその側面は事実として正しいのだが、演説の基調がそこに集中してしまうのは聞き辛い。他党批判より、もっと個別の政策を訴えていくべし、と。これは私だけでなく、多くの人が感じたはず。先月の『公明』には「教育の党公明」に、こんな意見があった。

 「昨年秋の衆院選の際に参加した公明党の演説会においては、公約の第一に「教育を柱に、世界一子育てがしやすい日本へ 公教育の再生 子育て支援の充実」「すべての子どもが輝く社会へ 教育環境の整備、教員の働き方改革や処遇改善などを推進」と掲げたビラをもらい、私は大いに喜び、期待した。しかし、選挙戦においては、教育についての具体的、積極的な提案は、残念ながらあまり聞かれず、大きな争点とはならなかった。だが、それは公明党に限った話ではない」(54頁 山崎洋介「ゆとりある教育を求め 全国の教育条件を調べる会会長)

 ここでは「教育」に限った話のように聞こえるが、現実には昨今選挙が加熱すると政権選択の名の下に、具体的な政策論争がどの分野に関してもすっ飛んでしまい、選挙後も与野党対立ばかりが目立ってきている。

⚫︎政治における「訂正」と「修正」の違い

東発言) 私自身、政治とは「訂正の場」のことだと考えている。民主主義を健全化する手段としては「訂正可能性がカギになる。訂正の反対にあるのは、異論を排除する『論破』の思考であり、一つの意見に固執する個人の頑なさだ。(中略)  「中道」とはそのような訂正を許容する営みだ。(5頁)

赤松) ここで、「訂正」と聞くと、「修正」を思う向きが多かろう。前者は間違っているものを直すとの意があり、後者は曖昧な表現を正すとの意味合いがある。この2つの違いは大きい。従来の「中道」の捉え方は、政治的に左右の立場の間に立って、どちらでもない道を行くことを指すことが一般的だった。だが、このスタンスは「中道」というよりも「中間」というべきだろう。東さんは、「中道」とは、「頑なさ」が基にある「論破」を伴うものではなく、「柔軟さと潔さ」がベースにある「訂正」の大事さを主張しているように思われる。「訂正を許容する営み」とは、「間違いを率直に認めて新たな方向を目指す姿」と言い換えられよう。

東発言)ちまたには論破という言葉が溢れているが、民主主義にとって、それはとても良くない考え方だ。民主主義は、論破して勝ち負けを決めて終わるものではない。(中略)  民主主義に大事なことは、皆が意見を変える、つまり皆が互いに「訂正し合う」プロセスだ。それがなければ社会は動かない。(6頁)

赤松)  皆が互いに「訂正し合う」ことは、その場に居合わせるお互いの間に「尊敬の念」がないと難しい。相手を言い負かすことにだけ意を注ぐ人たちが集まって議論しても、真っ当な価値は生まれないに違いない。

⚫︎政治と文学の相関性

東発言)人間というのは決して合理さだけで動くものではないことを学ぶのが文学だ。この部分が欠けているから、高圧的な説得しかできなくなってしまう。(7頁)

赤松)この発言が出てくる前に、フランスの哲学者ジャンジャック・ルソーが政治思想をめぐる著述と同時に小説を書いていた事実の持つ意味を強調しているくだりが興味深い。「過ちを繰り返す弱い個人が、互いの対話を通じて自他の考えを柔軟に再解釈し、訂正を長く続けてゆく」姿が表現されているという。政治家としての私の師は、常に文学にまつわる教養の大事さを解き続けた人だった。そして様々な課題に粘り強く説得をしてみせる人だった。それを知っていながら本は読んでも文学とは疎遠で、説得が苦手な私は何も学んでいないというほかない。恥ずかしい限りだ。(2025-3-15)

 

 

 

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【206】「自由」の果てに行き着いた「専制」━━日米教育比較から/3-8

 日本の教育の歪みは、「いじめ」「ひきこもり」「学力不振」「創造性のなさ」などに現れてきており、幅広い分野で社会全体を揺さぶるに至っています。戦後80年、米国の占領統治時代を経て、その国から「民主主義教育」が導入されました。その結果が今日の惨状に繋がっているとしたら、何がいけなかったのか?一方、米国は、「自由の盟主」の名をほしいままにしてきましたが、ここに来て「専制国家」と見紛うほどの体たらくぶり。その根源はどこにあるのか?日米教育比較の視点で追ってみます。

⚫︎米国の教育の有り様を日本との比較で見ると

 米国と日本の教育の比較で大きく違うと思われる点はなんでしょうか。①義務教育のあり方②大学受験の仕組み③大学の学部制度の3つが挙げられます。まず一つ目。日米共に、大学までは基本的には6-3-3制ですが、日本では義務教育は最初の小中の9年間であるのに対して、米国では高校を終えるまでの12年間なのです。したがって公立高校の受験はありません。二つ目。米国では入学試験は大学から。ただし日本のように落ちたら浪人して翌年以降に挑戦するということはなく、とりあえず現役で入れるところに入れます。入学に際して、米国では日本のような筆記試験はなく、すべて書類審査だけ。このため幾つでも併願できるのです。気に入らなければ、3年後に違う大学に編入する「トランスファー」制度があって、そこで改めて挑戦することができます。次に三つ目。大学4年間には日本のような「学部」はありません。どこの大学でも、4年間に学ぶのは教養のみ。その期間の間に漠然と理系か文系に分かれるといったことになり、日本のように大学に入るときから、細かく分かれた学部を選択するという形ではないのです。(これ以外にも、ホームスクーリングや9月新学期制、飛び級など多々ある違いについてはまた改めて)

