【29】印象深い悲観的結論ーロジェ・カイヨワ『戦争論』を読む/4-10

 ロジェ・カイヨワの『戦争論』を手にしたのは、私が議員になってしばらくの頃。もう随分前のことになる。それを改めて読む(正確には、見る)気になったのは、NHK『100分de名著』の放映がきっかけだ。3年前のものがこの4日に再放映された。もちろん、「ウクライナ」を機に、「戦争」を考えようという人のために、企画されたに違いない。2019年の時点では、もちろん今回のような事態は想像すらされていない。改めて「戦争」を考えるうえで、種々刺激になった。で、戦争の悲劇を起こさぬためにはどうすればいいか。カイヨワの結論は、「人間の教育から始めることが必要である」としたうえで、「とはいうものの、このような遅々とした歩みにより、あの急速に進んでゆく絶対戦争を追い越さねばならぬのかと思うと、わたしは恐怖から抜け出すことができない」という極めて悲観的なものであった◆「プーチンの戦争」と呼ばれる今回の「戦争」を巡って考えることを三つあげたい。一つは、「対テロ戦争」はあっても、もうないだろうと思われた〝国家間戦争〟の再来であることだ。20世紀末にはNATO諸国や、米国を中心とする有志国が懲罰の意を込めて、他国を攻撃することはあった。だが、国連の常任理事国が白昼堂々と、宣戦布告もなしに一国だけの決断で隣国を侵略するということは記憶にない。この当事者の2カ国はルーツを辿れば、かつてはソ連邦を形成していた兄弟国だけに、〝変形した内戦〟と言えるかもしれない。日本で言えば遠い昔の鹿児島藩の琉球攻撃のようなものを連想する。時代の逆行も甚だしい◆二つ目は対決する政治体制の枠組みである。現在刻々と伝えられる情報によれば、国連(国際連合)の場でロシアを非難する声は、西側欧米諸国およびその傘下の国々においては強まる一方だ。かつて、日本が1935年(昭和10年)に国際連盟を脱退し、松岡洋右外相が議場を退出した時のことが頭をよぎる。勿論時代状況は大きく違うが、その後第二次世界大戦へと繋がっていったため、凶暴性を持つ国家を追い込むことついては不吉な予感が漂う。その後ドイツ、イタリアなど全体主義国家の連携が形成されていったが、いままた、中国、北朝鮮など専制主義国家がロシアに共鳴する方向を鮮明にしようとしている。この30年ほどポスト冷戦の時代と呼ばれる中で、ロシアも中国も共産主義から社会主義、そして擬似資本主義国家の様相を強めてきていたが、それと反比例するかのように、非民主主義的傾向を強めてきているのだ◆三つ目は戦争突入の口実について。プーチンのロシアが今回の軍事行動に踏み切った理由は、NATOによる攻勢でかつての宗主国の地位が脅かされていることへの反発であり、東部の親ロシア地域でジェノサイドが発生しているとのフェイク情報が口実とされていることだ。これは、21世紀初頭の米英を中心とする有志国のイラク戦争の際のいいわけに似ている。あの時はイラクの大量破壊兵器保持と北部クルド人居住地域での大量虐殺が大義名分に使われた。内実は似て非なるものとはいえ、無辜の民が犠牲になったことは同じである。当時と今と、戦争を起こした側の米欧とロシアが使った言いぶりの類似性に大差はないのに、国際世論の差異は大きい。かつてイラク戦争の際の日本で、今回ほど被害民衆を慮る動きはなかった。『戦争論』の結論から極論すれば「プーチンへの教育」がなされないと、〝恐怖の事態〟は続く。何ともやりきれない思いだ。(2022-4-10)

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【28】非凡な人を襲った「非常」ー森本穫『川端康成の運命のひと伊藤初代』を読む/4-4

