【64】新党『中道』に政治への「汚名返上」を託したい/1-18

◆理念を共有する両党の新党結成

 「中道改革連合」━━公明党が立憲民主党と共に立ち上げた新党の名称である。略称は「中道」。どこかから「選挙互助会」だとの声が聞こえてくる。何とでも言うのは自由だが、関係者たちの熱い思いに目と耳と心を傾けたい。前回稿の末尾に、私は「新進党」の思い出に触れた。あの日の興奮は今なお忘れ難い。横浜に、自民党出身の人たちも含めて「打倒自民党政治」への志を同じくする政党、政治家が結集した。1994年の年の暮れだった。公明党で中選挙区から当選したばかりだった私は、喜び勇んで参加したものだ。自民党に代わりうる勢力を作るためとの目的のもとに集まったのである。この党は僅か3年ほどで残念な結果に終わったが、あれからほぼ30年。今度の両党による新党は、急拵えではあるものの、新進党に比べると、「中道」という理念を共有しているところが違う。

 日本政治史上、中道政治の確立を掲げて初めて登場したのが公明党であることは、拙著『77年の興亡━━価値観の違いを追って』でみた通りである。立憲民主党の野田佳彦代表は、公明党が与党としての中道政党であったのに対し、自らの党は野党における中道政治を目指してきた党であると述べた。その意味で、出自を同じくする国民民主党も中道政党に仕分けされよう。ここで何も本家争いをするつもりはないが、最小限の共通認識として、公明党の依拠する政治理念としての「中道」のルーツを確認しておきたい。

◆「中道」とは仏教に由来する生命重視の〝動的掌握概念〟

 中道の意味については、より本質的には仏教の基本的教義の一つとして「両極端に偏らないこと。対立する見解や態度を克服した立場」とあり、「対立の内容については、快楽主義と苦行主義、自己を永遠とみる常見と死後はないとする断見、有と空、空と仮など、教義によって諸説ある」(三省堂/大辞林)という。この解説を聞いても断定を避けており、いささか分かりづらい。かつて創価学会の池田大作名誉会長は「この言葉(中道)は、アウフヘーベン(止揚)に近い言葉と考えていただきたい。すなわち、物質主義と精神主義を止揚する第三の『生命の道』のあることを、私は確信しております」(1974年のUCLAでの、講演『21世紀の提言』)と、明解に述べていた。つまり、中道とは、「物質と精神」を包含した「生命」を中心に据えた理念であって、相反する立場を動的に捉えて、より優れたものにしていく行為そのものを指すと理解したい。

 その観点からすると、右と左を足して二で割った真ん中としての折衷や妥協といった単純な意味ではない。政策の不一致を調整する行為としての「合意形成」に近いかもしれないが、これも一般的には足して割ったり、妥協の道と酷似しているため誤解を呼ぶ可能性がある。このため、より厳密には「止揚風合意形成」とか「レベルアップ的合意形成」というべきかもしれないと思う。

◆小説『限界国家』の描く日本の近未来

  公明党は今回の新党結成を経て、「中道改革」の旗印のもとに集まろうと、他の政党や政治家に呼びかけている。たまたま僕は、楡周平『限界国家』なる小説を最近読んだ。「少子高齢化、AIの進化による職業寿命の短命化、地方の過疎化、優秀な若者の海外流出」━━日本を襲う、こうした現実のため、ここから先2-30年の間に日本はもう限界に達してしまうとの未来予測が展開されている。「限界集落」の国家的拡大だ。日本国そのものが朽ち果てつつある恐怖がリアルに迫ってくる。

 今年の新年号各紙で注目されたのは、AIの未来展望であり、生まれつくと同時にネット世界に囲まれて育ってきたZ世代やそのあとに続くα(アルファ)世代の「これから」であった。先の小説には、古い世代に政治を任せていてはどうにもならないと、20代の若者から突きつけられて、恥入る老企業家が登場する。この責めから逃れられる政治家は1人もいない。かくいう私もその責任の一端を自覚する。今回新党に参加する政治家たちこそ〝汚名返上するは我にあり〟との心意気で、立ち上がって欲しい。(2026-1-18)

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【63】身勝手な解散総選挙への窮余の一策/1-15

 当面の国民的課題としての物価高に実効ある対策をすることが第一で、衆院解散総選挙など考えていないとしていた高市首相があっさり前言を翻した。また連立を組む維新の吉村共同代表も、〝諦め発言〟をしていた「大阪都構想」を三たび持ち出すといいだした。これまた有権者への「嘘つき行為」と言うほかない。この身勝手な解散総選挙に対抗すべく、公明党は立憲民主党との間で、新党も視野においた決死の対応を決断した。以下、緊急事態への私の率直な見方を提示してみた。

⚫︎「衆院解散」に「立公協力」━━非常識には非常手段で

 高市首相が衆院解散を検討するとした報道が飛び交った日の翌11日朝。NHK総合テレビの『党首に問う』とのインタビュー番組は生中継と録画の抱き合わせで、間が抜けていた。自民党総裁の高市早苗氏だけが、2日前の8日に収録した内容だったからである。衆院解散については、国会会期中に解散は考えているのかと問われて、「うーん解散ですか」と驚いた風を見せ、今は国民のみなさんに物価高対策などを実感していただくことが第一で、「目の前の課題に懸命に取り組むということだけです」と述べていたのである。一方、野田佳彦立憲民主党代表以下、野党党首たちは、総選挙になることを見越した発言をしていた。解散総選挙については「総理の嘘」が許されるとはいえ、あまりに露骨な食い違いだった。

 通常国会召集冒頭の衆院解散が既成事実化してしまったことを裏付けるかのように、13日には立憲民主党の野田佳彦代表と公明党の斉藤鉄夫代表が会談し、両党が選挙協力に向けて合意したことが報じられた。更に14日には、新党結成も視野に入れた選挙協力(統一比例区名簿作成など)案も浮上し、15日には新党結成への具体化に向けて動き出している。首相の強引な解散戦略に対抗する乾坤一擲の急ピッチの対抗策だといえよう。

