Monthly Archives: 8月 2014

昭和天皇と共に生きた眩い時代の意味

つい先ごろ昭和天皇の実録がようやく完成したとのニュースに接した。没後四分の一世紀が過ぎようとする今、昭和天皇についてのすべてが明かされることは喜ばしい。たまたま福田和也『昭和天皇』第七部(独立回復 完結編)を読み終えたばかりだった私としては、なおさらその気分に浸っている。総合雑誌『文藝春秋』に連載された六部までとは違って、最終巻は『本の話 WEB』に引き継がれた。なぜそうなったかは寡聞にして知らないが、結果的には一番単行本化が待ち遠しく、貪り読むこととなった▼この本は、タイトルこそ昭和天皇となっているが、実際には”昭和人物録”の趣があるように思われる。あまたの人々のエピソードが、天皇との絡みは勿論、直接かかわりがなくとも、この時代を描写するうえで欠かせぬと、著者が判断されたものが顔を出す。ご本人は、あとがきで、歴史家でもない自分が昭和天皇をなぜ書いたかについての理由をこう書いている。「昭和天皇ー彼の人の視座を借りると、ありとあらゆる事件、人物を登場させることが出来る」ので、「そうした膨大な人物と、事件を包含しつつ、昭和という時代を背景とした、夥しいドラマを描いていきたい」と思った、と。壮大なドラマ集は実に読みごたえがあった▼福田氏はこの本の最後を「昭和六十四年一月七日、かの人は崩御された。我が国の歴史の中で、もっとも眩い一時代は、終焉を迎えた」と締めくくった。前年の九月に詠まれた最後の歌ー「あかげらの叩く音するあさまだき音たえてさびしうつりしならむ」で第一部を書き出して以来、七年あまりが経った。「遥かなさみしさを漂わせた」歌で、締めくくった「彼の人生は喪失に満ちたものだったが、その喪失からこそ、彼は学び続けた」。あらためて、昭和天皇と共に生きた私にとっての「眩い時代」を思い起こさせられた▼昭和天皇は、明治34年(1901年)4月29日生まれだから20世紀とともに生きた。25歳で天皇となり、敗戦の年には44歳となっていた。崩御の時は87歳余。その終戦の年にこの世に生を受けた私は、昭和天皇の後半生である43年間を共に生きたことになる。平成天皇のように直にお会いし、言葉をかけられたことはないが、思えば何かと関わりがあったことを今にして思う。崩御の日からわずか二週間ほどして、故郷姫路・西播磨から衆議院選挙に立候補するべく記者会見した。一年間の準備期間を経て、翌平成2年に落選し、平成5年に初当選。そして約20年後に引退した。こう振り返ると、昭和天皇の死で、それまでの時代と区切りをつけた私は、新たな人生の幕開けを切ったといえよう。だからどうなんだと言われそうだが、この本を読み終えて、あらためて昭和と平成の大きな時代の落差とでもいうべきものを、公私両面から感じることは確かだ。(2014・8.24)

