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《22》「政治停滞」の犯人探しの愚ー『選択』1月号から/1-7

 情報誌『選択』は、毎号国内外の情報を的確に分析してくれ、興味尽かせぬ面白さがある。最近では、幹事長が岸田政権の急所になるとの「茂木敏充という災厄」の記事はなるほどと思わせたし、「バイデンは『一期』で終わりそう」や「欧州連合はすでに『死に体』」といった記事(12月号)など大いに読み応えがあった。ただ、公明党に関する記事はややもすれば当たり外れがあるようだ。今回取り上げる1月号の『公明党こそ「政治停滞」の主犯ー自民党『創価学会依存』で続く悪弊」なる記事は、〝大いなる外れ〟だと思われる。この記事は、内政における「バラマキ」と安全保障面での「現実性を欠く平和主義」の二つを槍玉に挙げている。23年目に入った自公の「友党関係こそが政治の停滞の『元凶』と知りながら抜け出せない閉塞感が、一層色濃く永田町、霞が関を覆っている」というのだ。この現状認識は著しく公正さを欠く。山口公明党の中枢なら、「友党公明党の存在あっての政治の『安定』であり、停滞の『元凶』とは筋違いも甚だしい」というに違いない◆政策判断の当否を見る場合も、自ずから両面がある。新型ウイルス対策の18歳以下への10万円給付をバラマキと見るか、弱者救済策と見るかは立場、境遇によって違ってくる。恵まれた生活環境にある人たちは不必要と見るも、生活困難者の目にとっては得難い施策と写ろう。平時なら大盤振る舞いに見えても、緊急事態時の今は必要不可欠の一手なのである。一方、「中国に毅然とした態度を取れずにいるのは公明党の影響力と無縁ではない」とか、「いわゆる敵基地攻撃能力の保有の議論を始めることにも公明党は慎重だ」などと、外交安全保障政策でも愚痴に近い泣き言を言っている。前者は、対中政策で国を挙げて強硬姿勢になることや、いたずらに周辺諸国と、ことを構えるのが、外交上得策かどうかは意見の分かれるところだ◆政権与党を組んでいる両者は、政党が違うのだから大いに議論をして、妥協点を探ればいいだけのことである。5年ほど前の安保法制の時は、丁々発止の激論が交わされた。その結果、集団的自衛権を条件付きで認めるという形で、玉虫色決着が図られた。現実に新制度下で緊急非常事態が起こっていないから何とも言えない側面はあれ、公明党の存在あったればこその安全保障サイドの前進だといえた。対中国や対北朝鮮問題で、公明党らしい政策を主張することが「政治停滞」と見るのは、右翼的色彩の濃い観点からのものと言えよう。私など、もっともっと公明党からの「改革」の発信が欲しいと常々思っており、現状では未だ弱く不満に思うことも少なくない◆「選択子」は、この記事の冒頭で、「政権として見れば、公明党が政策にブレーキをかけ、時に歪める構図は変わらない」と嘆く。それは中道主義の観点で、右に偏り過ぎる政策をただしているのであって、それが歪められると見るのは、手前勝手が過ぎるというものだ。私から見れば、公明党らしさの主張は未だ足りないと思っている。公明党のスタンスが気に入らないのなら、自民党単独で政権運営をするなり、他党を与党に組み入れればいいのである。尤も、それができないから苦労しているのだとの声が聞こえてきそうだが、お互いのプラスマイナスを測り合う幅広く深い議論を両党間ですべきだろう。尤も、残念ながら昨今、公明党内に不祥事が散見される。これは「公明党の自民党化」現象であろう。「自民党の公明党化」を目指して組んだ自公政権である。お互いのいいところを取り入れて「安定のもとでの改革競争」をすべきなのに、悪いところを真似してスパイラル現象に陥るのはごめん被りたい。今回の「選択子」の歪んだ政治「停滞」の犯人探しなどに付き合ってはおれないのである。(2022-1-7)

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《21》日本の今はこんなものかー新聞各紙読み比べ/1-2

