Monthly Archives: 12月 2017

名作の奥深さに打ちのめされるー漱石『三四郎』とドイル『バスカヴィル家の犬』を読む

この一年の我が読書録の締めくくりにあたって、テレビで観たことがきっかけとなって読んだ2冊の本を取り上げたい。一冊は夏目漱石『三四郎』、ご存じ漱石の代表作である。もう一冊はコナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』、これはご存じシャーロック・ホームズシリーズの最高傑作といわれる長編である。この二冊を挙げると、ハハーンと気づかれる人もいよう。この三か月ぐらいの間にBSで放映された『深読み読書会』で、扱われたものだから。漱石ものとホームズもの。共に私にとって”人生の伴走本”となってくれた本ではあるが、テレビに登場していた一流の読み手にかかると、全く違う世界が見えて来る。改めて自分の浅読みに打ちのめされる思いがした■まずは、ドイルの本から。私たちの世代は子どもの頃の読書といえば、専ら貸本屋さん。私の少年時代には神戸・塩屋の駅北口の真ん前の畳屋さんが貸本をおいていた(雑誌も売っていた)。勿論今はないが、当時はそこが私たちこどもの「宝の園」であった。私の読書遍歴はそこでの名探偵「シャーロックホームズの冒険」を齧ることから始まった。『まだらの紐』『踊る人形』『赤ひげ同盟』などはタイトルに懐かしさを感じるものの、この『バスカヴィル家の犬』には全く出会った記憶がない。ということで、BSでの放映を知って、ビデオに録ったままにして、本屋に走って本を購入してから、原作に挑戦してみた。9月放映の直後に、私は仕事絡みでジャカルタに赴いた。その飛行機の中で貪り読んだのだ。いわくありげな執事とその妻、脱獄囚、博物学者とその美しい妹などが登場する。魔の犬の伝説がある富豪のバスカヴィル家で、当主が死体で発見され、そばには巨大な犬の足跡が。そうくれば、死因が心臓発作によるものとは到底思えない。しかし、謎の人物が登場することで何だか目くらましにあってしまう。これは後でなーあんだという事にはなるのだが…。全体の印象としては私はかなり単純でつまらない作品に思えてならなかった■一方、漱石の『三四郎』は、学生時代に読んだ記憶がある。熊本から列車で上京する三四郎と同席した女性との絡みはよく覚えていた。途中下車して同じ宿に泊まる羽目になって、二人の夜具の間に敷布を巻いて境界線を措くくだりや「ストレイシープ」「偉大なる暗闇」などといった言葉には強い印象が残っていた。今回もビデオは見ないで、改めて漱石全集第5巻をやっとの思いでなんとか読み終えた。列車の窓から折り詰め弁当の空箱を捨てるところや、「人にみせべき」といった表現に出くわし、これは「みせるべき」との誤りではないか、といった明治の社会風潮や文豪の言葉遣いに大いに疑問を持つなど些末なことに拘ってしまった。この国の未来について「滅びるね」と言わせているところには、流石との感動を抱いたものの、総じての読後感はやはり今一わけの分からぬパッとせぬ青春小説だとの域を出なかった■というように本を読んでの読後感は二つとも冴えなかったのだが、テレビを観るとそこには全く別の世界が広がっていた。ホームズについては、この作品が書かれる8年前に当の本人を死なせてしまっており、改めて復活したものだということが分らないと、なかなか本質をつかみえない。テレビの「深読み」では、誰が真犯人なのかをめぐってあれこれと議論を展開していた。有栖川有栖、綾辻行人、島田雅彦氏といった面々が丁々発止と。結局犯人は登場人物以外なのだろう(ホームズの宿敵の大学教授)というところに落ち着くが、当方は判然としない。一方、漱石の方は、テレビでは美禰子の結婚相手は誰が一番合うかという観点から、小倉千加子、朝吹真理子、猪瀬直樹氏らがその見立てを競い合っていた。ここでは、登場人物の男たちが、美禰子という女に断られて傷つくことを恐れ、そろいもそろって無責任になっている様子は現代の状況に酷似しているとの捉え方が面白かった。漱石は当時の日本における女性という存在が掴まえ所のない不可思議なものとして、そのすべての作品で描いたとされるが、美禰子はそのトップバッターだったのだろう。ともあれ、「最初は良く分からない作品だったが、二度目で分かった」(有栖川)とか、「凄く難しい。つまらない作品だと最初は思った」(小倉)といった発言に出くわすとほっとした。尤もだからといって再び読もうという気にはならない。(2017・12・31)

