【74】第二次「戦間期」の終わり━━「2-26」事件から90年で考える/2-26

★「2-26事件」で、日本の第一次「戦間期」は終わった

 1936年(昭和11年)2月26日。その日からちょうど90年が経つ。もはやその日のことをリアルに覚えている人は皆無に近いだろう。かく言う私も映画や書物を通しての〝幻影〟に過ぎない。だが、「二十世紀を生きてきた日本人に何が最も強烈な記憶かと聞くと、二・二六事件と答えた人が多数でした」(岡崎久彦『百年の遺産』)と言われるほど、「2-26」は戦前世代には強いインパクトを持っていた。なぜか。

 真珠湾攻撃や原爆投下や米軍の占領よりも、「日本人が自分達が生まれ育って来た社会自体が足元から崩れる予兆に脅えた」からだという。桜田門外で井伊大老が暗殺された事実と同列視されると、降りしきる早春の雪景色と相まって納得してしまう。その日は青年将校や兵隊ら約千五百人が「昭和維新」を叫び、首相官邸、警視庁などを占拠し、重臣達を襲撃(齋藤実首相、高橋是清蔵相ら4人が死亡)するという日本近代史上空前絶後のクーデターが敢行されたのである。

 最終的には昭和天皇の「朕自ら近衛師団を率いてこれが鎮定に当たらん」との強い意思のもと、この試みは失敗に終わった。だが、ここから「軍国主義の潮流」は歯止めの効かない事態になっていったのである。

★世界に漂う第三次世界大戦開始の空気

 この事件の3年後、ドイツはポーランドに侵攻、世界は第二次大戦に突入する。つまり、第一次世界大戦が終わった1919年から20年続いた「大戦後の空白」が終わりを告げたのである。これを「戦間期」というのだが、世界的には、4年前のロシアのウクライナ侵攻から、イスラエルとパレスチナ間のガザ紛争、そして米国のベネズエラ大統領強制拘束やグリーンランド介入姿勢など、まるで80年間続く第二次「戦間期」が終わろうとしているかのように見える。

 第三次世界大戦前夜のただならぬ気配が漂うとの見方をする識者は少なくない。今月発売の『Wedge (ウエッジ)』は、「酷似する『戦間期』と現代 第三次世界大戦を防げ』と題する一大特集を組んでいる。①満蒙開拓②「1930年代の危機」再来③「戦中派」のひとびと④「戦後開拓者たちの成田闘争⑤〝新たな戦前〟が近づくドイツ⑥世界の転換点で問われる日本の覚悟━━という6つの切り口で、現在只今の空気が戦争に突入していった「戦間期」末期にとても似ていることを暴き出していて興味深い。

★欧州で進む戦争への支度

 世界の戦間期の終わりを証明する事実関係は、先に述べた米ロの風潮に加えて中国の絶えざる軍事力拡大の動きが挙げられるが、欧州の急速な変化も注目される。ドイツでは、今年冒頭から新しい兵役制度のための法律が施行された。身体検査で「適格者」だとみなされた18歳の青年男子は、最低6ヶ月間の基礎訓練を受ける。ここから志願する者は兵役に就くものの、未だ強制を伴う徴兵制ではない。だが、志願兵だけで足りないと独政府が判断したら、新たな法律を施行して本格的な徴兵制度へと移行する。

 更に、フランスとイタリアも志願制に基づいた兵役制度をスタートさせるし、ポーランドも現役および予備役兵士の数を大幅に増やす方針である。この動きには米国の欧州からの軍事撤退と自立要請が影を落とす。

 これに対して、日本は戦後80年間というもの、軍隊を持たない「平和国家」であり続けている。国家防衛のためには自衛隊員がその任に就く。公表されている自衛隊員は、陸海空合わせて215719人で、幕僚監部4533人と合計すると220252人(昨年度末)。法律で決められた定員に対して充足率は90%に充たない。先にあげた雑誌の巻頭リポートで「(大戦開始寸前だった)1930年代に近づきつつあると感じている」という編集長ですら、「コロナ禍だった当時、全体主義体制を称揚するような空気が漂い、議会制民主主義の危機も顕在化」すると見ているだけに過ぎない。戦争近しと、無理やり危機を煽ってるという風に見えると言わざるを得ない。

★「戦争か平和か」の議論さえ棚上げ状態つづく日本

 この状況下で、仮に新たな世界大戦が勃発し、日本も参戦を迫られるとしたらどうなるか。この想定をすることは、あまりにも非現実的かもしれない。「戦争を放棄し、軍事力は持たない」として、憲法に定めている国が戦争に関わってはいけないとの「建前論」と、降りかかる火の粉は払わねばならず、自衛戦争は当然との「本音論」のぶつかり合いが実質的には決着がついていない。憲法9条をめぐる論争はある意味で、実質的にはずっと棚上げされたままなのである。

 すぐお隣にまで「戦争の脅威」が迫ってきていても、リアルな対応の是非を巡っては議論は進まない。80年間の「長過ぎた戦間期」のなせる業(わざ)だろうか。世界の「戦争」と日本の「平和」が異次元のものに見えるからか。

 先日もある大手紙で著名な文化人が「戦争絶対反対論」を改めて語っていた。国家が壊されようが、構成員の国民一人ひとりが何をされようが徹頭徹尾、非戦、不戦を貫き通すというスタンスだった。独立主権国家の尊厳を保とうとするから、戦争の悲劇が起こる。だから、始めっから白旗を掲げる、負けるが勝ちを地で行く、身を捨てるところに、浮かぶ瀬もあり、なんだと私は読んだ。これぞ無手負流に見えて、真の勝利への道かもしれない、と。

 この議論をどう考えるか。これをスルーして問答無用とばかりに、緊急事態対応にはやるのでは取り返しがつかないことになるかもしれない。いまこそ、国家を二分する論争を開始する時だと思われる。(一部修正 2026-2-26)

