【120】欧州広布へ全力疾走──小説『新・人間革命』第30巻上「暁鐘」(前半)の章から考える/5-25

●ソフィア大学で名誉学術称号の授与と記念講演

 ソ連のモスクワから西ドイツへ。1981年(昭和56年)5月16日に伸一一行は、フランクフルト空港に降り立ちました。16年ぶりの訪問に湧き立つ各地での信心懇談会や、ボン大学の教授ら識者との対話、「ゲーテの家」の見学も行いました。ついで、ブルガリアを初訪問。同国最古で欧州でも由緒あるソフィア大学で名誉学術称号を授与されると共に「東西融合の緑野を求めて」と題する極めて注目される記念講演を行ったのです。

 この中で、オスマン帝国時代の「軛の下」で起こった、1876年の「4月蜂起」に関連して、ブルガリアの役割について次のように語ったことは、重要な着眼だったと思われます。

 「貴国の大地にへんぽんと翻る、この人間性の旗が失われぬ限り、道は、民族の枠を超えて、21世紀の人類社会へとはるかに、開けているでありましょう。それはまた東西両文明が融合し、平和と文化の華開く広々とした『緑野』であることを、私は信じてやまないものであります」と強調したのです。(364頁)

 この時の訪問では、重要な魂の交流が展開し、その逸話が掲載されています。その相手は、招聘元の同国文化省の大臣だったリュドミーラ・ジフコワ議長です。実はこの人は当時体調を崩されていて、伸一との出会いの2ヶ月後に急逝(享年38歳)しています。そんな彼女を痛々しいまでに気遣う伸一と、覚悟の上と見られる同議長の振る舞いが読む者の胸を揺さぶるのです。伸一の名誉博士授与へのお祝いに際して、こう語っています。

 「私たちは先生を『平和の大使』と考えております。先生は人間と人間との交流を促進することになる文化交流に、人生をかけていらっしゃいます。ブルガリア人は文化を重んじる国民ですから、先生の生き方を深く理解することができます」(367頁)

 また、国家元首との懇談の場で、黒海の汚染について、伸一は〝青い海〟にするため、沿岸諸国が互いに少しづつ武器を減らすなど力を合わせていくことを提案しています。いま、ウクライナ戦争の只中にあることを思う時に、深い憂慮をせざるを得ません。文化交流の力を示すため、今こそ立ち上がるときだと思うのです。

●離婚と発心について

 この後、オーストリアからイタリアへと移動しますが、ミラノでの信心懇談会では50人ほどの青年を前に結婚観を語っていきます。西ドイツでも離婚について触れていましたが、欧州では深刻な問題だったのです。

 「結婚すれば、生涯、苦労を共にしていくことになる。人生にはいかなる宿命があり、試練が待ち受けているか、わからない。それを二人で乗り越えていくには、互いの愛情はもとより、思想、哲学、なかんずく信仰という人生の基盤の上に、一つの共通の目的をもって進んでいくことが重要になる」(403頁)

   更にフランスの欧州研修道場では、「発心」について、語っています。

 「人生をより良く生きようとするには、『汝自身とは何か』『汝自身のこの世の使命とは何か』『汝自身の生命とは何か』『社会にいかなる価値を創造し、貢献していくか』等々、根源的な課題に向き合わざるを得ない。その解決のために、求道と挑戦を重ね、仏道修行即人間修行に取り組んでいくことが『発心』であり、それは向上心の発露です」(413頁)

 結婚と離婚。この悩みは今の日本でも広く深く共有されています。男と女の根源的な問題で、人生の一大テーマです。昨年〝50年の節目〟を迎えた私は〝人間の変化〟という問題に思いを及ぼしました。良きにつけ悪しきにつけ時々刻々と変わる人間存在に欠かせぬことは、発心また発心の連続に尽きます。

●パリの地下鉄で詩の口述

 パリでの伸一は、要人や識者との対話を重ねる一方、会員の激励に全力を尽くします。そんな中、地下鉄で電車を待つ束の間にも、青年への詩を贈るため同行メンバーに口述します。

 「新しき世界は 君達の 右手に慈悲、左手に哲理を持ち 白馬に乗りゆく姿を 強く待っている」とメモは締めくくられていました。また会合では、全参加者とカメラに収まり、新しい旅立ちを励まします。 「まず、二十年後をめざそう。人びとの幸福のため、平和のために、忍耐強く自らを磨き鍛えて、力をつけるんだよ。自分に負けないことが、すべてに勝つ根本だよ」(424頁/428頁)

   さらに、ナチスと戦ったフランスのレジスタンス運動に関連づけて、「日蓮大聖人の仏法を根本とし、自分の己心の魔、堕落へのレジスタンスを進めていただきたい(中略) 仏法のレジスタンス運動を展開していってください」(431頁)

   フランス人は自主、独立の気風が強い国民性を持っています。日本の仏教指導者の励ましをどう捉えて信仰を培ってきたのでしょうか。この辺りを考える時に、〝レジスタンス〟のキーワードに強く感じ入るのです。(2023-5-25)

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