Monthly Archives: 6月 2021

公衆衛生の仕組みを最初に作った長与専斎ー小島正貴、山本太郎『長崎とコロナウイルス』を読む(上)/6-14

長与専斎と聞いて、どんな人物かわかる人はあまりいないはず。長与とくれば白樺派の作家・長与善郎なら知ってるが、という人は少しはいるかも。専斎がその親父さん(善郎はその5男で末っ子)とは知らなかった。近代日本における公衆衛生の確立に携わった官僚だ。あの「適塾」の福沢諭吉の後任の塾頭であり、かの台湾総督民政長官として活躍した後藤新平を育てた先輩だと言った方が分かりやすいかもしれない。要するにご本人はあまり世に知られていない。だが、コロナ禍の中で注目すべき先達だとして、今大いに宣揚している人がいる。小島和貴桃山学院大学教授である▲コロナ禍と長与専斎と小島和貴ー三題噺のようだ。実は慶應義塾出身の小島さんと私は以前からお付き合いがあった。新進気鋭の行政学者だったこの人、2年前にこの長与専斎の研究で法学博士となられた。その時の論文がついこのほど『長与専斎と内務省の衛生行政』なる著作として刊行された。本の性格上、正直少々読みづらい。まずは手引きにと、小島和貴、山本太郎・講演集『長崎とコロナウイルス』の方が手っ取り早い、と読んでみた。「コロナウイルスと長与専斎の先見」とのタイトルで、明治期に官民連携の仕組みを作り、コレラなど伝染病対応に取り組んだ業績が語られている。いささか出版社の企画先行のきらいなきにしもあらずだが、医学先進県・長崎の心意気とみたい▲専斎は、①岩倉遣外使節団に随行し、西欧の医学教育制度を学んだ②「保健所」や「専門家会議」など今に先駆ける基本的枠組みを作った③「大日本私立衛生会」という官僚と住民代表の仕組みを創設した④コレラの予防のために上下水道を整備したーなどの業績は数多い。しかし、❶代表的な著作がない❷記念碑的業績がない❸地味な人物であったーなどから世にあまり知られていない。福沢諭吉と水魚の交わり的関係を保ち、後藤新平や北里柴三郎らスーパースターを育てたというのに。著者の惜しむ思いがひしひしと伝わってくる▲コロナ禍における日本の対応が諸外国に比して、後塵を拝しているかに見えるのは何故か。長与専斎の作った仕組みの原点に立ち返って、「公衆衛生」の基本に立ち向かうしかなかろう。専斎のなし得た仕事の上に胡座をかいていただけで、〝非常時想定力〟が乏しい私を含む全ての政治家の責任が問われる。それにしても、長崎という地は不思議なところだ。近代日本の魁となる偉人を数多く生み出していながら(「長崎偉人伝」なるシリーズ出版あり)、自然災害に弱く、交通事情が未だにお粗末。「あとがき」で、豪雨災害のため現地入り(2020-7-7)を拒まれた〝講演者の悲劇〟を知った。憧れの地・長崎を指呼の間にしながら近づけなかった、小島さんの切なさが迫ってくる。彼は福岡のホテルでzoom録画をし、メール送付での映像を会場で流すという離れ業を思いつく。非常時の身の処し方として学ぶべきことは多い。(2021-6-14 ※山本太郎教授の講演は次号で)

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遅れてくるもう一人の巨人ー鹿島茂『渋沢栄一上 算盤編』を読む/6-6

NHK大河ドラマ『晴天を衝け』を毎週楽しみにしている人は多いはず。渋沢栄一と徳川慶喜を並行して描く手法に嵌ってしまった。かつて渋沢栄一の『論語と算盤』を読んだが、その生涯についてはあまり知らずに来た。幕末から明治にかけての歴史探訪にちょうどいい、とばかりに本屋に出かけ、渋沢関連の本を探した。そこで目にして読むことにしたのが鹿島茂『渋沢栄一』算盤編と論語編の上下2冊だ。かねて私がファンを自認する著者のものとあって実に面白く読める。現在は上巻を読み終えただけだが、こんなに惹きつけられる評伝は初めてだ。テレビとの併読をお勧めしたい▲慶喜は明治人として長生きした(76歳で大正2年まで)ことで知られるが、渋沢は昭和6年91歳まで活躍したというからもの凄い。農家出身の渋沢が武士になり、日本一の、いや世界一と言ってもいい実業家になっていったきっかけは、悪代官の横暴な振る舞いへの怒りである。「理不尽を理不尽と叫ぶ精神は明らかに(当時は)ルール違反」で、「時代の拘束に捉われない感性を持った『新人類』」だとの鹿島の渋沢認識は、この評伝の基底部を形成しており、後々幾たびか繰り返される▲渋沢が大を為すに至る大きな機縁はもう一つ。フランスへの旅。13回から27回までの記述は、ある意味で渋沢の青春記であり、これだけを独立して取り上げても十分読み応えがある。ただし、サン・シモン主義者のくだり5回分ほどは正直あまり面白くない。危うく投げ出しそうになった。ここを乗り越えれば、また興味深い読みものの連続だ。パリ万博での薩摩と幕府の鍔迫り合いは、英仏代理戦争の様相で息を呑む。これはまた日本国家の青春記とも言え、甘酸っぱい気分に誘われる▲私は先年神戸で、女性起業家の西山志保里さんのご紹介で渋沢の玄孫・健氏に出会った。爽やかな佇まいのシティボーイ風の士(さむらい)で、時々ネット上に届けられる「シブサワ・レター」に目を据える。福澤諭吉の慶應義塾で学んだ私はその昔、その孫にあたる福澤進太郎教授からフランス語を齧った。文字通り遅れて1万円札に姿を現わすもう一人の巨人・渋沢栄一。その玄孫である人に、極めて新鮮な衝撃を受けている。大河ドラマの進展もさることながら、その彼のひい爺様の算盤編を読み終え、次なる論語編へと期待は高まる。(2021-6-6 一部修正)

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