 

 

 

 

 

 

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2026年2月25日 · 12:25 PM

【73】改めて「国家悪」と向き合う━━ジャーナリストたちの戦い/2-20

 「国家」というものはその構成員たる「人間」にとって、時に「幸福」をもたらす存在でもであり、また「地獄」に突き落とすものでもある。現代の政治の場で、そうしたことを実感し得るのは社会保障、安全保障といった専門用語で語られるケースが多く、分かりにくい。これを分かりやすくいうと、前者は国家による様々な給付やサービスであり、後者は地震災害から戦争までの危険から個々人を守ってくれる働きであろう。

 つい先日、テレビで放映された『「地方の時代」映像祭2025   伝えることをあきらめない』(NHK 2-15)は、まさに「国家悪」の究極としての戦争がもたらした悲惨な現実を、地方に拠点をもつジャーナリストたち4人の視点で描いたドキュメンタリー作品だった。ここでは、彼らによって「国家の犯罪という悪」を、「あきらめずに伝えた映像」を基に、私が考えさせられたことについて触れてみたい。

⚫︎58年間も獄に繋がれた「冤罪」という「国家悪」

 まず、この映像祭の記念講演に登場したのが、58年間にわたって冤罪で獄に繋がれた実弟のために戦い続けた袴田ひで子さんだった。92歳を超えた今も凛とした佇まいに圧倒された。まさに「国家悪」の究極としての冤罪に立ち向かった彼女の戦いぶりは、壮絶だ。私も様々な報道を通じてそれなりに知ってはいたが、公的な場面でのご本人の発言には胸打たれた。

 自身が預かり知らぬ罪を押し付けられたまま、人間が自由を奪われ続けたらどうなるか。彼女は弟さんが精神に異常をきたす身となったことを淡々とした口調で述べられた。自由の身になってからも、テイッシュペーパー(ちり紙)さえ一枚づつきちっと折りたたんで大事に使う習性が残るのは、刑務所で1日の使用枚数が決められていたからだった。また、うなぎを食べることが生命を長らえさせると信じ込んでいたがゆえ、出獄後1年半というもの2軒のお店のものを交互に毎夕食の際に食べ続けたという話は痛々しい。また、彼女が国際会議で訪れたローマからの土産にぬいぐるみを買って帰ると、彼はそれを布団の中に入れて寝ていたという。これらのエピソードを「幼児に戻ったんです」と伝える彼女の口ぶりには、涙を誘われざるを得なかった。「国家悪」の一端を生々しく語って余りある。

◆正視し得ない戦争被害を受けた人々の姿

 今回の映像に関わる討論に登場したパネラー4人のうち、3人は先の大戦に直接関わるテーマについて語った。つまり過去の歴史上の事実を掘り起こすものだった。もうひとりは現在進行中のガザでの取材に基づく現在ただいまの問題提起である。前者は、①「一億特攻」②「満蒙開拓団」③「沖縄戦」の3つの歴史的経緯をそれぞれの地域での取材によって構成したものであり、後者は、現在も紛争中のガザからの生々しいレポートであった。

 「特攻」は、アジア太平洋戦争末期に危機に瀕した日本軍が航空機を直接米艦船に体当たりで立ち向かった攻撃を指す。今にいう「自爆テロ」の戦争版であろう。ドローンを使っての無人機による攻撃が通常になりつつある現在からすると、何とも痛ましい。軍の命令でその使命を押し付けられた航空兵たち。出発が直ちに「片道飛行」であることを自覚させられた彼らの胸中を慮る時に、その顔を正視し得なかった。

 また、満州、蒙古の地には素晴らしき新天地があり、そこを開拓する使命を担う仕事に従事することはとても誇らしいことだと、生徒に示唆し誘った教師が取材を受けた。結果的に教え子を死に至らしめたのだが、何故か、その教師は終始ニコニコとして語っていた。この顔をもまた私は正視し得なかった。

 更に、沖縄戦の戦没者たちの遺骨を収集するボランティアたちは、子どもたちの数多い遺骨にも出くわした。日本政府はいま、未だ残っているに違いない遺骨混じりの土砂を、辺野古基地の米軍滑走路埋め立て用に使おうとしている。その非を強く抗議する沖縄の人々。この顔もまた私は正視できない。

◆かつて戦争を礼賛し後押ししたメディア

 先の大戦での国家の強制的な圧力が普通の人間(市民、国民)を死地に追いやった。それを批判するべきメディアがむしろ国家に加担し、後押しをした。その反省が戦後80年、取り沙汰されてきたが、まともな意味でそれが一般的に理解されたようには思えないという角度からのシンポジウムだった。ガザの地からの報告をしたカメラマンが、イスラエルのメディアがガザの現場を報道しないという事実を伝えた。それは、彼らが「興味がない」としているからであった。彼は人間というものはいつまで経っても変わらないのだと述べていたのが強く印象に残った。

 この番組で、記念講演した袴田ひで子さんは、日本の再審制が余りにも時間がかかり過ぎることに異を唱え続けており、残された人生をその課題解決にかけると言っていた。また、登場した4人のジャーナリストは、戦争というものの悲惨さをあきらめずに伝え続けると語っていた。それを聞いた私は「正視できない」自分の弱さ、身勝手さを自覚した。あるがままの酷い現実から目を背けたいとする傾向があるからに違いない。せめてもの償いに、「国家悪」という表現ではなく、もっと直裁に「政治悪」「政権悪」というべきかもしれないと思うのだが‥‥。(一部修正 2026-2-22)

 

 

 

 

 

 

 