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わからずとも受け入れることの大事さー佐藤愛子『九十歳。何がめでたい』を読む

 年末を迎えて今年も多くの友人知人からの「喪中はがき」を受け取った。今日現在、全部で25通。昨年交換した年賀状が250枚ほどだから、ほぼ1割の方に今年ご不幸があったことになる。このうち90歳を超えて亡くなった方は4人。長寿時代になったとはいえ、やはり90歳を超えることは中々稀だということだろう。今朝の新聞で今年のベストセラー第一位が佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』であることを知った。同じ新聞で知った私の好きな作家だった葉室麟さんは66歳で亡くなった。残念な限りだ。90までには程遠い。佐藤さんのこの本、だいぶ前に読み終えており、ここで取り上げるにはいささか気おくれがしていたが、多くの人が読んでいる事実を前に取り上げることにした。佐藤愛子さんは大正12年大阪生まれだからもう94歳か。甲南女子高卒業というから小池東京都知事の先輩にあたる。『戦いすんで日が暮れて』で直木賞をとったということでその存在を知って、『血脈』を人から勧められ、『晩鐘』を本屋で手にしたが、結局何も読まずに初めて読んだのがこの本。正直言って年寄りのユーモアあふれるエッセイ集としか読めなかった。恐らくこの本が今年のベストセラートップになったというのはひとえにタイトルのせいだろう。間違いなく連載を掲載した「女性セブン」の発刊元小学館が考えたのだろうと思っていたらあにはからんや、ご本人の閃めきからでたものだとか。何もすることがなくご飯を食べるのも面倒くさく、娘さんやお孫さんにも喋る気がしなくてただムッと坐ってるだけの「老人性うつ病」になっていた時に、連載の依頼を受け、隔週を条件に引き受けたと言う▼「ヤケクソが籠った」というタイトルのお蔭で90歳を優に超えてこれだけ売れると言うのは、ただ者ではない。佐藤さんは、さる8月から9月にかけて朝日新聞夕刊に15回にわたって『語る 人生の贈り物』を連載していた。中でも「私の人生はつくづく怒涛の年月だった」との書き出しで始まる最終回は、読みごたえがあった。二回めの結婚相手との壮絶な日常から離婚への経緯をもとに、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めた。小説で書くことで元夫の変貌を理解しようと考えたという。「人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる」と思って書いたのだが、何もわからなかった、と。だが、いくらかわかったことは、「理解しようとする必要はない、ただ黙って『受け入れる』、それでいい」ということだったという。なかなか含蓄に富んだ言葉だと妙に感心したものである。今回のエッセイ集には、こういった小うるさいことが書いてあるのかと思って読んだ自分が可哀想に思えた。それほど他愛無い老いの日常、年寄りの怒りが面白おかしく書いてあるだけ。なぜこの本を私自身は黙って受け入れることができないのか。それにしても66歳という若さで逝ってしまった葉室麟さんに想いは募る。50歳を超えて本格的に小説家として出発したこの人は常日頃「残された日は多くない」といってせっせと執筆に励んでいたという。わたし的には黒田官兵衛をしてキリスト教国家を目指した人物として描いた『風渡る』『風の軍師』が最も印象深く、好きだ。もっともっと生きて色々と書いてほしかった。また、つい先日82歳で亡くなった私のかけがえのない先輩は小説を書くことが夢だったのに、その願いをついに果たせなかった。十二分に人生における仕事をされたことはその死を悼む各紙の「評伝」の充実さで分るが、ご本人はこれからが本番だと密かに小説の構想を練っておられたはず。こう追うだけでも「90歳、これほどめでたいことはない」ものと思われる。(2017・12・24)

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赤穂浪士たちの異常なまでの親愛感ー野口武彦『花の忠臣蔵』を読む