  川端康成に一連の「初恋小説群」があることはついぞ知らなかった。そんな私が『川端康成の運命のひと 伊藤初代』なる本を手にした。かねて尊敬する文学博士の森本穫さん(川端康成学会特任理事、元賢明女子学院短期大学教授)から頂いたのである。石川九楊の装幀による、ただならざる佇まい(表紙は康成と初代のツーショット)に魅かれて頁を繰っていった。序章「九十三年前の手紙」の書き出し「忘れられない出来事だった」から、七年前のNHK の「ニュースウオッチ9」へ。いきなり引き摺り込まれた。そこからは文字通り、巻を措く能わず。推理小説を読むように。実は森本さんは「松本清張」にも造詣深く『松本清張ー歴史小説のたのしみ』なる著作があり、以前にここで取り上げた。「推理」でなく「歴史」のたのしみを追ったところに、より深い「清張理解」が感じ取れたものだ◆康成は、一高生のとき、東京本郷のカフェ・エランで女給をしていた初代に出会う。寮が同室だった仲間3人と一緒に。21歳と14歳だった。初代は15歳の晩秋に岐阜のお寺に養女として預けられた。愛が芽生えて直ぐに離れ離れに。手紙のやりとりをするなかで当然ながら愛は育ち、1年後には結婚の約束までするに至る。ところがほどなくして突然初代の方から断りの手紙が届いた。その手紙には「(私には)非常が有る」、「非常を話すくらいなら死(ん)だほうがどんなに幸福でせう」との衝撃的な言葉が。「非常」の意味を探るべく謎解きのように舞台は進む。川端文学研究者の間では、初代の心変わりは何故かをめぐって、諸論入り混じるも、 長く曖昧なまま放置されてきた。この「非常事件」の真相を明らかにすることに、森本さんは執念を燃やしてきたのだが、ついにこの本で解明に至る。驚くべき結末には暗澹たる思いを持つ一方、さもありなんとの妙な合点もいだく。推理小説の赴き大なるこの本ゆえ、あえて「タネ明かし」はしない。ぜひ、興味を持たれる向きは、この本をお勧めしたい◆康成といえば『雪国』と並んで『伊豆の踊り子』。20歳の10月末から11月7日まで伊豆へ一人旅をし、踊り子と親しくなった、と巻末の康成と初代の詳細な年譜にある。初代との出会いのほんの少し前。かの「踊り子」のイメージとダブったのかどうか。多くの日本人の初恋の原風景。それぞれの意識の奥底に共有されているかもしれない。ここで改めて文学研究者なる種族の〝非常なる習性〟に関心を持たざるを得ない。森本さんはあとがきで、冒頭に述べたメデイアに公開された未投函書簡から、「大正10年(1921年)秋の岐阜を舞台にした初恋の頂点ともいうべき日々の息づかいが聴こえてくる」と記す。これらを一読して謎の解明を直感した同氏は、ことの真相を明らかにすると共に、「川端康成の青春、生涯に決定的な影響を及ぼした女性・伊藤初代の生涯と人となりを描く」ことに情熱を傾け続けた。伊藤初代の遺族に会うことを始めとしてその足跡を次々と、あたかも名探偵のように辿っていくのだ◆読み進めつつ幾たびか疑問が浮かんだ。美にまつわる類稀な表現を残した作家が愛した女性。だがその人は康成との破談ののち、ひとたび結婚し子どもをひとり授かり、その夫が病死したあと再婚し男女7人もの子をもうけている。運命のひとと呼ぶのは‥‥。非凡な作家と文学研究者の〝美意識への追及〟に、平凡な男による謎解きが読後に始まった。前者への解は、ドナルド・キーンの『日本文学史』近代・現代編第4巻の中に見出す。キーンは、「生涯を通じて処女に、神聖な女性に、魅せられていた」と、康成の求めた「美の真髄」について紹介している。その中に、康成は「最初の恋愛体験、すなわち、彼を裏切った女性に求めて」おり、「現実生活の失恋の痛手が小説中の女性に影を落とし」たとの、ある評者の見立てがあった。三島由紀夫始め数多ある評の中で最も馴染みやすい。一方後者への解は、『川端康成初恋小説集』の巻末にある川端香男里(ロシア文学者)の解説に発見した。そこでは、川端文学における2系列の分裂(成功した作品群と苦渋に満ちた作品群の相克)の背景を述べたうえで、「事実性の尊重という骨格は決して消え去ることなく、陰に陽に作品を支える構造になっている」と結論づけられている。康成の心を捉えた初代という存在を追い続けた森本さんの思いには、分裂したかに見える川端文学の総体を掴みたいとの「非凡」さがあったはず。平凡な読者はただただ感嘆せざるを得ない。(2022-4-4)

【淳心学院高(一期生)から早大に学ばれた三つ歳上の森本穫さんとは共通の友人も少なくありません。人生後半になって知己を得たのが悔やまれますが、遅ればせながらその膨大な知的所産を吸収中です。改めてそのお人柄に感銘し、弟子の作家・諸井学さんを交えて、時々の出会いを楽しんでいます。ー2022-4-27】

 

 

 

 

 

 

 

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【27】どこまで続く「理想」と「現実」のせめぎ合いー太田、兼原、高見澤、番匠『核兵器を本音で話そう』を読む/3-28

