●直に立法への参加もたらす「くじ引き民主主義」
抜本的な民主主義の有り様の見直しや刷新を考える上で、必要な角度は2つある。第一に、立法権の改革であり、第二に、行政権の変革である。ここでは今、世界で議論されているテーマについて、概括的に触れた上で、問題提起してみたい。
まず、立法権について。これまで「政治改革」が叫ばれるたびに、選挙制度の改革が取り沙汰されてきたが、その次元の話だけではすまない。そもそも「代議制民主主義」の基本が問われている状況下にあって、本来的に問題にすべきは、「直接民主主義」の是非であると思われる。
今、世界各地における地方議会レベルで、「分散型ピア政治」(対等な立場による政治)なるものが展開しているという。ジェレミー・リフキンの『レジリエンスの時代』によると、発端は1989年のブラジルだという。地域内のコミュニティ組織を中心に、新たな予算への提案を募る一方、代表者を選んで「ピア議会」を開催して、合意を得ていったというものである。こうした「参加型予算編成」は、今や教育、公衆衛生、警察活動など全世界の地方自治体において広まっている。
こうした議会の代表者の選び方は、通常の選挙によるのではなく、いわゆる「くじ引き」に匹敵するものによるというから驚く。市民の中からの無作為抽出で選ばれた人たちが地域の課題解決にむけて、そのためだけの特別な議会を形成し、ことに当たるというものだ。日本的にはイメージとして「裁判官員制度」を想起すれば良い。日本でこの問題に詳しい吉田徹同志社大教授は、「民主主義がそのポテンシャルを発揮し続けるためには、民主主義は常にアップデートされる必要がある」(『くじ引き民主主義──政治にイノベーションを起こす』)と述べたうえで「(このやり方は)みんなが平等な条件でもって、共同体の意思決定に参加することができる民主主義だ」と宣揚している。
これだと、選挙が終わればあとは知らない、関われないではなく、直接的に立法作業に誰でも関われるという利点が生じる。日本でも導入が期待されよう。
●AI時代に求められる日常的行政のチェック
ついで、行政権をめぐって。一般的に、民主主義といえば、選挙における投票権を連想するはず。しかし、有権者は一票を投じたら、後は当選した議員を見守るだけ、いや見守りさえしないという人が多い。尤も、政党や政治家に関わりを持つ人々は様々な政治的課題、特に地域内の問題解決に向けて動く。その過程で、行政における執行権を持つ中央官僚や地方自治体の役人に接触する。
わかりやすい例として、戦後間もない頃に制作され、日本映画史上最高傑作との評価が高い黒澤明監督、志村喬主演の映画『生きる』を挙げたい。胃がんに冒されたある市の市民課長が死の直前半年ほどの間に、市民と共に公園建設に尽力することで、生きる価値を実感するとのストーリーである。この映画の最終場面で、この課長が文字通りの命懸けの行政権を、彼を動かした主婦たちと共に動く。このケースが典型的なのだが、同時に極めて稀なものとして、現代の市民たちの間では概ね忘れられてしまっているように思われる。
さらに、最近話題の宇野重規・東大教授とジャーナリストの若林恵氏による『実験の民主主義』は、AIの時代における新しい政治参加モデルの可能性を模索し、具体策を提案したものとして特筆されている。著者たちは「政府の情報を開示させ、単にそれをチェックするだけでなく、自らの意思や問題意識をより直接的に政策に反映させることが出来る」と、日々の行政権への働きかけを推奨している。AIの登場で、新しい時代は新たな行政のチェックを必要としているというのだが、意外に日常的に行政権への参入の道が開けるかもしれない。
公明党は、今年結党60周年を迎える。この党の最大の業績は「市民相談」の実践だと、当初から見守ってきた私は、誇りに思っている。市民と議員がタッグマッチを組んで、行政権を突き動かし、民主主義の土台作りに貢献してきた。AI時代にあっても先駆的役割を新たに生み出せるよう、期待したい。(この項終=2024-2-2)