Monthly Archives: 4月 2021

「EU離脱」って、そういうことだったのかー秋元千明『復活!日英同盟ーインド太平洋時代の幕開け』を読む

英国をどう見るかーかつては、世界に冠たる海洋国家として七つの海に君臨した勇壮なる国家だったが、米国にその首座を明け渡してからは「英国病」の名の下に落ちぶれる一方。最近に至っては、すったもんだの内輪揉めの挙句に「EU離脱」から、あわやスコットランド独立かとの動きに苛まれる始末。ミニ・トランプばりのジョンソン首相も「コロナ禍」に悪戦苦闘中。こんなイメージが一般だと思われるが、それをぶっ飛ばす凄い本が『復活!日英同盟』である。著者は元NHK解説委員の秋元千明氏。現在は英国王立安全保障研究所(RUSI)日本代表である▲秋元氏は、英国が外交戦略の見直しに立った上で「EU離脱」を選択し、グローバル・ブリテンの構想のもとに、今や日本と共に「インド太平洋時代」を担う存在であることをこの本の中で、克明に明かしている。つまり、「EU離脱」によってやむなく戦略変更を迫られたのではないことを、安倍・メイ外交に遡って(更に野田民主党政権時の動きにも)、日英合作の経緯を追う中で証明してみせているのだ。日英同盟の復活で「インド太平洋」構想に筋金が入り、それによって中国の「一帯一路」構想に立ちはだかることが可能になるというのである。なんだか急にユニオンジャックに後光が差してきたかのように思われる▲これを読み終えて、元英国大使の林景一氏(前最高裁判事)の著作『英国は明日もしたたか』を思い出した。2017年に出版されると同時に読み、このブログでも取り上げた。当時の私は、英国が「したたか」なのは過去の振る舞いに照らして解るものの、これからはもはや無理かも、と思わざるを得なかった。だが、同時にメイ首相が鉄の女・サッチャーさながらの「氷の女」と知り、その後の英国変身に一縷の希望を持ったものである。秋元さんは、2017年8月31日の「日英安全保障協力宣言」にはじまって、2021年に予定される新型空母「クイーン・エリザベス」の日本来航まで、一気に読者を惹きつける。興味深く読ませられた▲ただし「EU離脱」が逆に振れていたら、つまり「EU残留」だったら、水の泡になったかもしれないと思う。秋元氏がここで書いている流れはもちろん後付けではなかろう。だが、狙い通りだったのかどうか。恐らくは、危ない綱渡りをしたものの当初の筋書き通りに何とか事は運んだ、というのではないか。だが、そのあたりの英国内の動きには触れられていない。序章の末尾に「なぜ日英同盟なのか、その現状と今後の課題、また日英同盟再生の背景について考えてみたい」とあるものの、「日英それぞれのお家の事情に関心のある読者にとっては満足できる内容とはいえないかもしれない。その点はご容赦願いたい」とある。この辺り、日本の国内事情もさることながら、とくに英国内政治の観点からのフォローが無性に欲しくなってくることは禁じ得ない。(2021-4-16)

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なぜ他の国とこうも違うのかー三浦瑠麗『日本の分断』を読む