 原爆投下後77年。これまで核兵器をめぐる〝本格的な議論〟は日本ではなされてこなかった。つまり核廃絶と核抑止の双方を冷静に一つのテーブルの上で論じることはなかったということである。世界で唯一の被爆国として、核廃絶は当然のことであって、核抑止などという考え方そのものが間違いだとの立場が隠然とした力を持ってきた。いわば、建前が本音を押し隠す風景が常態だったのである。しかし、この本での軍事・外交の専門家4人の座談会は、核兵器をタブー視せず本音ベースで語り合った、一般人にとっては珍しい本である。時あたかも、ウクライナ侵略におけるロシアによる核使用が現実味を増す中での出版。緊張感が漂う只中、核兵器をめぐる広範囲な角度からの問題提起がなされており、実に読み応えあり興味深い内容である◆私は核廃絶の立場から、核抑止の議論にどう対抗するかの観点に拘ってきた。この座談会では率直に言って、1対3。核廃絶に基盤を置く論者は太田昌克氏(共同通信編集委員)だけ。あとはいずれもそれは「理想」であり、国際政治の現場では意味をなさないとのスタンスに立つ。あたかも3人の老獪な大人にきまじめな青年が虐め、諭されている赴きなきにしもあらず。現状は百もわかった上で、「理想」にこだわり、「現実」をどう変えていくかの議論を組み立てていくことに関心を持ちたい。この本は様々な受け止め方があろうが、私は太田氏の主張に与する立場から、従来からの核のタブーを乗り越える議論をどう組み立てるかに関心を寄せた。この本の本来の趣旨と反対側から考えよう、と。読み終えて改めてスタートに立ったとの思いが強い◆最大の読みどころは、以下のくだり。核抑止派の兼原氏の「お互いに怖いから撃たない」ための議論が大事で、「戦いを始めないために、万全の準備をする」のであり、「構えていないから戦争が始まってしまう」という論理に対して、核廃絶派の太田氏が「そういう局面に持っていかないような他の努力、外交戦略があってしかるべきではないか。なぜそこまで究極のシナリオを考えて、そこへ突き進んでしまうのか」とのやりとりである。それに対して、兼原氏が「それは逆だと思います。最悪の究極シナリオを考えて、その地獄が見えるから、小競り合いの段階からやめようというのが核抑止の議論」だと押し返し、太田氏が「そこはそうかもしれませんが‥‥」とつぶやいて、終わっている。この情景は、恐らくこの場面での登場人物の「歳の差」と「多勢に無勢」がなせるわざだろう。背景に浮かぶのは、昔ながらの「恐怖の均衡」論と、「平和の外交」論という、現実派と理想派の対立である◆「恐怖の均衡」があったればこそ、キューバ危機を頂点とする「米ソ核対決」は本当の地獄を見ずに済んだのかもしれない。だが、その後の世界はまた違った風景を生み出すに至っている。今回のプーチンの核恫喝は「強者の狂乱」かもしれないし、北朝鮮による「弱者の恐喝」は、いつ何時、新たな地獄を起こすやもしれない。つまり、兼原氏のいうような地獄の局面を見る見ないに関わらず、各地域の首謀者の想定外の行為は起こりうる。それをどう防ぐのか。「恐怖の均衡」は〝ワルの火遊び〟に加わることだとの危惧は拭いかねないのだ。尤も、従来通りの「もっと平和外交を」の声も、〝善人の空騒ぎ〟に終わるかもしれない。結局は、この本での唯一の合意点とされる「国民の目に見える形で現実的な議論を戦わせることの必要性」に落ち着く。ああ、それにもう一つ。兼原氏が繰り返す「政治家の資質の向上」も見落とされてはならないのだろう。(2022-3-28)

 

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【26】こんな政治に誰がしたー御厨貴、内田樹他『自民党 失敗の本質』を読む/3-20

自民党の失敗とは何か。8人の論者が次々とその非を打ち鳴らす。昔の自民党はもっとまともだったのに、全く違う政党になってしまったかのようだ、と。昔のこの党を否定し、まともな党にしようと、政権の内側からの改革に取り組んできたはずの公明党。その一員である私にとって、読むのが辛くなった。自民党の今日の姿に、公明党の責任はないのか。失敗を言い募る人たちに失敗はないのか。次々と異なった疑問が湧いてきた。歌の文句じゃないけれど、こんな党に誰がした?ー読まずともわかるなんて言わないで、読んで見てください。以下、ほんのさわりを気がつくままに◆8人のうち、自民党代議士が石破茂、村上誠一郎両氏、そして現在は立憲民主党の小沢一郎氏。石破氏は「言語空間」の機能不全が脆弱化の因だとする。彼は自民党を出て、私と同じ新進党に所属していた。復党して幹事長にもなり、幾たびか総裁選にも出た。その都度励ましたものだ。村上氏も自由闊達な議論がなくなりつつあると嘆く。自民党内クリーン派閥の三木・河本派に所属した。この人には〝一匹狼〟でなく、多数派工作をして仲間を募って総裁の座を狙えとけしかけた。小沢氏は信念を語る政治家が消えた、と。かつて私の記者、政治家としての仕事上の大先輩・市川雄一氏と共に、様々な場面でご一緒した。自民党をぶっ壊すと言った首相と共に、自民党を今のようにした張本人は実はこの人かもしれないと、私は思ってきた◆学者が2人。政治学者の御厨貴氏と思想家の内田樹氏である。共に現役時代に一度だけだがじっくり話したことがある。前者とは、放送大学で「権力の館」という講座を受講した。戦前戦後の政治家達の住まいからその人物像を炙り出す狙いのもので、面白かった。後者とは、合気道を学び損ね、挫折した私が座学での教えを乞うたものだ。「今からでも遅くない。もう一度挑戦されたら」とけしかけられた。御厨氏は「安倍さんが再選された時から時計の針は止まっています」という。愕然とする表現だ。内田氏も安倍再選後の9年で、「株式会社化した自民党」にはイエスマンしかいなくなった、と強烈だ。御厨氏は「共産党は勉強しています」し、「(共産党は)常に党内で学びを共有しています」と強調している。そういえば先の講座で、同党本部内の図書館風の場所を見た際の衝撃を思い出した。内田氏の「立憲民主党はふらふらしてどうも信用しきれないと批判する人がいますけれど、立憲民主党は『ふらふらする政党』なんですよ。それが持ち味なんだから」の発言には笑えた。学者らしい持ち味の言いぶりに妙に納得する◆笑えないのが、この本に一切公明党の話が出てこないことである。どこに出てくるか期待しながら読み進めた(他には元官僚2人と新聞記者)が、最後まで遂に出てこなかった。寂しいことこの上ない。維新、国民民主党もちょっぴり登場するし、令和新選組の代表さえも。平成の30年を総括する一連の試みに、私が見た限り、全く公明党がスルーされている。これに大いに異議を唱えている私としては、見過ごせない。自民党がこんな体たらくになって、連立パートナーの公明党は喜ぶべきか。悲しむべきか。私は「55年体制」打破に青春をかけ、一転政治家になった中年以降には「自民党を変えること」に執念を燃やした。複雑な思いだ。この本を読み終えていま、「自民党の失敗」でなく、「日本の政治の失敗」ではないのか、と疑問は広がる。ただただ、暗然とするしかない。(2022-3-20)

