Monthly Archives: 9月 2018

(274)フランス柔道の父は姫路の人ー吉田郁子『世界にかけた七色の帯 川石酒造之助伝』を読む

姫路の灘菊酒造といえば、名酒「灘菊」の蔵元として遍く知られているが、川石酒造之助なる人物はあまり知られていない。「フランス柔道の父」というからには勿論、只者じゃない。明治32年に姫路市手柄で父孫次郎の五男として生まれた。この孫次郎なる親父さんは、6人の男の子のうち長男、三男、五男の3人に「酒造」の字をあて、それぞれ酒造治、酒造作、酒造之助とつけたという。よほど酒造りに執心しておられたようだが、ご本人は味醂を製造(長男が継ぐ)。三男が酒造業を起こした。現在の同酒造の社長・川石雅也氏は三代目になる。流石に「酒造」はその名についていない。この人、私とは同い年。入学に余計な時間がかかった私は慶応の一期後輩にあたるが、同期もどきである。姫路に私が戻ってきた30年前辺りからなにかとお世話になってきた、楽しい友人でもある。その彼から吉田郁子『世界にかけた七色の帯  フランス柔道の父  川石酒造之助伝』なる本を頂いた。一読、こんな人が姫路にいたんだ、と誇らしく思うとともに、柔道について改めてあれこれと考えるきっかけとなった■柔道との個人的思い出といえば、慶応時代日吉の柔道場で体育の時間に、誰かしらにありとあらゆる技で、投げ飛ばされた痛い思いしか残っていない。黒澤明の名作・映画『姿三四郎』は見た記憶はおぼろげながらある。世界柔道選手権大会が終わったばかりだが、昨今の柔道に私は批判的だ。国際大会でも、大事な礼もろくすっぽしているようには見えず、マナーがいまいちに思われてならない。大体、畳の上でやらないのはおかしいなどと、古い日本人的感性が鎌首をもたげてきてしまう。そもそも日本柔道斜陽化の分岐点はフランスのへーシングに敗れた時から始まっていると私は思い込んできた。その手強い相手・フランス柔道を育てたのが姫路の男で、しかも友人の親族だったとは驚きだ■酒造家の五男に生まれた川石酒造之助は、名前とは全く別の人生を歩んだ。早稲田大学に入り、海外雄飛に憧れつつ、政治家の道を志したものの、北米、南米、英国を経てフランスに落ち着くまでにその目指すところは自ずから変質していった。若き日に講道館で身につけた柔道を通じて、行く先々で柔道クラブを設立、最終的にフランス・パリで見事な花を咲かせたのである。彼の柔道教授法は、技の名前の番号化と帯の色の多様化を中心としたもので、メトード・川石(川石方式)と呼ばれたという。上達度を掴むために、白、黄、オレンジ、緑、青、茶、黒の、七色の虹のように帯の色を変える方法を取り入れたこともユニークだ。外国人が柔道を習得する上で、極めて合理性に富んだ独特のものだったと思われる■フランスと柔道の結びつきの背後にいた姫路出身の早稲田マン。この本のカバーの裏にある写真をみると、一見、かの政治家の浅沼稲次郎風の偉丈夫に見える。柔道を通じての国際交流に見事な仕事をした人だが、私の勘では政治家の道に進んでいたよりも、この道の方が合っていたかもしれない。ただ、講道館との軋轢があって、今一歩これほどの足跡がある人物が日本で知られてこなかったことも、この本から伺えた。著者の吉田郁子さんは、パリの地でのある子供との出会いから、フランス柔道にカラフルな帯の色があることを知った。そのことが発端となってこの本を書いた。加えて酒造之助の先妻(柴田サメさん)の故郷・岩手における知人ということも手伝った。女性らしい繊細な目線が随所に行き届く。先妻・柴田サメさんとの出会いから別れに至る数頁の記述はなぜか心に残る。英国で酒造之助と知り合い、所帯を持ち、やがて一度帰国するも、姫路の暮らしになじめず、郷里に一人で帰る。晩年一人になってなぜか「川石ミキ」と名乗っていたことにさりげなく触れているが、妙にほのぼのとした気持ちになる。川石酒造之助を知って、柔道を見る眼がチョッピリ変わった気がしてきた。(2018-9-21)

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(273)民族の差異ではなく、居住環境が大方を決すーJ・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』を読む