 自公選挙協力から一転、立公選挙協力へ。「政治とカネ」にまつわる不見識で旧態依然とした自民党金権政治に鉄槌を加えようとする公明党と立憲民主党の必死の一手は、大いに注目されよう。手前勝手な高市自維政権に対する非常手段の奥の手である。

⚫︎「昨日の敵は今日の友」の必死の手段

 当初、立憲民主党が前のめり的であるのに比して、公明党の方はいささか違うように私的には思われた。衆議院選挙をめぐる「選挙協力」が公明党と立憲民主党との間で、直ちにできるかどうか心許ないと思われるからである。ついこの間まで、犬猿の仲というか、敵同士であった関係が、昨日の敵は今日の友とばかりに、急にうまく行くわけがない、とみた。政治家同士はともあれ、前線の公明党員たちは、立憲民主党については殆ど何も知らないのが実情である。

 そんな状況にあっても、選挙協力をしようというのは利に乏しいと言わざるを得ないと思われた。自立した党として自前の力で立ち向かわねばならない時に、真っ先に選挙協力を話し合うというのは、邪道ではないかいうのが常識的な見方と思えたからだ。ただし、国民生活を圧迫する物価高に喘ぎ続ける庶民の苦難をよそに、政治空白を生み出す総選挙をぶつけてきた非常識な高市首相になんとか一矢報いたいとの声はひきもきらない。庶民大衆の思いを代弁する窮余の一策が生まれる背景だった。

⚫︎両党の人間相互のオープンな議論を聞きたい

   選挙協力の準備と同時に急がれることは、両党がこの国をどういう方向に持っていこうとしているかの政権構想なり、それを下支えする政策の必要最小限のすり合わせであろうと思われる。自民党との間でもなかなか出来なかった国家ビジョンの構築だが、立憲との間での実現への具体化が望まれよう。

 例えば、両党のしかるべきメンバーがそれぞれのカウンターパート同士で議論をする場面が公開されるべきだと思われる。ユーチューブでいいから、幹部同士でも、候補者の間でも、若手代議士間でも、女性議員相互でも、出来るだけ大勢の議員が、野田氏がいう「(公明党とは)親和性がある」ことが立証されるべきであろう。かつて新進党結成の際に、打倒自民党の旗の下に多くの政治家が集まった。斉藤氏も野田氏もその中にいた。巡り巡っての再演だが、今度はうまく行くことを期待したい。(2026-1-15)

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【62】連立離脱後の新たな潮音━━公明党新春年賀会で考えたこと/1-10

 「こんなに沢山の皆さんにお越しいただいて涙が出るほど嬉しいです」━━いささかオーバーな表現に聞こえたが、この人が言うと自然な感情の発露だと思われた。斉藤鉄夫公明党代表が一昨日の8日に神戸市内のホテルで行われた党兵庫県本部主催の「新春年賀会」(写真)の挨拶で述べた言葉である。この日、僕よりぐっと若さ漲る明石に住む友人2人と一緒に参加した。この20数年ほどの間、同年賀会には県下の自民党関係者がどっさり姿を見せていた。それが昨晩秋の「連立離脱」後の今年の会には「来るものは拒まぬが、招待はなし」との県本部の方針で、衆参両院議員始め地方議員や自民党支持層らの大幅な参加者減が見込まれていた。それが蓋を開けると、その心配が杞憂だったことを斉藤さんは正直に述べたものだと思われる◆とはいえ、我が「心象風景」にはこころなしかの寂しさが拭えなかった。見慣れたあの顔、あの人達の姿が見えない会場は、ちょっぴり熱気が乏しかったように思われたのだ。と同時に、水入らずの集いといった雰囲気もあった。そんな中で例年と違って、県下の首長さんたち(写真)が、従来の脇役から主役に代わったかのように思われた。僕の現役の頃からずっと小野市長の地位にある蓬莱務氏(79歳・7期)や、相生市長の谷口芳紀氏(76歳・7期)らを始めとするベテランたちの談笑の輪に入っての語らいは楽しかった。僕の顔を見るや否や「『連合五党協』の頃が懐かしいね」とは蓬莱さんの弁だが、それこそ「涙が出そうだった」。打倒自民党の旗印のもとに結集した全国でも珍しい動きだったが、政治家として幅広い党派の人たちと思い存分闘い得たのは個人的に愉快な経験だった。今また公明党が自民党に代わる政権を目指す野党になったのは興味深い巡り合わせではある◆兵庫県下の首長さんが集まると、昨年の斎藤元彦県知事をめぐる騒ぎが思い出された(同知事は公務で欠席)が、話題は福井県知事のセクハラ報道に集中。「福井に比べれば、兵庫県の方が未だマシか」との声で大笑い。パワハラとセクハラ━━比べるのも恥ずかしい限りだが、兵庫県政も少しは落ち着いてきたかに思えなくもない。県知事を取り巻く一連の出来事の「市長会の戦友たち」との談論は、古傷を労わりつつ束の間ながら盛り上がった。NHK党の立花某のしでかした「世論操作の悪業」は未だに深い傷を県下に漂わせており、笑ってすませられない深刻な問題ではある◆斉藤代表は冒頭に触れた挨拶の中で、これからの公明党は「中道改革の勢力結集」に力を注ぎ、いずれ与党に戻るべく頑張りたいと述べていた。この発言は聞く人によって受け止め方は種々に分かれよう。大別すると、ポスト高市の自民党政権との連立に復帰するケースと、現在の野党と共に新たな連立政権を結成するケースの2つが浮かぶ。時間の要素も鑑みると前者が最も可能性ありと思われよう。しかし、大義の所在からすると疑問が募る。あの党がそう簡単に変わるはずがないとの見立ては根強い。ただ、後者についてはもっと悲観的だとの向きも多かろう。結局は今の与野党の枠組みを超えた「政界再編」しかないとの考えがリアルなのかもしれぬ。思索をめぐらすなかで、内に少数与党と多党化、外に分断と専制政治の台頭といった「歴史の潮音」が聞こえて来る。新たな年の幕開けに、旧態依然とした自分であってはならないとの思いが激しく立ち昇ってきた。(2026-1-10)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【61】秩序崩壊、分断の世界をどうする━━元旦社説読み比べ(下)/1-6