 

 

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【25】全てがすっ飛んでしまったー北海道新聞社編『消えた四島返還ー安倍政権日ロ交渉2800日を追う』を読む/3-9

 今からほぼ3週間前の2月16日のこと。北海道新聞の斎川誠太郎東京編集局長が神戸にやってきた。私にインタビュー取材をするためである。20年ほど前に公明党番記者をしていた彼とは親しい仲だった。そのこともあり、依頼に二つ返事でオッケーしたのは2月の初めだった。読売新聞に私の著書のことが報道された直後。電話の向こうの彼は「読売さんに先を越された」とちょっぴり残念そうに呟いていた。取材を受ける前に彼が鞄からおもむろに取り出したのが一冊の本。ブルーの色鮮やかな表紙に、プーチンロシア大統領と安倍元首相が向き合った写真の背景はイエロー地の帯(まるでウクライナの国旗カラーのよう)。『消えた四島返還ー安倍政権 日ロ交渉2800日を追う』だった。「我が社あげてまとめた力作です。よく書けてると評判ですから、ぜひ読んでみて」と手渡された◆その後10日も経たぬうちに、ロシアがウクライナを侵略。世界の情勢は一変した。この本を見る目も変わった。当初は、「すれ違う日ロの世界観、官邸主導外交の功罪、米中対立ー。綿密な取材に基づいて本書が描き出す背景は複雑である。元島民の思いに強く寄り添っているのも本書の大きな特徴として挙げられよう」との今売れっ子の小泉悠・東大先端科学技術研特任助教のコメントに注目しながらも、そのうち読むかと、投げ出していた。しかし、まさに現代のヒトラーさながら殺人鬼と化したプーチン大統領と、27回も会いながら、何らの結果も出せず総理の座を投げ出した安倍晋三氏の交渉の日々に俄然興味が湧いてきた。プーチンと一体何をやりとりしてきたのか。表紙の「四島返還」のうえに小さく乗っかった「消えた」の文字が一段と興味深く見えてきたのである。一気に読み進めた◆従来の日本政府のスタンスを安倍首相及びその周辺は勝手に変え、「2島返還プラスアルファ」という道に突き進んだ。北海道に本拠を置き一貫して追いかけてきた地元紙らしくその一部始終を見事なまでに描く。一つ、この本の私風のマスターの仕方とでもいうべきものを披露してみたい。まず第一章「『一気に返還へ』外れた目算」を読み、次に第9章「日ロ、見えぬ針路」に一気に飛び、エピローグへと進む。その間に挟まれた新旧2人のモスクワ支局長のコラムに見入る。そうすると、全体の構成が明瞭になる。後の第2章から第8章は今日までの交渉史として貴重なものだが、あえて極言すると、枝葉であるかもしれない。安倍周辺の動きや発言はスルーして、プーチンやラブロフ外相の発言部分のみを追って見る。すると極めてわかりやすい。プーチンの人となりが白日の下に晒された今となっては、元々一ミリたりとも領土を手放すつもりはなかった。そんな気がするからだ◆実は、私は公明新聞記者として1960年代半ばから、北方領土問題に関心を持って自分なりに追ってきた。その所産をこのほど出版した『77年の興亡ー価値観の対立を追って』の第2章第7節「『北方領土』解決への回り道」にまとめている。自分としては渾身の力を込めて、わずか10頁だが集約してみた。ウクライナへのロシア侵略という信じがたい蛮行に接する一方、道新が総力上げて取り組んだこの本を読んでみて、我が10頁の総括に誤りなきことを確信した。強いて言えば「回り道」というタイトルにやはり我が見立ての甘さを感じる。回り道は、通常、遠かったと続くように、ゴールに到着してからの表現に用いられることが多い。その解決への道が全く見えなくなった今となっては、「解決への道なき道」とでもすべきだったかもしれない。(2022-3-9)

 

 

 

 

 

 

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【24】次に来るものへの予感と祈りー岡部芳彦『日本ウクライナ交流史』を読む/2-28

