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議員からは出てこない質疑チェック機関の設置ー「国会改革」の前に(中)/5-10

国会を改革しようとの声は随分前からあり、様々な提案がなされてきています。近過去で話題になったものでは、2018-6-27に小泉進次郎(現・環境相)氏らによる『2020年以降の経済社会構想会議』がまとめたものがあります。この中で、注目されたのは、国会の議論の場を「一車線から三車線に」変えることでした。現状では、政権に何らかの疑惑が生じると、国会の本来の仕事である予算案そのものや政策追求がそっちのけになってしまうので、それを変えたいということが主眼でした。国家ビジョン、法案・政策、スキャンダルと三つに分けようというものです▲これは、従来からの党首討論や予算委員会の場とは別に、特別調査会的なものを作って議論しようという構想で、いかにも自民党サイドのご都合主義が見え隠れしています。当時は森友、加計学園や桜を観る会等の問題で国会が紛糾していたため、こうしたアイデアが改めて浮上したものです。これより少し後に(2018-7-17)、立憲民主党も、国会改革提言を発表しています。ここでは、「強すぎる行政府」の暴走を抑えるために、立法府の行政監視機能を強化する必要があるとして、第一に議員提出法案の審議活性化を挙げていました。政府提出の法案が優先される従来の与党ペースを変えたいとの、野党本位の目論みです▲実はその5年前の2013年11月18日に、与野党がそれぞれの案を持ち寄る場面があり、自公両党案がまとまっていました。その中核は、与野党間の討論機会を増やすために、党首討論の充実や衆議院に「国家基本問題調査研究会」(仮称)を提案したりしていました。現状よりも議員相互の討論を増やそうという狙いでした。ともあれ国会の現状は硬直化していて、型通りの議論の横行は否めないというのが最大公約数的印象でしょう。しかし、結局はこの8年ー私が引退してからの時間とダブルのですがー何も変わっていないのです▲これらの一連の改革案を見て、欠落していると思われるのは、私が前回に述べたような、議員の質問の評価チェックをする機関を作ろう、という提案です。それはそうでしょう。自らの首を絞めるようなものを議員が作れるわけはありません。これまで議論の対象になってきた国会改革は、仕組みの見直しでした。それも勿論大事ですが、これは今も見たように、どうしても与野党各党の党利党略的思惑が先行してしまい、中々まとまらないのです。私はその前に、議員そのものの資質を問うチェック機関を作ることが重要で、気づいた民間人が立ち上がって作る方が早いと考えます。これによって、結果的に改革の第一歩を促すことに繋がると思うのです。(この項続く 2021-5-10)

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国会議員の仕事ぶりを点検、吟味する機関の必要性についてー「国会改革」の前に(上)/5-4

このところ、国会議員の犯罪や不祥事がメディアを賑わせています。今に始まったことではなく、昔からあるよという向きも多いかもしれません。ここで私が指摘せざるを得ないのは、政治家全体の劣化という問題です。その原因については、小選挙区比例代表並立制の導入にあるとか、戦後民主主義の帰結だとか指摘することができるかもしれませんが、ひとまず置きます。無為に過ごしているかに見える政治家をどうすれば、シャキッとさせられるのか。勿論懸命に使命を果たしつつある有為の人材もいますが、全体のトーンとして政治家の価値の低下は否めない事実だと思われるからです▲これについて、私は経験者の立場から、かねてひとつの持論があります。それは、国会の委員会での質疑を点検し、吟味する機関を作ることです。今一般人が家庭で、国会の審議を見ようとしても、全閣僚が出席する予算委員会の総括質疑か、大きな問題が浮上した時の集中審議くらいしかNHKテレビでは中継してくれません。インターネットでは国会質疑の状況を見ることができますが、中々これを常に追うことは、よほどの暇人か好事家でないと、無理でしょう。しかし、この質疑の一部始終について、仮にあれこれチェックする機関が存在して、世に提供してくれれば、政治家を巡る状況は一変すると思います。みんな緊張するからです▲今でも一部の新聞社が、時々の質疑の中から、注目されるものをピックアップして、紙面化しています。これは極めて大事な試みだと私は高く評価するのですが、ほんの時たまだけしか目にすることが出来ません。現状ではビリッとも変わりません。これが常時行われるようになれば、きっと変化が起こると思うのです。ただ、質疑状況を流すことも、議事録を公開することも大事ですが、それに何らかの評価を加えるのです。その仕組み作りに英知を結集することは決して無駄ではないと思います▲いったい、どういう基準で評価するのだ、恣意的になってしまわないかーなどという疑問、批判が出てくるのは当然です。しかし、難しいからしないというのでは、ことは何も進まず、現状のようにいい加減な国会議員がのさばる事態も改善されません。私は議員時代に自分が懸命に質問をしてもうまくいかず、自己嫌悪にしばしば陥ったものでした。常にそれが人の評価に晒されるということになると、恐らく緊張のため神経がやられたかもしれません。しかし自分が辞めた今となっては、それくらい政治家を緊張させ、苦しめないと、日本の政治は向上しないと思うのです。(2021-5-4 見出し修正5-9)