 元旦付けの全国紙を読み比べてみる。いつの頃からか習慣になった。切り口は4つ。一面トップ記事、特集企画記事、社説、コラムである。それらを読み手として、感じるものがあったかどうかを単純に追う。新年の楽しみである。読み比べてみると、なんだか世界と日本の今が分かったような錯覚に陥ることが出来るから面白い。まず、1面トップ記事を特集にリンクさせていない風に見えるのは「読売」だけ。あとは全部特集の一回分をなしている。「読売」は、「米高速炉計画 日本参加へ」のみだしで、米国における次世代の高速炉開発計画に日本が参加するというニュースだ。温暖化への対応政策と将来の原子力市場で世界をリードしたい米国と「もんじゅ」の廃炉が決まり、活路を求めていた日本との利害が一致したというわけである。何はともあれ、新年号の1面は企画記事でなく、ニュースを追うところに「読売」らしさを見る◆特集企画をトップ記事に持ってくる手法をとった他の4紙の中で注目されるのは、「日経」の「成長の未来図」。「成長の鈍化が格差を広げ、人々の不満の高まりが民主主義の土台まで揺さぶり始めた」として、資本主義が戦前の大恐慌期、戦後の冷戦期に次ぐ三回目の危機にあると位置付け、資本主義を創り直そうとする試みを追う。ただ、世界が大きな岐路に立つとの見立ては誰しも共通するが、「脱成長」との選択肢までは視野に収めてはいないはず。「日経」の特集連載に、最後まで興味を持続させたい。「毎日」は、31日にスタートさせた「オシント新時代」。ロシアの情報改ざん工作にメスを入れる。「ビッグデータ時代の情報安全保障」を追う中で「主権回復」を問う「産経」は、AI時代の「情報」をめぐる動きに着目している。「未来予想図 ともに歩もう」の見出しの「朝日」は、この新聞社らしく全体に目配りするものの、焦点が定まっていない風に見えてしまうが、どう今後展開させるか見守りたい◆社説は当然ながら、それぞれの社風を体現する。目立つのは「産経」。論説委員長の署名入りで1面左肩に「さらば『おめでたい憲法』よ」ときた。読まずとも中身はわかる。対立する「朝日」は、〝奥ゆかしく〟11面に「憲法75年の年明けに」とのタイトルで「データの大海で人権を守る」の見出し。「何より個人の尊重に軸足を置き、力ある者らの抑制と均衡を探っていかなければならない」との末尾の結論で、言いたいことは分かる。「日経」の「資本主義を鍛え直す年にしよう」との論考は、この社らしいものだが、つい、問われているのは、「新しい社会主義」ではないのか、とのひねくれ心が頭をもたげてくる。「読売」の「『平和の方法』と行動が問われる」と、「毎日」の「つなぎ合う力が試される」の二つの見出しの中のキーワードには注目させる力がある。ただし、中身は共にいささか平凡。双方ともに、結論を参議院選の持ってくるところに、物足りなさを感じざるをえない◆最後はコラム。新聞記者の文章力が問われ、試される舞台だけに各社とも当然ながら力を注ぐ。書き手の文章の背後に潜む知識量と構想力が優劣を決める。「朝日」の天声人語、「読売」の編集手帳にはかつて一世風靡のコラムニストがいて、私も文章修行のお手本にしたものだし、「産経抄」では文章力を超えた構想力を学ばせてもらったこともある。新年冒頭のコラムは、干支に因むものや正月の風物に流れるのが定番だが、今年のもので出色は「毎日」の「余録」だと思えた。今年2022年が、毎日新聞が創刊された1872年から150年になり、ちょうど真ん中の折り返し点が1947年であり、新憲法施行と重なることに着眼している。これは、私が昨年末に出版した評論集『77年の興亡』の発想に、酷似する。敗戦と憲法発布という2年のタイムラグはあるものの、明治維新から今日までの近代日本を振り返る視点は共通する。実は、今年の元旦号に「77」なるキー数字が出て来ないかどうか注目していたが、今のところ、発見し得てない。今年も、様々な評論を追いつつ、自分もあれこれ書くことになるが、問題を掘り下げて考えることに力点をおきたい。ありきたりの問題提起で終わるのではなく、ではどうする、どうしたいのかを深く考えて、明日に少しでも繋がる論考を発信していきたい。(2022-1-2)

