【76】アフリカへの中ロの進出と日本の対応/11-28

 先日、私が朝日新聞Webサイト『論座』に寄稿したものが掲載されました。『専制主義と自由主義の主戦場となるアフリカ』というタイトルです。論旨は、両国のアフリカとの関係を20世紀末から今に至る流れを追う中で、かつて欧州列強の植民地になっていた国々が態度を変えるに至っている背景を探ったものです。きっかけは、ブルキナファソの外相の「今の苦境から抜け出すためには棘のある枝でも掴むしかない」との発言をNHKテレビ『クローズアップ現代』で観たことでした。ロシアのあの手この手のアフリカへの接近ぶりを紹介していました。私はその狙いは、国際社会での孤立化から我が身を守ることにあり、今回の「ウクライナ戦争」でも、真っ向から反対しない国がアフリカに多いことが裏付けているとの見立てを提起しました。同時に、中国がほぼ同じ時期にアフリカ進出を果たしてきたことを、私はかの国の「一帯一路」構想の具体化と、国連平和維持活動(PKO)の展開の両面から描いてみました。この国も、新興勢力として、自国の味方を増やす狙いがあるからでしょう。この30年、中ロ両国が紆余曲折を経ながらもそうした行動を可能にしたのは、経済の発展があったからという点をも付け加えたのです◆アフリカを巡って、ヨーロッパの自由主義国家と、中ロの専制主義国家の〝歓心獲得戦〟の様相を呈していることに世の注意を喚起し、本来的には先進国家群の「国家欲」の主戦場とすべきではなく、人道主義の観点から支援の手を差し出すべきではないか、と結びました。この論考に対して、早速、元OECD大使の登誠一郎さんが貴重な助言を私信で提供してくれました。この人は今、一般社団法人「安保政策研究会」で理事を務めておられ、かねて私が畏敬の念を抱く方です。同大使は、アフリカへの一般的な関心を高める上で、私の論考が役立つものだとの好評価をしていただいた上で、このテーマにおける日本の対応について大事な問題を提起していただきました。それは、中ロ両国がアフリカ人留学生を受け入れていることが、友好関係を築く上で大きい役割を果たしているとの視点でした◆日本の対応についてはまた別の機会にすればいいと、私は今回はスルーしてしまいました。登さんが言われるように、留学生交換については、例えばロシアはソ連時代から熱心にアフリカ人留学生を受け入れてきた歴史があり、すでに8万人にも及ぶと言われます。一方、日本は「30万人留学生受け入れ計画」が実行されている中で、アフリカ人は1%の3千人にも及ばない段階です。中国はアジア一の留学生受け入れ大国と言われて久しく、「一帯一路」戦略の大きな柱にもなっていますので、アフリカ人受け入れも、いうまでもないものと思われます。この問題は各国の民族性とも絡んでいるのでしょう。日本人は比較的外国との交流促進に淡白な上に、このところ一段と内向き傾向が強いと見られているのはどういうことでしょうか◆先日、ルワンダに居住する日本人青年が街中の風景を克明に紹介しているユーチューブを観ました。中心部は素晴らしい発展ぶりで、現代化が著しく欧米風のビルが立ち並んでいたのです。私自身、かつてルワンダを舞台にした映画を観たことを思い出しました。『ホテル ルワンダ』(2005年)です。内戦で混乱の極にあり、虐殺も行われていたことが描かれていました。悲惨な状況だったその国が今ではすっかり生まれ変わっている様子がユーチュウブ映像から伺え、とても驚いたのです。その背景には中国の存在が大きいことも伝えられていました。国家が総力を挙げて他国に経済的、軍事的協力を惜しまぬ中国の戦略の一端が読み取れ、息呑む思いがしたものです。ロ中の向こうを張る必要はないでしょうが、等身大の日本文化の良さを、アフリカ諸国に知って貰う努力をもっと官民あげてすべきだとは思います。(2022-11-28)

 

 

 

 

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