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「熊森協会」の総会に出席、市議選支援にもー三度目の緊急事態宣言前後/4-28

●緊急事態宣言前夜に異業種交流会へ

三度目の緊急事態宣言を前に、友人と共に共催する異業種交流会をやりました。23日の金曜日のことです。場所はいつも通りの友人の事務所。緊急事態宣言前夜とあって、参加者も極度に制限して、共催者の二人の他に3人だけです。このほど研究社からマーケティングの本を出版した某私大I准教授と、国際関係論で著名な国立大のH教授。この二人は大学の同窓。私の共通の友人。Iさんは慶應大学院も出ているので、広い意味では私の後輩でもあります。ささやかな出版祝いでした。この日は、もう一人約20年の英国生活から帰国した汽船会社の若手幹部も参加。国際通の集まりで、自ずと話題は英国文化論に集中。楽しい会話で時の経つのも忘れるほどでした。

●2年ぶりの熊森協会総会に出席

翌24日は、日本熊森協会の定期総会。去年はコロナ禍の第一次緊急事態の只中で、中止の憂き目を食らったものでした。今回は辛うじて中止は免れましたが、人数は大幅に制限して、リモート参加との併用になりました。顧問を代表して挨拶に立った私は、かつてイデオロギー華やかなりし頃に青年期を過ごした者の観点から、「人間主義の起源」のようなことについて語ってみました。「イデオロギー偏重から人間中心の政治へ」との流れは、勢い余って、現在は人間以外の生きとし生けるものものへの配慮を欠いてしまっていることを述べたのです。つまり、人間偏重の政治の弊害が満ち溢れている現状を憂えたのです。

これは私の持論ですが、先日読んだ本の中での山口公明党代表の発言がきっかけにもなりました。すなわち、同代表はこう述べています。「公明党は結党当初から、すべてのイデオロギーを超越した平和を追求してきました。人間の生命だけが一番尊いわけでもありませんし、人間以外の動物や地球環境を犠牲にし続けることは許されません。そういう生命観が根底にあるから、公明党は結党以来ずっと「平和」「福祉」「環境」 を重視してきたのです」と。「人間以外の動物を犠牲にし続けることは許されない」とは、まさに我が意を得た思いだったのです。よほどこのくだりを読み上げてみようかと思ったのですが、いささか「我田引水」が過ぎるかも、と避けてしまいました。

●宍粟市議選の応援で懐かしい地に

ついで25日は、兵庫県の西北部の宍粟市に。市議選告示日とあって、二人の公明党候補者の「事務所開き」に向かいました。姫路に住む旧友の車に便乗していったのです。午前中は一宮町へ。伊和神社の裏にある自宅兼事務所は超懐かしいところでした。30年前ほどによく通った家だったのです。当時町議会議員だった人の長男が候補として出馬しました。若かったお互いの昔を思い肩を叩き合ったものです。そこでは、懐かしい面々との出会いが次々とありました。初当選前の約5年、当選後の20年合わせて四分の一世紀というもの、お世話になった人たちが集まっていたのですから。