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《20》『77年の興亡ー価値観の対立を追って』の出版に漕ぎ着けて/12-30

令和3年も押し詰まった12月18日に私の著作が出来上がった。この5年ほどの間に『安保研リポート』に公表した20本ばかりの評論をベースに、「緒論」をはじめ、タイムラグを補うための〝まとめ〟を付け加えたものである。ここでは、この本をなぜ出すに至ったかについて触れてみたい。当初は、外交、安全保障に関わる論考だけをまとめて、裏舞台を含めてその真実を残そうと思ったのがきっかけである。当事者が書かないと、歴史の闇に葬り去られてしまうのは無念だとの思いがあった。有り余る引退後の時間の中で、一般社団法人「安保政策研究会」のリポート誌への寄稿の機会を利用させて貰った◆ただ、いざ本にしようとすると、分量が足りない。やむなく、内政分野も入れることにした。リポート誌への投稿段階から、公明党の路線を巡ってあれこれ注文をつけて書いていたのが幸いした。ところが、今度は出版してくれるところがない。ある出版社を安保研の理事長から紹介して貰った。そこの出版社の社長は全部読んだ上で、「興味深いテーマについて論及されており、面白い。充分これは出版に値する」と言ってくれた。ただ、「憲法観」だけは気に入らないと仰る。その人は護憲論者。私は憲法9条を含め加憲論に立つ。書き直せとぃわれても応じるわけにいかない◆そんな折に、この5年ほど付き合っている地域産業活性化支援プロジェクトマネージャーの勝瀬典雄氏(関学大大学院講師)より、自分の関わっている出雲市の印刷会社から出版をしてみては、と持ちかけられた。私の本の出版をきっかに、後続を期待して同市の地域おこしにも役立てたいというのが、この人の目論みだった。これは新しい試み好きの私の志向ともマッチする。二人の意気に呼応した印刷会社社長も社運をかけて、出版業に乗り出す決意を固めてくれた。公明党の元衆議院議員が書いた評論集など、一般受けするとは思えない。本のタイトルをどうするかで思い悩んだ。中身を正直に反映させれば、「中道主義・公明党の政治選択」といったところだが、それでは読者層が限られてしまう。私の論考を読んだ勝瀬氏からは、今の国民各層が広く抱く政治への不満を抉り、そのよってきたる根源を明かす内容だ、とのおだてに近い論評を貰った。公明党色を抑え、読書欲を掻き立てるタイトルにすべしとの〝御宣託〟をもいただいた。根は真面目な私としては不本意だが、乗ることにした◆この本には、三つの特徴がある。一つは、明治維新から二つの77年というサイクルを通じて日本近代の流れを概括しようというものだ。キーワードを価値観においた。二つ目は、中道主義を掲げて登場した公明党という存在が、具体的な政治選択の場面でどう立居振舞ってきたかをつぶさに挙げている。結党から60年近く経とうとしているこの党の有り様に、歯に衣きせず切り込んでみた。三つ目は、この年に77歳の喜寿を迎える私の自伝的色彩である。若き日より、池田先生の思想に深く傾倒し、また公明新聞記者として培った視点をいかんなく発揮したと自負している。この国の政治を真っ当なものにしたいという思いは一貫して変わっていない。私の仕事における巨大な先輩・市川雄一元公明党書記長が口ぐせのように言っていた言葉を今改めて思い起こす。「政治家がものを書いていいのは引退後に書く回顧録だけ」ー政治家はプレイヤーに徹せよとの戒めだった。しかし、ついついウオッチャーの性分が頭をもたげ、結局は中途半端な〝もの書き政治家〟に私は終わった。今この本を出版して長年の呪縛から漸く解き放たれた気分である。(2021-12-30)

