『海の地政学』の著者・竹田いさみ獨協大教授には、ちょうど10年前に衆議院海賊・テロ特別委での参考人質疑(平成23年8月23日)に来てもらった。ソマリア沖の海賊問題などでご意見を聞いたのだが、改めてネットに収録された当時の様子を再聴し、懐かしい思いに浸った。20年の現役生活で私は数多の学者、文化人と時々の政治課題を巡って議論をしてきたが、竹田さんは特段印象深い。ご専門に対するあくなき研究心と誠実なお人柄に強く惹かれたものである。
ちょうどその当時、私は海洋を巡る国際政治の動向に強い関心を持ち、竹田さん始め幾人かの専門家と知己を得ていた。そのうちある若手研究者が海洋についての論考をまとめて本にしたいと言っておられたので、心待ちにし続けたが、結局10年余り経って未だ実現していないようだ。彼は米国における豊富な人脈がある優秀な学者である。自著を出されたらすぐに読みたいと思うのだが、まだ共著ばかりとお見受けする。そんなこともあって、海洋の歴史を辿り、現代における課題をまとめることの困難さを感じていた。
そこへ竹田さんがサブタイトルに「覇権をめぐる400年史」とある、壮大なスケールを持つこの本を出版された。「贅沢で濃厚な新書」とのある専門家の書評の見立てがズバリ言い得ている。「揺らぐ海洋秩序を前に、我々はいかに対処すべきか」について、「近現代史を海から捉え直す」作業の所産は極めて興味深い。座右に置いて時に読み返したい価値ある労作である。
●中国の編み出す「新手」を分析
ご本人は、海に関する素朴な疑問を解き明かしてみたいと思って書き始めた。最初から海の400年の歴史を追うつもりはなかったのだが、一つ一つの断片を追い続けるうちに、一つの大きなヒストリーへとまとまっていった、という風に「著者へのインタビュー」で述べておられる。確かに、大航海時代のスペイン、ポルトガルからオランダ、19世紀のイギリス、20世紀のアメリカ、そして21世紀の中国といった海の覇者たちの歴史を縦軸にして追う。そして横軸には、海の法規範の発展過程や、民間商船の犠牲、海上保安庁の役割など、さまざまな一見無縁に見えるような題材を配置する。さらに斜軸にはエピソードもふんだんに盛り込み、全体として大きな400年の海の物語を形成しているかのように読める。
海洋における中国の立ち居振る舞いは、改めて指摘するまでもなく、いかにも挑発的である。決して気の長くない私など、つい苛つき興奮してしまいそうになる。しかし、竹田さんはあくまで冷静に淡々と分析していく。例えば、「実効支配していない島々や海域を一方的に領有していると法律に記載し、あたかもすでに領有権があるかのようなイメージを作り上げる『新手』を編み出した」とのくだり。『新手』との表現には思わず笑った。更に「中国の法律は、中国にとって便宜的な解釈ができるように整備されている」とか、「中国側の都合で接続水域も実質的に中国の領海として扱うなど、国際ルールを受け入れていない」など、ユーモアさえ感じる表現に、優しさと知恵深さを感じさせられる。中国のこのたくらみの多彩ぶりには驚くというより呆れ果ててしまう。
一方、専門的な解説の合間に、アメリカの有名紳士服ブランドにまつわる余談が挿入されるなど、読む者を飽きさせない。また、戦時中における日本の民間商船の哀しい歴史についても目配りがなされている。「中国軍の南進を看過し、結果的に南シナ海の緊張を高め」、皮肉にも中国の存在感を巨大化させた、〝バラク・オバマの罪〟も忘れずに触れられている。また、「大好きな新幹線での途中下車を封印してきた」との書き出しで始まる「あとがき」の苦労談もぐっと読ませる。誘い込まれた「海洋史の迷路」を抜け出すことが難しくなったとの表現に、臨場感が漂う。この人の「寄り道」の味わいを、エッセイで読みたいとの思いが募ってくる。
【他生のご縁 国会の委員会で参考人に】
国会の委員会で参考人をお呼びする際に、尊敬する専門家をノミネートし、最終的にその方に落ち着くことは滅多にありません。冒頭に書いたように、竹田さんを私が指名し、見事に目的を果たせたのは幸運でした。そのおかげで、今なお親しくさせて頂いています。
2011年当時は未だ中国の習近平政権誕生の前夜でした。この10年で彼の「一帯一路」構想も大きく張り巡らされ、陸にも海にも中国の「新手」が幅を利かせています。改めて竹田さんと初めてお会いした頃は、まだ中国は猫を被っていたかのような側面があったのかと思わせます。
函館の美しさについて竹田さんは、日帰りだったので、夜景は見られなかったが、昼も絶景だった、と触れておられます。実は私は幾度かかの地に行って宿泊もしたのですが、有名な函館山からの夜景も昼景も見ていません。よほど日頃の行いが悪いのでしょうか。