終了後は波賀町へ。原リンゴ園を訪れ、近況を聞く中で陳情を受けました。コロナ禍での窮状を訴えられたのですが、善処を約束して後ろ髪引かれる思いで、別れました。お昼も取らずに、午後は、山崎町へ。もう一人の候補者のところに。終了後は、町内の知人宅を4軒ほど回ったのです。留守宅が多かったのですが、S元町長とは久闊を叙する出会いが出来ました。更に、安富町にも足を伸ばしました。ここは山崎町に住む著名な木材建築業者の仕事場。同町に住む親友の奥方も共通の友人とあって来てくれていたのは感激でした。短い時間だったのですが、旧交を温めることができました。

●あっけない、拍子抜けの幕切れ

25日にはコロナ禍による緊急事態宣言が出たとあって、選挙戦もそれを意識して握手も出来ず、グータッチ。マスク越しの久しぶりの出会いで、相手の顔がしかと分からず、ついつい外して喋りがちになってしまいました。何はともあれ、朝家を出たのが7時半。夕方姫路市内に戻ったのが5時。10時間ほどの慌ただしい〝北帰行〟でした。十分な手応えと猛烈な空腹を感じつつ、夕食をとるべく馴染みの和食店に足を運んだところに、電話が。「立候補者が定数を超えず、無投票当選です」とのこと。「‥‥」。勢いこんでの一日が空振りになってしまいました。

応援する側は悔しい思いをしましたが、候補者は拍子抜け、家族はホッとする気持ちだったのではないか、と推察しました。「ともあれ選挙は終わった、さあ乾杯だ」と、「ビールを」と、お店の親父さんに呼びかけると、「酒類の提供は出来ません」との連れない声。「うーん」ーさてさて、その後はどうなったか、ご想像にお任せします。(2021-4-28)

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公明党の中から議論が聞こえてこないー「米中人権論争」余波【下】/4-25

●「親中一辺倒」ではない山口氏の対中観

田原総一朗氏との対談では国内政治について、「今はコロナの問題など協力し合わねばならないテーマがありますので、日中の両政府が、あらゆる対話の機会を設けて、それぞれの課題解決に力を尽くすべきです。対立する両国の世論を政治家が煽ってはならない、そう考えています。むしろ両国の首脳が往来できる環境を整えていく努力が大切です」と、習近平国家主席の訪日を阻止すべく世論を煽る一部の政治勢力を意識しつつ、冷静な対応を求めている。

以上でわかるように、山口氏の対中スタンスは、決して「親中一辺倒」ではない。同代表にとって、外交安全保障分野における至上命題は、公明党の結党以来の理念である「地球民族主義」の実現にあると思われる。世界中の各国が偏狭なナショナリズムに陥ることなく、世界平和に向けて協調していくことが最も大事で、それに向けての障害を一つづつ取り除いていくことに腐心しているのだろう。中国を「人権侵害」の国だと指弾し、いたづらに刺激することは、「百害あって一利なし」と見ているに違いない。

●中国の対外姿勢に賛否両論は当然

今回の一件で、わたしが危惧するのは、公明党内での議論が外に聞こえてこないことについてである。代表が見解を述べて、「はい終わり」ではいけない。中国の対外姿勢について、いろんな意見があって当然である。山口代表は、もはや経済的側面で、中国の存在は世界の中で頭抜けており、単純に「嫌中の感情」だけで、人権を巡る中国の態度はけしからんという態度は避けるべきだとの意向であろう。発言に批判の声があることを私が伝えると、同代表からは、「今や日中の経済密着度は欧米の比ではなく、仮に政治的摩擦が深刻の度を増すと、中国からいいように経済的締め付けや、反発を受けかねない。経営者や市民、労働者がまるで、人質に取られているようなものだ」といった主旨の認識が返ってきた。

これについては、公明党内にも賛否両論があろう。かつての公明党なら、特に外交安全保障分野では百家争鳴さながらに、激論を戦わせたものである。PKO(国連平和維持活動)論議でも、イラク戦争への自衛隊派遣においても。また、対中関係についても、例えば、日本の政治家が彼の地に行って、日本政府批判をするのはマナー違反だとして、私は自公両党のトップの親中姿勢を嗜める発言を衆議院委員会の場でしたことがある。さらにまた、政務調査会の会議の場で、ある党幹部の原発容認姿勢を咎めるべく、喧嘩腰で議論をしたこともある。

