【144】この夏こんな本を私は読んでいる(下)━━『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』『国家の総力』『日蓮の思想』/8-31

 過去に経験しなかった被害をもたらしかねない━━前評判がめっちゃ怖かった大型台風が我が居住地域のすぐそばをかすめながら、殆ど雨らしい雨ももたらさず、東へと移動していった。8月31日という子どもの頃には、いい思い出のない〝夏の終わり〟の奇妙な体験をしながら、夏休みの宿題ならぬ、この夏の読書を進めている。日本の首相に直結する「自民党総裁選」については、私のような70歳台後半の政治ウオッチャーにとっては、もう一つワクワク感が湧いてこない。むしろ、名うての弁舌家で、元首相の野田佳彦氏が名乗りを上げた「立憲民主党代表選」の方が面白くなってきた◆そんな状況を背景に、まず月末ギリギリに読み終えたのが宮家邦彦の『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』である。米大統領選の雲行きは、つい先頃の「ほぼトラ」(ほぼトランプで決まり)から、トランプ襲撃事件を経て、民主党の候補者差し替えによって、「もしトラ」(もしトランプが再選したら)へと、様変わりした。そうした状況を背景に出版されたばかりのこの本は、実に面白い。手軽に読めて、分かりやすい。最も興味深いのは最終章の「安倍元首相なき日本の『もしトラ』生存戦略」だ。「天才的『じゃじゃ馬馴らし』政治家」としての安倍晋三は、その回顧録に余すところなく見事に描かれている。著者は安倍に代わりうるトランプと渡り合える政治家を探すのは難しいと思ってきたが、彼は「いじめっ子」であるとのオーストラリアの首相の論考を読んで考えが変わったという。「勇気をもって立ち向かい、率直に話し、本人に利益になることを伝え、繰り返し強く説得する」しかない、と。さて、そういう能力を持った総裁候補はいるのか。「いじめっ子」を巧く扱えそうな人物は見つからず、「いじめられっ子」ならすぐ浮かぶ。ともあれ、総裁選に勝利した候補はこの本を直ちに読むべし◆私の高校同期の女友だちで笑医塾・塾長である高柳和江から、7月後半に「この本絶対読まなきゃあ」と電話があり、送られてきたのが『国家の総力』。これまで彼女の専門の医学や文明論的な分野のもの、また塩野七生の本などを勧められてきたが、今回のものは異色。兼原信克と高見澤將林という「外交・安保」官僚の最強コンビが組んで、いざ「台湾有事」が現実のものになったら、日本はどう立ち向かうかを、語り合ったものである。これまで、自衛隊の元将官たちと議論したものは読み、ここでも取り上げたことはあるが、この本は、エネルギー安保と食料安保から始まり、シーレーン防衛、特定公共施設と通信、貿易と金融といったテーマを、それぞれのエキスパートと共に詰めた議論を展開している。色々と触発されるが、「石油危機後の『油断』に対応する戦略備蓄の話がエネルギー安保の話として語られますが、有事の際の日本のエネルギーをどう確保するかという議論がない。これはおかしな話です」(兼原)と、戦後日本がエネルギーを防衛政策から切り離してしまったことを嘆いている。自公政権にあって、公明党が中道とはいえ、リベラル的指向が強い分だけブレーキ役を果たしているのかどうかが気になる。「台湾有事」について大枠を聞き、語ることはあっても、ここまで細部にわたっての議論はあまりお目にかからないだけに得難い本である◆最後は、植木雅俊の『日蓮の思想━━御義口伝を読む』である。仏教学者の中村元の直弟子として、お茶の水女子大で博士号を取得した著者は、サンスクリット語に熟達した仏教思想家だ。これまで難解な専門書は別にして、数多い著作を読んできて、京都と大阪で開かれたNHK文化センターでの講義にもそれぞれ5回ほど受講したことがある。その著者が日蓮大聖人が弟子日興上人に語り伝えた『御義口伝』を題材にして日蓮思想を語ったこの本は、とてつもなく価値があると思い、飛びついた。まだ完読するまでには至っていないが、総論の「南無妙法蓮華経とは」から始まり、「自己の探究」「汝自身を知れ」「日蓮の時間論」と続き、「日蓮の仏国土観」「日蓮の死生観」で終わる、全10章430頁に及ぶ本は読み応え十分である。特に「時間論」に惹かれた。これまで創価学会の池田大作先生の『御義口伝講義』を懸命に読んできたつもりだが、市井の一学者によるこの解読書は新鮮な印象を受ける。これからじっくりと、読み進め新たなる境地を切り拓きたいと思っている。(敬称略 この項終わり 2024-8-31)

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