フランスで昨年起こった二つの事件は現代世界を根底から震撼させています。極東の離れ小島といっていい日本列島にいると、どうしてもテロは臨場感が乏しいことは否めません。アメリカ同時多発テロの「9・11」から15年ほどが経っていますが、あれ以来世界は基本的にはテロ戦争が続いています。テレビの映像や映画を通じてしか、フランスで起こったことはどうしても他人事としか見えないのはいかんともしがたいところです。であるからこそ、積極的に映像を追うように心がけています▼最近観たフランス映画『ディーパンの闘い』は、基本的にはスリランカの「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)による同国の内戦の余波を描いているものです。2015年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いた作品ということもあって興味を持ちました。スリランカは1983年から2009年にかけて政府軍対非政府武装組織による内戦が続きました。終結してから7年ほどが経とうとしています。映画は、内戦で妻もこどもも失った主人公ディーパンが戦禍から逃れるために、同じ運命におかれた女とこども(それぞれ赤の他人)を連れて、偽装家族の形でフランスに脱出するところから始まります▼正直いって半分くらいまではおよそ退屈でした。いわゆる戦闘場面がなく、逃げのびたフランスで淡々と落ち着くまでの生活が描かれるだけだからです。心理的葛藤の妙味を味わうのが苦手で、テンポの速い活劇展開にしか興味がない向きには睡魔との闘いすら忍び寄ってきます。しかし、後半は一転。現代フランスの荒廃した社会状況に3人が巻き込まれ、目を見張る展開ぶりです。当初は壊れかけた難民親子の関係がむしろ強い絆を持つべく鍛えられていくストーリーの流れや深みある心理描写は、さすが伝統を持つフランス映画だけのことはあります▼かつての仲間から、帰国して戦いに再び参画するよう呼びかけられる場面が挿入されています。だがディーパンはそれを断り、その後のスリランカの様子は一切出てきません。一方、フランスでのイスラム過激派によるテロをめぐる状況を想起させるような動きも出てきません。舞台は少し以前のことだからです。その意味ではあくまで偽装難民の行く末は疑問だらけです。最後に家族に赤ちゃんが誕生。フランス映画らしからぬとってつけたような幸せ観が漂いますが、私的には妙な違和感を持ちました。見終えて、スリランカの今や、フランスの今に真正面から迫る映画がもっと観たい。もっと両国の真実がしりたいとの思いが募ってきます。(2016・2・23)
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「日本版DMO」の先駆・豊岡市に刺激を受ける
先日テレビを観ていると、中国で沢山の人の関心を集めているサイトの事が話題になっていました。ある中国人女性レポーターが日本の各地を回り、様々な事を紹介していたのです。例えば、日本に旅をした中国人に訊いた質問は➀これを食べたら死んでもいいというくらいとりこになった食べ物は何か➁町の中で見た風景で一番感動したものは何か➂日本で一番好きな風景は何かーというものですが、みなさん、一番多かった答えはわかりますか?➀ラーメン➁スクランブル交差点➂田園風景でした▼中国は今が日本での旧暦のお正月。春節といってお休みのシーズンで、大勢の旅行客が日本中に溢れています。先のテレビ報道でも、”爆買い”と称する大量の消費の仕方、食べ物をあたりかまわず散らかしたままの食卓、商品をやたら触りまくったりするマナーの悪さなどが取り上げられていました。私の知人は以前に温泉宿で中国人と思しき一行と鉢合わせになり、その体の洗い方に戸惑ったとの体験談を語ってくれたことがあります。かつての日本人も似たり寄ったりだといって涼しい顔ならぬ、暖かい心でやり過ごす人もいるでしょうが、日本の観光地はそれなりの対策をとろうと今真剣になっているようです▼先日、観光庁が大阪の国際会議場で開催した、シンポジウム「日本版DMOの形成に向けて」に参加して来ましたが、なかなか啓発されました。DMOとは、Destination Manegement/Marketing Organization の略で、地域の観光のマネジメントとマーケティングを一体的に行う組織のことをいいます。観光客を誘致するための戦略策定から、マーケティングやプロモーション、品質管理などを行う事業組織で、欧米やアジアではすでに一般的になっているようです。