◆元祖「維新」のリーダーは今?
大前研一という名前を聞いて何を感じるか。一般的には、強い憧れと少々の反発の二つに分かれるように思われる。1990年代前半に、この人が「平成維新の会」なる政治団体を率いて一世風靡した頃を覚えている人は年配者には多いはず。あれから30年ほどが経ち、「あの人は今?」と去就を問う人もまた少なくなかろう。「維新」を名乗る政党が今政局の動向を左右する機運は否定できない。それをどう見ているのか。〝元祖維新〟のリーダーに聞いてみたい気がする。
私はこの人と随分付き合った時期があり、疎遠になった今も畏敬の念は消えない。ここではそれに触れないが、「安倍・菅」政権の時代が過ぎ去り、コロナ禍の3年にも一応の見通しが立ちかけた今、この人の今の主張(「令和維新」)に耳を傾けてみたいと思うに至った。最近の著書から『新・仕事力』を選んで読んでみた。ビジネス・ブレイクスルー(BBT)の会長、学長として、日本の将来を担う人材育成に渾身の力を注いでおられる姿が彷彿としてくる。一方で、安倍政権批判(出版は2020年)の矛先は留まるところを知らぬほど。否が応でも「大前研一健在」を思い知った。
憧憬と反発と──この人について回る毀誉褒貶は、ご本人の強烈な個性によるところが大きい。そのよって来たる所以は、〝脱日本人的思考〟にあるように私には思える。この本にも早稲田大理工学部と東京工大修士課程では誰にも負けないと思っていたが、MITの博士課程に留学して欧米出身者が優秀なので驚いたとの記述があり、その後経営コンサルタント会社の「マッキンゼー」でいかに鍛えられたかを誇られている。
◆大前流提言と現実の落差
かつては、「働かざるもの食うべからず」で、がむしゃらに働かせ、また働いてきた日本人も今はむかし。日本的経営と働き方ののんびりさ加減は、天下内外に知れ渡っているものの、中々直らない。この本でのテーマ「働き方改革」については、随分前から警鐘を鳴らしてきた大前さんだが、政府は聞く耳を持たなかった。改めて大前流提言と日本の現実との落差の原因を考えてみる。答えは、大前氏の議論の進め方が合意の余地がないほどの厳しさがあり、長年の惰性を改めて方向転換することは至難だという点であろうか。
例えば、①同一労働同一賃金②生産性革命③正規社員化の推進④残業上限60時間⑤外国人労働者制限⑥教育無償化・給付型奨学金の推進という政策について、「矛盾だらけ」とバッサリ切り捨てる。しかも「アベノミクス『自体』失敗のオンパレード」で、首相の主張は「すべて詭弁、捏造である」とし、「皆が等しく貧乏になっていく」現実が進行している、と。こうくると、「給与・資産が日本の一人負け状態」、「的外れの働き方改革関連法」などといった現実を認識している向きも、素直に議論が出来なくなろう。
新型コロナ禍で在宅勤務やテレワークが拡大し、常態となりつつある今日、大前氏のかねてからの〝現場認識〟が正論と思えても、ついていけないとの隔絶感が否定できないと思われる。とりわけ、政治家を含む公務員の働き方改革を強調する大前氏の舌鋒はするど過ぎる。アナログな行政システムの墨守ではなく、新たな国民データベースを優秀な高校生に作って貰う方が早い、とまで仰るのだから。
一方、国全体でなく、大前氏の個人に対する働き方改革の呼びかけは、受け入れられやすそうに思われる。一言で言うと、自分の「メンタルブロックを外せ」に尽きるからだ。「自分の中の〝壁〟を壊しながら、『脳の筋トレ』を繰り返していけば、どれほど困難な問題に相対しても、また何歳になろうとも、的確な解決策を導き出せる」といわれる。さてこう聞いて、私のような定年後世代は尻込みするか、どうか。「ヒト、モノ、カネ」の時代から「ヒト、ヒト、ヒト」と、ひたすら人間力が問われる時代という転機に直面して、つべこべ言ってるわけにはいかない。読み終えて、かつて「平成維新塾」作りに失敗した大前さんが今取り組む、BBT 大学の卒業生の姿がリアルに見えてこないことが気になってくるのだが。
【他生のご縁 マレーシア、シンガポール、豪州への旅を一緒に】
大前研一さんとは一緒にマレーシア、シンガポール、そして豪州に旅をしました。市川雄一公明党書記長とのご縁がきっかけです。議員会館で「大前経済塾」を幾度か開いた後、自公の国会議員4人で向かったのです。マレーシアではマハティール首相と懇談し、その熟練度の高いAI駆使の様子を見させて貰いました。
大前さんについては私の失敗談があります。姫路での政経懇談会のゲストスピーカーを依頼して引き受けていただいたまではよかったのですが、開催少し前に40分の持ち時間を20分にと言ったためドタキャンの憂き目にあってしまいました。急遽、福田康夫官房長官(当時)に代打をお願いして、事なきを得たのですが、お二人共にご迷惑をかけてしまいました。先年、姫路での樫本大進さんのバイオリン演奏が呼び物の「ル・ポン国際音楽祭」に行きましたところ、お隣の席に大前夫人が座られたのは驚きました。