●メディアに軽く見られていないか

今の公明党内にも当然ながら種々の意見、主張があるはず。中国の「一帯一路」戦略には「インド太平洋構想」で対抗すべきであるとか、対中封じ込め路線に加担せよとの主張もあろう。また、対中慎重路線に与して、山口代表を孤立無援にしてはならぬとの声もあるかもしれない。加えて、習近平という今の指導者が永遠に続くわけでなく、対立する勢力の存在を考えれば、「対中融和」はかけがえのない〝未来への投資〟になるとの声もあっておかしくない。しかし、それらが一向に聞こえてこないのは、いったいどうしてなのだろうか。

恐らくは、メディアが取材対象に公明党を積極的に選ばないからだと見られる。20年余の連立与党生活のなせる業だろうか。独自の個性的な発言がなりを潜めてしまっているかのように思われる。冒頭に述べた参議院決算委員会での素通り質疑も気にかかる。所詮そういう政党だとの認識がメディアに定着しているとしたら、これははいささか怖いことである。(2021-4-24)

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山口公明党代表の対中国観ー「米中人権論争」余波【中】/4-21

●「これでは票が逃げる」という声

先の記者会見の報道と相前後して、ネットでは、同代表の中国テレビ局の過去のインタビュー場面が流れた。中国の「一帯一路」構想への理念に賛同し、協力したいとの意向を表明したもののようである。私の知人らからは、「これでは公明党への票が逃げる」という山口批判の声が届いた。

対中関係について世論は、同国の経済力の拡大や国際法を無視するかの如き振る舞いが顕著になるにつれ、厳しく批判する向きが強い。私自身も中国の「傍若無人」と見ざるを得ない姿勢には苦々しく思うことがしばしばである。「一帯一路」礼賛と見られかねない山口発言にはいささか驚いた。もう少し発言に陰影を加えてもよかったのでは、と正直思った。

ただ、先のアラスカでの米中詰り合い外交対決に接して、改めて「どっちもどっち」との印象を持つに至っており、中国への人権批判を口にするなら、同時に対米批判も忘れてはならないとの視点も持つ。そうした意味で、要らざる国際的摩擦に繋がる対中批判を煽るべきではなく、米中融和に向けて、日本が積極的な役割を果たすべしとの山口代表の態度は理解出来なくはない。

●佐藤優氏との対談本に見る中国観

公明党は周知の通り、日中国交正常化に尽力し、長きにわたって、両国の友好促進に向けての役割を果たしてきた。同代表もその伝統の上に立って、野党外交から更に拡張させた与党外交の一翼を担ってきている。では、具体的な課題解決にあたって、どのような中国観のもとに臨んでいるのか。最新の話題の著作のうち、まずは佐藤優氏との対談本『公明党 その真価を問う』から、拾ってみた。

例えば、「コロナ禍」を巡っては「中国が新型コロナ蔓延の発生源であることは、紛れもない事実です。その困難を克服するために、中国が先に経験した記録や知識、技術をどんどん世界に役立ててもらわなければなりません。ワクチンや治療薬の開発という部分でも、中国の知見は重要です。(中略)中国が世界と共に手を携えて歩む。その姿勢をしっかり保てるように、日本は中国と行動をともにしていくべきなのです。」と、良識的な見方を発信している。

また、米中関係についても、「トランプ政権の4年間を通じて米中関係が冷え込む中、21世紀の『第二の冷戦』の当事者になるようでは、中国自身も生き延びていけません。周辺諸国に協調を呼びかけ、中国が『この指止まれ』でリードしても、みんなが中国側になびくこともないでしょう。国際社会の中でやるべきこと、みんなが求めること、みんなが納得することを、理解を得ながらやっていく。そうした行動と振る舞いが、これからの中国にとって大事です」と、これまた普通の穏健な見方を示している。

では、何かにつけてうるさい評論家・田原総一朗氏との対談本『公明党に問う この国ゆくえ」ではどうか。次に見てみよう。(2021-4-21)

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「米中人権論争」余波ー公明党の対中態度を巡って【上】/4-16

●米中外交論争と参議院決算委での公明党議員の質疑

米国バイデン大統領の誕生後、初めてとなる米中両国の外交担当者によるアラスカ・トップ会談が3月18日に行われた。ここでの衝突ぶりは、ある意味世界史上初の対決とも言えるもので、その報道に接して実に面白かった。戦争は御免被るが、論争は大歓迎だ。とりわけ「人権」を巡っては、この両大国共に脛に傷を持つ以上の弱みがあるだけに、非難の応酬は大いに興味をそそられた。