日本では市町村の行政や地域の観光協会、そして旅行業者がそれぞれバラバラで取り組んできた傾向が強く、なかなか地域主導の戦略策定やマーケティングは行われてきていません。ようやくここにきて地域主導の「着地型観光」が注目されてきており、「瀬戸内海島めぐり協会」にかかわる私も、刺激を受けて参考にしたいと考えて参加したわけです▼シンポジウムでは豊岡市の副市長の話が一番ひきつけられました。城崎温泉を抱える同市ではこの数年でインバウンド客が倍増。見事な実績を上げています。中国などのアジアではなく、欧米の観光客にターゲットを絞るなど戦略性が光っています。ここはコウノトリの放鳥などかねて先駆性に富んだ町づくりで話題を提供してきましたが、改めて行政と地域が一体化した取り組みに目を見張る思いでした。兵庫南部の淡路島としても北部に負けない取り組みをしなければ、と決意を新たにしたしだいです。(2016・2・14)
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映画『最愛の子』を観て日中相互理解に思いをはせる
3歳児の男の子が誘拐されてしまい、必死で親が探す。その間の心の葛藤と人生模様。垣間見える社会の暗部。世の中の仕組みとの軋轢。ありとあらゆる社会的問題が提起される。3年間の悪戦苦闘の末にやっと取り戻す。しかし、そこからまたもっと深刻で新たな問題が発生し、本格的な苦しみや闇の世界の展開が始まる。はらはらドキドキしながらの二時間余り。いろいろと考えさせられ、少々疲れたが映画の面白さを堪能した。香港映画『最愛の子』を観ての感想だ▼大陸中国の今を映像を通じて知りたいと、観に行った。どこにでもある夫婦の離婚。地方の貧しい生活の実態。零細な個人商店の厳しい生活。年老いた親の面倒をみる子のつらさ。私たちの身のまわりでも日常的に見られる風景と基本的には同じだ。違うのは、基本的には一人しか子どもを持てない中国の国家政策がもたらすひずみ。人身売買などのビジネスやら子を連れ去られた親たち相互の励ましあいの会の存在などは、日本人の目と心を奪う▼親が子どもにかける思いはどんな国でも社会でも不変だなあと観入っていた時に、ふと先年の映画を思い起こした。福山雅治主演で話題を呼んだ『そして父になる』だ。こちらは、誘拐ではなくて病院のミスによるこどもの取り違えだった。そして現代日本での父親のあり方というものが問われていた。共通するのは、実の親と育ての親と子どもとの親近感の差。映画そのものの出来具合は、多少の救いを感じさせたのと救いがないものとの違いだろうか。前者を観て私は自分の父親としての過去を反省させられた。後者を観ての感想は、日本人で良かったとの思いを禁じ得ないこと▼今私は今年から所属することになった一般社団法人「安保政策研究会」のリポート誌に寄稿する文章を書き進めているところだ。テーマは「一中国学徒が見た日中関係の50年」というもの。昭和43年(1968年)創価学会学生部総会で池田大作会長(当時)の講演を聴いて中国問題に開眼していらいの経験をまとめている。かつての日中友好ムードが今はなく、相互に反目の連鎖が目立つ。これをどう解決するかに心を砕いている折にこの映画を観たわけだ。結論は、子を持つ親としての感情の輪の広がりを大切にするところにあろうかと思うに至った。映画芸術がもたらす効用は少なくない。文化交流こそむつかしい国家間の相互理解を進めることを改めて確信した、(2016・2・9)
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衆参ダブル選挙は認めるのかと問われて
先日都内で開かれたある研究会(元官僚やメディア関係OBの集い)に初めて参加しましたら、会合の終わり近くなって著名な政治評論家の方から「衆参ダブル選挙は創価学会としては許容出来るのでしょうか」との問いかけを突然に頂きました。安倍首相やその周辺から、その雰囲気がそこはかとなく漂ってきており、メディアでも囁かれているからでしょう。私は、「今は地方に住む最先端の一会員ですから」とお断りしながら、個人的な見解として「(首相の専権事項ですから)やるとなったら、最終的には従うしかないでしょう」と至極当たり前の答え方をしておきました▼もちろん、衆議院と参議院の選挙を同時にやるというのは議会制民主主義、二院制の主旨、基本精神から言って邪道であり、望ましい政治選択ではありません。ただ、「許せない暴挙だ」とかの感情論で済む問題ではないでしょう。一般的な常識に抗して、首相が自らの政治運営にとって最適と判断してその手を打ってきたら、受けて立たざるをえないのが与野党すべての”さだめ”なのです。