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《19》終了間際の国会と周辺を疾駆する/12-23

 12月20日から二泊三日の日程で国会周辺に行ってきました。最大の目的は、斉藤鉄夫国交相に栃木県の小型無人飛行機(ドローン)振興協会のメンバーを会わせ、要望すること。ついでに「安保政策研究会」の12月例会と、「姫人会」(首都圏在住の姫路出身の仲間たちの会)の年末懇親会に顔を出し、多くの知的刺激を受けてきました。さらに、出版したばかりの私の政治評論集『77年の興亡ー価値観の対立を追って』を全公明党衆参両院議員の国会事務所に配り歩きました。加えて、お世話になった方々への年末ご挨拶にも走り、あれこれ意見交換をしてきました。新型コロナ禍二年目のケジメをつけて、気分はスッキリしています◆栃木県のドローン振興協会になぜ私が関わるのか?この団体のアドバイザーの勝瀬典雄氏(地域産業活性化支援プロジェクトマネージャー)からの要請で橋渡し役を引き受けたものです。引退後、この人を通じて、全国の地域おこしに幾つか関わってきましたが、これもその一環です。ドローンを地域活性化に向けて活用する上で種々の課題がありますが、そのお役に立てればとの思いで、旧知の斉藤大臣との面談に臨みました(22日午後)。公明党からの国交相は彼で、6人目。束の間の交流に万感の思いを込めました◆二つの懇親会のうち、21日夜の「姫人会」は私以外に6人が参加。姫路西高、純心学院の姫路を代表する高校の出身者が3人づつ。前線を退いた人ばかりですが、官民両方の分野で大いに力を発揮してきた人たちだけに、後輩たちの仕事ぶりに懸念を表明する発言が相次ぎました。一方、「安保研」の方は、浅野勝人理事長(元NHK解説委員、内閣官房副長官)始め、元外務、防衛官僚やら産業界の名士と、中国人の若い研究者も含め14人が参加される盛況でした。この日は先の衆議院選挙の結果躍進した「維新」のこれから、中国の動向などを巡ってあれこれ議論を交わしました。私は出版したばかりの著作についてその意図を述べるとともに、「維新」には憲法改革への先駆役を果たせさせるべき、との持論を述べました◆衆議院32人、参議院28人の公明党所属の国会議員60事務所を回って、私の著作を配り歩く作業は、疲れましたが、楽しいものでした。後輩議員たちへ中道主義・公明党の原点を忘れるなとの趣旨の論考集ですが、果たして私のメッセージがどう理解して貰えるか、興味深いものがあります。私が逆の立場なら真っ先に辛口の論評を書くところですが。事務所で手渡しできたのは、幸か不幸か一人を除き全て秘書さんたち。時間の制約あり、「読みようによっては面白いよ」「年末年始に読んで、と議員に言っといて」と伝えるのがやっと。疾風のように、二日間3時間かけて議員会館を走り抜けました。さて、どんな波紋を呼ぶか。(2021-12-23)

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《18》見聞き応えあった14時間で感じたことー衆議院の補正予算質疑から/12-15