 テレビに映し出されたかわいい少女の「私、死にたくない」との泣き声が耳にこびりついて離れない。ウクライナへのロシア軍の侵攻ーいつか見た風景がまたもや繰り返された。このところの連日の報道に誰しもがやるせない思いを持つ。欧米各国や日本が経済制裁を加えるとの報復行為に、ロシアは交渉の余地を見せつつ軍事的既得権を拡大していく。平和な市民生活を破壊し、人間の命を殺戮する権利がいったい誰にあるのか。プーチンというロシアの冷徹卑劣な指導者に対する言いようも知れぬ憎しみの思いが募る一方だ。といった感慨を持つ中で、改めてウクライナという国についてあまりにも知らない自身に気づくーこれが平均的日本人の姿ではないか◆実はウクライナ(以下、宇国と略す)研究の第一人者と私が交友関係を持つに至ったのは数年前に遡る。公明党のある若手後輩議員から「神戸にパワー溢れる学者がいます。会ってみてください」と紹介されたのがきっかけ。すぐ様「異業種交流会」にお誘いした。蝶ネクタイのよく似合う口髭の神戸学院大の岡部芳彦教授である。姫路在住と聞いて一気に親近感を持った。暫く経って『日本ウクライナ交流史』なる本を頂いた。大学の教材風の赴きもあり、「1915-1937年」との副題の意味も分からず、読まずに放置してきた。今回の事態に慌てて取り出し急ぎ読むことにした。〝泥縄式読書〟の典型である。恥ずかしい。1915-1937と僅か22年に限定された「交流史」であることの理由は読み進めて直ぐ分かった。現存する資料では日宇関係の始まりは、1915年の松井須磨子と島村抱月の芸術座のウラジオストクでの宇国のカメンスキー劇団との共演にあり、翌年の同劇団の日本訪問へと繋がることに由来する◆終わりの方の1937年は満州の地における日宇間の民間交流が、日中関係の悪化と共に途絶えていったことによる。つまり、日宇の関係は日本の大正期における自由な雰囲気を背景にした文化交流に始まり、やがて昭和前期の戦争への機運の高まりと共に終わったといえよう。この辺りの時代の空気を見事に汲み取りながら、歴史的第一次資料をつぶさに丹念に追って、岡部さんの筆は進む。元々別立ての論考だったものを出版にあたりまとめたものであるため、5つの章ごとに「はじめに」と「結びに」がついている構成であり、とても読みやすい。これからウクライナを研究しようとする学生や初心者にとって極めて重要な教材だといえよう◆「神戸に始まり、神戸に終わる」と、この本の由来が「あとがき」に述べられている。神戸っ子ゆかりの銘菓「モロゾフ」や、かつての神戸最大のエンタテイメントの拠点「聚楽館」で、日宇の共演劇が展開された。少年時代をこの地で過ごした私など大いに惹きつけられる。前者には耳にするだけで唾液が、後者は「ええとこ・ええとこ」のあのフレーズが甦ってくる。ウクライナ情勢が気になるなか、先週末の25日に、岡部教授を急遽招いて異業種交流会を開き、仲間たちと意見交換をする機会を持った。冒頭、岡部さんがキエフへのロシア侵攻を多くの専門家同様予測し得なかったことに悔しさを滲ませていたのが印象的だった。彼の地での多くの友人たちの身の安全への強い懸念を漂わせつつ、冷静に的確な見通しを述べる歯切れ良い音声に耳を傾け続けた。この際一気に宇国に関する著作をものされては、とのいささかぶしつけな私の注文に、既に2冊の刊行依頼が来ていることを明かされた。露宇両国の積年に及ぶ関係を解説してくれる本に出会えることに、知的興奮を禁じ得ない。その時にウクライナに平和への兆しが現れているかどうか。今後の展開に我が事として強い関心を持ち、戦争終結を祈り続けたい。(2022-2-28 一部修正)

【プーチンのロシアによる戦争を仕掛けられ、ウクライナが残酷な被害を受ける中で、一気に注目を浴びている岡部芳彦さん。最も彼の地の人と風土に習熟されているだけに、数多見聞きする解説の中で、わかりやすいと感じます。ここで紹介した本に続き、このほど第二弾『日本・ウクライナ交流史1937-1953年』を出版されました。さっそく、「個別の話としても読めて3章(クペツィキー話)、4章(ウクライナでドイツ軍捕虜となった日本人)、5章(シベリア抑留)あたりがオススメです」とメールが届きました。母国を除けば最も愛するウクライナの地が崩れゆき、友人たちが死闘する様に同苦されている姿に、私も胸かきむしられる思いです。ー2022-4-27】

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【23】微に入り細を穿つ分析ー宮家邦彦『米中戦争ー驚愕のシナリオ』を読む/2-24