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2026年2月20日 · 12:08 PM

【72】新党「中道」の明日を占う国会論戦/2-15

/ 新党「中道」の新たな代表が小川淳也氏になりました。世間は色々と喧しい限りですが、ここでは雑音は封じ込めて、今後の見通しをざっと述べてみます。その前に、本日(15日)日本経済新聞のコラム「春秋」から紹介します。ここではある仏教学者の著書を引用した上で、中道とは「単に極端に偏らないバランス感覚のようなものにとどまらず、事実を事実として直視できる目を持って、主体的に道を選び取る生き方のこと。政治に当てはめれば、リアリズムに基づいて最善の道を考える姿勢」としています。リアリズム云々は、主に旧立憲民主党への注文だと思われますが、「安全保障も財政も社会保障もいよいよ難しい現実の的確な評価や直視が要る。にわかに掲げた中道の旗は案外、核心に触れている面がある」と、遅きに失した面はあるものの、一定の評価は出来ると思われます。

 旧政党のどっちがどうだなどと言うことはこの際は避けて、新たな決意の門出を率直に喜びあいたいと思います。

★新党の出発に相応しい国会論戦を

  小川淳也氏といえば、『なぜ君は総理大臣になれないのか』っていう映画を世に送り出した人物で知られています。私は予告編を今頃になって見ただけ(至急本編を見たいものと思っていますが)で、殆ど何も知りませんが、一部メディアでは高く評価されていたことだけはよく覚えています。その当時タイトルを見て、「うーむ。そう来るか」と半ば呆れ気味に敬遠してしまったものでした。「出る杭は打たれる」世界にあって、打たれ強い逞しい人は、今回の大激戦の中でも見事に小選挙区で勝利しました。そして新党の新たな代表に。発信力は抜群と言われるだけに大いに期待したいと思います。5票差で敗れた階猛氏を始め、49人の前には七難の二乗を超える艱難辛苦が待ち受けているでしょうが、是が非でも頑張って欲しいものです。

 18日から幕開けする国会は7月18日までの150日間。あれこれ取り沙汰されていますが、従来よく見られた国民大衆から顰蹙を買うだけのような議論はやめて欲しいと、攻守双方に言っておきたい。攻める野党側に、スキャンダル追及ばかりするな、予算委員会は予算質疑をする場だ、というようなことを言うつもりはありません。必要欠くべからざるものはどんどんやっていいと思います。しかし、同時に国の根幹に関わる問題については外さず議論の俎上に載せて欲しいと思います。とりわけ、新党「中道」には「憲法」「安全保障」「社会(生活)保障」「エネルギー保障」を始めとする重要テーマをきっちり議論する場を選んで、国民有権者に明確に発信して欲しいと思います。

★国民注視の「社会、政治的実験」としての「中道」

  新党については、地方議会、参議院に存在する公明党、立憲民主党との合流問題が大きな関心事でしょう。ですが、私は急ぐことはないと思います。それぞれ明年、2年後に、統一選挙、改選期を迎えるわけで、遅くともその時までにそれなりの答えを出せばいいのではないでしょうか。それまでの時間、それぞれのレベルで中道政治の本義に叶った実践をしていくことに着眼し、鋭意邁進すべきだと思います。まずは、衆院中道、参院公明党、参院立憲民主党という国会における3党が綿密な連携をとりながら、呼吸を合わせていく必要があるでしょう。「三位一体」など至難の業かもしれませんが、国民注視の「社会・政治的実験」だと私は思っています。

 60年余の歴史を持つ公明党で、人生そのものを生きてきた人間のひとりとして、私は政治家は党派性に拘らず「オール日本」の価値観を大事にすべきだと考えます。その場合の共通認識は日本が世界の中で「少子高齢社会」の先駆を切っていることです。今や日本は限界集落ならぬ「限界国家」の運命にあるということでしょう。と同時に、中米ロの三極が一段と専制国家的色合いを強めてきているとの国際情勢認識を持つ必要があります。国会審議にあっては、野党慣れした立民と与党ズレした公明の旧弊を打ち破る議論を望みたいものです。

 ★『公明』3月号の特集インタビューが興味深い

 その際に、3月号の理論誌『公明』の特集『現役世代と政治をつなぐ」の中の興味深い論考などが参考になります。苅部直東大教授の「中道改革勢力の結集には〝確たる中心軸〟が不可欠〟」とのインタビューがとくに印象的でした。とりわけ、優先順位を明確にして課題に取り組む姿勢の大事さを強調する中で、〝与党の逆張り〟をしているだけではいけないと述べているくだりです。ここは「中道」の本気の覚悟を表すバロメーターとして注目されます。

 合わせて、共産党やれいわ新選組が非正規労働者や外国人労働者を巡る問題に関心を持つ人々を惹きつけ、若者は国民民主党や参政党を支持し、有力な業界団体に属する経営者は自民党を引き続き支持すると位置付けてるところが気になります。では、「中道」や公明党はどの層に焦点を合わせればいいのか?苅部氏は、「真面目に働いてはいるけれど、今の世の中は暗く窮屈になっていると感じている人々の声が響く居場所になれる政党をめざすべき」と述べています。この辺り、議論が分かれるところでしょう。さて、それらも含めて国民みんなが大論争を起こしたいと私は考えます。(2026-2-15)

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【71】憲法などで国民的大論争を今こそ━━衆院選挙の結果から(下)/2-11

⚫︎一体感へ全てはこれから始まる

 少数与党の苦しみから逃れたいために、高市首相は数多の反対の声を押し切って衆院解散に踏み切りました。その奇襲に対抗するために、立憲民主党と公明党は新党「中道」の結成に急拵えで踏み切りました。その経緯は前回に見た通りですが、要するに余りにも準備時間が短かかったために、新党「中道」は、解散時172議席から49議席に激減してしまったのです。問題はこれからです。少なくとも1040万人を超える人々が「中道」と書いてくれたのですから、この人たちのためにも期待に応えてくれねばなりません。

