『プロメテウスの罠』に嵌った朝日新聞を救うものー西村陽一(50)

 朝日新聞の大失態を前に思うことは少なくない。真っ先に思うことは、一人ひとりの記者は圧倒的に優秀なのに、社全体となると、かなりの疑問符がついてしまうことだ。で、今回のことで同社のエースが表面に躍り出てきたことは面白い。新たな編集担当の責任者、つまりは編集総局長に西村陽一氏がなったことである。前任の杉浦信之氏は経済部長経験者だったが、彼は政治部長経験者。タブロイド判の「グローブ」編集長をやった後、ついこの間まではデジタル事業本部長だった。ロシア・モスクワ支局を経たのち、アメリカ総局長を務めるなど国際政治に明るいことで知られる。それよりもなによりも彼は公明党番記者だった。だから彼とは様々な場面で交歓のひとときを持った仲なのである▼彼が処女作『プロメテウスの墓場』を書いてからかれこれ15年が経とうか。ソ連崩壊直後のモスクワに約4年駐在していた間に、かの国の各地を回った経験をもとに、リアルなドキュメントタッチでロシアにおける核廃棄物の危険性を鮮やかに描いて見せた。「真冬の北極圏は、太陽に見放される。12月、うっすらと明るくなるのは、午前11時過ぎから午後2時頃までの3時間くらいしかない。漆黒の闇に包まれる夕刻ともなれば、凍てついた道の上を最大で秒速三十メートルの寒風に乗って吹雪が走る。ところどころにたつ街灯の鈍い 光に照らされた 雪は、まるで蛾の乱舞のようだ」ーこの書き出しは、ロシア北極圏のムルマンスク州にある町ボリャルヌイの描写だが、思わず引き込まれていく。彼の大先輩であるジャーナリストの船橋洋一氏(元朝日新聞主筆)と一緒に、私の仕事上のボス市川雄一氏(元公明党書記長)と4人で歓談したのがその本の出版直前の頃だった。ゲラを見せてもらいながら、あれこれ意見を交わしたことが懐かしく思い起こされる。この本については私の『忙中本あり』の1999年3月5日号に、「太平洋を越えた読書交歓」との見出しで取り上げている。彼が太平洋やヨーロッパ、ユーラシア大陸をそれこそ股にかけて飛び回っている時のこと。それと知らずに国際電話をして「今何を読んでいるの」と聞き、その後お互いに語り合ったものだ▼彼が編集の最高責任者として登場するきっかけが文字通り、原子力発電所をめぐる事故の報道ということであるのは、「プロメテウスの因縁」めいていて興味深い。プロメテウスとは,ギリシア神話の中に登場する、天上の火を盗み人間に与えてしまった「英雄」を意味する。実は朝日新聞は連載『プロメテウスの罠』で一定の評価を得たとの思いが強かった様子が随所で観られた。これは、その後、「明かされなかった福島原発事故の真実」というサブタイトルを付けて単行本になっている。私は拾い読みしかしていないが、今回の失態が影を落としていないかどうか改めて検証する思いで読んでみたいものである▼2年前に私が現役引退をした際に、西村氏は送別の宴を仲間の記者2人(男性と女性)と共にやってくれた。この二人も滅法優秀な人材で、紛れもなく朝日新聞を代表する看板記者であり、私はこよなく親しみを感じている。彼らが自らの所属する共同体の根源的な危機にどう立ち向かうか、心底からの関心を持って見守りたい。かつての西村氏は、賢すぎて凡なるものの存在が見えないのではないかと、周りを危惧させるものがあったようだ。だが、あれからひと昔もふた昔もときは流れている。彼は昔の彼ならず、で着実に成長しているに違いない。ひとり「朝日」の為ならず、汚された日本の名誉のためにも頑張って欲しい。(2014・9・19)

※他生のご縁 番記者をきっかけに交遊深める

【時は更に流れました。その後彼は経営陣の一角を占め、代表取締役常務となって、先ほど完全にリタイアしました。私と付き合い始めた頃は、間違いなく彼は先輩・船橋洋一氏の後を継いで、日本を代表する物書きになるものと思っていたものですが、意外にも違った道を進んでいったようです。

 尤も、今年の年賀状に「国内と海外の大学に対するオンラインの講義を始めました」とありました。これから次の更なる飛躍に向けて満を持しているのかもしれません。時代の転機にあって、彼のような国際経験豊富な人材にはもっともっと活躍していって欲しいと思います。】

 

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