それから約3週間後の、さる4月5日の参議院決算委員会。公明党議員の質疑をNHK テレビの放映で見ていて、訝しく思わざるを得ない場面があった。予定される日米首脳会談に関連して、同議員が「人権問題」に言及したので、当然ながら米中の対立に踏み込み、日本政府のスタンスを確認するものと期待した。ところが、さにあらず。彼は、「すべての国に人権は守る義務がある普遍的な規範である。ミャンマーだけでなく、日本の近隣諸国を含めてすべての国はこの規範の下にある」と当たり前のことを一方的に喋っただけ。ウイグルにまつわる中国にも触れず、ましてや人種問題の米国にも言及はなく、質疑がなかったのである。

●日本での「マグニツキー法」への動き

このテーマを巡っては、日本版マグニツキー法(深刻な人権侵害を行った個人や団体に対して、資産凍結や入国制限を可能にするロシア発の制限法)を作ろうとの動きが国会内にある。3月30日には、偶々超党派の会合が持たれた。年初の結成準備会には公明党からも発起人が出席していたが、この日は参加者はゼロだったという。これについては後日、ほぼ同主旨の別の議員連盟が結成され、それには公明党から代表者が出たようだが、舞台裏の動きは詳らかとしない。

実は山口那津男公明党代表が同じ日の記者会見で、「人権を巡る欧米と中国の対立」について記者から訊かれて、以下のように答えている。(公明新聞3月31日付けから転載)

1)米国との同盟関係を強固にするために基礎を固めると共に、交流の厚い中国との関係も十分に配慮しながら、国際社会での摩擦や衝突をどう回避するかが重要だ。国際的な緊張の高まりを回避、または収められるよう積極的な対話を日本が主導すべきだ。

1)(日本政府の対応について)人権の保障には対応しなければならない。外国の人権侵害については、日本が制裁措置を発動するとなれば、我が国が外国の人権侵害を認定できる根拠と基礎がなければ、いたずらに外交問題を招きかねない。慎重に対応する必要があるのではないか。

1)(国内で提起されている人権侵害制裁法「マグニツキー法」について)日本政府に海外の人権侵害の状況を調べさせ、制裁措置を発動できるようにする法律だと受け止めている。慎重に検討すべきだ。

この山口代表の発言の捉え方への賛否の見解の披歴もなく、先の公明党の質疑が終わったのは妙に気になって仕方がない。(2021-4-16 以下つづく)

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変異株急増の関西を離れコロナ蔓延中の東京で過ごした三日間

●顧問先の要望対応を次々とこなす

変異株コロナが猛威を振るう大阪、神戸を離れて、コロナ蔓延中の東京へと、6日から8日までの三日間、「何処も同じコロナ禍の旅路」をしてきました。主たる目的は、顧問先の団体の要望を処理したり、定例会合に出席するためです。もちろん、その合間を縫って、昔馴染みの番記者たち、姫路出身の旧友たちとの久方ぶりの飲み会、学問上の恩師の次男で中国文化・映像論の専門家(早稲田大教授)との対話もこなしてきました。合計で10の出会い。「赤松正雄十番勝負」と勝手に銘打って。そのうち仕事絡みの三つの出会いのさわりだけご披露します。

公益財団法人になりたいー一般財団法人「日本熊森協会」の要望を叶えるべく、同協会の室谷裕子会長らと共に6日朝、虎門にある内閣府の出先機関に行きました。姉妹団体の「奥山保全トラスト」の公益財団法人化に取り組んだのが5年前。日本全国各地の森林を守るためのトラスト運動は着実に前進しています。今度は、熊に象徴される大型野生動物との共存を目指す活動への支援の本格化です。担当者から事前説明を受けて、今後の内部的調整に決意を新たにしました。

久しぶりに議員会館の食堂で、昼食をとりましたが、顔馴染みの仲間と次々に出会う楽しいひととき。その都度「熊森」の由来を話す始末に。中でも江田康幸衆議院議員と出会ったことは有益でした。彼は熊本県在住で、「環境」のエキスパート。森林保護と熊との共生への支援を改めてしっかり訴えておきました。