 選挙結果を踏まえて、善意も悪意も入り乱れて様々な角度からの意見が出回り、それに伴って色んな噂も横行しています。「中道」のこれからをめぐっては、空中分解説から参議院、地方議会も含めて合流する完全合体説まで幾つかあります。13、14日に代表選挙が実施されるとのことですから、一歩前に進むことは確かです。当面気になる不協和音は、比例名簿の搭載順を巡って、公明が優遇され過ぎていて立民側にわだかまりがあるというものです。例えば神戸新聞10日付けでは、兵庫の9人の立憲出身候補からそんな声があるかのように報じられています。

 人間のことゆえ、全くないというとウソになるでしょう。しかし、兵庫の9人は選挙戦を通じて創価学会、公明党関係者の温かい支援を肌身に感じた、貴重な嬉しい経験だったと口を揃えて述懐しているとの話も当事者から直接聞きました。公明党支持者の側にも自民党候補との20年を越える関係は相当程度培われており、そう簡単に手のひら返すようなわけにはいかなかったはずです。かくいう私も関西各地を中心に、全国の比例区とそして小選挙区を合わせて頼みましたが、いつにも増して苦労したことは言うまでもありません。

⚫︎異文化育ちの違いを乗り越えて

 両党の議員たちが政治家として、育ってきた世界の文化の違いも多々あろうかと思います。比例区の惜敗率復活は公明党は一切とってきませんでした。「小選挙区で落ちたら終わり」との厳格な規律を貫いてきたのです。また、議員定年制も多少の例外はあるにせよ、公明党独自のものです。また、私の現役時代には「株式投資」も不文律ながら御法度でした。不労所得の最たるものとして忌むべきものと、個人的には捉えていました。おまけにゴルフにも近寄りがたいものを感じていました。この辺りはお前が堅物だからと言われそうですが、〝贅沢を避ける縛り〟が身についてしまっているのです。

 また、公明党の人間は濃淡はあれ日蓮仏法の信奉者です。党創立者・池田大作先生の思想を人間存在の根底に帯しています。困難な事態に直面するとお題目をご本尊に唱えることで乗り切ることが出来ると体験を通じて固く信じているのです。先日NHKの「こころの時代」で、宗教者が先の大戦での国家神道による圧力とどう闘ったかという興味深い番組が放映されていました。教育者であり人文地理学者だった創価学会初代会長・牧口常三郎先生への不当逮捕・獄死という歴史的事実がまざまざと思い起こされました。後継に位置する者として大いなる誇りが沸々と蘇ってきたものです。

⚫︎国民的大論争を盛大に巻き起こし課題解決へ

 さてこれから国会で高市政権との論戦が始まります。「立民」は国民民主党との間でずっと引き摺ってきた課題を公明との新党作りに際して思い切って乗り越えたとされています。安保や原発をめぐる論争や憲法についての捉え方などを始め気になることは少なくないはずです。早急に党をあげて始末をつける必要があります。その際に参院との調整が極めて重要です。参院は自維与党で120議席。立公両党で60議席強と2対1です。この関係が大事で、衆院の「中道」との連携が見ものです。

 衆院では自民と維新で4分の3の議席を占めました。参院では自維与党で過半数に4議席ほど足りません。このねじれ状況の中で国会がどう動くか。国民注視の中での舞台展開です。公明党の人間は党創立者から「派閥を作るな、作ったら党は解散だ」と戒められたと、草創期の先輩から聞かされました。このたびそれとは違う論理で衆院公明党は解散しましたが、派閥にまつわる習性は残っているはず。衆院中道と参院公明は党は異なっても、それこそ「異体同心」の気概で日本政治の舞台回しの主役だとの意気込みで頑張って欲しいものです。

 拙著『77年の興亡』(2022年)及びその続編(2023年)で、私は日本が抱える政治諸課題をめぐって国民的大論争を起こそうと問題提起しました。その過程で公明党に代わって「維新」が政権与党に入ることを是とする予測も行いました。それはなぜか。憲法をめぐる基本的考え方が違う勢力が与党を構成していては、国民世論に誤ったメッセージを送りかねないからでした。その予測が的中したいまこそ、国民的大論争の号砲がやっと鳴ったと思っています。これは、衆院選で新党「中道」に一票を投じていただいた1040万人超える皆さんへの呼びかけでもあります。(2026-2-11)

 

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【70】「中道の夢」は壊されない━━衆院選挙の結果から(上)/2-10

 今回の総選挙で、自民党が得た比例得票数は、21026139票(36.72%)。一方、中道は10438801票(18.23%)。ほぼ半分です。しかし、議席数は316に対し49。6対1の現実。ここから出発したいと私は思います。小選挙区比例代表並立制という選挙制度がもたらした現実を前に、嘆くだけでなく、党が出来てから僅か20日ほどで、中道改革連合(中道)と投票所で書いた人がこれだけいるということに驚き、喜びたいのです。自民党は結党されて70年。中道は1ヶ月にも満たない。にもかかわらず、と。これって、痩せ我慢に聞こえるでしょうか。

 ⚫︎選挙総括という名の「ものがたり」

 「敗軍の将は兵を語らず」といいます。斉藤鉄夫氏と並んで選挙後の記者会見に臨んだ席で、野田佳彦共同代表は、「万死に値する」と敗北の責任を表現しました。戦国時代ならずとも、封建制の世なら即刻切腹する場面でしょうか。今回の衆院総選挙の特殊性は、誰しもが認めるように、自らの支持率の高さを「時は今」と判断した、高市早苗首相が電撃的に通常国会召集の日に解散したことに尽きます、その結果、戦後政治史上初めての一党で3分の2の議席を自民党は獲得し得たのです。特殊なやり方で解散したので、結果もとても異常なものになったというわけです。以下、敗軍の将に成り代わって、一兵卒(支持者)が勝手な見立てを語ってみます。

 高市首相の「奇襲」に対して、「奇略」で応じたのが野田、斉藤の立憲民主、公明両党のツートップでした。衆院におけるそれぞれの党を解党して「中道」という名の新党の下に結集する、二つの党が合併するということではなく、幅広く政党、政治家に参加を呼び掛けるものでした。これは斬新なアイデアに見えます。60年にわたって公明党の支持者、政党機関紙記者、議員として動いてきた私にとってあたかも〝血湧き肉躍るものがたり〟の始まりでした。