もちろん公明党は最後のぎりぎりまで、衆議院解散に大義名分がない(今の時点では)ことを訴えるに違いありません。断固反対の立場は当然です▼安倍首相が仮にダブル選挙を仕掛けてくるとしたら、その狙いは何でしょうか。自然に任せて参院選をすれば、自民党が議席を減らし与党で過半数を獲得する可能性が低くなり、かつてのように衆参ねじれ現象が再現するとの見方があります。それを防ぐには、政党勢力の体力が弱いほど一般に勝ち目の少ない(逆にいえば体力のある自民には有利とみられる)ダブルに賭けるということでしょう。衆議院の現有勢力に参議院の結果が引っ張られるに違いないとの見立てです。その背景には、衆議院での3分の2の議席を与党で有しているチャンスをみすみす逃したくない、一気に参議院でも多数議席を得たいという願望が透けて見えるのです▼要するに、憲法改正へのあくなき欲求が安倍・自民党には根強くあります。私は衆議院憲法調査特別委員会に長く身を置き、憲法への関心の高さは人後に落ちないつもりです。憲法を不磨の大典として一切触らないということではならないと思います。我々平成の今に生きる日本人の手で新たに憲法を作るべきだというのが私の持論です。しかし、あくまでそれには国民的合意が背景になければなりません。優先されるべきテーマは「9条」ではありません。現行憲法の中で、制定時には想定されていなかった項目を新たに加えたり(環境権)することが想定されます。それでは安倍首相らに利用されるだけというのは、いわゆる敗北主義ではないでしょうか。後ろ向きの姿勢で課題を先送りすることがあってはなりません。憲法のあるべき姿をめぐっての国民的大論争が待ち望まれているのです。(2016・2・3)
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医学を基礎とするまちづくりへの貢献を誓う
さる22日に奈良県橿原市で「MBTコンソーシアム研究会設立記念シンポジウム」が開かれ、私も参加してきました。これは一言でいえば、医学を基礎とするまちづくりをしようという奈良県立医科大、橿原市や関連企業有志によるシンポジウムです。これを仕掛けたパシフィックコンサルタンツからの要請を受けた私もあれこれと協力を致しました。辻哲夫東京大特任教授の記念講演や内閣府からの来賓派遣を依頼したりしたのです▼この研究会を立ち上げた中心人物は細井裕司奈良県立医科大学長(理事長)です。耳鼻科の研究で名だたる成果を上げている医学者ですが、同時に多彩な行動(2014年に内閣府の地域活性化モデルケースの採択を受けたり、2015年には橿原市との間で連携協定を締結、2021年には大学近接地域の再開発を目指すなど)で脚光を浴びています。医学関係者による知識の供与や示唆を活用して異業種による多様なアイデア創出を競おうという試みは大胆で、これからの高齢社会にとってきわめて魅力的です▼この日の会合で圧巻だったのは、この大学における教授たち69人が勢ぞろいしたことです。講演の中で学長が一人ひとりを名前で呼んで紹介するなど画期的なことでした。20世紀は工学を中心とした産業が支えてきたが、21世紀は医学を中心とした産業が社会や町づくりをけん引することになるとの予測を裏付けるかのような印象を強く受けたしだいです▼私が厚生労働副大臣を務めた時の事務次官で、日本の医療制度改革の中心者である辻哲夫さんは、かねがね医師の社会的活用こそ日本の近未来を決定するとの持論を展開しています。高度な知的能力を持つ医師たちが、繁忙極まりない日常の中に埋没したり、金の亡者に成り果てているような現実は、日本の損失以外なにものでもないというのです。世界で類例を見ない少子高齢化の道を邁進する日本の未来は暗澹たるものがあります。「医学の徒が今こそ日本各地で総立ちになることが21世紀の日本を救う」という辻さんの主張(医者が医療の世界だけにとどまらず社会的貢献をすること)は、まことに鬼気迫るものがあります。辻さんと私は今の立場は違えども、お互いに全魂込めて医学の持つ力を引き出す役割を果たそうと誓い合い、硬い握手を交わしました。(2016・1・24)
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北朝鮮の愚行に「暴挙だ」との反発だけでいいのか