⚫︎日米どっちがどういいか、悪いか

 高校までが義務教育で、日本のように中学から高校に行くときの受験がなく、大学の入学も筆記試験が基本的にないとなると、どういうことが起きるでしょう。小学校から中学卒業までの歳月を、大学入試という筆記試験に絞って真一文字に頑張ることの弊害がなくなります。高校卒業の18歳までかなり自由奔放に楽しい生活が送れるように思われます。しかも大学入試は筆記試験ではなく、高校までの生活態度や常日頃の成績全般が加味されるだけとなると、一発勝負ではなく、いわゆる地力がものいうわけです。この違いは大きいといえます。私のような戦後第一世代にとって、大学入学の筆記試験が全てを決めるというのは、顧みるとあたかも「ギャンブル」のようなものでした。高校3年の時に幾つかの大学を受けた私は全部失敗、一年の浪人の末にやっと一校だけ辛うじて合格しました。本当にラッキーでしたが、それで大学時代は殆ど勉強せずに、辛うじて卒業できたというのも思えば摩訶不思議なことでした。このため、後々苦労するわけですが、これって平均的日本人が経験してきたところでしょう。それに比べて米国の場合は高校卒業までの「受験戦争」が なく、大学に入ってから卒業するまでに専門的な学問を身につけるべく勝負をするわけです。その間の努力次第で卒業の可否が決まります。卒業できないと、入学も実質的に意味を持たない(価値が認められない)とされる社会なのです。彼我の差はとても大きいと思われます。

⚫︎GAFAMなど突出した企業が米国に集中

 日本においてだけでなく、「いじめ」は万国共有のように思われます。「ひきこもり」についても同様で、日米の差は殆どなさそう(日本の急増は特徴的)です。それに比べて明確な違いは、大学生の能力や創造性の面では明確に差異があるように見えてきています。21世紀になって25年。GAFAMやMagnificent7と呼ばれるような世界を席巻する企業群がアメリカに続々と出てきたのに比して、日本は全く太刀打ちできない状況が明白です。これは上記のような教育制度の違いがもたらしたものではないかと、思わざるを得ません。日本経済がバブル崩壊と共に、長期デフレ傾向に入り、失われた30年と呼ばれてきた間に、AIの進展と歩調を合わせてアメリカはグングンと個性豊かな企業が羽根を広げてきたのです。

⚫︎「自由」の果てに行き着いた「専制」?

    こうした突出したAI企業の存在をどう見るといいのでしょうか。巨大な利益を得る力だけを見て、人間の能力、社会、国家の優劣を判ずることには異論がありましょう。トランプ政権の中枢にイーロン・マスク氏のような存在があって、独自の強引な采配をほしいままにしています。あたかも「自由」な教育の果てに、「民主」を否定する「専制」的な仕組みが待ち受けていたとは、実に「皮肉な逆転現象」といえるかもしれません。〝弱肉強食の国際社会〟の時代の到来を眼前にして、指導者に道徳を説いても、所詮〝引かれ者の小唄〟と揶揄されるのが関の山かもしれません。我々はまさに地球的規模での分岐点に立っているといえましょう。(2025-3-8)

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【205】政党として未熟過ぎる「維新議員の罪」の背景/3-2

 3月1日に日本維新の会が党大会を開いた。そのニュースを見聞きしながら、大阪維新の会が誕生した2010年に、「新鮮さと驚き」を感じたことを思い出した。日本の戦後史の中で、いわゆる社会主義、民主社会主義、共産主義といった左翼イデオロギーを根幹に据えた政党と全く違う出自を持った政党だということに「親しみと脅威」を感じたものだった。確かに大阪という日本第二の都市を基盤とする地方発の政党ではあるが、その狙いは、広範囲な保守層をターゲットにした「脱イデオロギー」の理念を持った存在であると素直に理解した。「次世代のための政党」「道州制を実現する政党」「永田町文化を変える政党」といった三本柱で従来型の古い政治の限界を打破するとの方向性を聞くにつけ、自民党と並ぶもう一つの保守政党として、大きく育つ可能性を感じないわけでもなかった。それは自民党政治の変貌を目指して60年戦ってきた公明党と、似て非なる佇まいを感じ取れたからかもしれない◆しかし、この度の兵庫県議会の岸口実氏ら同党所属3人の議員たちがしでかした〝犯罪的行為〟はいったい何なのか。斎藤元彦知事らの疑惑に関する情報を「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏に提供していたとの〝事件〟のことだ。これまで、セクハラを初めとする人間性を疑う破廉恥議員を各地で生み出してきた政党であるとの印象が強かったが、これはまた知性を疑わざるを得ないお粗末議員仲間の誕生である。報道によれば、知事選期間当初にいわゆる百条委員会の非公開録音データを流出させたり、真偽不明の文書を手渡す場に立ち会ったなどという。立花氏らが「世の中への強い発信力を持つ」と思ったことを理由に挙げていた。扇動的動きを主眼にした候補への加担の意味を知らなかった議員がいたとは、もはや絶句するしかない。県議会の維新は、2020年の斎藤知事選擁立をめぐって自民党の一部勢力と共に主導的役割を果たした。4年後の「知事疑惑」に浮き足だった県議会の中で表面の動きとは裏腹に、知事を守りたいとの〝組織としての一念〟が発端だったとしたら、責任は3人に被せて済むものではないともいえよう◆前回のこの欄で取り上げた匿名鼎談の際に、某新聞社のトップが様々な反社会的行為やら、事件を相次いで起こす議員が維新に多いことを挙げて、政党の体をなしていないと、激しく詰ったものだった。その際に、構成メンバー個別に問題議員は多くても、政党全体としては未だ存在価値はあるとして、私は同党を守る発言をしてぶつかった。だが、今回の「事件の発覚」で、組織的要因さえちらつく今となっては、身の不明を恥じざるを得ない。「維新」をめぐっては、同党のシンパも含め内外様々な方々と、議論する機会は多い。その際に、同党は、議員候補を選ぶ上で、なぜもっといわゆる「身体検査」をしないのか、また議員になったら、その座に相応しい人間になるように訓練しないのか、という同党の「ガバナンス」を問う観点が話題になる。この度のことを受け、「ガバナンス委員会」を外部有識者で構成して動き出すというが、遅すぎよう◆この党には、「ジャパニーズドリーム」とでも言えるようなオーラがあると見る向きが否定できない。閉塞感漂う現代日本にあって、この党から議員候補に選ばれると、短時間でその座を射止めることができ、若くして高額の収入を得られることが多いからというのだろう。それならそれなりに、その地位を得るに相応しい努力をしているかというと、あまり感じられず、また元々その地位につくだけの付加価値を持っているかというとそれもない。単に見栄えがいいとか、元気があるといった、ある種の上辺だけの勢いだけで選ばれる人が多い。それでは、事故を起こすのは当然かもしれない。私はかつて民主党(今の立憲民主党の前身)が誕生した頃に、「早く追い立て民主党」と、揶揄った。維新についても、冒頭に述べたような観点から、それに近い成長を半ば期待する気分がなくはなかった。しかし、他党のことにそんな関心を寄せるのは無駄で余計なお世話に違いない。(2025-3-2)