先日遠来の友たちと共に相生の天下台山(てんがだいさん)へ登った。標高321.4mの山ではあるが頂上からの眺めは、瀬戸内から播州平野をぐるっと一望できる絶品だった。長きにわたって西播磨を歩き回ってきたがこんな近くにこのような素晴らしい山があるなんて知らなかった。案内してくれたのは中学同期の友人だが、鎌倉に住む榎田竜路(アースボイス代表。北京電影学院客員教授)とそのアシスタントの女性(沖縄在住)も同行した。山を下りてから、赤穂へ行くことも今回の小旅行の目的であった。榎田さんは地域振興のために、2分間の映像を受講生に作らせるという手法をひっさげて、全国を渡り歩く内閣府地域活性化伝導師である。この日は彼が兵庫県市川町での半年間の講座を終えた翌日だった。ひと仕事を終えた彼を癒すために私が企画した。赤穂では大石神社に行き、神社の門前に立つ47士たちの石像を観たが、山の眺望に加えて再び友の感激は絶頂に達した。車中で赤穂という町の説明をしたのだが、随行の女性は赤穂浪士たちのことについて十分には知らないという。このため私がつい先日読み終えた野口武彦『花の忠臣蔵』を基に、赤穂浪士たちのことを熱く語った▼これまで数多の忠臣蔵ものを読んできたが、この本はまた違った趣きを持つ。47士に深く寄り添う形でかの時代を描く。例えば将軍綱吉の「生類憐みの令」を間喜兵衛がどう見ていたか。その手紙の中で「法刑が過酷すぎるということは『人性の病い』と申すもの。(中略)天下をお治めになることはできても、ご当人の心はお治めになれないということ」のくだり。時の将軍を地方の一武士がどう見ていたか改めて良く分かる。「心の師となるとも心を師とせざれ」との先哲の言葉を戒めにしている我々からして、思わず共感してしまう。また、浅野内匠頭という主君と従者たちの関係を描くエピソードが面白い。武林唯七の月代を剃ったときのこと。頭の皮膚を湯で湿すのを忘れたり、剃刀の柄が緩んでしまったのを殿様の頭で柄をすげたりしてしまった。主君は立腹はしたが、あまりの粗忽ぶりにおかしくて笑いだしてしまい、別段の御咎めはなかったという。こうした主従関係を通じて、いかに内匠頭が皆から愛されていたかを描き出す。「個性はそれぞれまちまちだが、共通しているのはみんな内匠頭が好きだったことだ」から続く数行は、忠臣蔵の本質を抉り出して尽きない。大いなることの成就には中心者への深い信頼と愛が必要だということを思い知らされた▶赤穂浪士たちの石像を観ながら、それぞれが極めて強烈な個性の持ち主だったことを改めて思った。そしてそういう人たちを郷土の大先輩に持ったわが身の誇らしさを。こういったことを口にするところがいかにも我ながら政治家臭い。恥ずかしながら、そう思ってしまう。昨今、あまりにもだらしのないふしだらな政治家の実態の一端が明らかになったり、職業倫理のかけらもうかがえないような企業人の不始末を見聞きするにつけても、赤穂浪士たちの壮絶なまでの立ち居振る舞いが眩いばかりだ。この本は今こそ読まれてしかるべきものかもしれない▼討ち入りのあとの当時予想されていた動きが克明にしるされているくだりも興味深い。吉良有縁の上杉家の報復を恐れる関係者たちの対応ぶりはいかにも臨場感をもって迫って来る。結局「上杉は来なかった」との叙述には改めて多くのことを知らされた。赤穂浪士たちの人間群像があらゆる角度から描かれていて興味は尽きないが、彼らが残した辞世の句には当然ながら心撃つものが多い。堀部弥兵衛の「雪晴れて思ひを遂ぐる朝(あした)かな」には、達成感が雪の白さと晴れ渡った空気のなかに凝縮されていて心地よく響く。吉田忠左衛門の「君がため思ひぞ積もる白雪を散らすは今朝の峯の松風」も、松の枝から雪が音を立てて落ちるさまが眼に浮かび耳に聞こえてくるようだ。忠臣蔵、赤穂義士の物語も「諸説紛々、異説あり」の世界だろうが、こうした”ものがたり”をわがことのように語れる播州人はまことに幸せである。(2017・12・21)

