Monthly Archives: 12月 2021

[13]ここに夢あり──フランス人の漫画『失われた田舎暮らしを求めて』を見て読む/12-27

 本年最後にとっておきのl漫画をここで活字で紹介するのは初めてである。どうしても紹介したい特別版なので。著者はWakameTamago(ワカメタマゴ)というペンネームを持つ50歳過ぎのフランス人。本名はフレデリック・ペルーさん。この人を知るきっかけは、姫路市の北端・安富町に住む高校時代から(大学も一緒)の友人山本夫婦である。ご近所に東京から越してきたユニークなフランス人と日本人の夫婦がいる、とのことを聞いたのがきっかけだった。2018年だったか、彼の奥さんも含めて5人で、姫路城三の丸広場での「薪能」の鑑賞に行った。私以外のツーカップルは初めての経験とあって珍しげに見入っていた。楽しい思い出として記憶に刻まれている。そこへ先日突然、山本夫人がそのペルーさんの出版したばかりのこの漫画本を送ってきてくれた。驚いた。

 一読、とてもホッコリした気分になった。と共に、〝Withコロナ〟と言われる時代を先取りした、田舎暮らしの凄い試みに深い感動を覚えたものだ。多くの人に読んで見て貰いたいと、心底から思う。地域再生に向けて様々な議論がかまびすしいが、まずこの本を読むことから考えてみては、と提案したくもなる。西播磨の安富町の山奥で、外国人にどんな仕事ができるのかと、紹介を受けた頃には疑問に私は思っていたが、浅はかだった。パソコンひとつで、どんなところとでもリモートで繋がれることを忘れていた。

 そのあたりについては、既にこの2年で誰もが広く体験済みであることは言うまでもなかろう。彼は、アメリカに本社がある巨大IT企業M社の勤め人なのである。2012年に東京からこの地に移ってきた。同社の仕事の上司と、生まれ故郷のフランスの友人たちと日常的に〝AI 往来〟をする一方、奥深い日本の山あいで牧歌的生活を満喫しているのだった。この漫画本では、その生活ぶりがユーモアたっぷりに事細かに描かれていて、見るものを楽しませてくれる。漫画を描くのは子どもの頃から好きだというだけあって、絵はうまく、とても面白く、挟み込まれるセリフや背景説明が抜群に味わい深いのである。

●色んな動物たちの恩返し

 この漫画の最大の見せ場は、彼の親しい友人の大工さんの咲ちゃんが突然病気で倒れてしまうくだり。常日頃から彼にお世話になった色んな動物たちが次々と恩返しのためにお見舞いにやってくるのだ。大自然の中での人間と野生動物たちの共生の姿。胸を打たれずにはおかない。ファンタジックなシーンの一方、シビアな場面も登場する。東京から引っ越しするにあたって仲介役の不動産屋の〝騙しのテクニック〟や大工さんたちの超のんびりした仕事ぶりなど、大いに笑える。観察力鋭い見事な表現ぶりに関心する。お気に入り朝食が「納豆トースト」だというのは呆れてしまうが。フランスから東京、そして播磨へと移ってきたペルーさんの日常が、いかに豊かであるか。それが村人たちとの交流を通じ、そしてヒルやヤモリたち、ムジナやヤギなど虫類、鹿を始めとする動物たちとの出会いを巡って展開されているのである。

 実は、彼と一緒に宍粟市波賀町戸倉の山奥に、私が理事を務める公益財団法人「奥山保全トラスト」の仲間たちと一緒に、〝トラスト地ツアー〟の一環として、植樹を兼ねて森林の実情を見に行ったことがある。3年半ほど前のこと。彼にとって、荒廃する日本の森林を知るいい機会だったはずである。この漫画の中に印象に残る杉林が出てくる。「なんかかわいそうだね、杉たちがこんなに立派に伸びたのに、今は価値がないと言われて、そして誰も大事にしてくれない」と言いつつ、杉の幹に人が抱きつく描写が登場する。一緒に行ったあの時の体験と学習が見事に反映されていると感じた。この漫画はフランス語版が先に出て、今回の日本語版になったという。フランス人の感想を聞きたいとの思いが募ってくる。都会暮らしに喘ぎつつ、田舎に憧れる多くの人々に読んで貰いたいとてつもなく心に染み込む名作漫画だと思う。