北朝鮮が去る六日に三年ぶり四回目の「核実験」をやったとの報道が世界をかけめぐりました。これは「初の水爆」ではないかとの見方や、2000年以降に核爆発を伴う核実験を実施した国はこの国だけということもあって、大きく取り沙汰されました。北朝鮮のこうした動きが「核廃絶」を待望する世界の流れに逆行することであり、断じて許容できないことはいうまでもありません▼ただ、だからといって、外は国連やら米国などの核保有大国が、内にあっても与野党がこぞって「許せぬ暴挙」というだけではいかがなものでしょうか。いや、「中国に説得させる」「経済制裁を加えよ」といった対応を迫るとの主張もあります。もっとも、これとて毎回のことで、効果はさほど期待できません。却って孤立化を招き一層の危機的状況に陥るだけとの懸念をするもあります。そんな折も折、朝日新聞7日付一面の「天声人語」欄と「折々のことば」欄を合わせ読みました。これは妙に好対照をなす記事で、強い印象を受けました▼「天人」は、「国際社会での孤立を深めるだけなのに、なぜ暴走するのか」と強調する一方、「世界を驚かす愚挙」との至極まっとうな糾弾ぶり。25年前に天人子が平壌に行った際に握手を交わした、かの国の独裁者と一女性市民の両者の手のひらの感触の違い(温かい柔らかな手と冷たく荒れた手のひら)を比較しながら、北の指導者が「狼藉を働く度に」、「女性の荒れた手が思い出されて悲しくなる」と結んでいました。読み終えて、ひょいとその左上にあるコラムを見ると、谷崎潤一郎の『刺青』の言葉を引いて、鷲田清一さんが面白いことを言っているのです▼それは「世の趨勢からあえて外れるのは損得勘定からすれば『愚』であろう」が、「世の習いにすり寄らない、そんな生き方をも懐深く抱擁する社会は、危機をしたたかにくぐりぬける別の選択肢を用意しているともいえる」と。次元を異にするものの比較であるとは分かっていながら、無視することは出来ず、考えさせられました。北朝鮮が世界の生き方から逆流する「愚」を犯しながら、米国を始めとする国家群に対抗するべく、別の選択肢を用意しているとはおよそ考えられません。しかし、核大国に対して虚勢を張ってでも肩を並べようとする生き方に、「断じて許せぬ」とただ情緒的に反発しているだけでは、こっちのほうも「懐深く抱擁する社会」とはとても言えないような気がしてならないのです。ここは彼我のとことんまでの「知恵比べ」ではないでしょうか。(2016・1・11)
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自公の食違いを追うと、「中道」の本質が見えてくる
新しい年が明けた。新聞メディアの各社説を読み比べてみた。「朝日」は内外の政治が溝を深め、分断が進んでいると危惧する。「毎日」は日本社会が国家主導か、多様な国民の声が反映される社会かの岐路に立っていると憂える。「読売」は安保法制の有効運用を主張。成長戦略を一層強力に進めたいとの現政権支持の姿勢を鮮明にする。「産経」は大型対談に安倍首相を登場させ、「批判されるほど燃える」との大見出しを掲げた。「日経」は、「日本経済生き残りの条件」を論じたうえで、「新たな『追いつき追い越せ』の時代がやってきた」と政権の経済運営に期待を寄せる▼この各社の論調傾向は、一昨年の集団的自衛権問題の閣議決定いらい一段と明らかになってきた。ネット時代の到来で落日の印象が強い「新聞」だが、ここはもっと自公両党の違いを鮮明にあぶりだすべきではないのか。ほぼ50年前から日本の政治に関わってきた者からすると、各紙とも今、政権の一翼を担うに至った公明党への関心度がいまいち低いことに違和感を持つ。安倍政権を非とするものも是とする側も、この政権が自公の連立政権であるといおう当たり前のことを見損なっていないか。政権を攻撃するなら、安倍首相を批判して事足れりではなく、公明党も糾弾されて当然だろう▼安保法制の成立過程にあっても、消費税の軽減税率導入の決定過程においても、公明党の主張や対応があっての結果であるのに、どうもなおざりにされている感が強い。つまり途中経過が見落とされているのだ。かつての自社対決の時代に、安全保障が同じ土俵上で論じられないことの虚しさをどれだけ感じたことか。それがソ連崩壊、「冷戦後」の時代になって、ようやく変化すると期待したのに。結局は元の木阿弥的状況を今の民主党を中心とする野党が現出させている。消費税論争も同様だ。現実的な合意形成を必死に進める公明党があればこそ、憲法9条の枠内での日米同盟の新展開や家庭の台所を守る軽減税率の導入が実現した。そこには自民党政治との大いなる戦いがあった。それを正確に追うメディアがないのはいささか不可思議である▼「朝日」「毎日」が政権批判をするときに、公明党の戦いをどう位置づけているかを、「読売」「産経」が政権を評価する際に、自民に寄りすぎの立ち位置ではないかを注視したい。自公の間で連立政権が壊れるぐらいの論争がなければ、ぬるま湯で満足している野党しか存在しない日本の政治のお先は真っ暗だと言うほかない。自公政治の違いを追う中にこそ中道政治の何たるかがわかってくると私は考える。(2016・1・3)
