Monthly Archives: 11月 2024

【152】「米英愛」関係から見えてくる「日韓」━━林景一『アイルランドを知れば日本がわかる』を読む/11-6

 司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの『愛蘭土紀行』を読んでアイルランドという国に興味を持った。その本を携えて首都ダブリンに行ったのは2006年のこと。待ち受けていてくれたのは駐在大使の林景一さんだった。日愛友好関係に貢献された方を表彰する式典に、日本政府を代表(町村信孝外相の代理)して出席した━━というと大袈裟だが、ウソではない。石破茂氏らと共に防衛庁の省昇格に伴う課題調査のためドイツと英国を訪問した帰途に、ひとりロンドンから寄り道をした。当時の私は厚労副大臣だった。林さんの外交官人生の〝イロハのイロ〟としての米英両国。大使デビューはアイルランド。その任を終えて、この本を出版された。読むと、アイルランドを〝補助国〟にして、米英と日韓の関係を〝ロハ〟(只)で解説してもらった気がする━━というのは言葉遊びが過ぎようか。太平洋を真ん中にした地図では隠れている英愛両国が、大西洋を中心にして見直すと、目の前に現れる。と同時に、日本は視界から消える。そんな〝いびつな位置関係〟による〝ぼんやりした部分〟を鮮明に見せて貰った━━随分と得をした読後感を味わえる本である◆中学校の時に林さんは映画『大脱走』を観て、主題歌を口ずさんだ。その英語体験から話は始まる。以下、『風と共に去りぬ』『黄色いリボン』『タイタニック』『名犬リンチンチン』など懐かしい映画やドラマの話が続いてワクワクする。映画好きがかつて嵌まった物語の背後に、アイルランドの歴史が秘められていたことが分かってドキドキもする。西部開拓史にも南北戦争にもアイリッシュが深く関わっているうえ、現代の野球やボクシングなどスポーツや美術、文学など芸術の分野でも活躍する人たちが数多い。アイルランドから累計700万人もの移民がアメリカに渡り、現在4000万人ものアイリッシュ系アメリカ人がいるとのこと。ケネディ、ニクソン、レーガン、クリントン氏ら大統領経験者たちも20人ほどに達するとは驚く。英国から新天地を求めた人々によって米国は建国されたと、単純に考えていた者にとって、アイルランドの役割は〝新発見〟だが、カトリックとプロテスタントの違いなどキリスト教を軸に的確に腑分けする著者の記述は実に分かりやすく面白い◆そして舞台は英国へ。「最も近く〝最も憎い国〟」との位置付けは、今もなお火種が燻る「北アイルランド」問題を持ち出すまでもない。だが、林さんが大使在任中にこの問題は政治的には「大団円」を迎えた。両宗派のトップを首班とする自治政府が成立した。この本の執筆時点で残っていたエリザベス女王のアイルランド国訪問も、「早晩実現する」との著者の予測通り、3年後に実現したのである。「ケルト」神話に始まる古きアイルランドの歴史を紐解き、英国による侵略、植民地化、併呑の流れを描く。「一方の英雄、守護神はもう一方の極悪人」と聞くと、直ちに日韓の関係に思いが浮かぼう。矢内原忠雄(元東大総長)の「英愛」と「日韓」の関係史を比較した論考に遡った上での著者の見立ては興味深い。「英愛和解」への5つの視点のうち、「(両国が)歴史的わだかまりのマグマを北アイルランド和平構築への協同というエネルギーに変えていった」ことの効果が高く評価される。その過程でアイルランドの「英国憎悪」の必要性が消滅し、それが和解を容易にした、と◆最終章では、彼の国を「姿見」として、日本が己がふりをただす試みに挑む。以下、日愛比較の私見を示したい。「人間以外に資源がない」とのハンディを抱える日本とアイルランド。教育に力を入れようとする姿勢や移民・外国人に対する親切な接し方には共通点を感じるものの、「小国ゆえの『弱い者の見方』」という指摘には違和感が漂う。比べるには国の規模が違い過ぎるのかもしれない。日本では国民レベルでの「小国」との認識が客観的にはギャップがあり、自画像にズレが生じている。「中立国への固執」については、日本人にとっても見果てぬ夢。柄は大きいくせに未だひとり立ち出来ていない子どものような日本。小国であっても背筋の整った大人の国柄ぶりを発揮するアイルランド。私には無性に眩しく見える。(2024-11-6)

●他生のご縁 国会で、ダブリンで、東京界隈で幾たびも

 林景一さんとのお付き合いは長く、もう30年近くになります。衆院外務委員会に所属することが多かったので、条約局長、国際法局長だった林さんにはしばしばご指南を賜わったものです。そのつど優しく丁寧に深い蓄積を披露してくれました。

 アイルランドに滞在した2日間はめくるめくような時間の連続で、あの場所、この町へと案内いただきましたが、あらかた忘却の彼方に。残っているのは彼の心細やかな気配り、目配りの手触りの温かさです。

 ダブリンの大使館での式典で私は岡室美奈子早稲田大学教授(のちに坪内逍遥演劇博物館館長も兼務)を紹介されました。アイルランドが生み出した劇作家サミュエル・ベケット(ノーベル文学賞受賞者)を研究する女子学生だった頃に、司馬遼太郎さんと出会ったことが『愛蘭土紀行』に出てきます。林大使が取り持ってくれたご縁を大事して、その後も3人で懇談を重ねました。この集いのたびに私は〝司馬さんの影〟を見てしまいます。

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【151】古今東西に数多の実例━━山内昌之『嫉妬の世界史』を読む/11-1