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【204】新聞、テレビそして政治の劣化をどう見る━━現役OB匿名記者鼎談/2-22

 私が現役だった当時に付き合った新聞記者たち(現在、50歳代後半〜60歳代)は今どうしてるのでしょうか。分社の社長に上り詰めたり、系列テレビ会社の社長になったり、いわゆる「出世」した連中が少なくないのですが、偶々先日3人がそれぞれの地から姫路に集まりました。話題は昔日の思い出話から、昨今のメディアの苦境に至るまで広く飛び交いました。ここではそのうち、フジテレビの日枝さん、読売新聞のナベツネさん、兵庫県の斎藤知事をめぐってのやりとりを匿名で紹介します。架空ではなくホンモノの鼎談を取捨選択、一部加工したものです。(ABは大手新聞社、CDはテレビ会社、EFは地方紙に勤務。 敬称略)

⚫︎ナベツネさんと日枝さんの似て非なるところ

AB)中居の問題が発端になったフジテレビの一連の不始末を追ってると、本当に情けなくなるね。根底には女性アナへの「人権無視」があると思うけど。接待に女性アナを使うのって、どこのテレビ局にもあるのでは?CD)いや、それはないよ。少なくともうちの社は断じてやってない。他社もそうだよ。フジだけの文化だ。尤も、政治家との懇談の場に女性記者が出ることは最近多いから気をつけないと、妙な問題に発展しかねない。AB)それって別の次元の話だよ。記者は取材という仕事で政治家に会う。アナウンサーの仕事に関係のないことに駆り出されるって変だよ。フジテレビのアナウンサー採用は上層部の好みが反映してるって噂があった。EF)読売の渡辺とフジの日枝は2人とも長期にわたって君臨してる面で同じだけど、両社の体質って似てる?
CD)外から見てる限りはワンマン体制という意味では同じだけど、読売の連中に言わせると、渡辺は人材育成を考える点で私物化してきてはいない、No.2を常に潰すようなことはしてこなかったっていうよね。

AB)将来の人材は必ずと言っていいくらい社長秘書室に配置して直接薫陶してたけど。あれだけ長くトップを続けると弊害は出てくるはず。尤も社長が次々と変わるって会社だから別に良いってこともないけどね(笑)。EF)ともあれ、長時間にわたる記者会見でフジテレビ幹部は吊し上げとも言える場面に直面した。それを日枝はどう見てたのか?みんなだらしない、俺ならこうするのにと思ったかどうか。彼のナマの声が聞きたいね。

⚫︎情実に振り回されて真実を見失ってはいけない

CD)ところで、新聞もテレビも今SNS、とりわけユーチューブに引っ掻き回されている現状がある。我々の若いときと全く違って報道の有り様が根本的に変わってきた。去年の都知事選、兵庫県知事選がいい例だけど。EF)県知事選その後は、混乱の極致だね。斎藤の「パワハラ」から、県職員幹部の死に端を発し、百条委での知事追及の先陣切ってた県議が斎藤再選と同時に辞職。その後自殺した。選挙は、斎藤知事擁護に徹したNHK党の特異な行動。そして知事の「選挙違反」疑惑。さらには維新の県議2人の新たな不祥事が明るみに出た。AB)これは複雑怪奇な事件といえるけど、まずは問題を整理しないと。斎藤知事の「らしからぬ人間性」、リーダー不在の県議会、トラブルメーカーのNHK党、この3つがポイントだ。選挙の前と後でがらり変わった。

CD)選挙前は、知事主犯説で議会もメディアも一致していた感が強い。ところが選挙になって立花らNHK党の参入で一変した。立花は知事はむしろ被害者で、T県議らが仕組んだ謀略だとSNSを使って騒ぎ立てたんだ。EF)確かに、僕もあの動画を見て、T県議らの仕掛け説にハマったよ。だけど、同県議が死を選んでから、ちょっと見方が変わった。自分にやましいことがなければ断固戦うべきなのに、どうして沈黙したのだろうかと。AB)うーん。激しい非難攻撃を受けるとねぇ。第三者があれこれ言っても隔靴掻痒の感は免れないね。でも、生きてて欲しかったね。日本人の文化として、死者に鞭打つことは悪だからね。彼の死後、風景は一変した。EF)あの立花でさえ、前言をひるがえさないまでも、トーンを変えた。形勢逆転して逆に立花謀略説が主流になったのには驚いた。新聞各紙もT県議を悼む記事を発信し、SNSによる世論形成の非を問う声が強まった。CD)選挙で知事再選という大逆転で知事の高揚は自然だけど、選挙違反の件が表沙汰になって、知事が再び能面になった。知事の他人ごとのような発言を聞いてると、この人の人間として感性を疑ってしまうよね〜。

⚫︎大手メディアの役割いまこそ

AB)実は、泉前明石市長も常軌を逸した面を持ってると思った。彼は自分が感情をコントロールできない病持ちであることを認めていた。彼をよく知るある学者が障がい者が市長をやっていけないか、と庇っていた。EF)知事の場合はそういう話は聞かないね。それにしても、県議たちはどうしているんだろう。知事を選挙前には追い込んだけど、どんでん返しをくらって慎重になったんだろうか。今は「選挙違反」の推移待ちかな。CD)選挙前までは自民党県議団の中にまとめ役がいないとか。国会議員団があれこれ口を出すだけで、いい加減さが目立つとか批判の声があった。先程話題にしたメディアの2トップのようなドンがいないのは確かだ。AB)こういう議会や議員の体たらくや、かなり異色の自治体の長を前にして、既成のメディアが右往左往して、SNS を操る特殊な存在に振り回されるっていう現状は打破しないといけないよ。人の生死を超えたところで、つまり、情実にも振り回されないで、事実を掘り起こしつつ、真実を突きとめていきたいものだね。(2025-2-22)

 

 

 

 

 

 

 

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【203】苅部東大教授の公明党への注文━━理論誌『公明』3月号から/2-16