 次に全国紙、地方紙の社説を読み比べたい。既に新年も一週間ほど経っているが、年の初めに日本の言論機関が何を考えているかをおさえておく価値はあろうかと思うので、遅ればせながら論じたい。新年早々にトランプ米大統領の差配で、ベネズエラの大統領が拘束されるとの史上稀に見る事件が起こった。米国の国際法を無視した「主権侵害」は否めず、その無法ぶりに世界中が驚いている。この事件から、4年前のロシアのウクライナ侵略が思い起こされ、近未来の中国の台湾軍事侵攻などが懸念されている。まずは国際秩序をめぐる課題を取り上げた三紙から追ってみる。

★世界秩序の崩壊をどう食い止めるか

 「読売」が例年のことだが、通常の倍ほどの分量で、「知力、体力、発信力を高めたい━━世界秩序の受益者から形成者に」との論考を掲載した。この論題から読み取れるように、混沌として見える国際社会の秩序を大国任せにするのではなく、日本が積極的に動いて、秩序を形成する側に立つことを迫っているのだ。ただ、戦後日本は長きにわたり、米国の伴走者として、追従姿勢が明確なだけに、方向転換は容易ではない。新年早速起きたベネズエラ事案にどう立ち向かうか。易々諾々と米の後追いするだけではならない。そのあたりの「読売」の知恵が欲しいところだが、一向にうかがえないのは残念だ。

 「日経」も、海図なき時代に「米中に翻弄されぬ多国間外交導け」という。対中関係において、「脅威への抑止力を高めながら、あらゆるパイプを駆使して対話も重ねるしたたかさを求めたい」としている。正論だが、これまでの戦後の長い歴史の中で、こういう注文が受け入れられたためしがない。ロシアに続き米国の大統領が傍若無人の振る舞いを展開する中で、どう日本が翻弄されずに動くか。心許ないという他ない中身だ。

 「産経」は、論説委員長による特別編で「『台湾有事の前年』にしないために」との主張を展開している。ここでは、高市首相の「台湾有事」をめぐる発言に、内閣支持率が「微動だにしなかった」として、国民の大勢が「左派の空想的平和主義、専制国家中国を喜ばせる危うい言説に影響されなくなったのは極めて喜ばしい」と大仰に賛辞を表明している。「あらゆる分野で対中関係の仕組みの大幅な見直しが求められる」というだが、どう見ても危険な反中国包囲網の音頭取りと言わざるをえず、見苦しい。

★民主主義の危機をめぐる対応

 「朝日」と「毎日」は、それぞれ「退潮する民主主義 『分断の罠』に陥らぬように」、「『ポスト真実』超えて 未来を描き社会を変える」といった見出しで社説を掲げ、日本の現在における民主主義の危機やSNSをめぐる諸々の社会現象にどう対応すればいいかとの課題を取り上げている。

 「朝日」は、結論として「意見や立場は異なっても互いを尊重し、対話を通じて妥協点と繋がりを見いだしていく」という。これでは抽象論というほかない。これに対して、「毎日」は、岩手県矢巾町が10年前に導入した「将来人」としての議論の場の例を挙げたり、フューチャーデザインを提唱する学者の声を引用しており、具体性がある。両紙のこの違いは大きい。

 ★喧嘩の防ぎ方や排外主義への具体的対応策

     他方、ブロック紙の「東京」の「怒を恕(じょ)に変える」は、ユニークな中身だった。米ドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』からの一場面を引用して、喧嘩の場面を巧みに一呼吸おくことで回避した話を導入部にしている。さらに後半で、ある書道家親子が、諍いごとが起こりそうになったら「恕」と言うことにするとの取り決めをしたとの話も面白い。

 似て非なる2つの漢字をめぐって書道家同士が取り交わす約束事は微笑ましく、印象に残った。いつもの同紙の社説と違って鋭くないと批判する向きもあるようだが、私は全く逆に、ほっこりしてくるいい社説だと感じた。個人と国家間との争いは同列に論じられないが、原型として顧みる価値はある。

 一方、地方紙の雄・神戸新聞の社説は「排外主義にあらがう 地域の『小さな輪をつないで」は読み応えがあった。高市自維政権は「外国人を規制の対象としか見ないような政策に前のめりだ」との位置付けのもとに、規制一辺倒に偏りがちな国の取組みを批判すると共に、地方の対抗策を紹介している。

 冒頭に挙げられた豊岡市の芸術文化観光専門職大学における舞台「もう風も吹かない」は、国際協力機構「JICA」の具体的な活動をテーマにしたもので、自国第一主義がいかに世界における人助けと逆行しているかを考えさせられた。また、ネパールなどの外国人が急増している神戸市東灘区でのケースでの「顔の見える関係づくり」や、認定NPO法人コミュニティ・サポートセンター神戸の「世界とつながるカフェ」などは、小さな輪に過ぎないものとはいえ、貴重な一歩として注目される。(2026-1-6)

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【60】AIの未来にどう向き合うか━━新年の新聞各紙の論調から(上)/1-5

 2026年新年の全国5大紙の特集、トップ記事のテーマ、は大きく2分されていた。一つは、人間とAIの関係をめぐる企画特集(朝日と日経)であり、もう一つは、対外的な危機としての「中国」を扱ったもの(読売と産経)と、国内政治に内在する「政治とカネ」の問題に関わるニュース(毎日)である。一方、各紙は社説で、国際社会の秩序の大変動について取り上げていた。以下、要点をまとめてみた。