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万葉学者・中西進さんとの新年からの二人三脚
瀬戸内海の島々をめぐる旅を内外の旅行客に提供しようという壮大なプロジェクトに私がかかわってほぼ2年が経とうとしています。ようやく25日に実質的な船出をすることができました。一般社団法人「瀬戸内海 島めぐり協会」の第一回の理事会が淡路市内のホテルで開かれたのです。思えば衆議院議員を辞してこの年末で3年。その大半の日々をこの協会作りにかけてきました▼まだまだ道は遠いと言うか、航路遥かなのですが、それでも前途に灯が見えてきました。このプロジェクトはまずは淡路島へ海外からの外国人客を引き込もうという狙いがあります。実はかつて関西国際空港から淡路島への定期航路はあったのですが、採算が取れず中断されたままになっています。明石大橋が完成したことで陸路優先の流れができてしまい、海からのアクセスを利用する手だてが後方に追いやられてきたのです。それをなんとか変えたいという志を持った人々で、この集まりは成り立っています▼会長の中西進先生は、この日の会合での挨拶で、ご自分が香川県の生まれであることから、日本の原風景といってもいい瀬戸内海に感慨深い思いを抱いていると、感情込めて語っておられたのが印象的でした。ツアーという言葉が轆轤(ろくろ)を意味し、また旅という言葉も回るという意味合いを持つことを明らかにされ、島めぐりこそ旅の原点であるという趣旨を述べられたのも大いに心を打つものがありました。中西先生とはつい先日京都の右京区立図書館で開かれた月例の「映画鑑賞会」でご一緒しました。島めぐりの打合せで訪れた際に、「時間があるなら、映画『ニューヨーク八番街の奇跡』を見ていかないか」とのお誘いを頂いたのです。終了後に中西先生ご自身が解説をされることになっているというのです。50人ぐらいの市民の皆さんと一緒に鑑賞したあとの即興での映画評論は実に鮮やかで、心底から感銘を受けました▼総合雑誌『潮』の新年号では、巻頭のずいひつ『波音』に中西先生の新連載「こころを聴く」が始まりました。第一回目の「原点」では、ご自身が社会人として初めて務めた都立の夜間高校の教師時代の経験を語っておられます。わずか一年で頓挫してしまった教師として生活での切ない思いは読む者の胸を打たずにはおきません。しかもこの地が「東京都の大田区、森ケ崎という海辺での思い出である」と締めくくってあったのには、驚きました。結論部分の5行が次ページに跨って掲載されている(読み始めの最初は気が付かない)のも”編集の妙”と言えるような気がしてならなかったのは私だけではないと思います。これから一年、この随筆を読みつつ、また京都での映画評論を聴くのを楽しみにしながら、島めぐりの仕事を先生と二人三脚で進めていきたいと密かに心弾ませています。(2015・12・26)
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前議員の会で熱い論争や画期的提案をした後に……
14日から二泊三日で上京しました。顧問先の仕事をこなすことが主たる目的でしたが、偶々最後の日に、恒例の「前議員の会」が行われるとの案内がありました。これは年に二回開かれており、毎回、議員会館で学者の講演を聴いた後、衆議院議長公邸で懇親会があります。私は議員を辞めてから3年が経ちますが、今回初めて参加しました▼今回の講演は、京都大学名誉教授の中西輝政氏の『危機に立つ日本の安全保障』でした。外交安全保障の分野に長く携わってきましたから、この人の著作はそれなりに読み、講演も幾度か聴き、言葉も交わしたことがあります。『大英帝国興亡史』など胸躍らせて読んだものです。講演のなかで「私は歴史学者でした。ベルリンの壁の崩壊後、激動する国際政治の渦中に巻き込まれてしまい、ようやくこの2~3年は元に戻りました」と述べられたのが印象に残りました。かつて、中西さんが産経の「正論大賞」を受賞された際のパーティの席上、「先生は最近過激すぎますね。以前とは変わられましたね。少々ついていけないとの声がありますよ」と直接話しかけたことが懐かしく思い出されました▼5~60人が参加した懇親会ではオールド・ポリティシャン同士での昔話に花が咲いていました。私も多くの人と会いましたが、元官房副長官や元外務副大臣を経験したA氏とは熱が入った対話をしました。