『公明』3月号でインタビューに答える苅部直東大教授

 3月号の『公明』に苅部直さん(東大教授)が、昨年の衆院選に関連して率直な公明党への注文をつけています。ここではその指摘をどう受け止めて、どうこれから対応すべきかを考えてみたいと思います。苅部さんの指摘をあげた上で、私の考えを提示していきます━━あたかも対談のように見えてきませんか(笑)。

⚫︎対自民の歯止め乏しく、独自方針の努力弱し

苅部)一つは、連立を組む自民党に対して歯止めをかけ、独自の方針を打ち出す努力が、最近は乏しくなっているのではないか。(中略)  結党当初から中道政治を掲げている公明党の凋落を、なぜ止められなかったのだろうか。昨年の衆院選において、中道を掲げる公明党は本来ならもっと伸びてもよかった。それが難しいとしてもせめて、現状維持にとどめられたはず。もう一つは、「政治とカネ」の問題に対してこそ、公明党は清廉さをアピールできたはずなのに、それができなかった。以上の2点は、政党としてきちんと検証し、関係者でよく議論すべきだ。(8頁下段〜9頁上段)

赤松) ご指摘の通りだと思います。与党になって、当初はギクシャクしていましたが、連立を組んできたこの20数年というもの、段々関係が深まり、良くも悪くも自公は一体化してきました。いい面は、統治する力つまり責任政党としての実力が付き、提案した政策の実現も官僚機構との阿吽の呼吸でスムースになりました。一方、悪い面は、公明党らしさが影を潜めてしまったですね。つまり、総点検など現場に走って、実態を調査する姿勢が以前より減ってしまいました。庶民大衆よりも役人、自民党に寄り添う傾向が強まったと残念ながら見ざるを得なかったのです。「政治とカネ」問題では、昔なら〝ちゃぶ台返し〟をする場面でしたが、妙に物分かりが良くなり、自民党を庇う姿が印象に残るばかりでした。自民に身内意識が強くなってしまっては、庶民の反感を買いますよ。

⚫︎一般市民との接点を日常的に作れ

苅部)個人的な見聞を言うと、同じ地域に住み続けて20年以上たっているが、その選挙区から当選した国会議員その人については、選挙期間も含めて、顔を見たことすらほとんどない。小選挙区選出の議員でさえそうなのだから、比例選出の場合など、接する機会はまずない。こういう状態を変えるべきだ。(9頁下段前半)

赤松)うーん。公明党の国会議員は党員、支持者の前に顔を出すのが精一杯で、世間一般の皆さんの前に姿を現すという場面は、街頭演説ぐらいで、殆どないかもしれませんね。私も反省込めて振り返れば、普通の有権者と語り合うというのは、20年間の現役時代を通じて数えるほどだったと告白せざるを得ません。自分の友人とはあれこれやり合っても、不特定多数の外部有権者との接触は難しかったと言うのが現実です。議員がどんどん地域の人々の意見を聞き、言葉を交わすべきですね。

苅部)公明党も自民党も議員が支部組織・支援団体を回って、そこで挨拶するだけで多忙になってしまう状況は、もちろん理解できる。しかし、それだけでは、どんなに優れた実績や能力、人柄があっても、一般市民に認知されない。市民との接点を日常的に作ることに、政治家が努力していない。それが、公明党始め既成政党に対する支持を減らす原因になっていると思う。(9頁下段後半)

赤松)私の場合、最初の選挙で落選しました。それから足掛け5年というもの、駅前で朝立ち演説をやったり、夕方、スーパーや市場の前で演説をよくしたものです。ところが当選すると、いっきにその回数が減り、地元に帰った週末だけとなり、やがては選挙の時だけとなってしまったと言わざるを得ません。ただ、公明党の地方議員は、街頭演説を競い合ってやってきています。私の後輩の県議は凄まじいまでの活動で身体を壊してしまったケースもあるほどです。

苅部)党員、支持者だけの内輪の集まりではなく、地域の市民に向けた国政報告会を定期的に開催するとか。そういった活動に、もっと熱心に取り組んだ方がいい。(10頁前半)

赤松)確かにそれは大事です。かつて1990年代初めまでは、選挙に際して立ち合い演説会がありました。各政党の候補者が全部集まり、地域ごとにそれぞれ演説を競ってしたものです。激しいヤジが飛び交う場面続出でした。結局それもなくなりました。政治家が楽をする方向に選挙の仕組みを変えていってしまったのです。

⚫︎党内議論を見えるように徹底的に行え

苅部)厚生労働省など、政府による説明は、しばしば詳し過ぎて分かりにくい。(中略)   公明党にとって社会保障の問題は、もともと得意な分野のはず。それ以外の領域も含めて、政府の施策を、官僚に代わって丁寧に説明し、市民が納得できるよう努力をしていけば、公明党の前途もそれほど暗くない。(10頁下段中盤)

赤松)それもまた大事ですね。公明党は国交大臣を連続7人輩出していますが、厚生労働副大臣や農水副大臣、財務副大臣や政務官などは10人を超えているはずです。私のように引退したものも多いですが、現役のメンバーが力を合わせると展望が開けるかもしれません。ただし、政府の施策を説明するというだけでは、結局は与党化、自民党化に直結する可能性大ですから。批判も折り込みメリハリつけないと、妙なことになってしまいます。

苅部)融通無碍に色々な声に対応するというのではなく、公明党としての統一された立場を打ち出さないといけない。ただ、重要なのはそうした結論に至るまでの過程の方だろう。(中略)  党内での議論を、党員・支持者に見える形で徹底的に行えば、多くの参加者が納得できる形に落ち着くのではないだろうか。(11頁前半)

赤松)党内議論の見える化という課題はとても大事ですね。古い話ですが、私の現役時代にPKO(国連平和維持活動)を巡って、党内の侃侃諤諤の大議論があったのですが、それを逐一公明新聞紙上に掲載していったのです。全議員の賛成、反対それぞれの言い分を党員、支持者に明確にわかるように公開していったのは画期的でした。今なら、経済格差や原発、環境問題を始めとする課題などでの党内議論をもっとオープンにすべきですね。(2025-2-16)

 

 

 

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【202】「架空鼎談」通常国会の与野党論戦をどう見たか/2-7