★AIと人間を区別するものは「目の虹彩のあるなし」

  「AIの時代」(朝日)の初回は「あなたは人間ですか」という問いかけで始まる。人間が人間であることは目の「虹彩」で証明される、との着眼である。「オーブ」と呼ばれる端末をのぞくことで、虹彩が読み取られ、本物の人間として「認証」され、IDが発行される。現在既にこの仕組みを持った「オーブ端末」は世界で約1千台。そのうち、日本では約240台が稼働している。目玉が、指紋や顔よりも本人の証(あか)しを示す精度が高いというのである。世界における登録者数は昨年12月で約1800万人になったというのだが、これからどう進展するかについては、やや疑問視されていることがうかがえる。

 同紙2面では、図や絵を入れてAIの歴史を分かりやすく解説している。1956年に人工知能(AI)が誕生してから20年余で、第二次のブームが、さらに2000年代に入って第三次ブームが起きたとされる。そしてチャットGPTが公開(2022年)され、AI開発者がノーベル賞を受賞(2024年)し、米IT 大手4社(グーグル、アマゾン、メタ、マイクロソフト)の設備投資額が約37兆円(2024年)から、約57兆円になった(2025年)との歴史を持つ。この数年の歴史しか知らない者にとって、「世界変える力 ビッグテックの手中」との見出しが目に染みわたる。

 担当した編集委員は「AIの時代は、国家ですら管理できない力と向き合う時代になりうる。進化はまだ緒に就いたばかりだ。AIに何を託し、何を託さず、どんな社会を目指すのか。その分岐点に私たちはいる」と、世界を変える力が手の届かないところにあることを率直に認めている。今頃になってことの重大さを知った者には、すこぶる印象深い。

★AIを生まれながらに使いこなすα世代と市場の未来

 一方、日経の『α(アルファ)  20億人の未来』は、経済紙らしい切り口で、2010年頃以後に生まれたα世代が、これからの人類の命運を握るとの見立てのもとに、未来予測を試みる。生まれながらにデジタル端末やSNSに囲まれて育った世代は20億人に達しており、人類の変革期における主役にならざるを得ない。この世代の特性は、多様性や持続可能性、グローバルな視点を重視する価値観を持ち、消費面では、ブランドや所有志向よりも「体験」や「タイムパフォーマンス」を重視する傾向性がある。

 やがてこの世代は、1960年〜80年ごろに生まれたX世代や、81年から95年ごろのY世代、96年から2009年ごろのZ世代にとって代わる運命にある。その時代には、中国やインドが後衛に退き、代わりにアフリカが前面にでることになり、人類はより厳しい気候変動や地域紛争に悩まされるはずとみる。その際に、人類は様々な難題を乗り越えて、より豊かなステージに立ち得るかどうか。α世代は、その鍵を握ることになるというのだ。

 日経紙は想像される未来に向けて、その時代を考える上での「言論空間」を提供する役割を若者たちと共に果たしたいとする。だが、そこで待ち受けるのは、「低成長時代」。右肩下がりの、実質GDPの潜在成長率を予測するグラフが紙面に掲げられている(写真の左端グラフ)。自ずと多難な前途を想起せざるを得ない。

★人間の内面生活の強化に向けての考察こそ重要課題

 AIを論ずる二紙の書き手たちは、奇しくも孫の世代の未来予測に思いを馳せている。彼らは恐らくチャットGPTとの接触を通じて、AIの威力を思い知ったはず。かく言う僕自身のAIとの出会いがそうだった。投げかけた問いかけに瞬時膨大な資料が提示され、それこそ目を丸くするだけだった。AIの持つ能力を前にして自他の差異に驚き続ける者は、二紙の書き手たちの紙背にまるで我が影をみたような覚束なさを感じざるを得ない。

 孫たちの行く末に不安を抱く老爺婆たちに、いま必要なものは何か。それは、人間の内面により深い関心を持つことだろう。AIとは?AIとどう向き合うべきか━━そう考える前に、人間とは何か、自己自身とどう向き合うのかの、古いテーマに改めて目を向けるべきだろう。そして今、人間一人ひとりに必要なものは、自己から離れた「遠心力」ではなく、自己自身の内なるものへの「求心力」であるに違いない。そう思った時に、AIという2文字が「愛(あい)」という1字に読めた。(2026-1-5)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【59】「複合危機」の今こそ国際協力の渦を━━JICAの先達とのご縁/12-28

