11月に行われる米大統領選挙に向けた共和党の予備選挙で、ドナルド・トランプ前大統領が連戦連勝を続けている。本選挙で民主党のジョー・バイデン大統領との再対決の公算が高まってきているとの報道が専らである。トランプ氏といえば、2021年1月6日に起きたアメリカ連邦議会襲撃事件に深く関わっていることを思い出す。前年の大統領選において「選挙不正」があったと訴えるトランプ氏に共鳴した支持者たちが、バイデン大統領の就任を阻止せんと暴挙に出たものだった。この行為の背景に、事件の首謀者たちが「Qアノン」と呼ばれる陰謀論を妄信していたこともまた既に多くのメデイアが報じている通りである◆この動きと呼応するかのように、日本にあってもトランプ氏絡みの陰謀論的な主張を支持する人びとは少なからずいる。また、新型コロナ禍の中にあって、ワクチン接種をめぐっての陰謀論も散見されたことは記憶に新しい。かねてから気になっていたこの問題について、標題の本を読むに至ったのは去年1月に民法テレビで思想家で著名な先崎彰容氏(日大教授)との対談(「陰謀論の正体と危険度」)を観たからだが、「今なぜ陰謀論か」「どう対応すべきか」を考える上で、とても大事な本であることを認識した。この本の特徴は、日本の陰謀論の実態の実証的研究の上に立って、陰謀論が受容されていくメカニズムを解説していることである。個人の政治観やメデイア利用との関連を追う一方で、どう対抗措置をとることが「民主主義の病」を予防できるかまでを丁寧に説いていることが注目される◆陰謀論をめぐって、この本では、幾つかの注意すべき発信源を挙げた上で、「私たちが最も気をつけるべき存在は、もっと公的な存在、すなわち政治家や政党ではないだろうか」と、警告している。そして、具体例として、ノンフィクションライターの石戸諭氏が「中国の軍事研究『千人計画』に日本学術会議が積極的に関わっている」とした陰謀論を取り上げて、その拡散に、「自民党元幹事長の甘利明が大きく関わっていたこと」を指摘している。これは後に、日本学術会議の関与について明確な根拠はなかったことが判明した。だが、甘利氏は「日本学術会議と中国千人計画は『裏でつながっている』とする主張をした」。その結果、「反中国的態度を持つ右派的な支持者たちを中心に広く拡散される事態となった」という。このくだりは全体的に抑制したトーンの中で、際立つケースだと見られよう◆大統領自らが陰謀論の先頭に立つかの如き動きをし、「分断」の音頭取りと見られる行為を率先してやっている米国の場合と違って、日本は未だそこまではいっていない。だが、土壌は深く広く耕されつつあるかに思われる。とりわけ、「ディープ・ステート(deep state)と呼ばれる闇の秘密結社の暗躍がすべての『元凶』であると指摘する」人びとは増えつつあるように思える。この主張の日本代表は、元ウクライナ大使だった作家、評論家の馬淵睦夫氏である。この人は、4年前のバイデンの当選は不正選挙だと断言するなど、トランプ支持を広言して憚らない。ウクライナ戦争も、ロシア対ディープステートの戦いだとし、ロシア革命から、共産中国の誕生を経て、朝鮮戦争からベトナム戦争や、米大統領不正選挙からウクライナ戦争まで一貫しているとの立場だ。私の友人にも彼の本を愛読し、ユーチューブを見逃さず、断じて陰謀論ではないと固執する人がいる。また昨年末、彼の講演会が姫路で開かれ、日本の現状を憂える多くの人々が集まったとも聞く。著者は、終章の末尾で「『何事もほどほどに』という教訓について触れた。それに加えて、『自分の中の正しさを過剰に求めすぎない』という姿勢こそが、今の社会に求められているように感じられてならない」と結んでいる。同感する。(2024-2-26)