1万3000年にわたる人類史の謎を解いたとてつもなく凄い本だよ、って薦めてくれたのは高校同期の笑医塾塾長の高柳和江。ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』である。彼女のおすすめなら、と素直に読んで随分と日が経つ。天邪鬼な私は、それよりもユヴァル・N・ハラリの『サピエンス全史』の方が面白いと言って逆に勧めた(既に去年9月にこの欄で紹介済み)ものであるが、彼女には無視された。後者は、わたし的には最後に仏教の価値を認めたくだりが気に入ったからだ。前者の方は、皆が抱く「謎」を提起したうえで鮮やかに解いてくれ、これはこれで大いにためになる。読みやすさ抜群ゆえ、倉骨彰さんという訳者の腕が凄いと思っているが、同じJ・ダイアモンドによる『文明崩壊』を読み出している今、これも分かりやすい。訳は楡井浩一さんとあって、別人。となると、訳者もさることながら著者本人の文章力ゆえだろうと思うことにしている■文庫上下二巻で合わせて800頁にも及ぶ大著。著者の言わんとするところは明解。なぜ世界は富と権力が歪な形で存在しているのか。地球上それぞれの大陸で異なる歴史をたどってきたのはなぜか。この疑問に著者は、ズバリ「歴史は民族によって異なる経路をたどったが、それは居住環境の差異によるものであって、民族間の生物学的な差異によるものではない」と解く。ニューギニアでヤリという人の問いかけを受けて、25年の歳月をかけて、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学などの広範多岐にわたる最新の知見を縦横に駆使して解き明かした謎解きを披瀝したのがこの書物である。銃器や金属器技術などに加えて、病原菌の存在が居住環境を左右したので、民族の優劣によるものではないとの結論は、人類の今と未来を優しく照らし出す■私の学生時代にあって、仲間うちが集まると議論したテーマは、社会革命が先か人間革命が先か、であった。マルクス主義による社会主義革命が一世風靡をした時代。東大で、京大で、日大で、明大で、早稲田で、そしてあの慶応までもが学生運動の戦場となった。そんな折に、社会革命をしたところで、所詮は攻守逆転するのみ。根源的には人間存在の変革しか近道はないとの論法で、ひたすら仏法の研鑽とその理解者の拡大に走ったものであった。その際に、人間は環境によって左右されるものではあるが、主体そのものが過去世からの原因が素になって今があるのだから、元々持って生まれた宿命を転換せずして、環境だけを変えたところで、十全たりえないなどと言った議論を展開したものである。尤も、環境の人間に与える影響少なからず、結局は渾然一体となって互いに関連しあっているというところに真実はあるものと思われる■一転、人間を文明に置き換え、社会環境を自然環境に代替した視点から「文明の興廃と自然環境」といった問題を取り上げて論じたのがこの本である。従来、文明の流転は人種、民族のなせるわざだとの論調が主であった。生物学的な差異が歴史的差異を生み出したとの議論である。この立場からすると、この本での問題提起そのものが❶一民族の他民族の支配の正当化❷ヨーロッパ中心の歴史観の肯定❸文明の進歩への誤解ーを生み出すものとして、反対意見にさらされると著者は述べている。ここでの著者のスタンスは、人種、民族の優劣を論じたり、ヨーロッパ文明の優位を肯定する態度から、進化を促すといったものではない。人類史を眺めたときに、浮かび上がってくる事実をつぶさに書き記すことで、ありのままの実態を見ようということだ。それは「複数の環境的要因を同定し、それについて述べているにすぎない」し、「こうした要因をはっきりさせることによって、まだ解き明かされていない謎の重要性を認識することができる」としている。こう見てくると、人類史の探究はようやく緒についたばかりだともいえる。そうさせた著者の努力の所産は限りなく大きい。(2018-9-17)

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(272)神道プラス朱子学の害毒の怖さー井沢元彦『逆説の日本史23 明治揺籃編』を読む