02 通常国会の序盤戦━━衆参両院での各党代表質問、そして衆議院予算委員会での冒頭の基本的質疑(テレビ入り)が終わりました。ここでは、石破茂首相と野党代表との論戦、公明党の戦いぶりに焦点を絞って、いつものように、爺、父、孫娘の3人による「架空鼎談」を紹介します。

⚫︎「少数与党」だからこその新展開を期待

娘)今年の国会は「少数与党」ということで、当初から政府予算案の修正のなりゆきが話題になっているよね。それって、今までのように原案から〝ビタ一円〟も削ったりしないことがわかりきった予算案審議よりもよっぽどましって思うけど。政治家さんたち、発想の転換しないと、AI時代に取り残されてしまうわよ。
父) 政府与党としては野党からあれこれ言われた末に修正するっていうのは、沽券にかかわるっていうのが専らだったけど、広範囲な国民の意向を取り入れることに繋がると割り切ればいい。決して、悪いことじゃあないよね。予算委員会が従来は野党の与党スキャンダル追及の場で、予算は二の次になってしまってたからね。爺)それに、今度の国会では、当初の首相以下全大臣が出席しての総括質疑が終わると、3日間は省庁別質疑ということで、各省庁に対して個別の質疑をする機会をもうけることにしたのもいいことだよね。これまで長年分科会質疑という名のもと、予算質疑の大勢が決まった後の消化試合みたいに、陳情質問の傾向だったから。娘)まるでいいことづくめみたいね。じゃあ、これまでのような「不祥事追及」はなしになるってことかしら。それもおかしいね。多分議論の場を変えてやればいいんだよ。要は予算案を人質にしなけりゃいいんだから。父)ただ、気をつけないといけないのは、野党の要求を野放図に受けいれて、予算が膨張してしまうことは避けないとね。既に、今年度予算案の一般会計総額は115兆円を超えていて、借金依存の体質は強まる一方だから。爺)これを機会に、与野党共に、財源確保と歳出改革を両睨みで考える姿勢を徹底することが大事だよね。そのあたり、公明党が目を光らせて、合意形成のリードを取れるかどうか。これが予算案成立までのポイントだ。斉藤公明党の新出発もまずまずだったね。あの人は明るさはなみじゃないよ。ただ気負い過ぎてちょっと勇み足が気になる発言もあったみたい。岡本政調会長の初デビュー質問は口うるさい仲間が絶賛してたよ。

⚫︎小手先のごまかしは効かない「政治改革」

父)「政治とカネ」の扱いが微妙だね。3月いっぱいで「企業団体献金」の取り扱いを決めることになってるので、予算案審議と重なる。石破首相の答弁ぶりは、全体のトーンが低姿勢なのに、「政治とカネ」をめぐってはゼロ回答だとの批判が強く出てる。ここは注目されているけど、カギを握るのはやはり公明党の態度だよ。娘)「政治改革」はもう決着がついたのかって思ってたら、未だなんだ。「企業・団体献金」をめぐる自民党と野党の間の溝ってどこにあるの?野党各党はほぼ全面禁止で一致してるけど、自民党は断固反対なんでしょ?父)自民党は「企業・団体献金」が生命線だから一歩も引けないんだね。透明性を確保すればいいっていうんだけど、この党のカネにまつわる過去の流れを追うと、いささかどころか、疑問視せざるを得ない点が多いよ。爺)30年前の「政治改革論議」で、最終的に細川護煕さん、河野洋平さんの与野党トップの決断で、国民ひとりあたり250円の負担による「政党交付金」の支給が決まった。一般的にはこれは、「企業・団体献金」廃止の見返りだと受け止められたんだけど、石破さんは真っ向から否定している。結局玉虫色決着だったわけだ。

⚫︎注目される「人間政治」の真価発揮

娘)国会って、いつでもそんなことで大事な問題を曖昧にしてきたのね。この問題も水掛け論に終わりそうねえ。公明党は与野党の狭間にあって、どう打開しようとしてるのかしら。国民民主党の態度も気になるけど?父)公明、国民民主両党は共に、第三者機関というか、有識者の判断に委ねようという点で一致してるようだ。娘)政治家間で行き詰まったら、第三者機関の登場って場面が多いけど、そのうち、AIつまり巨大情報処理機構に頼らざるを得ないようになるかもしれないね。間接民主主義の疲弊が著しいから、直接民主主義をAIの駆使で可能にしようとの試みが実験的に行われつつあるようだわ。でもそこには、人間の叡智が反映されないと。爺)そうだよ。この国会は、予算が当面の最大課題だけど、それが終わると、選択的夫婦別姓問題や皇位継承にむけての皇族数の確保といった、国家、社会の根幹をなす問題が待ってるよね。加えて、トランプ米大統領の再登場で、外交、防衛から関税などの多方面での予測不可能な対応を迫られることが目に見えているよ。  父)石破訪米で、トランプさんとの初めての会談がもう直ぐ始まるけど、興味津々だよね。どちらもキリスト教カルバン派のプロテスタントだから馬が合うはずとか、ゴルフをしないからうまくいかないとか、世間は喧しい。石を破るって名前の持つ威力で、トランプ流駆け引きを翻弄して欲しいね。注目する国民の方が、「困った時の神頼み」になる心境だよ。(2025-2-7)

 

 

 

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【201】「地方創生と列島改造」に立ちはだかる「大災害の時代」/1-31

 石破首相が誕生して4か月余。様々な発信があり、またそれへの批判もなされてきています。ここでは、同首相がさる24日の施政方針演説で明らかにした「国づくりの基本軸」について、私の考え方を述べてみたいと思います。

 ●「楽しい日本」の出処と具体化

 同首相は、目指すべき国の有り様について、「楽しい日本」を掲げました。かつての日本が、明治維新の集権国家体制において「強い日本」を目指し、戦後にあっては、戦後復興や高度経済成長の下で「豊かな日本」を目指したが、「これからは」、というわけです。実はこの言い回しは、元通産官僚で経企庁長官になった、作家の堺屋太一氏が発案元です。勿論、演説でもその淵源を明らかにしています。堺屋さんがいかに豊富な知識と鋭い知恵の人であったかは改めていうまでもありません。国の目標として、同氏が「楽しい日本」を持ち出したことは慧眼だったと認めます。ただ、一国の首相が国づくりの基本について、自前の言葉を紡がないで、先達の発想とネイミングまでそっくり頂くというのはちょっぴり残念な気がします。