 2025年(令和7年)もあと数日で幕を閉じます。去り行く年も僕はよく人に会い、話をし、ご縁を結びました。26日には、神戸で恒例の異業種交流会があり、冒頭の30分間、「国際協力」をテーマにした勉強会がありました。講師は、独立行政法人「国際協力機構(JICA)」の木村出(いずる)・関西センター長。実はこの人は姫路西高を経て東大教育学部に学んだ俊英ですが、なんとまた僕の友人である電器商にして小説家の諸井学(本名・伏見利憲)さんとそれなりの関係のある人でした。お会いするまでは全く存じ上げなかったのですが、僕の「姫路はどちら?」との問いに「的形です」との答え。「ン?電器屋サン知ってますよね?」「ああ、伏見電機さんですね」ときた。世界を股にかける国際協力のスペシャリストが、2足のわらじを履いた二刀流の使い手(日本古典文学とヨーロッパポストモダン文学)と、旧知の間柄だったとは。いやはやこのご縁も有り難く、お話もめっぽう興味深いものでした。講義を聞く耳も一段とそばだったことは言うまでもありません◆講義は分かりやすい手作りのレジュメ(写真左)をもとに展開されました。まず、現在の世界が100年に一度と言われる「複合的危機」(①社会システムの危機=紛争(ウクライナと中東)②生命システムの危機=感染症(コロナ、インフルエンザ)③物理システムの危機=気候変動、気候変動に由来する激甚災害)にあるとされました。そのうえで、脅かされる「人間の安全保障」の実態を丁寧に述べられたのです。例えば、世界各国の政治体制、生活水準、国力の位置付けが、一人当たりGDP の縦軸と、自由民主主義度の横軸によって一目でわかる図表は、瞬時我が目を疑いました。この30年で、日中両国の国力の関係が逆転してしまった姿が、見事に描き出されていたからです。知ってはいても改めて比較されると、ショックでした◆そうした国際的状況の変化の中で、日本政府の国際協力の実施主体としてのJICAの役割をわかりやすく説いていかれました。「信頼で世界をつなぐ」というビジョンのもとに、国内外での縁の広がりを作っていく。それぞれの「国づくり」に立ち合うことが、いかに難しくてもやりがいあるかが語られていきました。この人が前半生をかけて取り組んできた仕事の醍醐味が鮮やかに浮上してきたのです。現役時代に外務委員会に所属して、JICAについてもわかっていたつもりでしたが、海外拠点が97ヶ所にあり、国内拠点が15ヵ所にあって、職員数が1979人、協力対象が145ヵ国・地域だということや、世界からの受け入れ研修員、留学生が13083人(累計約70万人)に及ぶことから、専門家や海外協力隊の派遣人数が8731人(累計約27万人)にも達していることまで、新鮮な驚きの連続でした◆こうした講義の合間に、ご自身の自己紹介を写真で披瀝しつつ巧みに織り込まれたのですが、これがまことに興味津々。軟式野球部に所属した東大時代から始まって、社会人3年目にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学して教育学博士号を取得したこと、フィリピン、インドネシア、イラク、アフリカなどの地域担当を経て(これまで51カ国を訪問)、この3年関西センター長をしてきた経緯などを楽しそうに語られたのです。関西時代の最大の思い出は、兵庫県立大学で「国際関係論入門」の講座を非常勤講師として担当されたことのようでしたが、さぞ魅力的な講義だったに違いありません。さらに、海外に留学中も、海外駐在中も、姫路の秋祭りには一時帰国して、屋台を担ぎ、昔の仲間との語らいで「根っこ」を確かめたとか。神戸新聞の記事(2025-10-5)の法被姿の写真には、びっくりするばかりでした。姫路出身とはいえ、本格的な祭りとは縁遠い地域(城西校区)の身としては、ちょいとした羨望感が込み上げてきました◆昨今の日本では「外国人との軋轢」がむやみに取り沙汰され、「日本人ファースト」が妙に呼号されています。気になるのは、「外にお金をだすよりも、内に出せ」とばかりに、海外援助への無理解が目立ってきていることです。「失われた30年」で、「日本人の矜持」までが損なわれてきているとしたら残念です。木村さんの豊富な体験にねざした麗しい「国際協力の手ほどき」を聞きながら、新たな知恵をめぐらせる必要を感じました。定年後に有り余った世間のパワーを活かすために「リカレント教育」の新展開を試みようとの動きが私の身近にあるのですが、それとの合流です。ともあれ、年の瀬にまるで一足早いお年玉を頂いたような気分になりました。木村さんは、新年から関西勤務を終えて、東京に栄転されるとのこと。「転勤を前に神戸で最後の仕事をさせていただき、いい思い出ができました」との声がとても爽やかでした。(2025-12-28)

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【58】ウクライナとニッポンと━━戦争の「被害と加害」2つの展示から/12-25

 戦争勃発後4年が経とうとしているものの、ウクライナの情勢は依然として終結を見そうにない。「プーチンのロシア」に寄り添う「仲介役」のトランプ米大統領への不信感やら欧州各国の分断に傾いた動き。事態は混迷の度を増すばかりである。そんなさなかのさる18日に神戸市のポートアイランド内の神戸学院大キャンパスにあるウクライナ名誉領事館でのイベントに参加する機会があった。先の大阪・関西万博のウクライナ・パビリオンでの展示物を移転させ、「永久展示」するセレモニーが行われたのである◆パビリオンでは、戦時下の国民生活を、最新のIT技術を駆使して再現していたことが話題になった。子供たちの犠牲を物語るおもちゃや、反戦デモに使われたマイク、企業の生産物の数々が「NOT FOR SALE (非売品)」のテーマのもとに掲げられていた。そのうちから、戦闘で使われた兵士のヘルメットや銃弾痕が生々しいホームセキュリティシステムの操作盤などが移転展示の対象となっていた(写真左)。式典では、パビリオン館長のインナ・イリア氏や名誉領事の岡部芳彦神戸学院大教授が「新たな息吹が吹き込まれた展示から、ウクライナ国民が民主主義のために戦っていることを感じて欲しい」「百年後の世界中の人たちに、こんな戦争があったことを伝え続けるための永久展示だ。戦時下でウクライナの人々がどのように生きてきたかを観てほしい」などと挨拶。美しいガラスケースに整然と並べられた品々からは戦争の残酷さは殆ど伝わってこない。これが率直な印象だった◆他方、たまたま翌19日のテレビで10年前に放映された『〝医師の罪を背負いて〟 九大生体解剖事件』の再放送(『時をかけるテレビ』=写真)は、とても衝撃的だった。同事件に関与した1人の医師(無罪釈放)の詳細な記録を残すための地道な動きをまとめたものだった。実は、1945年5月5日に大分県山中に日本の攻撃を受けて米軍のB29機が墜落した。この時に捕虜となった8人の米兵の生体解剖実験(片肺除去、代用血液など)をしたというまことに痛ましく惨虐な行為が行われたのである。軍部からの要請で医学部第一外科の石山福二郎教授以下、軍医や看護婦ら14人が手をくだしたのち隠蔽した事件は戦後、駐留軍によって裁かれた◆事件当日の5月17日に偶々現場に居合わせたひとりの医学生(東野利夫氏)が一部始終を目撃していた。彼は自ら罪に向き合い続けた末に産婦人科医の道を選んだ。その間、迷い悩み心も病んだ。やがて、世に事実を語り継ぐしかないと決意し、事件に関わった人たち、その家族らから聞き取り調査をし続けた。30年の歳月をかけて、事件の真相を膨大な資料にまとめた。この所産は、九大内施設(医学歴史館)のなかで展示すべく挑戦が試みられたが彼の存命中は叶わなかった。自身が営む医院の中で披露(4週間)したりもした(写真右)。彼は2021年に95歳で亡くなったが、ようやく戦後80年の本年になって九大医学部は東野氏の資料展示に踏み切ったという。僕は映像を追いながら、軍の命令に逆らえなかったでは済まされない医師たちの「心の闇」を覗き見る思いだった。歴史を刻む、手作りの展示物から切々と伝わってきたのは戦争加害の残酷さと人間の弱さだ。それをありのまま開示して見せた1人の医師の勇気に深い感動を覚えた◆戦争の被害と加害の実態とをどう後世に伝えるか。今なお進行中の戦争被害を未来に伝えようとする展示と、過去に行われた戦争での残虐行為を個人の努力で明らかにした展示と。2つの展示の切り口は全く異なり、同列には論じられないが、「戦争」を考える新たなきっかけとはなる。(2025-12-25)