【他生の縁 播磨の山奥で高校同期らと交流】

 ペルーさんとのご縁を取り持ってくれた私の高校、大学時代からの友人山本裕三さんも、ちょっぴり似てます。顔ではなく、生活スタイルが。実は彼の場合は、人生終盤を迎えて、埼玉県大宮市から生まれ育った姫路市安富町に帰ってきました。仕事でイギリスにも長く住んでいましたが、定年後は故郷に戻ってきたのです。ペルーさん、山本さんに共通するのはご夫人の内助の功でしょう。お2人ともとってもすてきな女性で、その支えあってのご両人でしょう。尤も、漫画にあまり登場して来ないのは残念ですが。

 ときどき送られてくるブログに、田舎暮らしは、経済的にいいし、消費者のみの経験から一転、生産者としての視点が得られるなどと書いてありました。第二弾の漫画もそのうち出して欲しいものだと、心の底から思っています。

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[12]直木賞作家の「聞くも涙」の挑戦ープラ・アキラ・アマロー(笹倉明)『出家への道』を読む/12-22

 直木賞作家が人生に転落したすえに、異郷の地で僧侶になるーこのこと自体が小説のテーマになりそうだが、ご本人の手になる『出家への道』という本を読んだ。著者は、前々回に取り上げた、歯にまつわる対談本の河田歯科医の相手方・笹倉明氏である。この人の本は、出世作を始め何も読んではいない。対談を読んで、団塊の世代の責任を指弾されるくだりが気になり、表題作を手にした。驚いた。比較的若くして大なる賞を得ていながら、身を滅ぼす流れ抗しがたく、多大の借財を負い、妻子(しかも複数組)と別れ、タイへの逃避行に身をやつす◆この本は、構成が一風変わっている。ご本人の転落の顛末と、出家に際しての儀式めいたものの一部始終が交互に出てくる。つまり、前者は奇数章に、後者は偶数章に、といった具合に別けられているのだ。日蓮仏法の実践者たる当方としては、直木賞作家が何故に、破滅の道に陥ったのかも興味あるテーマだし、現代における小乗仏教の牙城ともいえるタイの僧侶の生活も気になる。このため、まずは奇数章を全部読んだ後に、出家式を通してのタイ仏教のさわりを垣間見た。圧倒的に、前者の方が読み応えがあった。いかなる分野であれ、いい調子になってる向きには一読をお勧めしたい。明日は我が身とは言わぬまでも、リアルな〝一寸先は闇〟のモデルである◆そんな中で、私が興味を唆られたのは、団塊世代についての自虐的としか言いようがないほどの論及である。戦後民主主義教育の持つ致命的欠陥が、いわゆる躾けの欠如と無責任なまでの自由放任にあることは論をまたない。学歴至上主義による受験勉強一本槍の教育がもたらした荒涼たる風景は、著者に指摘されずともよく分かる。だが、いかに自分自身がまともな教育を受けてこなかったかを、手を変え品を替えて繰り返し訴えられると、妙な気分になる。「それって、言い過ぎじゃない?ご自分の根本的な性癖を棚上げして、制度や仕組みのせいにしすぎじゃあないか」と◆日本で食いつめて、東南アジアに流れる人が少なくないことは分かるが、現地で僧侶になる人は、この人をおいて他に私は知らない。その意味で、これからどう変化されるかが俄然気になる。奇数章を読んだ限りでは、およそいわゆる真人間になるのは難しいと思われる。仏門に入って5年ほどが経たれるようだが、時々日本に帰り、先に紹介した対談本を出版(これは手紙形式かもしれぬが)したり、またこの著作もものされているということは、俗世間への思い断ちがたいものがあると容易に想像できる。タイで僧侶をしている分において食い繋ぐことは出来ても、それを足掛かりに、物書きへの復帰心断ちがたいのなら、結局は元の木阿弥が関の山ではないかと、思ってしまう。同時代人として、大乗仏教の翠たる法華経に身を挺してきたものからすると、タイで乞食行に励む著者の姿はただただ哀れを催す。勿論、見事に変身され、日本に僧侶として凱旋されることも期待したいのだが。(2021-12-22)

 

 

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[11]「新しい社会主義」の勧めー斎藤幸平『人新世の「資本論」』を読む/12-15