 実は、国の目標をどう考えるかについては、かねがね私も考え、それなりに公表もしてきました。ある後輩が首相演説の直後に、ラインで「『富国強兵』から『富国強経』を経て『富国強芸』を目指すと言っていた赤松さんの『国家目標』の提起に似ていると」伝えてきたのです。拙著『77年の興亡』に至る考察の中で、思い至った考えに基づくフレーズですが、これからの日本は「芸術立国」で行くべしと思った故の「強芸」です。尤も、こじつけ気味なのは否めず、人に説明する場合に、しばしば「教育」「文化」と並列して述べることが多く、〝座りが良くない〟のも認めます。

 首相の決断にケチをつけるのは潔しとしないので、これ以上は申しません。ですが、堺屋さんが「大阪維新の会」の創立に関わった人だけに、裏の意図を感じるというのは少々勘ぐりすぎでしょうか。

●勉強し過ぎゆえの不具合

 石破首相は昨年11月末の所信表明演説の際に、石橋湛山元首相の言を引いて、野党に協力を呼びかけました。「国政の大本について、常時率直に意見をかわす慣行を作り、おのおのの立場を明らかにしつつ、力を合わせるべきことについては相互に協力を惜しまず」云々と。先に出版した著書には「気骨のリベラリスト、石橋湛山に学ぶべきことは多い」「湛山政権が続いていれば全く違う日本が出現したかもしれない」とまで、入れ込んでいるぐらいです。

 先に引用した演説が行われた1957年2月4日は奇しくも石破首相の誕生日といいます。「石橋氏」と「石破氏」は発音すると、酷似するのですが、あまり似過ぎて「短命政権」まで似ないようにと、余計な心配までしてしまいます。ともあれ、石破首相は「あらゆる事態を想定しておくことが政治家には求められ、そのためには寸暇を惜しんで本を読む、識者にお話を伺うなど、勉強をし続けることが絶対に必要である」(『異論正論』)とまで、言い切っています。

 様々な書物を読んで得た蓄積が迸り出るのは良いのですが、あまり行き過ぎると嫌味になったり、あれこれ不具合をもたらさないようにして欲しいとは思います。

●「大災害の時代」の「列島改造」の陥穽

 湛山元首相に続いて、石破首相が持ち出したのは角榮元首相の「日本列島改造」構想です。施政方針演説では、「『楽しい日本』を実現するための政策の核心は、『地方創生2・0』です。これを、『令和の日本列島改造』として強力に進めます」と訴えました。この実現の柱として、①若者や女性にも選ばれる地方②産官学の地方移転と創生②新時代のインフラ整備③地方イノベーション創生構想④新時代のインフラ整備⑤広域リージョン連携などをあげて、具体化の方途を示しています。

 同じ日本海側に位置する自治体出身の首相として、自らの鑑みとし、模範とするのはよくわかります。庶民宰相として就任直後に圧倒的な人気を博した尊敬する政治の師匠にあやかろうとする気持ちも痛いほど理解できます。ぜひとも看板倒れに終わらぬように緻密で大胆な実行力を期待したいものです。ただ、田中角榮氏の時代は高度経済成長の総仕上げの頃と重なっているのに比し、令和の現在は、平成からこの30年の地震、豪雨など「大災害の時代」といわれています。その上、つい先日発生し、今なお未解決の八潮市の道路陥没が突きつけているように、あらゆるインフラが老朽化し悲鳴をあげていることをも銘記する必要があります。

●難局を乗り切るに相応しい気質

  いよいよ今日から国会では予算委員会が始まります。内外に山積する難題、課題にどう対応するかが問われています。以上述べてきたように、石破首相は過去の自民党の歴史上、最も理想家肌の石橋湛山氏と極めてリアリスト的な田中角榮氏を尊敬してきています。ある意味で両極端と言ってもいい師匠筋に依拠しているのです。さらに。立憲民主の野田佳彦代表と維新の前原誠司共同代表とはかねて昵懇の間柄と見られています。現時点でいかなる保守政治家よりもリベラル的発想に理解があるはずです。

 かねて防衛オタクであり、キャンディーズの大ファンであることを公言していた石破首相。まさに硬軟両翼に通暁した政治家と言ってもいいでしょう。しかも、パートナーである公明党の拠って立つ基盤である日蓮仏法をキリスト者として最もよく理解しているはずと私は睨んでいます。日本国の舵取りを担う人物として、これ以上のタマはいないと期待もします。

少数与党政権という難局をどう乗り切るか。これまで長年培ってきた智力、胆力を存分に発揮していかれんことを望むばかりです。(2025-1-31)

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【200】文明の融合もたらした大動脈に感嘆━━「大シルクロード展」を観に行って/1-24