 これは「戦略なきは座して死を待つものなり」との孫子に由来することわざを惹起させ、奇襲に対抗するに十分な対応策だと思えました。野田、斉藤両氏の頭にはかつての新進党の蹶起がよぎったはずです。2人は数少ない新進党を経験した生き残りですから。両代表は高市首相の〝大博打解散〟への対抗策として、「中道」の旗を振りかざす新党結成に踏み切る〝でっかい賭け〟に踏み切ったのでしょう。しかもその具体策は、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」との諺を地でいくもので、両党はこれまでの所属政党を捨てて、立憲は小選挙区に集中、公明は比例区に専念したのです。

⚫︎「中道」理念を改めて広げる戦いの出発

 この「奇略」実は当事者を除いて殆どの両党関係者は知らなかったはずです。いつどのような経緯を辿って表に出てきたかはやがて明らかになるはずでしょうが、私など近い将来、立憲民主や国民民主との関係構築が自公政権離脱後のカギだとは思っていても、直ちに新党を作るという発想はなかったのです。つまり、できっこないと端から思い込んでおりました。ところが先の会見の場で野田氏は去年の秋ごろから考えていたと口にしたのです。

 2つの世界大戦を経て、人類は国際連合や国際法など平和構築への仕組みを、知恵を絞り、こころを尽くして作りあげてきました。しかし大戦後80年が経って今や世界は真逆の方向に進んでいます。自国の勢力圏拡大に奔走する2、3の大国によって世界は無惨にも無法状態と化しつつあるのです。この状況の中で、日本の政治は手をこまぬいているだけの状態を続けており、物価高に喘ぐ国民大衆をよそに、政治家がカネの使い方で世の不審を買うという情けない事態から抜け出せないでいまず。これを打開するために立ちあがろう、それが「中道」の最初の発想だったのでしょう。

 しかし、あまりにも時間が足らなかった。中道の意味あいや、なんで今自分の党をなくしてまで、と言ってる間に時は過ぎた。もっと時間があればなどと、愚痴をいういとまはありません。この選挙結果分析もその辺りについては敢えて触れないつもりです。「中道」理念を落ち着いて広げるとの「新たなものがたり」を求め探す旅に出る時は今だと思うからです。(以下次号に続く 2026-2-10)

 

 

 

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【69】自民古豪より新鋭中道候補に期待━━明石での演説会から(下)/2-5

 衆院選もはや終盤。電話、SNSを通じての選挙戦を連日展開していますが、昨4日夜には地元明石での政談演説会があり、家族で参加してきました。兵庫9区はかつて自民党の総裁選に出馬したこともある古豪候補と、前回総選挙に出て次点に泣きながら、比例復活した「中道」(当時立憲民主党)気鋭の若手候補の激突選挙区です。演説会には、その橋本けいご候補と近畿比例ブロックの「中道」の名簿搭載者の赤羽かずよし候補(共同副代表)が登壇。蓮舫参議院議員が応援に駆けつけてきました。ここでは、終了後に家族3人で交わした会話を鼎談方式で、紹介します。

★自民候補倒さねば、明石の名折れ

父)   選挙戦はあと3日。ここは全国的に最も注目される選挙区の一つだね〜。自民の候補は1年半前に大騒ぎになった「裏金問題」の当事者で、安倍元総理の最側近だった。一方、中道の候補は前回初挑戦ながら明石市ではトップ。この2人の再対決、今度こそ自民候補を倒して明石の良識を示したい。

母)  そう。前回は自民対立憲民主の構図で、私達公明党は、政権与党の立場で自民候補を応援する羽目になった。あれはいやだったね。人物本位の基準に合わぬ人を公明党中央は押し付けてきたんだから。

娘)  そんなことするから全国で公明党は負けたんよ。26年も自民党と組み「改革」をするするって言いながら、金権腐敗の自民党を変えられへんかった。政権離脱し「中道」への変身には期待したいね。

父) 自民の彼とは長い付き合い。有能な人物でよく知ってるつもり。安倍さんの後継者は高市さんでなく彼だったかも。でも、そうやからこそ、あの場面は一度「議員辞職」をすべきだった。「一から出直す」って言ってたから。そうすれば「本当のケジメ」になってた。曖昧なままはあかん。

母)女性はああいう人は許せない。今度は清潔な候補者で応援できる。殆ど縁のない人だと思ってたけど、4人の子育て真っ最中で苦労してるという感じが好感持てる。失業中との発言はちとオーバーかな。

娘)私は前市長の泉さんの市政を高く評価していて、お父さんやお母さんから文句言われたけど(笑)。橋本さんの応援に彼が付いていて心強かった。今度は泉さんの応援風吹いてないみたいで心配だわ。

父) 泉評価は分かれる。橋本候補も一人立ちしなきゃ。僅か一年半で選挙は可哀想だが頑張って欲しい。

★新鮮で爽やかな若々しい中道小選挙区候補

母)今日の演説は時間短かくてあまり触れられなかったけど、地域のお母さんたちにめっちゃ人気らしいわよ。爽やかで可愛いところあるって。百戦錬磨の自民候補と比べるべくもないけど。若さは大事よ。

娘)  彼は一言でいうと福運あるね。泉さんに引っ張られて地方公務員から、県議を経て衆院へ、あっという間に駆け上って、今度は学会員の皆さんに応援して貰うなんて。それだけにもっと力つけて欲しい。

父) いいこと言うね。当選したら、赤羽、中野両氏らからしっかり教えて貰うといい。公明と立民との新党は未知数なゆえに不安もあるけど、大いなる期待もある。日本の政治は今のままではあかんから。