「人新世」ー人類が地球を破壊し尽くす時代を指すとのこと。1995年にノーベル化学賞を受賞し、今年1月に亡くなったパウル・クルッツエン氏が名付け親だという。その恐るべき時代を救う鍵が、『資本論』を書いたカール・マルクスの晩年の思想の中にあるとの見立てを述べたのがこの本である。著者の大阪市大大学院准教授・斎藤幸平氏は35歳。飛び切り優秀な若き経済思想家の注目される意欲作でありながら、気にしつつ読まずに放置していた。理由は簡単。『資本論』なるものへの〝定説〟が邪魔をした。その上、「人新世」とのネーミングにイメージが定着しなかったのである。読んでみてつくづくわかった。本も人と同じように見かけだけで判断してはいけない、と強く思う◆今、世界が直面している問題は「気候変動」で、2030年は世界史の分岐点であるとさえ喧伝されている。だからこそ「脱成長」論が台頭してきている。ところが、日本では殆ど無視されているのが現実だ。経済的に恵まれた団塊世代と困窮する氷河期世代の対立に矮小化されていることが原因だと著者は指摘する。成長の果実をしっかりと享受した老人たちが、後は野となれ山となれでは、若者世代が怒るのは当然だ。ここは、老いも若きも一体となって、きたるべき非常事態に備える必要があろう。かつて「南北問題」(この著者はグローバルサウスと呼ぶ)といわれた地球上の経済的格差は益々酷くなっていく一方なだけに、目を特殊な日本的視点だけに留めず、頭を上げて広く世界を見渡したい◆岸田文雄首相が「新しい資本主義」なる言葉を持ち出している。この意味するところは「株主優位でなく公益中心に」「成長と分配の好循環」などの方向性は示されていても、未だ全貌は明確になっていない。恐らくは、行き詰まった資本主義の現状を打開したいとの思いのみが先行してのネーミングだろう。日本のデフレ不況的混迷は、とっくに20年を超えて30年をも凌駕する。であっても、ひたすら経済成長を待望し、V字型回復を目指す流れしか目につかない。それだけに、その方向性を覆そうとする著者の意気込みは注目されよう。しかし、その作業を、あろうことかマルクスの晩年の思想の読み直しで試みたことには驚く。「ソ連の崩壊」を挙げるまでもなく、既にその思想の〝駄目さ加減〟は世に流布しまくっている。「資本論読みの資本論知らず」であっても、世の定見に変化は起きにくい。むしろ著者の提言を「新しい社会主義」の勧めと見てしまう◆「処女作に向かって回帰する」との言葉がある。人の知的創造行為は、一番最初の作品に原型が宿っているというもので、晩年にそれまでとは全く違う方向性を出すというのは、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」を出すまでもなく、悪評が常だ。マルクスが今の地球異変を予測したうえで、処方箋を書いていたのを多くの専門家は読み落としている、といわれても俄に首肯し難い。尤もこのように私が言うのも、単にこの著作の初読みの読後印象の域を出ない。この本の興味深いところは、ヨーロッパにおける「脱成長」に向けての具体的な動きを、スペインのバルセロナを始めとして幾つか挙げていることだ。これらが未だ〝未熟な苗〟の段階であることは想像に固くない。それでもそこにしか地球を滅亡から救い、世界史を塗り替える手立てがないとしたら、我々も急ぎ呼応する動きを示さねば、と思う。(2021-12-15)

 

 

 

 

 

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[10]〝歯の真実〟に激しく迫るー河田克之・笹倉明『ブッダの教えが味方する 歯の2大病を滅ぼす法』を読む/12-10