●急遽、石破茂氏との面談も実現へ

翌7日午前、私が名誉会長を務める「日本カイロプラクターズ協会(JAC)」の本部へ。村上佳弘顧問から念入りな施術を背骨、四肢に施してもらいました。命が蘇る爽快さを実感したのち、二人でJ R浜松町駅前の蕎麦屋でじっくりと懇談しました。その中から、石破茂衆議院議員に「カイロ」への協力を求めようということで意見が一致。急遽翌8日朝に日程をとって貰うことにしました。いつもながらの私流の「即断即決」。それに直ちに応じてくれる石破氏は有難い存在です。

翌朝に、同協会の竹谷内啓介会長を伴って議員会館へ。石破氏と30分あまり意義深い面談をしましたが、彼が当選直後に厚生族を目指して勉強し動いていたことは初耳でした。様々な伝統的手技治療に比べて「カイロ」とは殆ど出会いがなかったとのこと。それだけ有意義な機会となり、今後の協力を約してくれました。

●久方ぶりの「安保研」定例会で〝若い発言〟

最終日の8日昼は、内幸町の日本記者倶楽部での「安全保障研究会」の顔合わせ。浅野勝人理事長始め、12人のメンバーが久方ぶりに集まり、押し黙ったまま「アラスカ」の幕内弁当をつつきました。ベトナムの新たな国家主席になったフック氏の甥・フン氏(「ベトナムの声放送」東京支局長)の挨拶に始まり、元外務省、元防衛省幹部らの示唆に富んだ話から、元民放政治部出身のジャーナリストに至るまで、興味深い知見を聞く機会になりました。その間に、若い中国人学者や北京日報記者のコロナ禍や人権をめぐる米中〝小競り合い外交〟への見解披歴など刺激的な場面も。浅野氏の巧みな問いかけに乗せられたかの発言に妙な聞き応えがありました。

私自身は、山口那津男公明党代表の「日中関係は好悪の感情で判断するものではなく、深く浸透している経済的相互依存関係に思いを凝らした大人の対応が求められている」との見解を紹介、公明党独自の立ち位置の斬新さを強調しました。併せて、この20年余の「与党暮らし」の功罪に触れた上で、連立離脱をも視野に、ダイナミックな政局対応を待望している、との自論を披歴したのです。

終わって、浅野理事長や柳澤協二(元内閣副官房長官補)氏らと立ち話。浅野氏から「〝連立離脱〟を口にするなんてまだまだ若いねぇ」と言われ、柳澤氏も同意の雰囲気を匂わせるので、「離脱するくらいの心意気が必要だとの意味ですよ」と反論的弁明。「それなら私と同意見だ」と呆気なく一致をみたしだい。尤も、帰路に着く新幹線車中に、連立を離脱し野党の中核的存在になるといっても、とても「オリーブの木」の軸にはなれないよ、ならば、いかに与党内野党の存在感を増すかだね、と言わずもがな、聞かずもながの〝追い討ちメール〟が届きました。私の発言がそれだけ気になっていることの表れと見えます。

そこへ車内販売が。直ちに「ビール下さい」と呼びかけると、「販売は致しておりません」との連れない返事。「持ち込みは自由なのですが」との不合理極まりない補足説明に危うくキレそうに。「あぶない、アブナイ」ーコロナ禍の飲酒は危ないとの初心に戻り、大人しくお茶を片手にお弁当をつつくことにしました。(2021-4-10 一部修正)

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「尖閣問題」への軍事傾斜と外交無力そして国会での論議なしという不可解な三点セット