母) 「政界再編」を目指すって野田、斉藤両代表は言ってる。うまくいくのかなあ?今回の結果如何も関わってくるけど、その是非が日本の未来に深く関わってくるよね。健全な与党が出来てこないと。

娘)  ほんと。私の友達に、参政党がいいっていう人がいる。ちょい前には維新びいきだったけど、あの党は言行不一致で犯罪者の巣窟だって、今度はくら替えしたようだわ。でも参政党も胡散臭い。

父)  保守ポピュリズムの傾向が強く、この党が先行き政権に参加したりすると、怖いね。だからこそ、早急に、政権担当をしてきて失敗もしながら経験を積んできた立民、公明を中核に政界再編が待たれる、

★政界再編で新たな日本の政治に期待

母)政界再編って大丈夫かしら?要するにカギは自民党からの参画でしょ?自民党対旧野党だと、イメージ的に昔の「保革対決」みたい。せっかく立民が中道の旗に共鳴したんだから、新たな動きにしたい。

娘) 「国民」が今回自民にも、中道とも距離おいて独自の戦いしてるって興味深いわね。この党が自民と組むと自維政権よりもまともそうに見える。選挙結果が左右するけど、是非、中道の方に来て欲しい。

父) ただ、せいては事を仕損じるっていうから、じっくり行かないと。高市自民党が支持率の高いのをいいことに、「政権安定」を目指して選挙に打って出た。それで中道新党が急拵えで誕生したんだけど。

母)そうね。何で突然に新党作るの?って疑問感じたけど、高市首相の利己的急襲に、大義的奇襲で応戦した中道公明って大したもんやって分かった。いい結果が出ると、日本政治史に残る快挙だと思う。

娘) そうね。さっき蓮舫さんが800億円を越す無駄遣いはとんでもない、高市さんは経済政策も何もわかってないって言ってたけど、あのくだりに一番共感した。中道が大勝ちすれば急襲も我慢してやるわ(笑)

父) ともあれあと3日。それぞれ悔いない戦いを最後までやり切って8日を迎えよう。ここからが勝負だ!

(2026-2-5)

 

 

 

 

 

 

 

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【68】今なんで総選挙で「中道」なんや━━友人との対話(上)/1-30

 衆院選序盤の情勢は自民党が単独で過半数を獲得する勢いだと報じられています。一方、新党「中道改革連合」(中道)は浸透が遅れ、各選挙区で劣勢を強いられているようです。ここでは、大阪に住む友人の大坂君との対話をほぼありのまま紹介します。(敬称略)

◆「奇襲」に対抗する新戦略

赤松)急に降ってわいたように衆院選になった。昨年の総理就任以来、実績を出すまで選挙をするゆとりなんかないと言ってきた高市が自身の人気が高いのをええことに突如態度を変えて仕掛けてきた。これに対抗し、急拵えやけど、公明党は立憲民主党と組んで新しい党「中道」を作った。応援ぜひ頼むよ。

大坂)今まで公明党の支援をしてきたけど、今度ばっかりはあかん。なんで、よりによって「立憲」なんかなあ?自民党との連立離脱までは良かったけど、これまで喧嘩してきた政党と手のひら返したように組むって、わけわからん。衆院の公明党を潰してまでやるとは!公明党単独のままなら良かったのに。

赤松)一言でいうと「戦略なきは座して死を待つがごとし」かなあ。これを機に起死回生して衝撃を自維政権に与えようという狙いだよ。「金権政治打破」の立場で、最も協調出来るのは「立憲」だからね。

大坂)「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ってわけか。ようやるよなあ。公明党の中ですんなり受け入れられたんか?反対あったやろ?それこそ、右から左に、「ハイわかった」ってなる?怖いなあ。

赤松)色んな意見あるよ。だけど、自民党政治を変えるために26年も支えてきたのに、企業団体献金の規制など「政治とカネ」の問題で決断迫ると「そんなことより」だからね〜。堪忍袋の緒も切れるって。

◆「極端主義」に立ち向かう生活者目線

大坂)ところで「中道」やけど、斉藤と野田で、言うてることちゃうなあ。斉藤は仏教由来の、「左右いずれにも偏せず、道に中(あた)る」と読むといってるけど、野田は一般的な中間的選択に聞こえるよ。

赤松)公明党は結党以来60年言い続けてきた根幹をなす理念だし、立憲はもともと「リベラル」だからね。でも、世の中に「極端主義」が広まる中で、「中道」が強調されることはとても重要だと思うね。

大坂)立憲も内部で異論あったやろなあ。勝つには「背に腹かえられん」ってことか。それにしても大きな賭けや。勝つとええけど、負けるとなあ。高市もよう言うよ。過半数とれなけりゃ「即退陣」とは。

赤松)その辺が人気の素かも。確かに歯切れはいい。高市を選ぶか、野田か斉藤かとか。究極の政権選択に持ち込むやり口だ。高市自民党は金持ち優遇。大衆は、「生活者か富裕者か」を問いたいのに。

大坂)あんたも今頃ゆうか。自民党って所詮は恵まれたもんの政党や。長い間一緒にやってて分からんかったとは言わせへんで。自民党が言うてる「政治の安定を」って、ついこないだまで公明も言うてた。

赤松)正確には公明党は「安定あっての改革」だと言ってたはずやけど。大衆に政治を取り戻すには、自民党を改革するのが先だと26年やってきたけど、無理や。今回のやり口見てると、しみじみそう思う。

◆政治、政党は「よりマシ選択」

大坂)繰り返すようやけど、自民党と別れて、なんですぐ立憲や。節操なさ過ぎちゃうか?

赤松)時間かけてる暇ない。急に選挙になったからな。無理して立公が一緒になったことは否定しようがない。だけど、自民党を壊すにはこれくらいのことせんとあかんって思わん?