 宮家さんとは、安全保障課長時代によく付き合った。というか、しばしば教えを乞うた。役人と政治家の関係は、野党時代には叩く相手と見ていたが、与党になってコーチと化した、というのは私の勝手な思い込み。色んなタイプが双方にいて、人には相性というものがある。彼とは妙にウマが合った。彼が中国に赴任した後、本省に戻ってきてしばらく経って、「これ書いたんだけど見てくれる?」と、大部の原稿の束を渡された。嬉しかった。優秀なコーチと平凡な選手の関係が瞬時逆転したのだ。読んだ印象は‥‥。後に退官し、著述家として大成した彼だが、あの時の原稿は未だ陽の目を見ていないはず◆この本は宮家さんの「米中戦争」もし起こりせば、についての「頭の体操」を披歴したものだ。〝物書き〟にも当然ながら様々なタイプがいる。大別すると、読者に寄り添う人と、突き放す人に分けられよう。前者は教育者型、後者は研究者型。宮家さんは後者タイプだが、「米中戦争の抑止」の方法について説いたこの本は精一杯教師になろうとの努力が窺える。いやに長い「はじめに」(約30頁)の冒頭部に「筆者の如く『知的体力』に自信ない向きは、この『はじめに』だけお読み頂きたい」ときた。全11章の詳細な説明が続く。そして最後に、「本書はやや複雑な構成になっており、精読するにはある程度の『知的体力』が求められると思うからだ。『読む』のも大変だろうが、知的体力の劣る筆者にとって『書く』のは一苦労だった」と。ここまで読んで、投げ出したくなった◆だが、思いとどまった。普通読み辛そうな評論集の場合、後から前にと逆に読むとわかりやすいケースが多いので、それを試みようとした。だが、この本、それが通じない。よけい歯が立たないのだ。そこでもう一度「はじめに」に戻り、精読した。そして、一つの章の説明を読み、本章に進み、また「はじめに」に戻り、次の章の中身に触れ、という作業を繰り返した。この手法でほぼ半分の5章まで読み進み、ようやく開眼する思いになった。「第5章は本書の核心である」との記述に励まされ、その章を読み終えた。「今筆者が懸念するのは、台湾について習近平政権が、1930年代の日本と同様、『いきおいと偶然と判断ミス』に基づく誤った政治判断を繰り返し、国際情勢につき客観的な判断が出来なくなる可能性だ」ーこの中国の誤算が、各国の政治家の誤った政治判断のサイクルを誘発し、「抑止」を不能とする恐れがある、というのだが、このくだりほどホッとした気分にさせるものはなかった◆このあと著者お得意のマトリックス分析手法が繰り返され、二つの大国間で起こりうる「軍事対立の見取り図」が描かれていく。軍事オタクならぬ情報分析オタクの向きには堪えられない魅惑的タッチで、本書後半は推移していくのだが、「知的体力」どころか「体力」そのものに自信のない私は軽く流さざるを得なかった。で、最後の最後に、「これだけ精緻な分析を行なった割に、筆者の結論は意外なほど常識的なものとなった」という結論の前触れがきて、「要するに、台湾と米国が現状維持のため最大限の『意図』を持てば、中国による台湾武力侵攻を阻止することも不可能ではないということだ」と、終わる。知的体力の消耗を一気に補う、強烈な健康ドリンクを飲んだような錯覚を覚える。ここに至るまでの労作業をするかしないかが極めて重要なのだが、著者の優しい心遣いで、〝落ちこぼれ〟も救われるのだ。そういえば、宮家さんが、私の今回出版した『77年の興亡ー価値観の対立を追って』に送ってくれた推薦文に「戦略的読書人」とのフレーズがあった。私の読書作法を見事に言い当てられた思いがする。(2022-2-24)

【現役の時に付き合った官僚で、辞めてからも付きあっている数少ない人が宮家邦彦さん。『77年の興亡』の帯に推薦の言葉を頂いた。このブログ『忙中本あり』を読んで、いたく感激してくれ、「こんな素晴らしい書評を書いてくれる方は滅多にいませんね」とメールを頂いた。そして、毎日新聞サイト版『政治プレミアム』の「今週の公開情報深読み」欄に寄稿してくれたのには、こっちが驚きました。ウクライナ後の世界を深読みする、との見出しで私の本の書評めいたものが書かれていたのです。冒頭に、私について「外務省時代に『ウマのあった』数少ない政治家のひとりで、意見は違っても、常にその視点に一目を置いていた『老師』だ」と。中国風に〝老いた先生〟と呼んでくれたのでしょうが、いささかすわりが悪い表現が気になりました。ただ中身は、私の中道論について、示唆に富む議論を展開してくれたのには大いに啓発されました。尤も、中道を中立に置き換えて、国際政治の動向分析に使う試みには私的には異論あり、で今後の議論に待たねばなりません。ともあれ、過去を共有する懐かしい友人です。(2022-4-27)】

 

 

 

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【22】心騒がせ迷わせる「気候変動」ー渡辺正『「地球温暖化」狂騷曲』を読む/2-19

「地球温暖化」で大騒ぎすることはない、むしろそれは社会を壊すと、昨今の社会的風潮を真っ向から否定する本である。ことの背景が見事に明かされ、快刀乱麻そのもので、こぎみいいことこの上ない。が、それでいて、割り切れなさは残る。「されど我らが日々」とでも言おうか。鳴り止まぬ「狂騒曲」に、心騒ぐ。そうは言っても、との思いは消えない。つまり、「地球温暖化」の主因はCO2排出にありとの説への否定については分かった気がしても、それ以外の要因から地球は異変を起こしていないか、との疑問だ。世界の、日本のエネルギーの行く末をめぐる問題について考える上でそれなりに大いに刺激になる◆実は、私は2006年(平成18年)に衆議院環境委員会で質問に立ち、「地球温暖化」をめぐるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の主張を批判したことがある。と同時に、我が党の政調でも、この角度からの議論を元環境相にふっかけたことがある。温暖化の原因は太陽の黒点活動にあるかもしれず、産業活動とは直接関係がないのではないかとの主張である。恥ずかしながら、当時論壇に少数意見ながら出ていた論調の受け売りをしたものだ。しかし、委員会でも政調でも私の意見は相手にされず、「人間活動が主因である」との観点で押し切られた。結局は、「衆寡敵せず」、私は「長いものに巻かれろ」とばかりに、矛を収めたというのが相応しい◆尤も、この間にすっかり私が「狂騒曲」に巻き込まれてしまった。2030年までのあと10年足らずの間に、CO2排出にストップをかけ、環境汚染を止めないと、地球は破滅に向かう危険性があるとの主張に与している。要するにブレたのである。この本に出くわして、なんのことはない、15年前頃に戻った気分である。ここは居住まいを正し、問題の所在を整理しないといけない、と思わざるを得ない。この本での著者の主張のポイントは、「地球温暖化」は慌てることではないし、CO2はむしろ植物の生育を助けて、人類社会をゆたかにするものだというところにある◆さらに、地球の気温を巡っては、冷温化がまたくるかも知れず、まだ闇の中である。地球の異変を騒ぐことは、誇大妄想であり、温暖化対策は軽挙妄動だ。また、再生可能エネルギー開発に取り組むことは、「一理百害」 に他ならぬ。学界と役所とメディアは自縄自縛に陥っており、環境問題は「環狂」問題に陥っていると最後に結ぶ。興味深いのは、私とは「逆にブレた」人々が海外には多いと説くくだりである。つまり、「当初は人為的温暖化説を疑いもせず受け入れながら、真相に気づいて『転向』した大物も少なくない」として、その「大物」名を次々列挙しているのだ。そして、著者自身も「温暖化論に違和感を覚えつつも当時は本質が見抜けていなかった」と正直に述べている。2002年に社会学者の薬師院仁志氏の『地球温暖化論への挑戦』なる本から影響を受けたことを明かしているのだ。中国とインドの経済成長が鈍化するであろう数年後に、未だ大気中のCO2が増え続けているなら、その時に初めて答えが出るというのだが、さていつのことになるやら。このテーマ、引き続き考えていきたい。(2022-2-18)

