Monthly Archives: 7月 2022

【42】脱成長で豊かな社会は可能か——広井良典『人口減少社会のデザイン』を読む/7-26

 先日、大阪弁護士会有志による『環境・福祉・経済の鼎立は可能かーポスト成長・人口減少社会のデザインー』というタイトルのゼミナールにリモート参加した。「熊森協会」会長で弁護士の室谷裕子さんの紹介による。この本がテキストということで、開催前日までに大急ぎで読んだ。読みやすく種々啓発される好著である。実は、前に取り上げた『人新世の「資本論」』の中で、著者の斎藤幸平氏が、広井さんを「資本主義的市場経済を維持したまま、資本の成長を止めることができるという」、「旧世代の脱成長派」だと、厳しく叩いていた。そのため、どんな反論、反応がなされるか、ということにも関心があった。しかし、笑いながら「ベストセラーの本の中で、〝古い世代の脱成長派〟と言われていて、光栄に思う」とはぐらかされた。〝大人喧嘩せず〟ということだろうが、ちょっぴり物足りない思いはした◆この本で、著者は、人口減少社会の最先端を走る日本が、将来(2050年)において、持続可能な社会であるために、何をせねばならぬかについての論点と提言を展開している。それは、①将来世代への借金のツケ回しを早急に解消②若い世代への支援を強化して、「人生前半の社会保障」に力点を置く③「多極集中社会」の実現と、「歩いて楽しめるまちづくり④都市と農村の持続可能な相互依存」を実現する様々な再分配システムの導入など10個に及ぶ。広井さんは、〝持続可能な「定常型社会」〟という概念を作り出した人だが、この言い方はいささかわかりづらい。むしろ「経済成長を至上目標にせずとも、十分豊かで破滅しない社会」と言い換えた方がいいのでは。縮めると、「脱成長で生き抜ける社会」とでも言えようか◆10の提言の中で、印象深いものを3つ挙げる。まず、③。高度経済成長期の日本は東京への一極集中できたが、これからの人口減少社会では、むしろ逆。人の流れを全国へ拡散し、多極集中となるように、政治、行政がリードしていく必要があるということだ。「歩いて楽しめるまちづくり」がなされている一例として、姫路市が取り上げられているのは元同市民として嬉しい。駅前から一般車両の進入を廃し、水遊びが出来るサンクン・ガーデン(地下庭)が紹介されている。次に②。これまで老人、つまり「人生後半の社会保障」に主軸が置かれてきたが、これからは逆に子どもたちに目線を向けた社会保障の充実をめざせという。最近の自公与党、とりわけ公明党はしきりに、乳幼児から小中高生への教育無償化を叫び実現させているが、まさにこの路線と軌を一にしている◆最後が①。現役世代は自らの「借金」を、ひたすら将来世代にツケ回しをしようとしてきた。広井さんは、「困難な意思決定を先送りして、〝その場にいない〟将来世代に負担を強いるという点で、(諸外国と比較しても)最も無責任な対応」だと厳しく非難する。その上で、「富の規模と分配について、どのような理念の下にどのような社会モデルを作っていくのかという、『ビジョンの選択』に関する議論を日本は一刻も早く進めるべきなのである」と警鐘を乱打している。だが、この本が出されて既に3年近くが経ったが、全くその気配はない。参議院選が終わり、これからの3年は大きな選挙はないと期待されている。この時間を、ぜひこうした国の骨太なビジョンを作成するために費やして欲しいものだ。ともあれこれからの人口減少社会を考える上で大いに参考になった。(2022-7-28  一部修正)

 

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【41】人類の危機の連鎖を気づかせる➖スラヴォイ・ジジェク『パンデミック2』(岡崎龍監修/中林敦子訳)を読む/7-19

 本格的な夏の訪れと共に、コロナ感染者の数がまた一段と増えてきた。国内外の旅に手ぐすね引いて待っていた大人にも、夏休みに心躍らせていた子どもたちにも水が浴びせられた格好だ。「第7波の到来」との声に誰しもうんざりする。ジジェクの『パンデミック2』を読むきっかけは、テレビで斎藤幸平氏(『人新世の資本論』の著者)の解説を聞いたことによる。同氏は1冊目に当たる『パンデミック』の監修を担当していた。一方、この本は2020年春以降の情勢変化を踏まえた続編で、コロナ禍を題材にした現代文明論、哲学考、政治分析の赴きがある。著者の奥深く幅広い知性に圧倒されるばかり。参院選前に読み終えていたが、終了後改めて読み直し、コロナ禍を舐めてはならないことを痛感する◆ジジェクは、スロべニアの哲学者。精神分析学をテコに現代世界を俯瞰して解き明かす。「はじめに」の書き出しは「北北西で何か怪しい匂いがする」と、あたかもヒチコックの映画に思いを向かわせつつ、2020年6月、ドイツの食肉工場でのコロナのクラスター発生に繋げていく。第1章は、「マルクス兄弟主演の映画『我輩はカモである』」から口火を切る。以下14章まで、次から次へ映画やドラマを使い、小説を引用して、わかりやすい口調で、難解なコロナ禍での社会的事象や現実政治を腑分けする。更に「補遺」では、「権力と外観と猥褻性に関する四つの省察」と銘打ち、「新ポピュリズムの台頭を特徴とする世界」の動向を占う。具体的にはトランプ米大統領(当時)現象を料理する際の手の内を明かしてくれるのだ◆「彼は猥褻な噂が流れるような威厳のある人物ではない。彼は猥褻性を品位の仮面に見せようとする(公然と)猥褻な人物なのである」とするように、手を替え品を替えて幻想を打ち砕く。「我々が見ているのは『裸の王様』のリメイク版」だが、原作と違って「無邪気な子供の視線」は必要なく、「王様本人が自慢げに『俺は何も着ていない』と公言している」というように。トランプは過去の人ではない。今も米国を二分する人気を博し、2年後の返り咲きを狙っている。日本でも無縁ではない。反トランプの言説は「陰謀論」だとする動きがヒタヒタと水嵩を増している。トランプという〝暴れ馬〟をうまく御していたかに見えた、安倍晋三元首相。彼を亡くしてしまった日本が、やがて深刻な苦境に陥らぬことを願う◆コロナ禍は当初は「我々は皆同じ舟に乗っている」との認識で一致し、「人類は運命共同体」であることを楽観視させた。しかし、ジジェクは、今や「階級間の分断が爆発的に広がっている」とし、最下層にある人々(移民や紛争地に取り残された人々)にとっては、生活が困窮しすぎてCOVID-19(コロナ)は重要な問題ですらない」と危機意識を煽る。最前線でウイルスと闘っている看護師やエッセンシャルワーカーたちを、新時代の搾取階級だと位置付けさえする。混迷を続ける現代世界を救うのは資本主義の装いを変えることでなく、「コミュニズム」の見直しに期待する動きが日本でも漸く仄見えてきた。果たして、それが真に世界を、日本を救うよすがになるのか。それとも新たな混乱の深みへの機縁に過ぎないのか。その辺りに考えは及び、興味は尽きることがない。(2022-7-19)