 13日と14日の二日間、衆議院予算委員会の質疑をほぼ全部見聞きした。一日7時間の合計14時間。自宅のソファに座って自由な雰囲気で見聞きするのと、答弁する首相は言うに及ばず、現場でじっと座ってるのも大変だなあ、と改めてしきりに思った。かつてその場にいた人間からすると、頭をよぎることはまことに多い。初めて予算委の取材で、先輩の書いた原稿を持って走ったことに始まり、閣僚が自分で答えられず、事務方に振った姿を見て呆れたこと、テレビに映る場所を探して、本来は座ってはいけないところに座ろうとした厚かましい議員を見てしまったことなど、あげるとキリがない◆そんな中、佐藤栄作首相から、今の岸田首相までのこの国のリーダーの答弁を聴いてきたのだが、岸田氏はなかなかやるではないか、との印象が強い。滑舌の良さに始まり、テキパキとした対応ぶりなど、僅かの機会を見たに過ぎないが、ひとまず合格点はあげられる。とりわけ、18歳以下のこどもたちへの10万円の給付問題での柔軟な姿勢は好感が持てる。もちろん、制度設計の杜撰さは持ち出せばキリがないが、新型コロナ禍の緊急事態に、完璧を求めても無理があろう。激しい野党の要求に頑なでない態度でむしろ先手をとったことは評価出来る◆一方、野党の攻め方については、立憲民主党のこれまでの追及型が提案型になるのかどうかが、注目されてきた。8人の質疑を聴いた限り、混交型といえ、滑り出しは悪くないと思う。とりわけ、小川淳也氏の「経済」分野、岡田克也氏の「核兵器禁止」をめぐる質問には耳をそばだてた。かつての野党第一党だった日本社会党のような〝不毛の対決〟は非生産的なものだった。その背景には、その頃の野党には、労働組合など左翼的立場出身者が多かったのだが、今日では官僚出身が多いことと無縁ではないのでは、と思われる◆もう一つ、注目されたのは「日本維新の会」(維新)の、衆院選躍進後の初デビューぶりだった。大阪という地方に依拠するこの政党は、かねて構成メンバーの玉石混交ぶりが目立つと揶揄されてきたが、14日の4人衆は充分「玉」に見えた。維新の政党としての仕組みを解説してみせたり、脇でフリップを持ってサポートする議員を紹介するなど、その〝表現の有り様〟は新鮮だった。もちろん、中身も。半導体産業の現状とこれからへの警鐘を冷静に提起したり、「2025大阪万博」への期待をさりげなく披露するなど、見聞き応えがあった。それにつけても、質疑者の背後に座る議員(テレビカメラの位置から、殆ど自民党)たちの姿の辛そうなこと。見ていて気の毒に尽きる。そこで、提案したい。一つ一つの質問についての〝寸評〟を求め、公開してはどうか。明らかに内職をしてたり、眠さを抑えるのに必死であったり、テレビ映りを気にしているだけよりも、有意義だと思うのだが。(2021-12-15)

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《17》与野党ともに胸襟開き生身の言葉をー衆参両院の代表質問を聞いて

 岸田首相の所信表明演説を受けて、衆参両院の代表質問を聴いた。その印象を幾つか述べてみたい。まず総論として、いつもながらの一方的な「代表質問」の退屈さは否めなかったと言わざるをえない。演説にはもっとユーモアを、もっとわかりやすくドラマチックな質疑を、との率直な要望を伝えたい。例えば、泉健太氏が岸田首相と、志位共産党委員長との間に位置して、同じ誕生月日だと述べたことに対して、首相のそっけなさはいただけない。同じ星の下に生まれたもの同士、お互い大いに歩み寄りたいぐらいの答弁が欲しかった。安倍、菅両先輩首相に比べて滑舌の良さが評価出来るだけに勿体ないと思う。各論的には、立憲民主党の様変わり質問、日本維新の党の気張った角度など、今後の展開に向けて注目される傾向も伺えた。一問一答方式の来週からの予算委員会が期待されるところだ◆立憲民主党の泉新代表の質問は個人的には大いに好感を持った。枝野幸男前代表にはなかった新鮮さを感じた。総選挙を通じて、共産党との共闘に不安材料がクローズアップされる一方、維新と国民民主の蜜月ぶりを見せつけられる状況下では当然だろう。政府与党への批判と共に、提案型政党として新出発するという。先日、フジテレビ系の番組「プライムタイム」で見せた小川淳也新政調会長の斬新さと共に、大いに期待したい。一方、野党第二党に躍り出た維新の党の馬場伸幸共同代表の質問は、立憲民主を脅かすに十分な迫力があった。とりわけ、文書通信交通滞在費(文通費)の使途公開など、この党の年来のアピール「身を切る改革」を強調し、立憲民主に連携を呼びかけるなど、左右両勢力を揺さぶってみせた◆この「文通費」が現在における国民の最大の関心事であることは論をまたない。自民党は、議員の政治活動の在り方と密接に関係する過去からの経緯もあり、拙速な判断選択をせずに慎重な議論が必要であるとしている。過去に文通費を受給した人間として、これはその通りだと思うものの、現在の社会経済的状況に鑑みて、この態度は極めて反国民的姿勢に映る。ここは、公明党の出番だと思われる。石井啓一幹事長は「使途公開などの透明化も重要であり、実現すべきだ。適切な使途の範囲の明確化など検討すべき課題が残されており、引き続き政党間の協議を続けるべきだ」との主張の推移を見守りたい。自民党との合意を得てこそ、中道政党の面目躍如たる由縁と思われる◆この国会の最大の見どころは、自公、立共、維国という3種類のグループ化が判明してきた兆しがどう展開するかであろう。政治的価値観でこれを枠組みで見ると、「保守・中道」「保守・リベラル」「リベラル・革新」と大雑把に区分けできよう。ただ、そうは言っても、かつての55年体制下の自社両党による「保革対決」とは違う。自民、共産の間にはその名残りはあるものの、それ以外の党は、政治的手法では中道主義の本意である合意形成に執心するものと思われる。〝本家中道政党〟たる公明党としては、自民党の従来からの硬直化した姿勢を糺すことこそ、使命であると、自覚を促したい。安定を求めるあまり、改革がないがしろにされてはなるまい。支えることは大事だが、党が違う限り、自ずと限度があることを弁えて欲しいと痛切に感じる。(2021-12-11)