 

 

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【21】強みは集団力ー大石久和『[新版]国土が日本人の謎を解く』を読む/2-13

 元防衛事務次官の本に続いて、今回は国土交通省の元最高幹部のものを取り上げる。同じ高級官僚出身者のものだが、今回の著者は退官後20年近く「国土」にまつわる関連機関に関わってきた。その人によるとっておきの「日本人論」である。この人のものを私は初めて読むが、これは実に興味深く面白い。大石久和さんは私と同い年。しかも郷土を同じくする。その上畏友・太田昭宏元公明党代表と京大「土木」で机を並べた間柄というから公明党理解は深い。21世紀劈頭、私が衆議院国土交通委員長を拝命した当時、この人は道路局長だった。国会議員として既に8年ほどが経っていたとはいえ、全く未知の分野の委員会を仕切らねばならぬとあって、緊張した。観光庁、海上保安庁、気象庁や北海道開発局など多岐にわたる業務について、その道の達人たちが優しく手ほどきをしてくれたが、そのうちの一人が大石さんである◆実はもう一人、同じ昭和20年生まれの河川局長がいた。文明評論家として今や名高い竹村公太郎さんである。この人は役人時代からペンネームで業界紙にあれこれと書いていたし、退官後は一気に作家への道に邁進された。2003年には早くも『日本文明の謎を解く』を著すなど、次々と興味深い作品を発表してきた。私もそのうち何冊かを小欄で取り上げてきたものである。大石さんの方は10年ほど遅れて〝物書き稼業〟に参入されたようだ。数年前に出されたものの新版ということだが、私の著作をお送りしたお返しのようにいただいた。喜び勇んで読むに至った。期待に違わず大いなる刺激を受け啓発されている◆この本は「日本人が長い歴史の中で国土の自然条件から得た経験を他国と比較し、日本人の強みと弱みを解き明かしたもの」である。私は第2章「なぜ『日本人』は生まれたのか」に強く惹きつけられた。そこでは「日本人」を育んだ10の条件が列挙されている。①不便な形②一体で使いにくい③分断される④土砂・土石流災害が襲う⑤可住地が分散⑥近代的土地利用がしにくいーなどなど。他国にないこれらの厳しい国土の条件が重なり合って、特異な日本と日本人が作り上げられてきたことを大石さんは克明に解き明かす。さらに、大陸との距離と、台風の通り道に弓状の形で存在する位置を付け加える。これらが孤立、独立した文明を可能にし、飢饉をもたらし、黒潮の流れの中の「るつぼ」を生み出した。著者はこの章で、日本は中国文明の影響を受けただけの辺境の民族である、と誤認識している多くの若者に強い警鐘を鳴らしている。ぜひ未来を担う彼らに読んで欲しい◆以下に続く各章で、「世界の残酷さを理解できず」に、「権力を嫌う」うえ、「長期戦略がない」などと言われる日本人の特徴が中国や欧米と比較されていく。数多の知識・文化人たちの著作の一節を引用しながらの説明はまことに分かりやすく、適切で示唆に富む。そんな中、内外の経済学者への不信感とでもいうべきものがが随所に顔を出す。社会資本をめぐる誤解や曲解をもたらす原因がメデイアや経済学者の無理解にあるとの持論の展開だ。従来から経済学の偏向に疑問を抱いてきた私としては、強い共鳴を禁じ得ない。最後に大石さんはいわゆる戦後民主主義教育が、いかに本来の日本人のありようを歪めてきたかを指摘しているくだりが興味を惹く。「日本人の強みは集団力」にあることを強調しているのだ。「参加意識、当事者意識を持った組織構成員の集団パワーがこの国を再生する」という結論にも私は全面的に賛同したい。尤も、私の場合は、国境を越えた壮大な民衆パワーを発揮しつつある創価学会・SGIが、日本と世界を再生させることに期待するところ大なのであるが‥‥。この辺りについての論及をまた別の機会に期待したい。(2022-2-13  4-27に一部修正)

【国土交通省と公明党の関係が極めて深いものになっていることは、大臣を連続して6人も送っていることで分かろうというものです。衆議院国土交通委員長を務めたに過ぎないわたしですが、それでも大石久和さんをはじめ、それなりの友人が省内、OBにいます。彼は公明新聞にしばしば寄稿してくれ、多くの固有のファンがいるほどです。経済学については、文中でも触れましたが、大石さんは、公共事業のあり方をフローとでしかとらえず、ストックで見ようとしないメデイアをも批判するなど、退官後は活発に国土交通省の行政をバックアップする講演や執筆活動に力を注いでいます。同じ世代として、大いに共闘を誓うものです。ー2022-4-27】