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目くるめく音の世界を解きほぐすー読売日本交響楽団編『オーケストラ解体新書』を読む

『オーケストラ解体新書』ーこの本の表紙は実にいい。読売日本交響楽団(読響)の構成メンバー90人全員の笑顔輝く写真が素晴らしい。弾ける音色が聞こえて来るかのように。表紙の左右に折り込まれている部分をすべて開けてみると、普段は見えないところにいる人々も笑っている(二三人の例外を除いて)。オーケストラの演奏では楽団員の笑顔はあまりお目にかからない。いつも真面目そのものの真剣な顔ばかりの印象が濃いだけにより一層惹きつけられる。巻末のインタビューで読響常任指揮者のシルヴァン・カンブルランが「もっと笑顔で弾いてほしい。楽器を弾くことに集中するだけでなく、もっと体全体で音楽をやってほしい」と楽団員に具体的な注文を付けているのに我が意を得た思いだ▼この本の中心的編著者の飯田政之さん(読響事務局長を経て現在は福岡放送取締役)とは彼が読売新聞政治部時代に知り合った。鹿児島県出身(鶴丸高、東大卒)で今もなお剣道をこよなく愛し、ヴァイオリンの名奏者でもある。現役時代に広報局長をしていた私はあまたの各紙・各局の新聞・放送記者と付き合ったが、衆議院議員会館に付設されていた卓球場で汗を流したのは彼の他にはあまりいない。それくらい親しい間柄で、幾度となく議論を交わしたが、かくほどまでに音楽に造詣が深かったとは知らなかった。若き日より培った薀蓄を背景に縦横無尽の才を発揮して、目くるめく音の発現体を解きほぐしている。先日、日本カイロプラクターズ協会の博多での催しに参加した際、彼と久方ぶりに顔を合わせ、美味しい肴を前に痛飲しつつ語り合った。ペンと剣の使い手が、音楽の世界から映像の世界へと更に飛翔されようとする姿に感じ入ったものである▼なんといっても、第一章「一期一会の音楽を作る」に魅了された。ユーリ・テルミカーノフから、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、シルヴァン・カンブルランに至る読響の指揮棒を振った人たちを紹介するタッチは私のような音楽の世界の門外漢の胸にも迫りくるものがある。口絵で紹介された彼らの雄姿を目で追いながら読響の華麗なる歴史を思いやった。この章には3本のコラムが披露されているが、鬼才たちの日常がしのばれて微笑ましくさえある。後半第6章に掲載された「日本のオーケストラの課題を語る」という大学教授、作曲家、指揮者らの鼎談は、色々と考えさせられる。オーケストラの世界は圧倒的に西洋優位だとの思い込みを再考させてくれるくだりに特に惹きつけられた。「オーケストラ音楽を『退化』、『様式化』させていく方が、もしかすると日本文化の国際的歴史的役割かもしれないんですよ(笑)」との作曲家・西村朗の発言は、私としては、(笑)の部分を消し去りたいとの思いに駆られた▶先年ある新聞論考で、音楽こそ世界平和へのカギを握る芸術媒体だとの指摘があり深い感銘を受けた。言葉の障壁を越えて、宗教や思想の相違を乗り越えて、音楽は人間存在を基底部でつなぐものだと私も思う。もっともっとオーケストラによる本格的な音の饗宴が日常生活に入って来ると世の中は幸せになるに違いない。学問としての音楽が苦手だった私はピアノ弾きの女性を妻にした。合唱、斉唱を耳にするたびに、多数の人間が声を合わせることの神々しいまでの素晴らしさを感じてきた。また、少ない経験ながらオーケストラの魅力も聞きかじってきた。この本はそうした音の世界を作り出す側の仕組みを解き明かしてくれる稀有な本である。大概の芸術は眼で分るものだが、音楽ばかりは眼で見えない。それを文字であらわす難しい試みに挑んだ人たちの勇気を推奨したい。(2017・12・3)

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