⚫︎米社会のホスピタリティとの違いはどこに
著者の相島淑美さんは、上智大学で英語を学び、日経新聞で流通経済の現場を取材した後、慶応義塾大学院に入り直しアメリカ文学を研究。その後、某女子大で講師をする一方、翻訳家として20数冊の書物を訳す仕事に従事。さらに関西学院大経営戦略科のMBAとしてマーケティング習得に磨きをかけ博士号を取得し、今は神戸学院大学経営学部教授を務めている。
標題作は、観光やアパレル業界などにまつわるマーケティングに関する三本の英語論文(抜粋)を優しく解説した本である。「英文に引っ張られるのでなく、自分から先に何が書いてあるかを予想しながら読む習慣をつけると、英文が無理なく読めるようになります」「抽象的な言葉が多く使われていますが、教育実習生と指導教員の関係を思い浮かべながら読んでいくとよいでしょう」━━長年に渡り、英書と格闘してきた人ならではのアドバイスが随所に光る。こういう英語教師と出会えなかった我が身の不運が悔やまれる、というのは少々言い過ぎかもしれないが、それに近い感情を持ってしまう。
コロナ禍の直前、日本中はインバウンドに沸き、〝おもてなし〟に関心が高まった。そして今もまた。マーケティングの本場・アメリカでのホスピタリティとの違いはどこにあるのか。かつて、明石港、淡路島を拠点に、瀬戸内海の島々をめぐる観光に執念を燃やした私もあらためて思いをめぐらせた。達成すべき100点満点基準を「ゴール」に設定するホスピタリティ。これは、基準をいかに効率よく達成するかがポイントだ。一方、日本の〝おもてなし〟に「ゴール」はない。どこまでいっても、まだまだよりよくする余地はあると、著者はさらに「表面的な行為は似ていても、前提となる発想は大きく異なる」と切り込む。刺激に溢れた好著である。「英語」と「マーケティング」どちらかに関心を持つ人に、勿論双方共に学ぶ多くの人に勧めたい。
⚫︎日本の伝統文化の究極としての「茶道」
この人、昨秋に『茶道』(CHA DO)なる本を出版した。「日本語と英語でわかる! もっと知りたくなる日本」とのサブタイトル風の宣揚文が付いている、全頁にイラストがふんだんに散りばめられ、日本語と英語の両語併記で、楽しく日本文化を紹介しようとの狙いを持つ本である。冒頭に「日本はおもてなしの国として知られています。おいしいお茶をのんでいただくように一生懸命に準備をする。招かれた側も、その気持ちにこたえる。これが茶道の基本である」とあるように、全編「おもてなし」の心で満ち溢れている。
著者には『おもてなし研究の新次元』という佐藤義信関学大教授との共著があり、日本の伝統文化としての「おもてなし」について、マーケティングの角度から研究を続けている。その背景には幼少期の家庭教育から始まり、中高、大学時代を通じてのアメリカ文化の吸収やキリスト教の影響などがあろう。加えて、源氏物語を始めとする日本文学、文化(美学)への憧れとアプローチがその根底をなす。研究の中で、日米の感性の違いに関心が高まり、やがて、キーワードとしての「おもてなし」に行き着いたものと思われる。
「おもてなし」の起源を探る作業の通過点として「茶の湯」の再発見があり、今は公私共に深く取り組んでおられるように見受けられる。この人の「おもてなし」研究の概念図を覗くと、経営学・マーケティング、教育、文化、心理学・脳科学、医療・介護・社会福祉、まちづくり・地域創生、観光と、実に多彩なテーマが列挙されていて、それぞれの周辺には数多のポイントが付記されている。パワフルな知的興味の発散がいかなる方向に今後収束していくのか、実に興味深い。時に、旨いお茶を頂きながら、強い関心を持って見守りたい。
★他生のご縁 異業種交流の場で出会い、交流深める
5年ほど前に神戸北野坂の異業種交流会の場で、中小企業の経営をしながら、関学のMBAとして学ぶ長田高校の後輩より、相島さんを紹介されました。今は、学校現場における「いじめ」の問題から、才能ある人材の枯渇といった複合的な教育の荒廃を、抜本的に建て直すにはどうすればいいのかをテーマに、種々議論を重ねているところです。
相島淑美さんが翻訳した(翻訳者名は鈴木淑美)『JFK 未完の人生』は、ケネディの知られざる一面をふんだんに盛り込んだ面白い本でした。とりわけ、「華麗なる大統領のプライバシー」の章で、「健康問題や兄妹の早世からくる『先が長くない』という気持ちから女遊びに走ったが、(中略) この先まもなく、核戦争が起こるかもしれない。となれば、人生を出来るだけ満喫したい、やりたい放題して生きたい、という衝動に拍車がかかった」とのくだりには衝撃を受けました。
ケネディについては、マリリン・モンローとの浮名など女癖の悪さは知らないわけではなかったのですが、強いリスペクトの思いを持ってきた私としては、著者の表現のありように疑問さえ抱いてしまいました。相島さんに背景を聞きたい衝動に駆られますが、翻訳者に訊くのはお門違いかと、遠慮しています。