Leave a Comment

Filed under 未分類

【57】いつまで続くもの珍しさと危うさと━━臨時国会の総括とこれから/12-20

 自公政権から自維政権へ。2025年の日本政治の大変換は、58日間の臨時国会で、これまでとは様変わりの様相を随所で見せた。ここでは、高市政権の舵取りの危うさを追うと共に、野党公明党の滑り出しについての課題に迫ってみた。

⚫︎日中関係悪化の背後に潜む高市首相の杜撰さ

 「台湾有事」をめぐる立憲民主党の岡田克也氏の質問(11月7日衆院予算委)に対する首相答弁について、中国が反発し日中間に大きな不協和音をもたらしている。これは臨時国会を通じて最大の外交問題を惹起したが、収束のメドは立っていない。ただ、世論調査(毎日新聞)を見る限り、首相を擁護する意見は多い。問題とは思わないとの回答が50%を占め、内閣支持率も65%台と依然高水準を保つ。ただし、首相自身が自らの発言が軽率であったと認める「反省の弁」めいたものを述べたことからすると、「勝負あった」と言う他ない。首相周辺は、一般世論に味方をする声が多いからと喜んでいる場合ではなく、国家間に横たわる原理、原則をしっかり踏まえていないと禍根を残すということを銘記すべきだろう。

 日中間では、1972年の平和友好条約条約締結と共同声明で、一つの中国(台湾は中国の領土)を日本も認めているのだから、それを無視するかのような発言をすると、「内政干渉だ」との今回のような批判を招くのは当然である。従来から、「曖昧さ」を保ってきた「日本の知恵」をそれなりに踏襲すべきであるのに、つい「本音」を口にしてしまう同首相の危うい性癖が表面化した。新米首相だから仕方ないとはならず、不用意な発言癖で終わる話でもない。外交、安全保障の基本が分かっていないのかもしれぬ。

⚫︎いつまで続くか維新の与党的日常

    一方、内政をめぐって争点となったのは、維新の強い主張であった衆議院議員の定数削減問題であり、企業・団体献金の扱いをめぐる与野党の3法案の取り扱いであった。いずれも決着を見ず、来年の通常国会へと持ち越された。この問題は、政権運営における維新の決断に関する最大の懸案だったが、すんなりと成立への流れに向かうとは予測されていず、持ち越しは既定の範囲だったといえよう。来年の通常国会における予算審議に絡んで、連立政権の命運がかかったままで推移するのは必至で、維新の筋書き通りに行くかどうかは、他の政党との関係もあり、予断は許されないとの見方が自然であろう。

 吉村共同代表の本音は、「副首都構想」の実現であり、それ以外のものは「おとり」とも見られている。幾つもの犠牲を積み重ねたうえで、中核中の中核をゲットしたいとの見方が的を射ていよう。それを見据えた上で、自民党は野党との個別の政策的駆け引きに取り組む姿勢に違いない。そう見ると、国会閉幕後の国民民主党との178万円の年収の壁をめぐる合意の思惑も透けて見えてくるというものだ。

⚫︎野党公明党が真骨頂を発揮することへの期待

 12月初旬に発刊された公明党の月刊理論誌『公明』一月号は「公明党の新出発と政治潮流」との特集を組んでいる。斉藤代表の党県代表協議会での挨拶を除けば、4人の学者、知識人の興味深いインタビューや論考が掲載されている。現時点での公明党という政党への真っ当な評価が満載されており、多くの人が読まれるように勧めたい。その中で共通する点の一つは、ブレーキ役としての公明党が後衛に退いたことへの不安であり、もう一つは野党公明党への新たなる期待である。

 この2つを象徴的に浮上させしめたのが、対中関係での首相の失言に対する斉藤代表の質問主意書提出であろう。首相が軽いノリで不用意に述べたことについて、従来からの政府の基本方針に変更のないことを確認させ、見直しや再検討の必要性がないことを表明する場を作ったのは鮮やかな対応だった。野党に転じた直後に、公明党が事態鎮静化の役割を果たし得たことは評価されよう。

⚫︎「保守改革」ではない「中道改革」の方向性を明確に

 自公政権の課題として、私が事あるごとに指摘してきたのは、両党間での国家像をめぐる協議の場の設置という点だった。政権を担う上で大まかな方向性が一致することは大事である。26年間の歴史の上で、「教育改革」と「安保法制」の2点で両党が鎬を削る議論をしたことは私の記憶に残るものの、一般的には印象が薄い。連立政権を担うもの同士の本格的な議論が少なかったと言う他ない。

