リアルな歴史の舞台裏ーアーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』上下(坂田精一訳)を読む

150年の時空を乗り越えて、今に当時の雰囲気を伝える素晴らしい本に出会った。読むのが遅すぎるとのご指摘はあろう。食わず嫌いだった。アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』は新聞書評で読む気に。今年は「明治維新」というテーマに少し腰を落として取り組もうと思っていた矢先だった。何といってもリアルさが際立つ。数多くの日本人の外国見聞記を読んできたが、これはそれらに圧倒的に勝る。時代の変革期そのものに激しく立ち向かう姿が如実だからだ。明治維新の際の生の日本をイギリスの若者がどう見たか。”事実は小説より奇なり”を思わせる事態の連続に最後まで飽きさせない■サトウは(86歳まで生きたが、日本に初めて赴任した時は20歳前)好奇心の塊のような勇気ある青年だった。彼のお蔭で維新前後の現実が見事に蘇ってくる。当時の日本の風物や習慣が生き生きと描かれている様は貴重極まりない。異国人見たさで集まってくる庶民の息遣いがまるで手に取るように分かるし、幕府の役人がいかにその扱いに苦慮したかも見事に伝わって来る。また、討幕派の連中との虚々実々のやりとりも面白い。出版時(大正に入ってから)に、手が相当加えられている(20代の心情そのものではないはず)とは思うものの、”栴檀は双葉より芳し”で並みの感性の持ち主ではないことには驚くばかり。先の大戦の末期まで、この本は25年もの長い間禁書扱いだったことは冒頭の「訳者の言葉」で知った。坂田氏は「権威をはばからぬ外国人の自由な観察によって明治維新の機微な消息が国民の目にさらされるのを(中略)当時の為政者たちが好まなかったからだろう」と述べているが、確かにそういうことかと良く分かる気がする■当時の殺傷事件の描き方ひとつとっても違う。かつて「桜田門外の変」について取り上げた吉村昭の同名の小説でその凄惨さを知ったが、この記録ではもっと刀の持つ鋭利さが伝わって来る。改めて剣で切られたらさぞ痛いだろうという当然のことに考えが及んだ。同じ殺されるなら拳銃の方が未だしもと、妙な気分にとらわれた。また、庶民生活の在り様はこの本のいたるところで存分に味わえる。とくに時間の流れの中で具体的に描かれるので興味深さが一段と増す。サトウは上巻冒頭近くで、通訳生としての最初に赴任した北京について、「北京の生活には去りがたいものがあった。-(中略)ーそれらは、決して私の脳裏から消え去ることがないだろう」と回顧している。ここのくだりを渡辺京二は名著『逝きし世の面影』において、「中国びいき」外国人の実例として挙げている。だが、これはサトウの外国生活一般への関心の高さであって、日中の比較をすることに意味はないものと思われるがどうだろうか■これまで幕末の日本に進出してきた外国については、薩長と関係の深かったイギリスと、江戸幕府と親交のあったフランスというようにステロタイプ的に二分化して見る傾向があった。しかし現実には二重三重にイギリスの影響が強いなかで、維新が成就したことが分かってくる。維新から40年程で日本は「文明開化と富国強兵」の旗印のもと、科学技術文明と資本主義経済の結託のあかしを打ち立て、日清、日露の両戦役に勝利を勝ち取るまでに強国化する。その闘いを始めるスタート台としての「明治維新」の舞台裏をこの本を通じてリアルにみることが出来るのだが、まことに面白い。ここでの動きを知らずして単に表面だけを追っていては、日本近代150年の幕開けとしての維新史の真実は解らないことを痛切に実感した。(2018・5・19)

Leave a Comment

Filed under 未分類

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です