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仏教学者の生涯を描き切った弟子への期待

あなたの宗教は何ですかと訊かれたことがありますか?ほとんどの人は悩んだはずです。仏教と書いたり、真言宗,禅宗、日蓮宗などと個別の宗派を明確に書き込む人はよほど変わった人と言えるかもしれません。長い間日本では「葬式仏教」と言われ続け、宗教(仏教)はお葬式の時だけのものとの印象が根強くあります。また、キリスト教や西欧哲学に比べて、見劣りがする位置づけは認めざるを得ません。そういう状況を変えたいとの思いを強く持って生涯戦い続けてきた一人が仏教学者の故中村元さんでしょう。この人は、執筆した著書・論文が邦文で1186点余。欧文でも1480点余といいますからたまげてしまいます。その中村元さんの一生を弟子が書き表しました。植木雅俊『仏教学者 中村元』で、まことに読みやすくて、あれこれ考えさせられる面白くてためになる本です▼植木さんは、『仏教、本当の教え』で一気に世に知られた仏教思想研究家ですが、中村元先生の主宰する東方学院でインド思想や仏教思想、サンスクリット語を学んだ人です。40歳から十年近く毎週3時間、直接教えを受けたという彼は、「人生において遅いとか早いとかということはございません。思いついたとき時、気が付いた時、その時が常にスタートですよ」との師の激励を支えにしてきた。60歳を超えた今、見事にその才能の花を開かせました。この本は、単に中村元という人物の姿を描くだけではなく、弟子としての学問の捉え方をはじめ、師への仕え方などこと細かに記しており、あたかも「師弟伝」の趣すら漂っています▼この本の魅力は随所に、人間中村元の人となりを表すエピソードが満載されていること。19年がかりで仕上げた二百字詰め原稿用紙4万枚が、出版社の不手際で行方不明になった事例への対応には本当に驚く。謝りにきても怒らなかったというのだから。「怒ったって出てこないでしょう」というセリフには尋常ただならぬ境涯を感じさせる。さすがに一か月ほどは茫然自失とされたようだが、その後は「不死鳥のごとく(書き直しの)作業を再開」され、見事に仕上げられた。「やりなおしたおかげで、前のものよりもずっとよいものができました。逆縁が転じて順縁となりました」と述べていたのには、ただただ頭が下がる思いだ。加えて、泥棒に入られた事件にはもう笑ってしまう。人格者というのはこういう人を言うのだろうと思うが、ここではあえて触れない。みなさん、読まれてのお楽しみだ▼中村元という人は『東洋人の思惟方法』で、実質的に世に出たのだが、ここには異民族間、異文化間の相互理解と世界の平和を願う思いが込められていて、生涯を通じて彼が追ったテーマが凝縮されています。その後の膨大な著作も結局は、「処女作に回帰する」側面が強いと思われます。この著作には様々な毀誉褒貶があったことを植木さんは淡々と触れていますが、ここに始まって晩年に至るまで、仏教学の世界からはあれこれの反発を常に受ける存在であったことが推測され、きわめて興味深いものがあります▼中村さんは、日本の仏教の現状について「まじめに考え、まともに解決すべき問題を回避して、ごまかしている」と厳しい見方を提示していますが、それについて、植木氏は「2012年11月28日で、中村は生誕百周年を迎えた。我が国の現状を見る限り、六十五年前に中村が指摘していることは、残念ながら今なお変わっていないと言わざるをえない」としたうえで、「改めて、『自己との対決』によって仏教を思想としてとらえることの必要性を痛感する」と記しています。私には、ここはこの本の最重要なポイントと思えます。読みようによっては、師が生涯かけて取り組んだ仕事が現実を変革しえていないことを指摘し、これからの時代における弟子のなすべきことをさりげなく語っているからです。周知のように『思想としての法華経』の著者である植木さんの使命たるや、重大であるといえましょう。今に生きる我々の前途には、「仏教と言ってもいろいろあり、本来の仏教と異なって、権威主義化してしまったり、呪術的になったり、迷信じみたものになってしまったものもある」との彼自身の指摘のように、仏教そのものの差異化をどうとらえるかの問題があります。加えて、キリスト教批判を繰り返しながらもヨーロッパ思想との比較にあって劣勢が否めない東洋思想をどう宣揚するかの課題もあります。こうした問題を考えるうえで、きわめて示唆に富む本に出会えて、今私は幸せな気分に浸っています。(2014・8・20)