 「反逆のカリスマ歯科医」と、名だたる直木賞作家との対話。それだけでも興味が湧いてくるが、この作家は、5年前にタイ・チェンマイで出家し、その名もプラ・アキラ・アマローと改めているとくればもう、その中身や如何にと、読みたくもなる。虫歯や歯周病に悩む人々は世に数多いる。「病の正体を知って真因を消す」とのサブタイトルを見て、手を伸ばさない人はよほど健康で変人に違いない。この本、歯をめぐる世の常識を打ち破ると共に、日本の日常に安住している人を刮目させる深い内容を持つ。未来ある若者には河田歯科医の話を、もはや手遅れを自覚する高齢者にはプラ師の教えの部分を読まれることを勧めたい◆河田さんの主張は敢えて大胆に要約すると「歯石除去」に尽きる。一般的には、歯周病菌や虫歯菌が歯痛、歯病の主因と見られているが、この人はそうではない、と断じる。歯石や歯垢(プラーク)の蓄積によって生じる口内環境を改善することこそが最も大事な対処法だと。このため、歯を漫然と磨いているだけではダメで、定期的に歯石、歯垢を取るべく歯科医に通うことを強く勧める。多くの歯科医は分かってはいても、保険の点数に繋がらないために、積極的にやってこなかった歴史があるのだ。その現実を変えるため、河田さんは繰り返し世に問い、幾冊もの本を出版してきた◆一方、プラ師は、この本では聞き手に徹しており、仏教の話や自論はあまり出てこない。それでも、人の偏見、邪見に影響を受けてきた自身を顧みるくだりは興味深い。これまで悩みや迷いを抱いたことは「悪質な煩悩」によるもので、「愚かな徒労であったことが僧になってやっとわかった。何とも遅すぎたというほかない」と正直に心情を吐露している。また、もう一つ「戦後日本人の精神性の喪失」を嘆く場面は、私にはある意味でこの本のハイライトに思える。敗戦後のGHQによる占領政策に翻弄され、道徳教育などが反故にされ、「欲張りな経済発展だけは認めた」結果、「ヒズミ、ツケがいろんな場面でいまこそ現れている」との見方が提示される。「隣国に対する弱腰にくわえて、米国の圧力には相変わらず抗えないでいること」との指摘には100%同意したい。たまに日本に帰国すると、昨今の日本社会の衰退が「見えすぎて頭が痛くなる。僧にあるまじきストレスが溜まって困ります」との発言は、胸に強く疼く◆実は、私と河田氏は、今から6年前(2016年)に、共著『ニッポンの歯の常識は?だらけ』を出版した。衆議院議員を辞して3年ほどが経った時のこと。親友の強い推奨振り(大阪から姫路まで治療に通う)を聞いて、私もその門を叩いた。通常の歯科医を超えた真摯な研究姿勢に深く傾倒した私は、同氏に電子書籍の出版を勧めたのだが、いつの日か対談本を出そうとの話に転化した。僅か一年だったものの厚生労働副大臣を務めた身として、世の役に立つならばと思った。驚いたのは、同氏が衆参国会議員全員にこの書を贈呈したいと言いだされたことだった。政治家たちに自説を知って欲しいとの熱意には、心底からの執念を感じた。同氏はこの本の第九話で「月に一度の歯石取りが『保険改正(2016年)』以来、制度として確立された」と触れているが、あの時の熱意ある試みが功を奏したのに違いない。(2021-12-14 一部修正)

 

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[9]「日本沈没」とダブる恐怖ー高嶋哲夫『EV』を読む/12-2

 久方ぶりに面白くて怖い小説を読んだ。『EV』ー電気自動車。著者はあの『首都感染』で今日のコロナ禍を10年前に予言した高嶋哲夫さん。あの本の衝撃は忘れ難い。と言っても、10年前に読んだわけではない。コロナ禍で、話題になってからである。神戸でもう8年続いている「異業種交流ワインを飲む会」で出会ってから、親しく付き合って頂いている。その高嶋さんから、先日「自信作なんで読んで欲しい。とくに政治家の皆さんには」と言われた。読まないわけにはいかない。先週末上京した新幹線車中の往復を中心に読み終えた◆実はご本人に「読めというなら、贈呈してくれなきゃあ」と、おねだりした。してしまってから、いささかせこい自分を恥じると共に、実際に頂く(直接会う約束をしていた)前に自分で買って、読み終えて、驚かせてやろうとの悪戯心もおきてきた。かくして読み始めたのだが、ぐいぐい引き込まれた。気になるところに付箋を貼りながら、読んだのだが、前半の100頁ほどはまさに付箋だらけになってしまった。自動車をめぐる情報量がまことに多いのである◆つい先日、NHKスペシャルで、急速に「EV」への転換が迫られている日本の自動車産業の実情が放映されていた。550万人を越える関連企業の労働者。それだけに、一気にガソリン車からの転換は極めて難しい。何もかも変わってしまう。悩む業界の姿がその放映では赤裸々に描かれていて中々興味深かった。私の頭にはそれがベースにあったので、益々面白く興味津々で読めた。高嶋さんは、EVへの転換は止められない流れで、ぐずぐずせずに一気にいかないと、世界で取り残され、とんでもないことになるとのスタンスだ◆偶々民放でリメイク版の『日本沈没』が放映されており、欠かさず見ている。このテレビ映画では、省庁から選抜された若手官僚たちの奮闘ぶりが描かれている。それにそっくりの場面がこの本にも登場してくる。中国と米国の狭間で日本が悪戦苦闘する場面も似ていて、イメージがダブル。かたや地球そのものの異変がもたらす「日本沈没」。もう一方は産業構造の根底的変換がもたらす「日本社会の沈没」。見事なリアルさを伴って恐怖感が迫ってくる。高嶋さんと会い、種々語り合った。ご本人は「売れていない」「読まれていない」と残念がっていた。真面目過ぎる日本人には「ミステリー経済小説」は馴染まないのか。超ベストセラーになって欲しいものだ。(2021-12-2)

 

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