大坂)ウーン。立憲ってええ加減な議員もいてるぜ。いちいち名前あげへんけど。公明党とはちゃう。

赤松)僕は前から、政治は「よりマシ選択」やと言うてきた。玉石混交は世の常。立憲はまだマシ。ええとこそれなりにある。そんな中で理想を求めつつ、現実的には、比較的にええもんを選ぶしかない。

大坂)そんなもんかもしれんか。それで「中道」のかたまり作るってか。意気だけは凄いなあ。

赤松)自民党の中から割って出てくる動きを期待したけど。結局は「寄らば大樹の陰」や。そんなら一遍政権与党になりながら失敗した野田立憲民主党に復活戦を期待するしかない、と。

大坂)まあ、安倍も一回目はあかんかったけど再挑戦で蘇ったからなあ。「柳の下のどぜう」狙いか?

赤松)公明党と自民党との26年は決して無駄じゃない。貴重な与党経験を積んだし、自民党の内部事情もわかった。自民党よりも労働者の側に立った生活者目線を持つ党と組んで、「今再び」ってわけだよ。

◆政界再編へのうねり起こす

大坂)それが盛んに今野田がいうてる「政界再編の一里塚」ってやつか。難しいぞ。国民民主党はじめみんなそっぽ向いてるし。その昔の、小沢の新進党でもうまくいかんかった。小池の希望の党もそうや。

赤松)そこを乗り越えんと、あかんね。自民党にも呼応する連中はいると思う。僕が『77年の興亡』で描いたように、大きな節目に日本が立ち向かうチャンスにしたい。

大坂)そこいらは期待するよ。比例区は中道にいれるから。日本は少子高齢社会がどんどん進んでもう持たない「限界国家」やって言われてる。世界を見渡すと、トランプの米国がめちゃくちゃして、まるで中露とおんなじ専制国家や。

赤松)だけど、欧州フランスでは「野党共同戦線」が組まれるなど新たな動きも見える。日本も「中道」の掲げる「ベーシックサービス」をテコにして、旧態依然とした古い政治から、新しい政治へのうねりを作りたいよ。(以下5日号につづく 2-4一部修正)

 

 

 

 

 

 

 

 

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【67】「保守」の再興か、「中道」の奮起か、それとも多党化か━━三つ巴の戦い(下)/1-27

◆「選挙後」こそが「政界新編」の本番

 今回の選挙戦での専門家の見通しなどで気になるのは、新党「中道」は急拵えでもあり、「比較第一党狙い」ではないかとの点と、結局新党は崩れ去る運命にあるとの見立ての2つであろう。

 巷では、新党に結集した公明党の現職24と立憲民主党の144議席の単純合算の168議席を超えれば「御の字」だとの見立てもあるが、200議席を超えて、比較第一党になり各地の小選挙区で「中道勝利」への雪崩現象を起こす可能性もあるかもしれぬとの分析もある。

 本家「中道」が看板の公明党は、「中道主義」を世に宣揚できるいい機会に勇み立つ。私の周辺には「自民党と離れた公明党こそ本来の姿だ。戻ってくれて嬉しい」とか、「『政治とカネ』の関係に引き摺られずに済む。ケジメがついた」と、小選挙区での新対応に喜び臨む仲間も多い。

 本来の公明党の立ち位置からすると。ひとたび掲げた「中道」の旗は降ろさないし、たとえ仮に立憲民主党出身者が抜けていっても、新党は続くし、続けていくべきだと考える。中道のかたまりを大きくするための本当の戦いが始まるのはむしろ「選挙後から」なのだとも思われる。

 今回の選挙では、自民・維新の「保守」グループと、立憲・公明の「中道」グループの2大政党の枠組みの構図が鮮明になるのか。それとも国民民主党や参政党などの少数政党が屹立して、一段と多党化の様相が強まるのかなどといった見方が混在している。そんな中で私は公明党風の「中道主義」が中核になって「政界新編」を起こすに違いないと確信している。

◆進む国際政治の無法化阻止への橋頭堡たれ

 この60年を振り返って私は公明党という政党の真の役割は「触媒剤」ではないかと思う。保守政党を浄化する試みから、革新、リベラル的政党を中道化する動きまで、〝政治的化学変化〟に注力してきた歴史だった。その真価が改めてここで問われようとしている。

 「トランプのアメリカ」がベネズエラに軍事力を使って大統領を拘束し、グリーンランド占有の姿勢を目指すなど、かつての 世界の「警察官」が「ならず者」に変身したようで、世界は無法状態の様相である。国際法はどこへやら、国連の無力化が激しさを増す中で、新旧専制国家が入り乱れての「縄張り争い」が進む。そんな状況下にあって、日本はどう振る舞うのか。旧来的な対米従属姿勢を続けるだけではもう持たない。トランプ氏に寄り添った高市首相のはしゃいでいた哀れな姿が目に浮かぶ。

 「平和主義」の旗を振る新党「中道」の主張と行動が注目されている。日本は米国に引き摺られるだけで右顧左眄する擬似的自主国家であってはならない。中国の「一帯一路構想」、アメリカの「ドンロー主義」に対し、欧州の民主主義国家群と連携し、リアルで確実な歯止めをかけねばならない。「戦間期」が終わり、新たな大戦の始まりが近いことが危惧される世界の今に、「中道」こそ希望の存在だと期待する他ない。(この項終わり 1-27)

 

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【66】「人間主義」と「合意形成」━━新党「中道」のスタンス(中)/1-26

◆「中道」にまつわる2つの誤認識

 自民党との連立を離脱、終わらせるべきだと思い続けてきた私でも、立憲民主党と直ちに新党を作るとの話には驚いた。やがて近い将来に同党を始めとした、いわゆるリベラルに位置付けられる政党の人たちとの共闘の時がやってくるとは思っていたのだが、自民党との間で、「保守中道政権」を作ってきた公明党が、一転「中道リベラル」政権に与(くみ)するには、それなりの時間がかかると考えていたからである。

