Monthly Archives: 4月 2016

血液をきれいにし、流れをよくするためにー屋比久勝子『温熱生活のすすめ』

厚生労働省の仕事に携わったころから10年近くが経つ。この間実に様々な医療関係者や健康に深い関心を持つ人々との出会いがあった。中でもいわゆる代替医療の分野の方々とのお付き合いが少なくない。鍼灸、カイロプラクティックから始まって坑道ラドン浴、刺絡、漢方薬、笑いの効用に至るまで、実に多彩だ。いずれも人の免疫力を高めるものとして注目されている。そんな私がかねてお世話になった尊敬する知人から、新たに「琉球温熱療法」のことを聞いた。こうした一連のものには西洋医学への物足りなさが共通して存在している▼そんな中で屋比久勝子『温熱生活のすすめ』『体の温め方と栄養力』を読んだ。それぞれ「未病からガン・難病まで癒す」「病気にならない」といった形容詞がついている。屋比久さんは、元をただせばピアノ教師。それが何故に温熱療法の世界に入られたか。両手の親指が原因不明の病に冒されてからあらゆる治療にあけくれるうちに温熱療法に出会ったことが発端。そのうちに急性肺炎から血清肝炎などを併発。医師から脾臓摘出を勧められるに至る。が、それを拒否。むしろそこから自力で従来の温熱療法を改良、発展させ自身の健康を回復。やがて独自の「琉球温熱治療」を確立した。その執念たるや、凄いの一言に尽きる。この20年ほどの間に大きな成果を上げられており、免疫学の権威・安保徹新潟大大学院教授をして「これだけホルミシスを研究している人に出会ったことはない」と言わしめるほどである▼琉球温熱療法は二段階から成り立つ。まず熱を発する温熱治療器(温灸器)を体にあてて注熱し、コリの原因になっている老廃物をほぐし、血流をよく」する。そのあと、「ラドン浴効果のあるベッドに横たわり、ドームに入る」ことで、全身を温めるというもの。そうやって血流を改善したうえで、質量ともにタンパク質を摂ることにこだわれというのが、その主張の基本である。以前にここでも取り上げた伊藤要子愛知医科大教授のHSP(ヒートショックプロテイン)を増やすことの重要性と共通することが興味深い▼さらに屋比久さんは、ひたすら卵の効用を説いてやまない。一般的に卵はコレステロールを高めるからほどほどにというのが”日本の食生活の常識”だが、彼女は「コレステロールの高い人ほど卵を食べてください」と真反対だ。その理由については実際に読んでいただきたいが、実に説得力がある。血液検査の読み取り方も病院で接触する医師の普通の見方とはかなり違う。「数値が正常でも油断は禁物」との指摘は、心と体にグサッと刺さってくる。これ以上の日本の医療費増を防ぐには統合医療に活路を開くしかない、という主張は目にするし、私も大筋賛同する。先日沖縄に足を運んで、屋比久さんと会い様々な教えを頂いたが、琉球温熱治療を実際に体で試してみて、改めてその意を強くした。(2016・4・24)

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なぜ戦争と宗教は深く結びつくのかー松岡幹夫『日蓮仏教の社会思想的展開』

親しい新聞記者から以前に訊かれたことが長く気になっていた。「日本近代史において日蓮仏教を信奉した人たちの中に、過激なナショナリストが多いのはどうしてでしょうか」との問いかけだ。確かに、田中智学、北一輝、石原莞爾らはその系譜の中に入る。日蓮大聖人の生涯は闘いの連続であり、革命的言辞に充ち溢れたその言動を曲解すると、時代性もあいまって結果として軍部日本との結びつきが強くなったということだろうか。適当にやり過ごしたことに割り切れなさを抱いてきた。ともあれここらを鋭く抉る書物を私は不幸にして知らなかったのである▼昨秋のことだったろうか。佐藤優氏と松岡幹夫さんの対談『創価学会を語る』を読み(すでに読書録で取り上げ済み)、松岡さんの著作一覧の中に、『日蓮仏教の社会思想的展開ー近代日本の宗教的イデオロギー』を発見した。松岡さんという人はかつて日蓮正宗の僧侶で、その後宗門を離脱し、日蓮仏教改革のリーダー的存在となった。創価大学を卒業した後、35歳の時に早大で修士号、東大で博士号を取得。創大時代の学友に公明党のホープ・遠山清彦代議士がいる。この本では「日蓮仏教とナショナリズム」の章で田中智学と北一輝、「日蓮仏教と戦争論」で石原莞爾と妹尾義郎、「日蓮仏教と共生思想」で牧口常三郎と宮沢賢治というように6人の思想家、軍人、教育者、作家らを取り上げて詳しく分析を試みている。永年の疑問を解く機会がやってきたとひそかにほくそ笑んだ▼博士論文がベースになったものだが、それでも各章ごとに末尾に「小結」なる”まとめ”が付加されており、その論述は理解しにくくはない。私がこの本を通じて刺激を受けたことは数多い。北一輝については古い友人で歴史家の故松本健一氏から得たものが多いが、宗教者としての松岡さんの「北一輝論」の方が焦点をつかみやすい。また、浄土真宗、親鸞との戦争との深い関わりも新たに知りえたところが少なくない。この書物が世に出て10年余りも経つだけに、もっと早く手にしたかったと悔やまれる。冒頭に掲げた問いかけの答えは、やはり日蓮大聖人の偉大な思想を表層だけしかとらえられなかった人たちの悲・喜劇ということだろう。大筋で予想通りである。そんな中で牧口先生のみが正鵠を得た日蓮理解に至ったということだと確信する▼尤も、松岡氏は冷静に「日蓮」を相対化している。その取り上げ方は、牧口先生を深く尊敬している身からすると、正直に云って胸痛む。創価学会との深い関係から我田引水になることを極力避けているのだろう。気になるところは多々ある。とりわけ「日蓮仏教の戦争イデオロギーは、日蓮信奉者たちの思想傾向の多様性と日蓮仏教の思想的多面性とによって聖戦論から反戦論まで幅広く展開された」のだが、「いずれの場合においても、宗教的信念からの人間の生存を第一に尊重するという思想性は見いだせなかった」というくだりなど、その最たるものだ。時代性や個人性に起因するのか、日蓮仏教の思想性によるのか。答えをだすには「平和主義やヒューマニズムを標榜する戦後の日蓮仏教についても考察する必要が出てくる」として「今後の課題に」しているが、当然だろう。戦後編の考察が待ち望まれる。(2016・4・7)

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