世界中が「分断」で喘いでいる最中に、日本だけが奇妙な静謐さの中にある。その理由を解き明かし、民主主義の未来のためには、もっと「分断」が必要だと強調する。著者の三浦瑠麗さんはテレビメディアで売れっ子の若き国際政治学者。自らが主宰するシンクタンクによる意識調査をもとに、独自の日本人の価値観を浮かび上がらせたうえで、日本政治の今を分析する。私としては知的刺激をそれなりに受けたものの、やがて公明党への記述が極端に少ないがゆえの物足りなさに浸ることになった◆戦後日本の「分断」の最たるものは、日米安保条約をめぐる論争であり、その同盟の是非を問う政党間競争だった。それは今なお、経済、社会的テーマが与野党の大きな違いを生み出しえずに後衛に退き、「安保・同盟」が殆ど唯一の争点となって続いている。そこへ「安全保障」におけるリアリズムの台頭という現象が定着してきた。であるがために、結果的に劇的な変化が起こり辛くなっているというのが大まかな著者の見立てである。「政治による分断は、それが内戦ではなくゲームにとどまる限りにおいて存在意義を見直すべき」で、「あらためて健全な分断とは何かを考えなければならない」と三浦さんは本書を結ぶ◆健全な分断のない、日本独自の閉塞した事態はなぜ起こっているのか。その要因の一つに、私は「公明党の与党化」という問題があると睨む。自民党政治の小さな「安定」に腐心し過ぎた結果、大きな「改革」が滞っている。だらしない野党に代わって、今一度日本政治の覚醒のために公明党はシフトチェンジすべきだ、と。この観点に立って本書を読み直すと、気付くのは公明党への言及の極端な少なさである。登場するのは僅かに2箇所。一つは、世論調査において「宗教を基盤とした公明党への投票者はそのことをあまり明らかにしない傾向があり、実際よりも少なくしか回答に反映されない」とのくだり。果たして本当のところはどうなのか。ステロタイプ的表現に陥っていて、掘り下げが足らないだけなのではないのか◆もう一つは、逢坂立憲民主党政調会長が、「政治は残酷なもの」の実例として、自分の所属する党と公明党を比べて「それほど立場が違わないのに逆のことをする」と挙げているくだりだ。これは、政策的スタンスに違いはあまりないのに、与野党の立場の違いから結果として逆の行動になるとの意味あいだと思われる。立憲民主党の愚痴的泣き言ではあるが、現状転換の糸口にも繋がる興味深い発言である。この辺りについて、著者にはもっと考察を深めてほしかった。また、「おわりに」で、コメントを貰った人の一覧に公明党のホープ・岡本三成衆議院議員の名前が見出される。三浦さんが何を彼に聞き、どう彼が応えたのかが皆目わからないのは気にかかる。(2021-4-10)

★【思索録】では、新たに「『新・人間革命』から考える」をスタートさせました。13日付けで、第一巻「旭日」の章と取り組んでいます。

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想像力の貧困さを思い知るー重松清『希望の地図 2018』を読む

東日本大震災から10年。この3月11日前後に嵐のように各種メディアが追憶の記事を特集し、ひとしきり続き、そしてやんだ。しかし、阪神淡路大震災から、15年ほどが経った時点で起きた地震、津波、原発事故がもたらす複合災害は、明らかに現代日本人の意識を変えた。「災害は忘れぬうちにやってくる」が当たり前になったのである。しかも、昨年からの「新型コロナ禍」の追撃は、800年前の日蓮大聖人の『立正安国論』の世界を彷彿させてあまりある◆重松清さんのこの本は、平成30年(2018年)の一年をかけて、東北を始めとする全国の被災地を横断して取材したルポルタージュだ。定評のあるこの人の優しさが満ち溢れた素晴らしい本だ。2016年4月14、16日の熊本地震、2018年6月28日から7月8日まで西日本を中心に全国を襲った平成30年7月豪雨、そして同年6月の大阪府北部地震、9月の台風21号。そしてあの1995年1月17日の阪神淡路の大震災。口絵のカラー写真20葉ほどが鮮やかに過去の記憶を呼び覚ます。今に生きる全ての人にとっての備忘録たり得る好著だ◆重松さんはこれら現地に実際に足を運び、被災者に直接会い、時に自己嫌悪に陥りながら、また呆れるほど情け無い気持ちになりつつ、重い口を開かせ続けた。その記録を読み、「想像力の欠如」にこそ、被災者たちを孤立させるものだとの、著者の思いに読者は共感する。ただ、それはわかっていながら、想像力を逞しくする辛さから逃げようとする自分をも否定できない。「大切なものを喪い、かけがえのないものを奪われてしまった人たちに、不躾に話をうかがってきた」著者は、「取材後はいつも重い申し訳なさを背負ってしまった」と。その真摯さが胸を撃つ◆「好漢二人が震災を契機にめぐりあい、素晴らしい友情を育んだ」との最終章の一節は、「希望の地図」のタイトルを裏付けるかのように明るい展望に満ちている。残虐なリアルの連続に打ちのめされても、一縷であっても希望を持ちたいとの読者の期待。それに応えてくれる筆運びが嬉しい。26年前のあの大震災の震源地となった淡路島の北淡町。その地が指呼の間にある明石市の海岸沿いのマンションの一室。そこから私は今これを書いているが、「本でしか学べない現実がある」とのキャッチコピーに強く共鳴する読後感を抱く。(2021-4-3)

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