Monthly Archives: 8月 2022

【44】東西文明の融合を果たすのは日本か、それとも?──安田喜憲『水の恵みと生命文明』を読む/8-10

 人間による「自然収奪」を中心においた文明は、「自然との共生」を主眼にした文明とは全く違う。この本における著者の主張は、ここが最大のポイントである。前者を人間中心主義と呼び、畑作牧畜民による「動物文明」と位置付ける。一方、後者は、〝自然との共生主義〟とでも呼ばれるもので、稲作漁撈民による「植物文明」とする。この二分化を基本に、収奪文明と共生文明、物質エネルギー文明と生命文明、男性原理の文明と女性原理の文明などが対比されつつ語られていく。実はこの本は、著者が各地で講演された内容をベースに、様々な媒体に発表されたもので、全部で9つのパートにわけて掲載されている。ユーモア巧みな講演上手の著者が年来の持論を展開したもので、冒頭のエッセンスが繰り返し登場する。わかりやすく読みやすい。「国連SDGSの動き」に見るように、2030年が地球にとっての命運を決する分岐点とされ、これからの10年足らずの人類の振る舞いが注目されている。まさにその時に多くの人々に読んで欲しい本である★安田喜憲さんは、日本で初めて、文明や歴史と自然環境の関係を解き明かす「環境考古学」を提唱したことで知られる。湖の底に沈んだ堆積物、花粉の分析などに取り組んできたことが機縁となったという。この本の第1章は「『人生地理学』と私」。当初「地理学」を志した安田さんは、その道の先達・創価学会の初代会長牧口常三郎先生との学問上の出会いをされる。伝統的な「地理学」が、中心都市を基点に同心円状に広がって形成される「中心地論」に拘泥したのに対して、牧口先生はそれを日本には合わないと否定された。川の流域に沿って、水との関わりが強い空間認識を持たれていた。加えて「郷土」「文明」に着目されたことも合わせ、安田氏が高く評価されていることは興味深い。また、学者として15年ほども不遇をかこっていた同氏は、梅原猛氏と運命的な出会いをし、世に大きく浮かび上がっていく。学問の世界の異端児は師匠譲りだということも分かった気がして実に面白い。人の世の出会いの摩訶不思議なることを改めて痛感する★この本において、様々なことを気づかされ、再認識したが、そのうち最大のものが富士山の「世界文化遺産」認定問題だ。これに深く関わってきた同氏は、三保松原を含めるべきだとの議論に固執した。これこそ、森里海の生命の水の循環の場であり、生物多様性を守る格好の舞台だったからだ。それを分からず、富士山頂と駿河湾は離れ過ぎている、分けて考えるのが当然とのユネスコのイコモス(国際記念物遺跡会議)。それに同調する日本人。最終的に安田さん達の粘り勝ちで、三保松原が認められたことは極めて大きい。単に距離の問題ではないことが改めてこの本を読んで分かった、自分が恥ずかしい★この本を読んで考えることは多い。冒頭に挙げたように、畑作牧畜民と総称されるヨーロッパ系の文明と共に生きてきた人々と、稲作漁撈民と呼ばれるアジア系住民の相剋の行方である。ここで注意すべきは中国はアジアに位置するが、この両文明の対決では、欧米の側に括られる(ただし、安田さんがいう長江文明は例外として)。この帰趨については、「『植物文明』は『動物文明』にやられっぱなし。(中略) 勝たなければ、稲作漁撈民、『植物文明』としての日本民族は自滅するしかない」と、ある。そう危機感を述べる一方、安田さんは、東洋と西洋のバランスをとっていくことができるのは、「明治以降、欧米の文明原理を真摯に導入したにもかかわらず、江戸時代以降の歴史と伝統文化をも失わなかった日本人をおいてほかにない」と述べる。尤も、長江文明の遺産に中国が気づけば、この国もまた東西融合の鍵を握りうると思うのだが、さてどうだろうか。(2022-8-10)

 

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【43】「国際法など偽善に過ぎない」が‥‥──創価大学平和問題研究所『「人新世」時代をどう生きるか』を読む/8-3

 「大沼保昭文庫」が創価大学に出来た。それを記念するシンポジウムがさる3月6日に行われた。これはその記録である。サブタイトルに、大沼保昭先生の人間観、歴史観、学問観に学ぶ、とある。心打たれ、読むものを感動させずにはおかない。凄い小冊子である。ロシアのウクライナ侵攻から始まった戦争から、〝この世というもの〟を考える上で大いに参考になる★1990年代半ばに、中嶋嶺雄先生の主催される会で初めてお会いした。仰ぎ見る存在だったが、私とは同い年。その誼みで親しくさせていただいた。4年前に逝去され、その葬儀にも参列した。行動する学者として、いまわの際まで壮絶な仕事をされたことは知ってはいた。だが、遺作『国際法』の秘書役・蔦木文湖さんの語りを読み、仰天した。山田風太郎の『人間臨終図巻』の特別版と私には思われる★新聞記者として、また政治家として私は、人生の大半を、国際政治の現実を追うことに費やし てきた。やくざのいざこざと全く同じ。そんなものを追って何になる──時に、国際法学者を哀れみの眼差しで見たことも。そんな私が、大沼さんの「国際法など偽善に過ぎない」と言いつつ、同時に「意味がないわけではない」との発言をこの書で発見した。あまりにも謙虚で素直なことに、愕然とした★この書は人間・大沼保昭を、学問を通じ晩年近くに繋がった人たちが紡いでいてまことに興味深い。その中で愛娘・みずほさんの父親像が目を惹く。「皆さんが抱いている『好きだが嫌い。嫌いだが好き』とのもやもやした感情は私も共有できます」と、率直だ。「国際法に対するメッセージを」と父に迫った。大沼さんは、第二次世界大戦で日本がその活用を怠ったが故に国家滅亡の危機に瀕したとし、「国際法は日本国民が身につけ、活用すべきものだということにほかならない」と述べた。当たり前のことに聞こえる。だが、同時にたとえようもなく重く響く。(2022-8-3)

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