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【40】精神科医作家の華麗なるデビュー作➖帚木蓬生『白い夏の墓標』を読む/7-13

 久しぶりに小説らしい小説を読んだ。ここで、小説らしいとは何か、と考えてみる。一にドラマチック。二に、リアリスティック。三に、ミステリアス。あとは欲をいえば、男と女の絡み合いがほどほどにあって、救いがちょっぴり。これが私の求める理想の小説像である。実はこれ、この本を読み終えて、頭に浮かんだものを羅列してみただけ。小説を以前ほど読まなくなったのは、歳を取ったことと関係する。読み進めるにつけて、過ぎ去りし時間への後悔が次ぎつぎと湧き出てあまり楽しくない。平板過ぎたり、リアル過ぎて悲しくなるのも嫌だ。だからといって荒唐無稽なのも。女性が描かれていない、貧しさと無縁なのも面白くない。それでいて、最後は明日への希望が湧いてこないと。この本は、今挙げたような、あって欲しいと思う要素が全部入っている。帚木さんのデビュー作である◆実は、『三たびの海峡』『逃走』『閉鎖病棟』といった初期の作品を感動のうちに読み進めながら、世に「帚木蓬生」の名をたかからしめた『白い夏の墓標』を、私は読まずにきた。なぜか。単純な思い込みだが、「医に関わる者の戦争犯罪」と聞いただけで、暗い雰囲気と結論めいたものが分かってしまう。だから敢えてそういうものは読まずに済ませよう。そんな感じで、きた。それがここへきて読む気になった。一つは新型コロナウイルスのパンデミック。「ウイルス」の犯罪化をどう描いているかに興味が湧いた。もう一つは、このところ大型化してきて、読み辛いものが多いこの人の作品からすると、手ごろな分量だという点。最初の数頁のとっかかりの悪さを乗り切れば、あとは一気に滑り出すボートのように心地よく進む。東大仏文科を出てTBS記者になるも、僅か2年で辞めて九州大医学部へ。卒業後は精神科医をやりながら小説を書く。今なお二足の草鞋をしっかり履き続ける、その才能の凄さ加減が嫌と言うほど分かった◆6つの章立てと展開は、実に技巧が凝らされ、考え抜かれたものだ。物語は肝炎ウイルスの国際会議に出るためにパリを訪問中の大学教授佐伯の舞台回しで進む。①その佐伯とベルナール老人とのいわくありげな邂逅②主人公黒田と佐伯の学生時代の出会い③現代に戻って、謎めいた佐伯のウスト行き④ウイルス研究に取り憑かれた黒田の手記の登場⑤黒田夫人ジゼルの衝撃の告白⑥黒田の娘クレールの快活な振る舞いと、ベルナールの締めくくり的手紙。➖仙台型肺炎ウイルスの研究で、米軍にその能力を買われた黒田が、アメリカに留学して、数奇な運命に巻き込まれていく、興味津々たるストーリーが展開していく。著者のいいたい最大のポイントは④の手記における、主人公の煩悶にあろう。「逆立ちした科学に向かう者と、まっとうな科学を目指す者に振り分けるものは一体何なのか。実は何もない」「もっとも恐ろしいのは、まっとうだと思い込み、また人からもそう信じられ、その実、逆立ちしている科学ではないのか」と。細菌兵器開発の実態を明解に暴くくだりである◆一方、この小説の面白さは、⑤の黒田とジゼルの逃避行に違いない。ハラハラどきどきの冒険談に引き込まれていく。だが、そこにいくまでの随所に盛り込まれた物語全体の伏線がたまらない。とりわけ黒田の生い立ちにおける貧しさと、それゆえの複雑な男女のもつれあいが味わい深い。そして巧みな比喩を駆使しての文章のうまさ。「白い綿球状の花をつけた牧草の上を靄が滑走していく。白い水蒸気の帯が深呼吸をするように、次々と山頂の方へ吹きあがっていくごとに、斜面はあざやかな緑に変わっていった」➖こうした表現に出くわすたびにため息が出る思いがする。自分はいつになったらこんな情景描写を繰り出せるかと。また、娘の若さそのものの強調ぶりに、場違いとも思える不思議さを感じる。と同時に、微かにちらついた不思議な影。ひょっとすると主人公は生きているのかも、との疑念が浮かび上がる。いやはや面白い小説を楽しめた。(2022-7-13)

 

 

 

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