 「私は少年時代からシルクロードへの憧憬を抱き続けてきた一人です」━━「世界遺産 大シルクロード展」の会場入り口にそっと掲げられた東京富士美術館の創立者(創価学会SGI会長・池田大作先生)のメッセージが眼に飛び込んできました。春がやってきたのかと勘違いするほどあったかい1月23日の朝、私は妻と共に京都文化博物館に向かったのです。西明石の住まいから1時間30分余。そこは、「専制と分断」で喘ぐ世界の現状を全く感じさせない素晴らしき別天地でした。平日の朝とあって、会場には大勢の年配の女性たちが詰めかけていました。御多分に洩れずゆっくりと展示物を観るというには程遠く、観覧者の背中越しに辛うじて覗き見るのがやっと。会場の4階から3階へと3つのパートに分かれて公開された、様々な文物(中国国内27ヶ所の博物館からの約200点)を観て歩くのは難行苦行だったのです。ただし、場内で写真撮影がオッケーだったことはホットしました。スマホ片手に、俳優の石坂浩二さんの音声ガイドを聴きながら、なんとかザッと全行程を
クリア出来ました◆この催しは、日中平和友好条約が締結(1978年)されて45周年となったことを記念して、2023年9月16日の東京富士美術館での開催を皮切りに、全国6ヵ所で巡回されてきました。今年2月2日が最終日となります。私は3年越しの展示閉幕ギリギリに足を運んだわけです。実は私の友人でシルクロード研究者がいます。創価大名誉教授の小山満さん(80歳)です。若き日に東京・中野で共に広宣流布の活動に取り組んだ仲です。彼には『シルクロードと法華経』という著作があります。事前に「見どころは?」などと呑気なメールをしたところ、「一級文物、日本国宝の意味、法華経提婆品竜女成仏が見える写本です。あと、『図録』に拙稿を寄せました」とありました。嬉しくも有難い反応でした。冒頭に紹介した創立者池田先生のメッセージは、「シルクロードは物質交易の要路であるとともに、仏教伝来のルートでありました。東西文明の交流の舞台であり、ダイナミックな融合に寄与し、新しい文化を生み出してやまない大動脈でもありました」と続きます。人生の師匠の「舞台」、「融合」、「大動脈」といったシルクロード理解のキーワードと、若き日の同志の助言をもとに会場の人波をかき分けたしだいです◆44点の一級文物を観た印象は、何と言っても、「杯の光沢」の美しさでした。新疆ウイグル自治区イリ州の古墳から出たもの(写真左上 5-7世紀)や、8世紀の唐時代のもので、山西博物館貯蔵の杯が放つ黄金色の輝きは、今なおまぶたに鮮明に残っています。また、唐時代の菩薩坐像の姿からは、私が奈良の仏寺で観てきた数多くの仏像のふくよかな顔との類似性を感じたものです。そして、後漢1-3世紀のものと見られる車馬儀仗隊像の精巧な出来具合にも感嘆しました。また、一頭の馬の首を抱えた男と手綱を持つ男の絵(陜西省出土)には、「献馬図」(写真左)とのタイトルがつけられていました。2人の顔つきからして中近東地域より献上されたものと想像されました。また、5-6世紀のものとされる法華経の経巻は敦煌研究院所蔵とされていました。その精巧無比な漢字の列挙には改めて感じ入ったものです。こうした文物を見ながら、1500年以上も前に彼の地の人々がどのような努力と工夫とで、かくも魅惑的な美術工芸品を生み出し、こうも正確に思想、文化の伝播、維持に努めたのかに思いを巡らせました。さらには、これらが大地から出土され中国全域の博物館に搬入された年度が概ね20世紀後半であることに、深い感慨を抱かざるを得ません。政治経済的な観点のみで「中国の興亡」を追うことの無意味さを思ったものです◆常日頃私たちが眼にし耳に聞く情報の多くは猥雑で悲惨なものに満ち溢れており、雄大な文明の恩恵や生活の質向上に寄与する文化の知恵とは縁遠いものでいっぱいです。そういった忌むべき情報とは隔絶した今回の展覧会は、生命洗われる思いがしました。「シルクロード」という名のもとに東西文明が融合し、交流していった歴史の背後には「平和」を希求する人類の夢と希望があったはずです。現に、人間の命のメカニズムを解き明かした仏教もこの道を通って日本に伝来し、私たちの生活の根幹を培っています。その観点からこの壮大な企画をリアルなものとして展開してくれた東京富士美術館に感謝すると共に、その理想の実現へ尽力せねば、と強く自覚したしだいです。(2025-1-24)

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【199】「地震と介護」で揺れ動く「国家と家族」━━「あれから30年」の兵庫の今/1-18

●兵庫の地から「哀」を超えて

 阪神淡路大震災から1月17日で30年が経った。この地震は、同じ兵庫県下とはいえ明石海峡大橋を境に、ほぼ東西で運命を分けることになった。〝地震の牙〟は発生源の淡路北部地域から瞬時、海峡を越えて東の摂津方面に向かったのである。このため、当時の私の生活拠点だった西隣の播州地域は直撃を免れた。衆議院議員当選が1993年7月だったので、1年半後に起こったこの大惨事の復旧・復興におおわらわになったものの、自身も被災者となった赤羽一嘉代議士(後に国交相、現公明党副代表)とは大違いの「災後」となった。13年後輩(同じ慶大法学部出身)の彼とは一緒に当選したが、今も最前線で震災対応の専門家として八面六臂の活躍をする彼を横目に私は議員を辞めて10年余が経つ。そんな私ではあるが、あの震災からの30年は特段に感慨深い。

 いま改めて兵庫の地から過去を振り返り、未来を展望すると、兵庫県が日本の抱える課題の「先取り」を果たしてきたかのごとき「錯覚」にとらわれる。かつてこの地で県知事の職にあった井戸敏三氏が、「兵庫は日本海と瀬戸内海の双方の海域に面し、都市部から山間部、島嶼部まで多彩な地域性を持つ「日本の縮図」である」との趣旨の発言をしばしば口にしていた。私個人としては、兵庫で奇怪かつ不可解な事件が起きたりすると、その都度、井戸県政へのいささかの皮肉を込めて批判をしたものだ。すると、そのたびに、「縮図」というセリフを使って切り返された。知事は「どこにでも起き得ることに過ぎない」と反論したのである。あの震災からの30年の間に、新潟、熊本や、岩手、宮城、福島など東北全域、そして能登半島へと、全国各地で大きな地震が相次いだ。さらには豪雨被害に関しては枚挙にいとまがない。まさに、あの震災が「失われた30年」の口火を切ったことは間違いない。哀しい意味をも含む「先駆け」だったのである。

 また、地震や豪雨という「自然災害」だけではない。井戸氏の後を襲った現知事・斎藤元彦氏の去年一年の行動、発言、選挙戦などにおける一連の所作振る舞いを追うと、まるで「人的災害」においても同様かもしれない。彼は「民主主義の変容」という現代日本の最大の課題を考えさせる機縁になった人物と言わざるを得ないからだ。県の幹部らを結果的に死に追いやったことによる大騒動の張本人になっただけではなく、その後の再選に至る過程においてもSNS を使った選挙違反の嫌疑を受ける身でもある。また、100条委員会の場で斎藤知事批判の急先鋒であり、後に県議を辞職した人物が自殺をした。更に1月半ばの現時点でも副知事のなり手がいなく、県政は依然として混迷の極みであると言っていい。