少し前のテレビ放映(2-21)になりますが、NHKテレビBS1『自衛隊が体験した離島防衛のリアル』なる番組があり、興味深く見ました。以前にこの欄で報告した『自衛隊が体験した軍事のリアル』の姉妹編とでも言うべきものです。前者が集団安全保障の一環としての日米共同軍事演習だったのに比して、こちらは日本防衛の枠内における米軍支援を受けての共同軍事演習の実態が克明に報じられていました。場所は、ロサンゼルスの南にあるキャンプ・ベンドルトン。2年前の2019年1月に陸上自衛隊(水陸機動団)600人が40日間参加した際のものです◆「離島防衛」と言っても、現実に最も有事が起きうる可能性が高いのは、勿論「尖閣諸島」です。2010年に発生した中国漁船衝突事件以来、この10年余というもの、中国漁船やら同国海警局所属の船舶の侵出が日増しに増加しており、日本の海上保安庁船との一触即発の事態が懸念されています。具体的には、中国漁船や海警船とが数十隻も混在した形での「キャベツ戦略」なる用語で呼称される不気味な挑発が常態なのです。◆尖閣諸島を巡っては、私自身も現役の頃、日本の支配下にある島らしく、船舶が停泊できるような港施設を作るなり、常駐の駐在員を置くべしとの主張をしてきました。しかし、現実にはそれができぬままいたづらに月日が経ち、現時点では島嶼周辺を中国の船舶で包囲されていて、およそそれは不可能と見るのが現実となっています。さてどうするのでしょうか。先のテレビ放映を見ている限り、敵に島が占拠されたという事態を想定し、どうこれを奪回するかにばかり集中しての対応ぶりの演習でした◆これではあたかも戦闘対処あるのみと客観的には写ります。一方で、先の中国の王毅外相の日中共同記者会見での傍若無人の言動(2020-11-24)に、何も言えずに含み笑いのでやり過ごした茂木外相の不可解な態度が問題視されました。この外交戦なき茂木外相の態度と、日米共同軍事演習のリアルを思い浮かべる時に、どう理解すべきか、判断に苦しみます。まさか、わざと中国側に先に手を出させようとの考え抜かれた魂胆であろうとは思えないのですが。この背後には、日常的な国内議論の不足ぶりがあると私は見ています。コロナ禍の現状にあっても、衆議院外務委や安保委、そして参議院外交防衛委の場で、あらゆるシュミレーションを想定した議論が日常的に展開されていれば、外相のあのようなボーンヘッドは起こり得ようがなかったと思うのです。(2021-4-6)

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「タブー」をめぐる2人の言論人のささくれだった関係

「1945年生まれ、慶應大学法学部卒業」という経歴は私と同じ。ただし、卒業は一年私の方が遅い。つまりこちらは浪人したからで、残念ながら一年後輩になる。評論家の佐高信氏のことである。この人は名だたる「左翼」。というか、今はなき「旧日本社会党」の応援団長的存在。政治的には、共産党とこの党を叩き潰すことに青春をかけてきた我が身とすれば、恨まれて当然の立場である。個人的にはこちらは恨みも何もない。この人がしきりに創価学会や公明党批判をしているとは知ってたが、負け犬の遠吠えーいや失礼、老評論家の見当違いと放置してきた◆そんな彼が元外務省分析官で作家の佐藤優氏の書いたものを通じて、私をけなしてくれていることを知った。『佐藤優というタブー』という本である。鈴木宗男氏のいわゆる「ムネオ疑惑」に対して、衆議院予算委での証人喚問に私が立った時の発言がきっかけである。その後の外務委員会に同氏が委員長として復活してきた際に、私が同委で〝形を変えた謝罪〟をしたのだが、それを佐藤氏は前向きに評価をした。『創価学会と平和主義』においてである。「創価学会や公明党のもつ、組織の文化」から出たもので、「失ってほしくない価値観」だと。私は「過ちを改むるに憚ること勿れ」との論語の一節を応用しただけで、感心されるほどのことではなく、かえって恥ずかしいというのが一貫した立場である◆佐高氏は「私には、コウモリ党の代議士らしい状況適応型、いや状況便乗型の発言としかみえません」とステロタイプ的な認識を示している。「コウモリ党」という表現は公明党批判の常套句のようだが、普段友人、知人から「公明党の代議士らしくない」と言われ続けてきた私としては喜ぶべきか悲しむべきか、対応に苦慮する。また、私は公衆の面前で鈴木宗男氏を「叩き上げの人と言われているが、実は周りを叩き上げてきてえらくなった人だ」と揶揄した。なのに、後年再会した際の佇まいが予想を超えた。それに私が感じ入ったということがことの発端である。状況適応も便乗も何もない。人の微妙な心理の綾への気配りどころか、嫌いな政党の人間だからと、ののしる。それはまあ勝手だが、お里が知れようというものである◆佐高氏いうところの、「佐藤氏のタブー」をめぐる態度についての「喧嘩」に、一言だけ口を挟むと、佐藤氏に比べて志が低過ぎる。タイトルについ惹かれて買ってしまい、読んでしまったが、人に勧めるつもりはない。ただ挑発につぐ挑発、罵倒だらけの、聞くに耐えず見るに忍びない文章の羅列で、「読んではいけない」本だからである。尤も「権力批判」を旨とし、「論争」や「喧嘩」をメシの種にしているジャーナリストの生き方には興味がある。その点、最終章の「読書日記」は面白かった。誰と親しい関係かが手に取るように分かってそれなりにためになる。読書好きには‥‥、おっと、佐高氏の術中にはまってしまったかも。(2021-3-21 一部修正3-22)