 公明党は政権離脱と共に、中道改革勢力の中軸たらんと、旗を掲げた。かつて、日本の政治における公明党の役割は「改革」であり、「安定」を叫ぶのは自民党に任せておけばいいと私はいい続けてきた。だが、自民党との政権から離れたとはいえ、いずれ復帰するとの見方も内外に根強い。自民党との政権に愛着を持つ向きは、「政治とカネ」が主因で別れたのだから、その原因がある程度排除されるなら障害は除去されたとみるかもしれない。しかし、果たしてそれでいいのか。

 この際、改めて自公政権26年の功罪について、しっかりと総括する必要がある。単に「安定」志向だけであってはならない。例えば一例だが、「失われた30年」の中核を形成したアベノミクスが、今日の日本の経済格差や沈滞をもたらした遠因であったのではないのかといった根本的課題への掘り下げが必要であろう。「中道改革」というからには、保守改革路線とは違うメリハリをつける必要がある。(2025-12-20)

Leave a Comment

Filed under 未分類

【56】現代の義士とは何か━━「赤穂義士祭」を前に考えたこと/12-15

 

 現代日本における「義士」とは一体なんだろうか?小春日和に恵まれた12月14日。恒例の「赤穂義士祭」に僕は観客として参加して、あれこれと考えた。これには、ひとつの「きっかけ」と「伏線」とでもいうようなものがあった。やがて、すぐ身近に現代の義士というべき存在がいたことに気付いた。

⚫︎「松村義士男」という引き揚げの神様

 「義士」を改めて考えるきっかけは、12月8日にNHKBSテレビで放映された『昭和の選択━━引き揚げの神様と呼ばれた男』を観たことだった。驚いた。こんな人物がいたとは知らなかった。その名もズバリ、「松村義士男」(1911-1967)という。先の大戦が1945年8月15日に一応の幕を閉じた後のこと。満洲を始めアジア全域に進出していた民間人たちの引き揚げのドタバタ劇が始まった。戦闘が終わったとはいえ、日常は変わらない。震災後の余震が続くように、絶え間ない悲劇の予兆が人々を駆り立てた。

 朝鮮半島38度線の北から南へと脱出せねば、生命が危ういかもしれない、と。無秩序、無政府状態の中で、知恵の限りを尽くして、艱難辛苦を乗り越えて数万人ともいう人々の引き揚げを実現させたのは、左翼運動家・松村義士男(日本窒素興南工場勤務)によるところが大きい。奇跡の連続だった。歴史学者・磯田道史の司会で、元外交官の藪中三十二と駒沢大教授の加藤聖文が口を揃え、この人物を抜群の交渉能力、企画力を持つと、褒めちぎっていたが、僕は初めて聞く史実に圧倒されるばかりだった。

 「神様」と呼ばれるに至った経緯については、城内康伸の『奪還』に詳しい。義士と聞くと、「義を見てせざるは勇なきなり」との論語の一節が思い浮かぶ。目の前に苦悩に沈む人を見て救済に立ち上がる人こそ義士に相応しい。隠された昭和史の一面を見せつけられて考えるきっかけとなった。

 ⚫︎「大石内蔵助」という赤穂義士の神様

 さて、「赤穂義士」である。戦国の世が徳川三代の手によって収まる機縁となった関ヶ原の戦いからほぼ百年。元禄14(1701年)年の江戸城・松の廊下で起こった、浅野内匠頭による吉良上野介への刃傷沙汰は、些細な事の発端とは裏腹に歴史に衝撃を与え、「時代の空気」を揺さぶる。大石内蔵助以下47士の動きは「忠臣蔵」の一大ドラマを作っていった。大石は当初、浅野家復興と吉良家処分を狙ったが、共に叶わず、やがて決死の討ち入りへの準備の1年半にと変化して行く。この過程の中で、浪士が義士へと変化して、やがて内蔵助は神社に奉られる「神様」になった。

 この歴史をどう見るか。僕が赤穂にまつわる出来事を考える際の伏線を形成してきたのが福澤諭吉の主張である。赤穂事件から150年ほどのちに、近代日本の幕開けに際して、冷静極まる眼差しで時代の行く末に光をあて、成り行きを解説し、大衆の生き方にアドバイスをし続けたのが福澤諭吉だった。その福澤は赤穂義士をめぐる世間の捉え方に異論を唱えた。

 それは一言で言うと、主君の仇討ちという価値観は近代化の流れのそぐわないということである。「明治維新」という日本史の一大転換期に、『学問のすすめ』で大衆の蒙を開き、『文明論之概略』で支配層を刮目させた福澤は、個別の事象に種々の問題提起を投げかけたのだった。この異論もそれなりの位置を占めるものの、忠臣蔵の人気の前に、徒花であることは如何ともし難く、混戦状態が続く。

⚫︎病苦に悩む人に坑道ラドン浴という救済のメス

 「松村義士男」をきっかけに、「赤穂義士」にまつわる時代を超えた賛否両論を伏線にした僕の考えは、どう収束していったか。言い換えると、300有余年前の「赤穂義士」と、80年前の「松村義士男」から、何を学ぶかに落ち着く。義士祭の大名行列や、動くトラックの上にしつらえられた、討ち入りから切腹にいたる名場面が動かぬ姿で展示されていた(写真左)。これを見ながら、考え続けた。今に生きる僕らが必要とする「義士」は、どこにいるのか、と。

 こう思ってると、灯台下暗し━━その具体的人物は、僕のそばに厳然といた。近きが故に見逃していた。45年ほど前に知り合って以来昵懇にしている亀井義明がまさにその人だ。彼は生まれも育ちも赤穂の人間だが、15年ほど前から、姫路市北部の安富町富栖の里にある旧金山跡地に、坑道ラドン浴施設を作ろうと着眼した。いらい一意専心努力し続けてきている。60歳を越えて数年後、一企業家としての身から、少量の放射線が健康にいい影響を与え得ること気づき、岡山大や熊本大などの専門分野の学者に次々とアタックし、連携を強めつつ遂に日本で唯一の施設を作り上げた。