 

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【20】失敗にこそ学べー黒江哲郎『防衛事務次官冷や汗日記』を読む/2-7

 元防衛事務次官が自分の失敗談を書いた、と新聞広告で発見した。長く外交安保分野に関心を持ってきた者として、「黒江哲郎」の名は明確に覚えている。私より一回りほど歳が違うので、付き合う機会はあまりなかったが、実直そうな雰囲気と、人気米映画の『24時』に出てくる「クロエ」と同一名とあって、妙に忘れ難い。防衛省の事務方トップに上り詰めた人が「失敗だらけの役人人生」なるサブタイトルのついた本を出すとは。手にして呆れなかったといえば嘘になる。旧知の防衛官僚、自衛隊幹部の顔が浮かび、複雑な心境になった。人の失敗談は面白いが、国家の安全を司る役所の裏事情を暴露して大丈夫なのか、との危惧を抱いたのである◆時系列での章立てのため、最初の頃に登場する若き日の黒江さんの失敗談は実に興味深い。立ちくらみでフロアに昏倒したとか、車の中で、大臣に醤油を浴びせたといったことから、総理大臣やら、防衛大臣、先輩幹部に怒鳴られた出来事が次々と出てくるのだ。そんな中にさりげなく、政治家との付き合いにおいて、使ってはいけない「Dことば」やら、相手を乗せる「さしすせそ」といった言葉の使い方が挿入されている。つまり、「ですから」「だから」「だったら」は、相手を怒らせるし、「さすが」「知りませんでした」「凄いですね」「センスありますね」「そうなんですか」は、逆に喜ばせるというわけだ。理詰めで相手を屈服させる愚かさを説くくだりなど、身につまされる◆この失敗談は、同時に相手側の人物査定にも繋がっている。醤油を浴びた大臣の対応の仕方を始め、必要以上に怒った人、逆に優しい言葉をかけてくれた人物などが散りばめられており、さながら〝男の器量評〟の感もする。知っている人ばかり出てくるので興味津々にならざるをえなかった。そう、この本は遅れてきたる後輩官僚たちへのこよなき教訓集であると共に、政治家の嗜みにも深く関わる〝村の掟〟集とも読める。我が後輩たちに読ませたい。そして、官僚、政治家の世界だけではなく、世の中全ての働く人たちへの〝仕事の手ほどき〟にもなっている。「冷汗三斗」の体験談を読むうちに、この国の「防衛」の実態が縦横斜めから分かってくる仕掛けとも◆この人は「南スーダンPKO日報」問題で、次官を引責辞任した。「自分の能力に対する過信の裏返し」で、「いつの頃からか、議論の際に相手の主張に耳を傾けるよりも、自分が正しいと考えるところを主張することばかり考えるようになっていた」と、「謙虚さを欠いていた」ことが失敗の原因だと、締め括っている。この問題は私には、当時の大臣の未熟さに全てを帰すところなきにしもあらずだったので、逆に彼流の謙虚さが浮き彫りなった感がする。最後になるが、この本の中で、公明党及び議員のことが3箇所出てくる。いずれも、温かいまなざしで貫かれた記述で、その優しさに改めてホッとする思いだ。さて昨今、優秀な大学生が就職先に官僚を志望しなくなったと聞く。この本が世に出回ってどうなるか。大いに気になるところだ。(2022-2-7)

【この本について、私は当初危惧を抱いたことから書き出しています。恐らく、著者としては、この私の書き振りは不本意だと誤解するのではないかと〝危惧〟していました。案の定というべきか、黒江さんは、冒頭を読み「身構えた」といいます。後に批判めいたことが続くことを予想したのでしょう。しかし、そうではなかったことにホッとしたという意味のメールが届きました。タイトルから、あたかも防衛事務次官のゴシップ集であるかのような印象を受けたことを素直に私は表現したのですが、少々驚かせたようです。

「政策は、政府が無機質に決定しているのではなく、生身の人間が努力を積み重ねて作り上げています。そうした政策決定過程の実態をお伝えできればと思います」というのが本心なのですから、サブタイトルは、『失敗から透けて見える政策決定過程』というあたりにして欲しかったと勝手に思っています。

 この本は当初、元防衛官僚を中心に作るサイト『市ヶ谷台論壇』での連載を、朝日新聞の論考サイト『論座』に転載されたものです。そのあたりを含め、藤田直央朝日新聞編集委員が読み応えのある「解説」を書いており、大いに関心を持たせます。とりわけ安倍元首相に「厳しい刃」を向け続けた同新聞社の媒体に元事務次官の論考を載せるのは、元職同士とはいえ、それなりの苦労があったと思われます。当然ながら「平和安全法制」のくだりでは、きっちりと批判の矛先が元首相に向けられており、興味深いものがあります。

 実はこの藤田記者はかつて衆院憲法調査会の欧州視察団の随行記者で、その一員だった私とは20年ほど繋がりがあります。鋭い筆先に定評のある敏腕記者です。そういう観点からも読む楽しみがあったことを付け加えておきます。ー2022-4-28】

 

 

 

 

 

 

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