佐藤優の人柄と著作  山口那津男とのこと

公明党をめぐるタブー

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不断の外交努力で、軍事衝突の事態回避をー安保法制の発動の前に(下)

菅首相が昨年その座についた直後に、日本学術会議の構成メンバー選定を巡っての強権的姿勢が明らかになり、強い批判を浴びました。安保法制の制定時に反対の態度をとった人たちが任命拒否の対象だったのです。5年半前の意趣返しさながらで、学問への政治の圧力と見られたのです。この背景には、憲法9条の規定がいささか厳密さを欠くために様々な解釈を許容する余地を生み出してきたことがあります。憲法学者たちの殆どが安保法制を憲法違反としましたが、少なからざる国際法学者がそれと異なる見方をしていたことは銘記する必要があるのです▲自衛隊の存在すら憲法違反と見るような、憲法9条の解釈と現実との乖離が、先の大戦後から今に至る日本の宿痾です。憲法に対しての「拡大解釈」と「縮小解釈」とがせめぎ合う事態が一貫して続いているのです。前者の立場に立つ人々は国際法に合わせようと、何でもありになりがちですし、後者のスタンスに拠る人たちは、武力行使はたとえ自国防衛であっても禁じられていると、全て反対に陥りがちです。5年半前もその迷路にはまりこもうとしたのを、公明党が議論を整理し、フルスペック(本来の機能を全て満たしている)ではない、限りなく個別的自衛権に近いものに集約させていきました(これについては、自公両党の協議実態を検証すべきだと思いますが、未だなされていないのは残念なことです)▲この論考のきっかけは陸上自衛隊の日米合同軍事演習が初めて米国最大の軍事演習場で行われたことでした。一方、海上自衛隊の合同軍事演習はこれまで幾たびも行われてきています。陸上でのものについては、かつてのイラク事態のようなケースにおいて、日米で円滑な連携対応が出来るようにすることを主たる狙いとしています。あの時は幸いなことに本格的な軍事衝突には至らぬまま、派遣された自衛隊員に1人の犠牲者も出ませんでした。海上での演習は、朝鮮半島や台湾での有事が想定されています。ここでの対応が曖昧だと、「他国防衛」という日本国憲法で禁じられている分野に日本が乗り出すことになります。そうなると、たちどころに悲惨な現実に直面することになるに違いありません▲そこでは「新防衛3条件」に合致したものかどうかが、対応の分かれ目となってきます。机上では第一の条件に盛り込まれたもので線引きが可能なように思われますが、果たして現実にはそううまくいくかどうか。公明党の平和主義も重要な試金石を迎えることになるのです。もちろん、第一義的には、そうした事態に直面せぬように、不断の外交努力が必要になってきます。外交と軍事の双方に万端怠りなく準備する、それこそが政治の選択と決断に委ねられていることを、改めて銘記せねばならないのです。▲ほぼ150年前に欧米各国からの外圧に抗し、日本の政治は、不平等条約解消など国家の「自主独立」を確保するために懸命の外交努力をし続けました。結果としてそれは75年前の〝一国滅亡〟に帰着してしまったのですが、日本という国家が勃興する明治期の外交と、敗戦から占領期を経ての今に至る外交に根本的な違いがあると思われます。「対米従属の構図」にはまっていないのかどうか。それに抗する日本外交の真摯さが見えてこない限り、戦争への懸念はつきまとうと言わざるを得ないのです。(2021-3-10 この項終わり)

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