というのは、安保法制をめぐって「公明党は二の字に二の字の下駄のあとですね」、と挑発してこられたからです。山口那津男代表が連立離脱はないと決めて交渉に臨んだことを主に指しているようです。私はそれがあったからこそ安倍首相の譲歩を可能にしたのではないかと反論する一方、「それよりも自民党内に全く論争が起こった風に見えないのはどういうことですかね」とやり返しました▼大島理森議長には、衆議院議員を辞めたら名誉衆議院議員との名称を考えるべきでは、と提案をしました。大学の名誉教授のケースを習って、と言いかけたときに、会場に新たに福田康夫元首相が入ってこられたので中断してしまったのは残念でした。様々な思いを抱きながら会場を後にしました。それから二日後の18日。森本晃司元建設相が亡くなったとの驚くべき報が飛び込んできたのです。あの日顔を出されており、言葉も交わしました。「奈良の観光案内をするからぜひお出でよ」との温かい言葉も頂き、こちらは「近く仕事で橿原に行きますよ」と報告したものでした。お元気そうに各テーブルを回って、多くの人と挨拶を誰よりも熱心にされていた姿が目に焼き付いています。亡くなられたなんて今なお全く信じられません。天を仰ぐのみ。人の命の無常さを改めて実感します。(2015・12・21)
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新聞社と大学との連携への熱い期待
新聞社と大学。この二つが一緒に地域貢献をしたいという連携協定が結ばれました。どちらも社会の木鐸、つまり先駆的に牽引する役割を担う集団ですから地域社会にとって非常に結構なことだと思います。友人からそれを記念してのシンポジウムがあるから、行かないかと誘われたので、二つ返事で承諾しました。具体的にはさる五日に神戸新聞社と関西学院大学の間で結ばれました。神戸を根城にする両者が生き残りをかけて世に問う試みと大いに共感をしました▼新聞社は今や存亡の危機にあると私は思います。世にいう「活字離れ」から、紙の文化は絶滅寸前です。新聞に代わって電子媒体が隆盛を誇っています。大学も象牙の塔に籠ってるうちに、もはや無用の長物と化しつつあります。知識や知恵を得る手立てはあまた満ち溢れており大学に頼る必要性はあまりないというのが現状なのです。そういう現状を覆すために、神戸新聞は「もっといっしょに」という地域パートナー宣言を打ち出しました。地域社会の皆さんと「もっと近く、もっと深く」付き合いたいとの願いを込めたキャッチです。よくわかります。これまで「遠く、浅かった」し、一体感とは遠かった関係を変えたいという思いです。一方、関学は理工系の産官学連携だけではなく、文系の地場産業との連携や学生の活動での地域活性化の推進をうたっています。「社会に開かれた大学とするために」、「大学における研究成果や人材等の知的資源を地域社会に提供する」というのです。そうでしょう。あまりにも大学と地域社会は迂遠な関係にあったのです▼この日のシンポジウムでは基調講演に村尾信尚関学大教授(ニュースゼロのキャスター)が登場。テロ後のパリで、これからの世界の行く末について考えたことを披露されました。少子高齢社会に突入する日本が、GDPが世界のなかでわずか4,3%しか占めていない状況で、海外ともっとつながることが大事だと強調、聴きごたえある問題提起でした。新聞社も大学もグローバル社会の中で国際化にどう対応するかが問われています。その一方で、どちらももっとローカル社会で個別の課題への対応力が問われているのです。いわば遠心力と求心力の双方が同時に求められているのが現状でしょう。村尾さんが海外ともっとつながることを強調されましたが、大学と新聞社の関係者はもっと地域社会との連携を密にすることが大事だと訴えていました。見事に基調講演とは反対の方向を向いたパネラーの主張には笑ってしまいました。恐らく時間がなくて、グローバルとローカルの両方向を見据えた話には及ばなかったのです▼事前の打ち合わせ不足も原因だったかもしれません。せっかくの機会だったのだからもっとかみ合った議論が聴きたかったというのが本音ですが、まあご愛嬌でしょう。私からいわすれば新聞社は記者ではなく幹部が一般大衆の中にもっと入ること、そして大学は学生だけではなく、教授が率先して社会の渦の中に入れば、かなり一般の受け止め方は変わると思います。そのあたりの壮絶な撃ち合いが聴きたかったのですが。まあこういう催しは一回だけではなく、引き続きおこなわれるべきでしょう。次回に期待したいと思います。(2015・12・11)
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