【143】この夏こんな本を私は読んでいる(中)━━『粋な生き方』『嫉妬論』『冷戦後の日本外交』/8-23

 本のタイトルって、それなりに大事ってことを思いっきり感じたのがこのほど読んだ帯津良一さんの2冊。『粋な生き方』と『後悔しない逝き方』である。前者が2014年10月、後者が同年12月初版と、踵を接して出版されている。出版社は違うけれど、明らかに「生と死」を一対のものと意識して世に問うたものと思われる。かつて国会で開かれたOB議員の会合でこの人の講演を聞いていらい、ファンになった。ともかく話が面白い。そして本も。お医者さんの書いた本だからどちらも健康に関わりがあるのは当たり前だが、前者は生き方に、後者は死に方に関わる。共に、サブタイトルめいた文句がついており、前者には「病気も不安も逃げていく『こだわらない』日々の心得」。後者には「患者さんが教えてくれた32の心得」。中身はダブっているところもあり、後者はここでは省く◆前者は目次から拾うと39の心得が、5章に分けて掲げられている。①挫折を知る人ほど、大輪の花を咲かせる②あきらめない、こだわらない③日々、ときめいて生きる④上手に恋する「粋な人」⑤凛として老いるといった具合に。著者とはほぼ10歳年下の私だが、圧倒的に興味深いのは4章。中でも「恋は、生きる上で最高のエネルギー源になる」「別れをかなしむことはない。別れは必ずくるように、再会するときも必ずくるから」「家族とは、ときどき会うほうが、『遠きが花の香り』でうれしいもの」の3つに関心を抱いた。帯津さんは奥さんと死別されて長い。仕事が終わると看護師、医師、事務員さんたち女性と、一献傾けながら話しを交わすのが最高のひとときといわれる。〝恋する爺さん〟の片鱗がここから伺えて興味深い。別れと再会については、夫人の亡骸を見ながら「向こうへ行ったら真っ先に謝らないといけないな。それまで少し待っていてほしい」と、心の中で語りかけ、やがてあっちの世界で会えることを楽しみにしているという。家族との関係も、「毎日顔を合わせていると気に食わないことばかりが目につきますが、たまに会う関係だと、ありがたく思える」というくだりには100%同感だ。ともあれ一読をお勧めしたい◆前回取り上げた『本居宣長』(先崎彰容著)のくだりでも述べた、山本圭(立命館大准教授)の『嫉妬論』をその後読みだした。「民主社会に渦巻く情念を解剖する」というサブタイトルがついているように、「嫉妬」という厄介な感情の有り様について、社会との関係から深い洞察を試みたユニークな新書である。「嫉妬」が現代政治に絡んで姿を表すのは、最もポピュラーなのは「生活保護費」をめぐる議論だが、これからやってくる「ポスト資本主義」社会ではいかなる問題が待ち受けているか。著者は、現在論壇の世界で話題になっているコミュニズムの新展開に矛先を向ける。つまり、私がかつてこのブログで取り上げた斎藤幸平、松本卓也氏らによる『コモンの自治論』(No.100)などを意識している。私などは「熱い思い伝わるも虚しい実現性」といった軽いタッチで論評したものだが、山本氏は、「コモンとして民主的に共同管理するとき、これまで気にも留めなかった差異が途端に顕在化する」うえに、「社会主義のプロジェクトの足を掬うことになるかもしれない」から、「こうした負の感情に何らかの仕方で向き合う必要がある」と、「嫉妬」の取り扱いに絡めて、「コモンの自治」への懸念を示している。流石だ◆あと、今読み終えて深い満足感を覚えているのは『冷戦後の日本外交』。これは自民党の元副総裁で外相や外務政務次官を幾たびもこなして文字通り日本外交の下支えをしてきた高村正彦氏による聞き語り、つまりオーラル・ヒストリーである。聞き手の中心は元内閣官房副長官補の兼原信克氏。これは実に読み応えがあった。高村氏は「安保法制」において、「集団的自衛権」の部分的容認の作業を公明党の北側一雄副代表との間で仕上げたことで知られるが、それ以外についてはあまり業績は一般に伝わってきていない。それを、兼原氏と、川島真(東大教授)、竹中治堅(政策研究大学院大教授)、細谷雄一(慶大教授)の4人で見事なまでに掘り起こしている。実は私は高村氏という政治家をよく知っていると思ってきたが、「希代の外政家」との表現に接して驚きを禁じ得ず、我が不明を恥じ入った。率直に言って大いに見直したが、自民党内ではそれこそ「嫉妬」の対象にならざるを得ないような気がしてならない。この本については、項を改めて詳しく論じたい。(2024-8-23)

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