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《16》議員OBたちと心和む語らい弾む/12-5

  •  公明党兵庫県本部には、多くのOB議員がいます。私はそのグループの責任者をしているのですが、3日に養父市八鹿町にある「兵庫県立但馬長寿の郷」で、但馬、丹波地域のメンバーが集まり、伊藤孝江参議院議員を囲む会を開きました。一番若いNさん(63歳)から、最高齢のOさん(88歳)まで、20人ほどが一堂に会しました。コロナ禍で対面の会合が叶わず、2年ぶりの集いは味わい深いものになりました▲まずは、参加者一人一人が先に行われた衆議院選挙でどう戦ったかの報告から始まりました。この2年の間に連れ合いをなくされた方が二人。肺気胸を患ったり、足腰に支障をきたしている人など、寄る年波は覆い隠せぬものの、精一杯の戦いが次々と語られていきました。中でも私が感動したのは、丹波市・市島町のFさんがこの春に85歳の友人から「信仰をしたい」と自ら申し出られたとの体験談です。ある宗派の檀家総代をされていた友人が改宗を思い立ったというのです。Fさんは淡々と語られていましたが、誠実な彼の姿に感ずるところがあったのでしょう。それにしても驚きです▲それぞれの活動報告は興味深く胸打つものばかり。そんな報告の中で、共通していたのは、比例区の濱村進候補を落としたことの無念さです。朝来市のKさんは、町内各地に同氏を連れ回った思い出を語りながら、捲土重来を期す戦いを必ずして、この無念さを果たしたいと語っていたのが印象的でした。伊藤孝江議員は、初当選からの5年半を振り返る中で、実母の死を語ったのですが、聞くものの心を打たずにおきませんでした。事前に、単なる国政報告ではなく、「人間・伊藤孝江」を彷彿とさせる話をして欲しいと要望していたのですが、両親との心の交流をドラマチックに語ってくれたのです▲私からは、この日、引退後10数年ぶりに初めて参加した村岡町のNさんとの秘話を紹介しました。極度の人口減で悩む中山間地域の町おこしのために彼が頑張っいる姿を語ったのです。2年ほど前に彼から「この苦境を打開することこそ公明党の役割ではないのですか」との苦情電話を貰ったことがきっかけ。そこから様々な要望を党中央に上げてきたことを明かしました。最後に、香美町のTさん手作りの出来立てのお餅が6個(蓬と豆入りのが半々)も入った袋を全員が頂きました。感激でした。私のアイパッドで記念撮影。笑い弾ける中でのお開きとなりました。(2021-12-5)

