(32)2011-3-11東日本大震災から10年目の日に到達した心境

10年前のあの日、東北方面を中心に大地が異様なまでに震動して建造物が倒壊し、未曾有の大津波が人間からものまで何もかも呑み込み、原子力発電所が破壊寸前に追いやられた。忘れようにも忘れられない悲しく恐ろしいできごとの数々を人様の体験談を通じて私たちは知り、同苦し、涙を新たにする。様々の体験を聞くにつけ、私が今考えることは、人間は結局「身一つ」だということである。生まれて75年あまり。形あるものないもの色々と持つに至ったが、何も持って死ねない。死ぬ時は裸一貫、何もかもこの世に置いていくしかない▲既に鬼籍に入られた私が尊敬し続ける先輩は膨大な蔵書を持っておられたが、死後奥様はその処分に苦しまれた。で、私は今、死ぬまでに本を含む全ての所有物を順次手放すつもりでいる。生きてる間迷惑をかけ続けたのに、死んでからまた妻を苦労をさせたくない、との仏心ならぬ亭主心である。この30年で5回ほど引っ越したが、その都度所有物を整理し、捨ててきた。本は最多所有期頃の五分の一くらい。全ては頭の中に、心の中に、身のうちに収め込むーとても無理は承知の上だが、その決意でいる▲アイパッド(私は携帯はガラケーでスマホは持たない)なるものを叩けば大概のことは瞬時に出てきて、物事の理解を助けてくれる。あれもこれも取っておけばそのうち役に立つとの発想はもはや転換するしかない。そう考えると、津波の水と共に全ては押し流されたあの震災の被害者と、その思いをほんの少しは共有することが出来たような錯覚がする。ものをとって置いてあとで見たり読んだりしようと思うと、結局は放置したままで身に付かない▲こう思ってこの世で残された日々を過ごそうと腹を決めた。とりあえず10年後の11月18日まで、あと3535日となった。決意した日から15日が経ったわけだが、それなりにスッキリした思いだ。朝、生きて起きられたことに感謝して、夜寝る時にまた一日生きられたことに感謝する。長い間そうしたい、そうすべきだと思ってきた生き方に、ついにはまった感がする。「そのうちに」と先送りにすることでは、今を生きているとはいえないのだ。(2021-3-13 大幅修正=3-14)

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