自覚したものが立ち上がれー江崎禎英『社会は変えられる』を読む

前回、森嶋通夫さんの約20年前の本を通じて、いかにその後の日本が没落過程に入ってるかを改めて知った。見事な分析とその的中ぶりには恐れ入るしかなかった。戦後生まれの最先端を走って来た私としては、団塊の世代及び、その前に位置する人間の責任を痛感せざるを得ない。戦前世代の労苦とその所産を引き継ぎ損なって、「アリとキリギリス」の喩えに見るような体たらくを現出させた罪は大きい。この点に関し、昨年末に、首都圏に住む私の甥っ子たちとの懇親会の場でも大いに感じさせられることがあった▼40代半ばの薬科大学准教授と30代後半のIT関連起業者の二人は口を揃えて、今の日本には愛想を尽かす他ないという。彼らの世代にとって明日に抱く希望が感じられず、誇りを持てず、どこか異国の地に行きたいとさえ口にして憚らない。その際に話題になった本が『社会は変えられる』であった。この著者は経産省の役人。「か」の疑問符つきでなく、「る」と言い切ってるところがこぎみいい。日本の社会保障の明日なき厳しい実態に触れたあと、処方箋とご自身の現実の闘いぶりを描いていて味わい深い▼著者は、経産省から岐阜県庁に出向した時代に二つの大きな仕事に携わった。一つは、外国人労働者問題。もう一つは、福島原発事故の被災者対応問題。前者は、同県に住む日系ブラジル人たちがリーマンショック時の生活苦から、帰国を希望する者が続出したことから起きたそれへの支援を巡っての戦いである。ドラマチックな展開は手に汗握る。後者は、被災者支援を手探りで行った際の体験である。 受け入れ住宅施設に浴槽がないことがわかって、急遽長良川温泉への受け入れを実現するまでの苦闘。その努力に心打たれる▼そして再生医療をめぐる法制度の改革についての地道で粘り強い努力にも頭が下がる。尤も、途中経過における厚労省と経産省の対立を巡っては、悪玉、善玉風の描き方が少々ステロタイプに映るが。だが、結果として、この分野では世界最先端の法制度を持つ国との評価を得ているとあっては、細かいこととして目をつぶろう。著者は結論として、「日本が世界が憧れる素晴らしい国として、次の世代に引き継ぐための取り組みを今から始めましょう」と訴えている。高級官僚をめぐるマイナスの話題が多い中で爽やかな印象を受けるいい本である。平坦な道ではないが、その必要を自覚した者から立ち上がる他ない。(2019-1-10)

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