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《15》久方ぶりの東京で嬉しい充実した出会い/12-2

 11月26日に久しぶりに上京し、国会周辺でさまざまな出会いをしてきました。東京に着いて直ぐに会ったのは、山口壮環境大臣。一般財団法人「日本熊森協会」の室谷悠子会長ら3人と一緒に。同協会は、日本最大の自然環境保護団体。懇談の中で同大臣は、環境行政は同協会と基本的には同じ方向を向いているとの認識を示したうえ、豊かな森の中で大型野生動物と人間が共生出来るように、共に尽力したいとの姿勢を見せてくれました。同大臣は、兵庫県の西部・西播磨地域を選挙区にしています。この地域の北の中心・宍粟市には日本有数の森林地帯があり、そこでは同協会や姉妹団体の公益財団法人「奥山保全トラスト」も活発に活動しています。初めて同協会のことを親身に捉えてくれる大臣に出会い、皆大喜びでした◆午後からは、石破茂元自民党幹事長に会いに議員会館に行きました。実はこのほど、同氏には日本カイロプラクティック登録機構(JCR)の理事長に就任して貰ったばかり。前任者の引退に伴う後任選びでは日本カイロプラクターズ協会名誉会長の私も尽力しました。この日はJCR副理事長の村上佳弘氏、竹谷内啓介同協会顧問らと共に訪問。石破氏から厚生労働省の山本英紀医事課長への第12次登録カイロプラクターズ名簿(583人)の手渡しに立ち会ったしだいです。石破氏から冒頭、総選挙に際し伝統的な統合医療のある団体から、推薦を断られた旨の発言がありました。この分野ではカイロの位置付けを巡って、様々な未解決の課題があり、政党、政治家との関係も複雑です。それを乗り越えて、彼が国民の健康優先の立場から支援してくれることは有難い限りです◆夜は、元外務省の男女2人の幹部と会食。現役時代にこの二人とは、外務委員会の仕事を通じ親しくなりました。引退後の4年前に欧州三カ国を訪問した際に、現地大使館で会っていらい久方ぶりの出会いです。K氏は中国とフランスの両国での大使経験者。「EV」(電気自動車)について、フランスと中国の取り組み状況についての見解を伺いました。また、ハンガリー大使を終えたばかりのS氏には最近の同国の事情を聞きました。ご両人とも外交官は離れたものの、それぞれ重要な立場で第二の人生に挑んでいます。幅広く意見交換ができたことは私にとってとても有意義でした◆翌日は、朝食と昼食時にそれぞれ古い友人と会いました。特に昼食を新宿で一緒にした大先輩のIさんは、公明党支援者であると共に、私のブログの愛読者。改めて「いつも勉強させてもらっています」との謙虚なお言葉を頂きました。〝お世辞半分〟とは思うものの励みになります。心から感謝の気持ちを抱いた次第です。2時過ぎには、元外交官でキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦氏とお茶を飲みながら懇談。彼も現役時代に親しくした仲。関西の人気テレビ番組『そこまで言って委員会』の常連メンバーです。近く私が出版する予定の『77年の興亡ー価値観の対立を追って』に、推薦の言葉を寄せていただきました。以上のような人々との出会いを繰り返し、帰路につきました。車中で読んだのは、「異業種交流会」で友人になった高嶋哲夫さんの最新作『EV』。ためになるミステリー小説。未来社会へ次々と「予言」を発するこの人には心底から敬服します。(2021-12-2)

 

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《14》中国の世界戦略と「EV」をめぐる競争/11-29