俗っぽい週刊誌に連載されたものが単行本になり、そして文庫本になって25年以上が経つ。通常の歴史家をこき下ろし、大胆な自説を展開するが故にその道のプロからは疎んぜられるものの、声なき声の大衆からはわかりやすく面白いと絶賛される。『逆説の日本史』シリーズの著者・井沢元彦氏はまだ64歳。去年の10月に発刊された23巻が「明治揺籃期」を扱っているので、もうすぐ24巻がでてこようが、一体いつまで続くのか。購入後一年足らずほおっていたものをこの程読み終えた。ひときわ異彩を放つものとして強く印象に残る■全部で3章構成。一つ目は、近現代史を考察するための序論と銘打って「近現代史を歪める人々」の名のもとに、徹底的に対象著名人をこき下ろしている。朝日新聞の元社長・木村伊量、主筆・若宮啓文、そしてTBSの筑紫哲也らをめった斬り。この辺りはもはや「定説」ともいえ、彼らに弁護される余地はない。ただ、半藤一利を褒めつつ斬りつけているあたりは、異論を唱える向きもあるかもしれぬ。ともあれ、改めてこの章を読むと「またぁ」と、いささか辟易する。ただ、このように整理して提示されると役立つに違いない。ともあれ、このシリーズを読み慣れているものからすると、おさらい連続の感が強い。興味深いのは二つ目から。「大日本帝国の構築」1で、琉球処分、2で廃仏毀釈のテーマを取りげており、この二つの章はとびきり面白く、勉強になる■「琉球」と「沖縄」の名称はどちらが古いか。当然、琉球が古いと思っていたが、意外にも見解は分かれるという。断定はされていない。また、琉球人(沖縄人)のアイデンティティは日本に近いとの見解にも少なからぬ驚きが私にはある。中国に近いのでは、との思い込みがあったからだ。例えば、日本は、大和、アイヌと琉球という三つの民族から成り立つとの説を私は信じているが、先日、「博覧強記の人」と言われるらしい防衛省新事務次官の高橋憲一と懇談した際に、彼からは否定された。琉球民族はない、と。この辺り、研究の余地がわたしにはあるように思われるが。ついでに言うと、佐藤優の「琉球独立論」を巡っても、彼と私の意見は分かれた。かねて国会の場でも、「このままいけば沖縄は独立するしかないとの立場に立って、日本政府を脅かせ」との論法を披瀝していた私は、佐藤説に賛成。しかし、勿論のことながら次官は否定。その際に、かつて佐藤が普天間基地の移設問題で、「最低でも県外」との鳩山由紀夫説を擁護し、のちに自らの不明を恥じたことを持ち出した。信用するに足り得ない人物だと言わんばかりだった。要するに、リアルに欠けるというわけである。勿論それは認めるが、外交の極論的手法として捨てがたい魅力があろう。ともあれ、こうした沖縄をめぐる現在の課題を考える上で、この章における琉球処分の歴史的経緯を押さえておく必要があることを痛感した■最後の章「廃仏毀釈と宗教の整備」は、盲点を突かれた。明治維新に際して、新政府首脳はキリスト教の日本への進出を恐れて、自らの寄ってたつ基盤としての宗教強化を目論んだ。つまり、神道と仏教の混合体としての日本教を整備しないと、欧米列強には勝てない、というわけである。そこで、「神仏分離令」のもとに仏教を排し、神道と朱子学の「混合体」を樹立したという。朱子学の害毒を、手を変え品を替えて訴え続ける著者の執念たるや半端ではない。孔子、孟子のような初期儒教の先達と違って、後期のそれである朱子がいかに国家組織体をダメにするものかを強調。具体例としての韓国、北朝鮮の無残さを事細かに挙げている。中国も清王朝の没落に寄与し、漸く共産中国になって薄らいできた、と。日本も徳川時代から明治期にかけてその毒が深く入ったとの説明には実に迫真性がある。「朱子学の独善性、排他性に影響され猖獗をきわめた『廃仏毀釈運動』」の実例として、鹿児島には国宝、重要文化財クラスの仏像や寺院が皆無なことを克明に記している。併せて古都奈良にも吹き荒れた「廃仏毀釈」の嵐などの記述も目からウロコが落ちる。仏教を排し、朱子学を神道と組み合わせる形で宗教を整備する一方、欧米の科学技術を懸命に取り入れた。その結果としての近代化はいびつな形で進み、軍事国家としては肥大化したものの、精神的骨格に禍根を残すに至った。敗戦後には神道プラス朱子学に代わって、キリスト教に裏打ちされた欧米民主主義の独壇場となることを許してしまったのである。この本を通じて、日本史においても朱子学の果たした役割がいかに大きいかを、思い知った。(敬称略=2018-9-10)

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(271)会津へのこよなき思いー中村彰彦『幕末維新改メ』を読む

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