 思えば、兵庫県の初代知事は官制下だったとはいえ、初代首相の伊藤博文だったことや、戦前最後の沖縄県知事として〝覚悟の采配〟を振るった島田叡氏は、戦時でなければ最後の兵庫県知事になった公算が強い。80年後の今日、兵庫県の知事が「民主主義の存亡」をめぐって注目され、県議会の有り様が問われ続けていることに、日本の課題を「先取り」する〝兵庫県の宿命〟を私が感じるというのは大袈裟であろうか。偶々、震災30周年の前日の16日に、同知事は公明党兵庫県本部の新春年賀会に来賓として出席した。天皇皇后の来神と重なってほんの僅かないとましか会場に留まらなかったのは残念だった。彼は一般参加者の複雑な思いとは別に、殆ど儀礼的な挨拶のみで会場を後にしたものである。翌17日は「大震災30年を追悼する式典」が兵庫県公館で行われ、私も参列した。遡ること4回にわたって5年ごとの追悼式典開催の実行委員長だった井戸敏三前知事と隣り合わせの席だったことは感慨深いことだった。この30年の県政、国政を顧みるいい機会となったのである。

●「大災害の連鎖」と「ヤングケアラーの悲劇」を描く2冊の本

  実は、昨年末から今年にかけて、ある小説家の2冊の新刊本の広告が全国紙5紙に5段広告で一斉に出た。17日には地方紙の神戸新聞にも登場した。この広告は単なる本の宣伝ではない。戦後日本における自然災害の連鎖と、子どもたちの不幸な現状の積み重ねが、やがて近未来にとてつもない災いをもたらすとの警告である。著者の強い意志に共鳴した一人の愛読者が著者の警告を無駄にさせたくないとの思いを募らせて、多額の資金を提供して広告宣伝に及んだ。いわゆる「意見広告」でもあるのだ。その2冊とは、高嶋哲夫氏の『家族』と『チェーン・ディザスターズ』である。

 チェーン・ディザスターズとは読んで字の如く、「災害の連鎖」を意味する。この本ではいきなり冒頭に、東海地震と東南海地震が連動して起こる。南海トラフ地震の幕開けである。そこから、首都直下型地震が続き、その上、超大型台風の襲来で首都圏が豪雨に見舞われ、各地で洪水や土砂崩れが多発する。さらに追い討ちをかけるように富士山が噴火。猛烈な噴煙が偏西風に乗って、百キロ先の首都圏を襲う。結局は「首都移転」やむなきの事態に至る一連の流れ中で、初の女性首相が懸命に対応するというのが、筋立てである。

実はこの小説の中身は、著者がこれまで世に問うてきたものばかり。いやそれだけではない。それに端を発した政治・社会的課題なども併せて描いてきた。『M8』『津波』『東京大洪水』『富士山噴火』『首都崩壊』『首都移転』などといった一連の小説群がそれである。いわば、総集編の態をなしているのだ。

高嶋氏の「災害発生予見能力」がいかに卓越しているかを実証したのは、コロナ禍が現実のものになるほぼ10年前に出版された『首都感染』であった。コロナ禍発生で騒がれていた当時、テレビでカフカの『ペスト』や小松左京の『日本沈没』と並んで、彼のこの本が取り上げられていた。これを知って、私は慌てて読むに至った。あの時の衝撃は忘れ難い。このテーマに関連するものだけでも、『バクテリアハザード』『パルウイルス』などがあるが、ほかのジャンルとしては、この人の専門である原子力関連で『原発クライシス』『メルトダウン』『福島第二原発の奇跡』『世界に嗤われる日本の原発戦略』など数多い。このように彼の作品にこだわるのは、見事なまでの分析とその視点の先にある「未来予測のリアルさ」に深い感銘を覚えるからである。これを小説家の戯言と捉えてしまってはならず、日本の今を担う識者たちの関心が強く求められよう。

●政治と教育の貧困さゆえの悲観的展望

 一方、『家族』は、ヤングケアラーについてのミステリー仕立ての小説である。既に国会の場でも私の後輩の伊藤孝江参議院議員らが質疑のテーマとしてしばしば取り上げている。近年日本の家庭における「貧困」や「障がい」「病苦」から、子供たちによる「介護」の必要性までがクローズアップされているように、「家族の崩壊」をそこかしこに生み出すに至っている。若者の未来を破壊するという意味で、「老々介護」より深刻な問題を孕んでいるといえよう。

 前述した新聞広告では、「2冊の本が一つになる時、日本の未来が見えてくる」とのキャッチコピーが続く。この2冊は、地震など自然災害が国土を崩壊させ、ヤングケアラーの増加が家族関係を破壊するとの近未来の日本の悲劇の予測を併せ描いているものといえよう。ここで「2冊の本」に触れるにあたり、私が連想するのは作家・筒井康隆氏のことである。筒井氏も高嶋氏も、偶然の一致だが、同じ神戸市垂水区に住む。筒井氏は今話題の映画『敵』の原作者として改めて脚光を浴びている。この映画(原作の小説も)は、人間の晩年の敵としての「老い」を、筒井らしいタッチで描いているものだが、両作家の本を併せ読むと、現代日本における「国家と個人」「国家と家族」といったテーマがより一層分かるに違いない。政治家にこそ読んで欲しい。

 石破茂首相は就任いらい、少数与党政権の悲哀を引き摺り、25年度予算の審議を経て、夏の参議院選(都議選も)まで持つのかどうかが問われている。そんな中で、首相が掲げた政策構想でなんとか陽の目を見そうなのが、「防災庁」であるが、果たしてその仕組みが迫り来るであろう「大災害の連鎖」に効力を発揮するかどうかは未知数だといえる。また、幼稚園、小学校から大学、大学院まで日本の明日を担う子ども、若者たちの学力、知力を担当する文科省は国民の信頼に耐えうるものなのかどうか。とりわけ、小中学校教育の現場では、いじめの氾濫、子どもたちの登校拒否。引きこもりなどの課題がひしめいており、高校大学教育における知的水準の劣化が俎上に登りがちである。この現状をどうするか。給食費や授業料などお金の給付のみに関心が向かっているかに見える政党、政治家の現状は淋しい限りである。行政対応の遅延はいささかも許されない。

 通常国会ではまたぞろ「政治とカネ」といった政治家の質が問われる初歩的課題で与野党が右往左往することが懸念される。そういった基本的課題に翻弄されるのではなく、国家の根底を形成する課題をめぐって、政治家たちの大論争が展開されることを心底望みたい。(2025-1-18  大幅修正、追加)

 

 

 

 

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