 二つのNHKスペシャル番組を見て、心騒ぐ。一つは、『広がる〝中国化〟 一帯一路の光と影』(11-21)。もう一つは『EVシフトの衝撃〜岐路に立つ自動車大国』(11-14)。一見両者は無関係に見えるが、根底では繋がっている。つまりは、今世界はとてつもない時代の転換期にあり、その主役争いが展開されているということだ。前者の番組では、カンボジアを中国が経済支援の名の下に手中に収めていく過程がリアルに描かれていた。後者では、ガソリン車から電気自動車、水素使用のものへと変わることによる産業構造の大転換への各国の対応が描かれていた。共通するのは、これからの時代の主役は中国になる公算が強いという点である◆「一帯一路」構想は、かねてその存在が注目されていたが、いよいよ全貌が見えてきた感が強い。中国は経済発展に自信を深めてきており、これまでに関係があった国々に、順次手を伸ばしてきている。カンボジアはその典型だといえる。その昔、シアヌーク殿下が親密な関係を持ち、その後、「ポルポトの悪夢」の時代を経て、フンセン政権が今続いている。かつて日本も復興にそれなりに関わったのだが、今やこの国は中国に全面的に頼ろうとする姿が映像から読み取れた。改めて思い知らされたのは、中国のこの戦略の巧みさである。国家経営に財政的困難を極めている側にとって、喉から手が出るほど欲しい援助の数々。受け入れるなという方が無理かもしれない◆一方、「EV(電気自動車)」を巡るものは、世界の産業構造を根底から揺り動かすテーマである。テレビ放映でも、2030年、あるいは40年を目指して、これまでのガソリン車からの転換に取り組む内外の自動車産業の姿があった。この問題は、自動車にまつわる関連企業、労働者が膨大な数に及ぶだけに、そう簡単にはことは運ばない。一気に転換を図ることは大きなリスクを伴うことになる。14億もの人口を持つ中国は、技術分野での競争に勝利を収めるかどうかではなく、巨大な市場を持つという立場の優位さを意識せざるを得ない◆こう見てくると、共通するのは、「日本の疎外」という点である。かつて、日本は、アジアの盟主たろうとして失敗した。被害者と加害者の立ち位置とは別に、ほぼ同時に戦後復興に取り組んだのが日中両国だった。戦敗国と戦勝国という根本的な立ち位置は違っていたものの、荒廃から立ち上がることでは一緒だった。それが、欧米先進諸国の無為をよそに、中国は遅れた国々の救済に立ち上がるまでに経済成長をし、産業の根本的構造転換にも主役の一角を占めるまでに変身した。日本は逆に、ガソリン車からEV車への転換競争に立ち遅れ、一方、後進国救済競争でも〝疲れ〟が目立つ。この事実を前に、「77年の興亡」の決着期となる、明年以降の日本の立ち居振る舞いが決定的に重要だと思われる。(2021-11-29)

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《13》政治家、政党関係者の使う「甘い言葉」について/11-18

 さる14日朝のNHK総合テレビで放映された、『これからの日本政治は 新人議員に問う』は、なかなか聞き応えのある番組でした。昨今の政治家にかなり失望してきた私としても、微かな期待を持つに至りました。恐らく、新人議員なるが故の発言でしょうが、古い政治家に大いに見聞させたい爽やかな発言でした。登場していたのは知事経験者、秘書経験者、地方政治家出身者の3人。聞き手が、世論と政治に関するデータ分析する学者ら二人の女性。この人たちの切り口も真摯なものでした◆勿論、それでも気になるところはありました。議員を「先生」と何回も呼んだことや、いきなり自党宣伝めいたことを口にした議員の姿勢は、あまりいただけなかったと思います。それでも率直に自分の頭で考えたと思われる口ぶりは好感がもてました。このように言うのは、政治家の「言葉の劣化」を嘆き、憂う論調が新聞、雑誌等で散見されるからです。たとえば、情報誌『選択』11月号の「国を蝕む『甘い嘘』の氾濫』は、政治家として大いに耳が痛い内容でした◆「寄り添う」「誰ひとり取り残さない」「共感力」といった現実性、具体性のない甘い言葉を与野党政治家が乱発するようになった、としているのですが、確かにその傾向は顕著です。これは、政治家たちの責任というよりも、政党スタッフ(政調関係者、広報宣伝部局)から、ひいては世のコピー作りを職業とする人々のせいかもしれません。つまり、世の中全体の風潮と関わりあり、と思います◆そんな中で、「総選挙で抽象的な甘い言葉を振り撒」くことで、「目立っていたのは公明党」と、前述情報誌が指摘しています。「子ども基本法」「子どもコミッショナー」「グリーンイノベーション」ーなどを挙げたうえで、「具体性なく耳に心地よい言葉をAl(人工知能)で合成させたような造語の羅列」だというのです。これらは選挙用政策集で使われていました。候補者たちが頻繁に使っていたようには思えません。政治家の言葉の劣化というよりも、政党関係者の言葉の使い方の問題でしょう。有権者の関心を掴むために、より多数の人の胸に食い込む言葉を探した経験は私にもありますが、「甘い言葉を最も振り撒いた党」と言われると、穏やかではありません。恐らくは「未来応援給付」に抵抗を抱く、書き手の〝ためにする論難〟と思われますが、公明党側の反論を聞きたい気持ちが起こってきます。(2021-11-18)

 

 

 

 

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