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【171】シリコンバレーでの教育の果てに━━ヤング吉原麻里子・木島里江『世界を変えるSTEAM人材』を読む/4-1

 シリコンバレーで子育てをした2人の女性がその体験をベースに、「STEAM」教育ってどんなものかということを書いた本です。私がこの本を読むに至ったのは、日本の教育を考える上で、欠かせぬ視点だと思ったから。つまり「泥縄」式読書━━先端科学技術の分野で、坂道を転がりゆく日本に対して、燦然と輝くアメリカの秘密は何かということを手っ取り早く解説してくれる本を探し当てたということでしょうか。英語の頭文字をくっつけて新たな熟語を作るというのは、あまり私は好きじゃないのですが、そんなこと言ってられません。STEAMという「5文字英造語」が何を意味するかがとっかかりです。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(アーツ)、Mathematics(数学)の5つの頭文字をとって作ったものです。じっと見るとわかりますように、Arts以外は理系の分野です。元々はSTEMという4文字から始まったのですが、のちにArtsが加わりました◆サブタイトルに「シリコンバレー『デザイン思考』の核心」とあります。科学技術のコアをなす概念に芸術、教養、人文学を混在させたアーツを加えたのがSTEAM教育です。STEM(幹)にA=デザイン思考が加わってSTEAM教育が完成したという経緯が文系人間にとって、ワクワク感が伴ってきます。理系学問に文系のアーツが入って、蘇らせたと私は勝手に解釈するからです。著者たちは、STEAM人材を、人間を大事に考えるヒューマニストの基本に立って、イノベーション(技術革新)にデザイナーの視点を持って取り組むものと規定しています。私はこう認識して俄かに具体的な負のイメージが鮮明になってきました。アメリカは21世紀に入った頃からこういった観点での人材育成に取り組んできました。「失われた30年」に呪縛されたかのごとき日本との差は歴然です◆この本で最も引き込まれたのは第5章「シリコンバレーの教育最新レポート」です。なかでも1976年以降、他校と全く異なる「オープン教育」と呼ばれるアプローチを実践してきた「オローニ小学校」の実例はとてもユニークです。まず、2つの学年をまとめたクラス編成で(幼稚園と1年生、2・3年生、4・5年生)、年齢の異なる生徒が同じクラスメートとして一緒になって学ぶということに驚きます。子供たちは教師から指導を受けるというよりも、生徒同士との協働の中で課題を見つけ上手く解決していく方法を学ぶのでしょう。試験などなく、学校は子どもたちに「知的探究心」「やれば出来るという自信」などを探し見つける場としての存在感を発揮するというのです。およそ日本では想像できないほど自由奔放な学校教育現場にはたまげるばかりです◆こんな点に世界をリードする企業のリーダーたちが輩出される基盤があるのかと思うとため息が出てきます。尤も粗探しをする訳ではありませんが、シリコンバレーの直ぐそばに、イーストパロアルトという貧困層の住む場所がある(1980年代は犯罪による死亡率がトップ)ことがもたらす負の遺産は見逃せません。「イノベーションで世界をリードするシリコンバレーでは、巨額の富が生まれ続けている陰で貧富の差が拡大し、生活の質が確保できないなどの歪みが顕在化している」との記述を読むと、やっぱりなあと妙に安心する思いがもたげてくるのも否定できないのです。また、STEAM教育の華麗な成果と共に、イーロン・マスク氏に代表されるGAFAMのような起業家たちの姿が目に浮かんできます。才能を伸ばす教育の行き着いた果てが強欲な富裕層と重なってしまうのです。直接の因果関係とは無縁であっても、見逃せない課題解決に向けてどう立ち上がるか。悩まざるを得ません。(2025-4-1)

 

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