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向こう側とこちら側の謎解きと「空」について

雑誌で連載されていたころから注目し、本になることを待望していたものを書店で発見した。古田博司『ヨーロッパ思想を読み解くー何が近代科学を生んだか』がそれだ。哲学についてまとめたものでこれほど読みやすく面白いものは滅多にないと思う。哲学、思想にまつわるものは読者を拒否するものが多い。「わからないのは、その哲学者が文章が下手なのかもしれない」とは思うし、「眠くなったら寝る。また起きて読めばいい。放りだした本を、再び優しく手に取る。開いて寄り添う」ことにしているが、一向にストンと落ちる本にはお目にかからない▼著者は哲学専攻ではない。東アジアの政治思想や朝鮮半島の政治・社会に詳しい。産経新聞『正論』などで実に歯切れのいい論考を展開していてファンも少なくないはず。その彼が一気にヨーロッパの思想に挑んだ。切り口は「向こう側」と「こちら側」で、一般的にはユニークなものだが、これで西洋哲学史を俯瞰してくれて、わかった気になるからすごい。「(イギリス人は)悟性で十分みたいなところがあって、理性信仰のドイツ人のような我武者羅さもない。それでもノーベル賞受賞者はドイツよりずっと多い」などと、両国の哲学のありようについての解説は目が醒める思いがする切れ味だ。しかし、あくまで分かったような気がするだけで、実際には分かったとはやはり言い難い。だいたいからいって知性、悟性、理性の何たるかが、分かっているようで、分かっていないのだから始末が悪い▼著者の問題意識はヨーロッパにのみ、近代科学を生み出す思想が発達したのはなぜか、というところにある。それは、「この世」の向こう側を探る哲学的思考が、ヨーロッパにのみ発展したからだという。西洋には、この世に向こう側とこちら側があり、あの世と区別される。日本は、この世にこちら側しかなく、あの世は異界として区別されるという。要するに「向こう側」が欠落しているというのだ。さらに西洋は複雑型で日本は単純型だと言われると、なんだか馬鹿にされたようで面白くない▼確かに単に哲学という次元で西と東を天秤にかけるとそういうことかもしれないが、宗教哲学となると違うのではないかと思う。あえて著者の提起する三つの次元に引き寄せると、私などは、あの世は「無」、この世の向こう側は「空」、こちら側は「有」と捉えられるのではないかと思うだけに、向こう側がないという指摘にはにわかに首肯できない▼そんな中、シュライエルマッハーの宗教論に関するくだりは面白い。神という捉え方ではなく、「感情で宇宙を直観せよ」との指摘やら、「こちら側で向こう側からのパワーをもらえということになる」との言い回しは、大いに共感する。私のように、日蓮仏法を実践するものは、文字通り、五感を超えて、六、七、八識を経て、究極の九識の奥底からパワーを日常的にもらっているためであろうか。ともあれ、まだ一度通読しただけだから、これから深く読み考えていきたい。願わくば、東西の哲学、宗教、思想を読み解くきっかけにしていきたいものだ。(2014・8・17)

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なんのために走るのかと訊かれて

今朝も10キロほどを80分かけて走った。時速7キロほどだからほんの駆け足程度。ランニングというよりもジョギングであろう。でも、というべきか、だから、というのがいいか、ともかく気持ちがいい。爽快そのもので、帰宅後に風呂に入った瞬間など、「あーっ、気持ちいーい」と思わず叫び声を上げてしまう。まさに至福の時が続く。もっとも、かつて高校の同期会で、走るのが習慣だと言ったら、「お前あほか」「なんのためにそんなしんどいことするんや」と言われた▼マーク・ローランズっていう哲学者は『哲学者とオオカミ』っていう本で有名だそうだが、私はそれよりも『哲学者が走る』という方を題名に魅かれて読んだ。「人生の意味についてランニングが教えてくれたこと」というサブタイトルが付けられている。決して面白い本とはいいがたく、こんなものでも著名になると売れるのか、というのが率直な印象だが、そこは例によって当方の浅知恵ゆえであろう▼「走ることには内在的に価値がある」「走るとき、人は人生に本来備わった価値と接する」「自分の歴史をきり開く場なのではないか」「走ることは回想の場だ」「長いこと忘れていた思考を掘り出す場所である」などといった片言句々が印象に残る。要するに、なぜ山に登るのかと訊かれて「そこに山があるからだ」と答えるしかないとの有名なやりとりと同様に、「走るのは気持ちがいいから」だと言うしかない。ローランズ氏は、それを「最高の価値においては遊びであって労働ではない」と述べて結論づけている▼要するに、健康のためといった目的云々などよりも、走りたいから走るだけの代物だ。加えて、私は常には眼鏡をかけているが、走るときには着用しない。裸眼でもそれなりに走れる。それゆえ、見えないものが見えるから不思議だ。姫路城三の丸広場の芝生はまだら状態で生えているが、それを見るたびに飛行機で上空からやがて着陸するといった高度での地上の風景を思い起こす。ありとあらゆる風景を連想させるのだ。こう書くと、なんだかローラン氏と一緒だと言われそうだが、明らかに違うのは、彼はランニングについて書くことでお金儲けをしていることなのだ。その意味では、彼にとっては走ることで、労働の代価として報酬を得ているといえよう(2014・8・13)

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