民族の差異ではなく、居住環境が大方を決すーJ・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』を読む

1万3000年にわたる人類史の謎を解いたとてつもなく凄い本だよ、って薦めてくれたのは高校同期の笑医塾塾長の高柳和江。ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』である。彼女のおすすめなら、と素直に読んで随分と日が経つ。天邪鬼な私は、それよりもユヴァル・N・ハラリの『サピエンス全史』の方が面白いと言って逆に勧めた(既に去年9月にこの欄で紹介済み)ものであるが、彼女には無視された。後者は、わたし的には最後に仏教の価値を認めたくだりが気に入ったからだ。前者の方は、皆が抱く「謎」を提起したうえで鮮やかに解いてくれ、これはこれで大いにためになる。読みやすさ抜群ゆえ、倉骨彰さんという訳者の腕が凄いと思っているが、同じJ・ダイアモンドによる『文明崩壊』を読み出している今、これも分かりやすい。訳は楡井浩一さんとあって、別人。となると、訳者もさることながら著者本人の文章力ゆえだろうと思うことにしている■文庫上下二巻で合わせて800頁にも及ぶ大著。著者の言わんとするところは明解。なぜ世界は富と権力が歪な形で存在しているのか。地球上それぞれの大陸で異なる歴史をたどってきたのはなぜか。この疑問に著者は、ズバリ「歴史は民族によって異なる経路をたどったが、それは居住環境の差異によるものであって、民族間の生物学的な差異によるものではない」と解く。ニューギニアでヤリという人の問いかけを受けて、25年の歳月をかけて、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学などの広範多岐にわたる最新の知見を縦横に駆使して解き明かした謎解きを披瀝したのがこの書物である。銃器や金属器技術などに加えて、病原菌の存在が居住環境を左右したので、民族の優劣によるものではないとの結論は、人類の今と未来を優しく照らし出す■私の学生時代にあって、仲間うちが集まると議論したテーマは、社会革命が先か人間革命が先か、であった。マルクス主義による社会主義革命が一世風靡をした時代。東大で、京大で、日大で、明大で、早稲田で、そしてあの慶応までもが学生運動の戦場となった。そんな折に、社会革命をしたところで、所詮は攻守逆転するのみ。根源的には人間存在の変革しか近道はないとの論法で、ひたすら仏法の研鑽とその理解者の拡大に走ったものであった。その際に、人間は環境によって左右されるものではあるが、主体そのものが過去世からの原因が素になって今があるのだから、元々持って生まれた宿命を転換せずして、環境だけを変えたところで、十全たりえないなどと言った議論を展開したものである。尤も、環境の人間に与える影響少なからず、結局は渾然一体となって互いに関連しあっているというところに真実はあるものと思われる■一転、人間を文明に置き換え、社会環境を自然環境に代替した視点から「文明の興廃と自然環境」といった問題を取り上げて論じたのがこの本である。従来、文明の流転は人種、民族のなせるわざだとの論調が主であった。生物学的な差異が歴史的差異を生み出したとの議論である。この立場からすると、この本での問題提起そのものが❶一民族の他民族の支配の正当化❷ヨーロッパ中心の歴史観の肯定❸文明の進歩への誤解ーを生み出すものとして、反対意見にさらされると著者は述べている。ここでの著者のスタンスは、人種、民族の優劣を論じたり、ヨーロッパ文明の優位を肯定する態度から、進化を促すといったものではない。人類史を眺めたときに、浮かび上がってくる事実をつぶさに書き記すことで、ありのままの実態を見ようということだ。それは「複数の環境的要因を同定し、それについて述べているにすぎない」し、「こうした要因をはっきりさせることによって、まだ解き明かされていない謎の重要性を認識することができる」としている。こう見てくると、人類史の探究はようやく緒についたばかりだともいえる。そうさせた著者の努力の所産は限りなく大きい。(2018-9-17)

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