 この施設を利用することで健康増進を果たせたとの体験を持つ人たちは数多い。このたび、映画『ラドンの奇跡』を制作し、県下各地で上映、明年は全国へと広げていく構えだ。様々な原因不明の病に対して、西洋医学に限界を感じる向きは多い。私財を投げ打って取り組もうとする彼の熱意に賛同する声は引きも切らない。この間、彼の献身的な振る舞いを見続けてきた僕としてはただ頭が下がる思いだ。

 彼には紛れもなく赤穂義士から出発して、大義に生きる精神が宿っていったに違いない。過去の歴史から学ぶことにも増して、日本の今に生きる人々の中に義士を見出すことはもっと重要であると、僕は考えるに至った。身近に有意義な存在を発見し得て、満足度は高い。(敬称略 2025-12-15)

 

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【55】捕殺するだけではクマ問題は解決しない/12-10

 さる12月5日付けの毎日新聞のオピニオン欄に「論点 クマと向き合う」という企画記事が掲載されていた。3人の専門家が、捕殺中心のクマ対策の意見を述べている。一方、その2日後に神戸で開かれた「日本熊森協会」主催の講演・パネルディスカッション「捕殺だけでは解決しないクマ問題」では、違った視点で興味深い主張が展開された。両者の比較からクマ問題を考える。

⚫︎「山は豊か」なのか

 毎日新聞の記事の中で、横山真弓兵庫県立大教授は、「今も岩手県や秋田県には『クマを殺すな』というクレームが寄せられるという。『人間のせいで山が荒れ、餌場を失ったクマが里に下りた』というが、現実は逆だ。(中略) 野生動物からみれば今、山は昔よりはるかに豊かになっている。結果、まずシカが増え、次にイノシシ、そしてこの十数年でクマが増えた。山の生存競争が激化し、弱い個体が町におしだされている」という。

 この人の言い分では、「豊かになった」山で、動物同士の争いが増えて、「弱い個体」が町におしだされているというのだ。さしづめクマが「弱い個体」に該当するというのだろう。さて事実はどうか?

 次に鈴木正嗣岐阜大教授は、「相次ぐクマ出没で自治体職員は疲弊しきっている。全国町村会の要望書通り、国が主体となり、講習や出没対応訓練を実施し、より効率的で効果的な捕獲技術を開発することが求められる。全国統一的な教育カリキュラムの策定や、テキストやマニュアルの作成・改定も急速に進めるべきだ」と、国主導の野生動物管理が必要だと力説している。管理という名の補殺の勧めだ。

 さらに、北海道の羅臼町のガバメントハンター田沢道広さんは、公的機関がクマ対策を担う動きは歓迎するとした上で①危険性②地域生③財政支援の3つをポイントとしてあげ、クマ対策のために、ライフル銃に習熟する前に、「わなや散弾銃、追い払いのためのゴム弾や花火弾が扱えるだけでも十分だ。今から人材の裾野を広げていくことが重要だ」と、クマを捕殺できる人材の強化を強調している。

 この3人の主張からは、「クマとの共存」という観点が全く伺えず、横山氏の「政府は人とクマのすみ分けを掲げるが、現体制では不可能だ」の言葉がいみじくも象徴しているように、いかにしてクマを殺すかで共通している。「緊急対応」は分かるものの、あまりにも刹那的な対策に殺伐とするばかりだ。

⚫︎クマと人間の共生共存の道を探れ

 2日後に「日本熊森協会」主催の講演・パネルディスカッションの会場である神戸商工貿易センターに向かった。この場で講演し、討論に参加したのは、主催者を除くと、日本森林生態系保護ネットワーク代表の金井塚務氏、信州大学特任の泉山茂之氏、花巻市猟友会の藤沼弘文会長の3人。詳しくは同協会のHPを見ていただくこととして、三者の主張の中核に絞る。金井塚氏は総括的に「メデイアが森林政策の失敗に触れない」ことの誤りを指摘した上で、「経済優先から生活優先へ、自然を取り戻す」ことの重要性を訴えられた。これには我が意を得たりの思いだった。

 泉山氏が述べた「錯誤捕獲の残虐性」は世の盲点を突いていた。猟銃よりも遥かに多い「わな」による捕獲によって手足を傷つけられたクマの実態は一般的にはあまり知られていない。また、藤沼氏の発言で強い印象を受けたのは、クマが肉食系と草食系とに分化しているとの見立てだった。人間を見て逃げるクマは草食系で、ヒトに向かってくるクマは肉食系だとし、前者は見逃し、後者は撃つべしとの判断基準を示された。クマは「優しい草食系動物」から変容したとみるべきだろう。

 またディスカッションで、「森にとって最も大事な尾根筋を切ってしまう風力発電は危険」「国交省は森林整備に殆ど関心がない」などといった発言も重要な着眼だった。総じて、この場での発言は、クマと人間の共生共存を考えることの重要性が強く印象に残った。その上で、なぜクマが人を襲うようになったのかが分からないとの茂山氏の発言は、率直な疑問で印象深い。

⚫︎問題解決に繋がらない捕獲中心の補正予算

 熊森協会の室谷会長は、補正予算におけるクマ対策費用の大半が捕殺中心であることに疑問を投げかけた。「ワナ」による捕獲が急上昇しているが、集落周辺にワナを仕掛けることがクマを呼び寄せて、定着化を促しかねないと指摘。クマの数を減らせても、クマの学習に繋がらないうえ、共存できないやり方だと批判した。さらに注目されたのは、人とクマの棲み分けに「犬を活用」していく提案である。

 政府がまとめたクマの被害対策パッケージなるものは、緊急対応と、短期・中期的なものとの3段階で構成されているが、いずれも捕殺が目的である。要するに、そこにはクマと人間の共存を目的とした施策は伺えない。それでは、問題の根本的解決には繋がらないというしかない。(2025-12-10)

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類