 人間が他の人を嫉み(ねたみ)、妬く(やく)ことを「嫉妬」というのだが━━著者は他人が順調であり幸運であることをにくむ感情としている━━人間存在にとって実に厄介なものである。仏教の十界論では、地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界の4つを「四悪趣」との名称で、人間の陥り易い〝悪しき生命状態〟に括っており、嫉妬界というのはない。全くの私見だが、5番目の「人界」(6番目以降は、天界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界)に含み込まれているのではないかと勝手に思っている。それほど人間と、切っても切れない感情だからだ。その「嫉妬」にまつわる古今東西の様々なエピソードを集めた本が『嫉妬の世界史』である。著者はイスラム世界を中心に国際関係史に透徹する知を持つ。この本は同氏の世界史考察の流れの中から溢れでた、珠玉の逸話を集めたものといえよう。200頁足らずの小さな新書版だが、とても深くて重い内容に彩られており、実に面白くてためになる◆日本における具体例で注目すべきは、森鴎外である。夏目漱石と並ぶ明治期を代表する文人だが、同時に軍医でもあった。彼は生涯〝二足の草鞋〟を履き、「二刀流」の使い手だった。その彼が妬み妬まれたのは「医の世界」での人間関係が主だが、それは同時に「文の世界」との関わりを持っていた。著者は、軍医としての鴎外を人事を敏感に栄誉と屈辱を入り交わらせて感じ取るタイプと規定する。『舞姫』や『智慧袋』といった作品の中で、自身の鬱憤を晴らす表現を盛り込んだというのだから只事ではない。前者でライバルへの批判をあてこすり、後者では「よせばいいのに『自分は上司に認められず同輩にも受け入れられず、才能は自分よりも劣る者が上に立っている』とまでやってしまった」というのだ。当然ながら周りからは激しい攻撃の対象となった。著者は『鴎外漁史とは誰ぞ』との作品には「鴎外の不平不満と愚痴が渦巻いている」とまで明かす。ここまで「嫉妬」という感情に翻弄されながらも、文学において見事な地位を築き上げたのは立派というほかない。しばしば比較される漱石に、好感を抱いてきた私にホッとする思いが宿るのは自然な感情だろう◆一方、眼を外国の例に。ローマ皇帝の時代。「政治力、軍事力、大衆の支持も、他のすべてもあった」ポンペイウスは、それゆえ自信家であり、そのため、同輩の嫉妬に嵌まり込んだ。「偉大な個人」になれた可能性があったのに、実際になったのは「大器晩成型でプレイボーイ」のカエサルだった、と。しかし、そのカエサルも「嫉妬と反感のうずまくローマ政治の複雑さに足をからめとられて非業の死をとげた」。塩野七生の『ローマ人の物語』を巧みに引用しながら、「男の嫉妬の怖さ」を披瀝してやまない。他方、「独裁者の嫉妬」のトリオはスターリンと毛沢東と金日成。「平等思想の美名のもとで、人間の嫉妬を構造化し、密告や中傷を日常化する体制をつくりだした」「マルクス主義と共産主義の罪は深い」との記述のもと、この3つの国の3人の「独裁者の業」とでもいうべきものを暴いていく。この嫉妬史は、それぞれプーチン、習近平、金正恩へと今に続いており、山内さんだけでなく誰しもが続編を書けそうなのは怖い◆嫉妬は女の専売特許のようにかつて扱われた趣があったが、それこそ男の女への妬心というのは、ギャグか。人間関係だけでなく国家相互の嫉妬にも著者は目を向け、かのイラクのサダム・フセインのクウエート侵略を挙げる。隣国の豊富な石油埋蔵量に嫉妬した挙句だ、と。朝鮮半島でも貧困の「北」が「南」の繁栄を妬む構図は誰でも思い浮かぶ。最後に「嫉妬されなかった男」に一章が割かれている。嫉妬続出の後にさわやかに顔を出すのは陸軍元帥・杉山元。彼は、陸軍大臣、参謀総長、教育総監という「陸軍三長官職をすべて経験した稀有な存在」でありながら、目立った嫉妬や反感を受けなかった。そのわけを山内さんは、定見がないように見える「茫洋とした態度」をとりながら、「緻密な計算の上に立つ保身術」を身につけ、「勝負に出るときは度胸もあった」からだという。「粘り強くハラを見せない」タイプなのだ。最後に登場するのは、徳川三代将軍家光の庶弟・保科正之。この人物が日本史の裏面でひっそりとだが燦然と輝く位置を占めていることはつとに有名だ。その大きな理由として「嘘をつかない政治家」だからという。「気性がまっすぐな人間に嫉妬する同僚は少ない」とのことだが、昨今の政治の世界で見出し難いように思われるのは恥ずかしい限りである。(2024-11-1)

●他生のご縁 名通訳者から紹介され、一夜懇談

 私が厚生労働省で仕事をした僅か一年ほどの間に、米国、ニュージーランド、ベトナム、英国、ドイツ、アイルランドと旅をする機会に恵まれました。そのうちベトナムは国際会議への出席でもあり、なうての英語の達人がサポートしてくれました。著名な英語通訳者の田中祥子さんです。

 この人に紹介していただいたのが山内昌之氏でした。中東を話題にしたことから同氏が田中さんとも大変親しい仲だとわかり、3人で夕食を共にすることになったのです。世界各国のお国事情から大相撲の話まで、世界を跨ぐ話題であっという間の数時間でした。昨年よりの横綱審議会委員長も宜なるかなと思ったしだい。

 

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