 こう考えた背景には、内外に及ぶ2つの私自身の誤認識があった。一つは、立憲民主党を中道政党ではなく、リベラル政党だと漠然と考えていたことであり、もう一つは、公明党がここ数年の間に「中道」とは異質の「極中道」に変化してきたと捉えていたことである。

 一般的に、「中道」は足して2で割る立場や左右に偏しない真ん中というざっくりとしたイメージで捉えられがちである。その観点でいえば、立憲民主党は旧社会党よりは革新色が弱いものの、左右どちらかと言えば、左に偏した党だと見られがちで、私も同様な見方をしていた。また、公明党は連立相手の選択肢を変えない硬直性にとらわれ過ぎのように見えた。つまり、ヨーロッパで今流行してきている「極中道」と類似したスタンスに変わってしまったと見たのである。しかし、どちらも私の思い違いで、誤った認識だったのである。

◆仏教に由来する「中道観」の奥深さ

 物価高に悩む国民生活の悲鳴にたいして、高市首相はあくまで「政治の安定」を口実に「少数政党」という足場を変えることを優先させて、「維新」と組む選択をした上で、強引に解散総選挙の道を選んだ。この高市首相の荒業が、一気に立憲民主党と公明党に「非常対応」を促したといえる。

 ところで、そもそも「中道」とはなんだろうか。改めて考えたい。国語辞典では、「極端に走らず、穏当なこと」と、簡単な記述で済ませているものから、仏教の基本的教義の一つだとして「対立する見解や態度を克服した立場であり、教派によって諸説ある」などと言及するものまで種々ある。公明党は、1964年の結党以来、中道主義に立つ政党だと自認してきたが、自らのよってたつ基盤をどう表現してきたのだろうか。

 党の創立者である池田大作先生は1974年のアメリカ・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)での「21世紀への提言」と題する講演で述べたものがわかりやすい。「この言葉(中道)は、アウフヘーベン(止揚)に近い言葉と考えていただきたい。すなわち、物質主義と精神主義を止揚する第三の「生命の道」であることを、私は確信しています」とのくだりである。そして、その理念は「人間主義」とされてきた。私自身はこれを踏まえた上で、「生きとし生けるものの『生命』を重視する仏教に依拠するスタンス」であり、政治選択が迫られる場合には、「いくつかの選択肢の中から、真っ当な結論へと合意形成をするレベルアップの営みである」などと述べてきた。つまり「人間主義」と「合意形成」という公明党の政治理念と政治手法を説明する際には、二つの補助線を引いて説明してきた。それはなぜか。

 単なる「人間主義」だけでは、キリスト教的な自然環境破壊を伴う「人間中心主義」との差異が曖昧になってしまうし、いわゆる「合意形成」だけだと、〝談合的馴れ合い風合意〟と区別がつかなくなってしまいかねないからである。(以下つづく 2026-1-26)

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【65】『中道』という価値観━━日本政治の新たな地平拓く(上)/1-25

突然降って沸いたような衆院解散総選挙。色々と取り沙汰されてはいるが、単純率直に言ってわけわからん選挙ではある。ともあれ、選挙が多すぎるという世の反応が最も素朴で納得できる。27日に公示される選挙で大きなの注目点の一つは、新党「中道」の立ち上げであろう。今日から3回に分けて、「中道」の立ち位置に焦点を合わせて、この選挙の背景を追う。

◆「政治の安定」を傘に身勝手で強引な解散総選挙

 前政権の終わり頃、日本の政治の行く末を心配した人々が「新たな政界再編」(政界新編)を期待した。自民党にはもはや往年の活力を求めても詮なく、かといって立憲民主党を先頭にした野党にも多くは望めない状況下での強い思いだった。それは左右双方の極端に走りがちな勢力に与するのではなく、穏健な改革の道を力強く進む「かたまり」ができぬものかとの模索の表れだった。自民党内の改革の狼煙や支持する世論の動向から、「元首の謀反」さえ望んだが叶わず、敢えなく〝見果てぬ夢〟に終わったのである◆その後、石破氏に代わって高市早苗氏が自民党総裁になった。安倍晋三元首相の後継を自認するこの人は、「政治の師」から、最も受け継ぐべき手法を学ぼうとしなかった。それは、「急がば回れ」方式であり、目的達成へ迅る心を抑えて、時に異心の友とも協調する姿勢といえた。安倍氏が公明党との「安保法制」の合意に見せた柔軟性。憲法9条2項を抜本的に変えずに「自衛隊明記」といった「加憲」で妥協する融和性。こうした面があったればこそ、自公政権は長期存続を可能にした。功罪相半ばした安倍政権の良き面を高市首相がどう受け継ぐか。半信半疑で見ていた公明党関係者の関心を無惨にも裏切ったのが就任直後のあの〝手前ミソ的手法〟だった◆かくして、公明党の「連立離脱」へのお膳立てを用意してくれたのは他ならぬ当の高市首相だったのだが、私のような「自公連立」に懐疑的だった者からすると、いいきっかけを与えてくれたと、喜ぶほかないといえよう◆衆議院議員を勇退(2012年末)して以来、私は2010年代半ばから、『安保研リポート』(一般社団法人「安保政策研究会」発行)の場で、主に自身の政治活動を回顧しつつ政治評論を書き続けてきた(No10-60)のだが、それをベースに書き溜めたものを集大成したのが拙著『77年の興亡━━価値観の違いを追って』(出雲出版 2022年)だった。これは、明治維新以来の日本近代史を「77年のサイクル」で区切ってみる仮説に基づく。明治から昭和20年(1945年)の日本の敗戦という節目に次ぐ2度目の77年の転換期は令和4年(2022年)だった。その頃の世界は、コロナ禍で大激震に襲われた。ウクライナでガザで戦争状態が始まり広がった。ドンピシャの大転換期の時代の幕開けに「連立離脱」の時は今とばかりに、その当時の私は奮い立ったものである。(以下つづく 2026-1-25)

 

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