(211)腰痛にはカイロが一番?ーS・シン&E・エルンスト『代替医療のトリック』を読む

私は実は38年間にわたっての腰痛持ちだった。22歳から60歳の年まで。この間は年がら年中腰がじくじくと痛く、特に朝の寝起きはつらかった。原因は社会人になったばかりの時に、スティール製の大きな机を一人で持ち上げたとたんギクッと来た。いわゆるぎっくり腰だ。整形外科にかかったのだが、治る気配は全くなかった。ありとあらゆる治療を試みたが、満足できなかった。それが、還暦を迎えた頃から古希過ぎの今までの10数年間、完全に治った(勿論、腰に負担のかかるような無理をした時を除いて)との実感がある。どうしてか。一つは腹部を中心に痩せたこと(これは病気のせいだが)。二つはカイロプラクティック治療(以下、カイロ)が効いたこと。三つはストレッチ体操のお蔭だ。この何れが欠けても今の私の腰はないと自負している。ぎっくり腰から脱却出来たとの手応えならぬ腰ごたえを持ったのは厚生労働副大臣時代。省の建物の10階にある副大臣室までエレベーターを使わずに歩いて上がったものである▼カイロとの縁は、実はその時点まで、つまり厚生労働省の仕事をするまではなかった。それが縁が出来たのは、日本カイロプラクターズ協会から陳情を受けたことがきっかけ。日本において市民権がない団体をもっと引き上げてほしいという意味の要請だった。私は、自分の腰の実情を話し、これが治るようなら尽力したいといった。全く嘘のような話だが、この時にきた村上佳弘事務局長がそれから数回にわたって治療を施してくれた結果、前述したようなことになったのである。ということから、この10年あまりカイロ愛好家になり、あれこれと支援もしてきた。近く、私の電子書籍『早わかり10問10答シリーズ』の第三弾として『腰痛にはカイロが一番』(既刊は、『みんな知らない低線量放射線のパワー』と『クマと森から日本が見える』)を発刊する準備もしている。まさにそんな折も折、畏友・志村勝之(カリスマ臨床心理士)から本が送られてきた。サイモン・シン&エツァート・エルンスト(青木薫訳)『代替医療のトリック』である▼この本の著者は、科学ジャーナリストと代替医療分野の大学教授。鍼、ホメオパシー、カイロ、ハーブの4分野を主に取り上げ、そのトリック性を暴いている。最も私の関心が高い「カイロプラクティックの真実」なる章を中心にざっと目を通した。カイロ治療とは、脊椎を構成する椎骨のズレを手技でただすこと。米国発の治療法だ。日本でも治療院は数多いが、誤解も数多い。多くは、首をギクッと回されて却っておかしくなったといった類いのトラブルから起こっている。この本を読むまで米国の実態は知らなかったが、さすが本場。実にあれこれと実例が示されている。創始者ダニエル・デーヴィッド・パーマーやその後継者たちの特異な個性もあって、当初はあらゆ病気に効く「哲学、科学、芸術である」とされてきた歴史を持つ。通常の医療関係者からこの辺りは殆ど狂気の沙汰と見られてきたのである。著者らが「科学的根拠によれば、腰痛に直接かかわる問題を別にすれば、カイロプラクターの治療を受けるのは賢明ではない」としているのは、ある意味当然のことに違いない。わざわざ「注意してほしいこと」として、カイロへの6項目の警告を発している。最後の「腰痛でカイロプラクターにかかる前に、通常医療を試してみよう」とのくだりには思わず笑ってしまう。「そうだよ。通常医療でダメだからカイロに来たんだから」と▼ここでいう通常医療とは科学的医療と言い換えていいだろう。それに対して擬似科学的医療とでもいうべきものがカイロなどの代替医療だ。臨床心理士の志村氏は、医療にはこれらに加えて物語的医療がある、と3分類化している。こころに関する代替医療をして、彼はそう規定するのだが流石に言いえて妙である。この分野でも鬱(うつ)を始めとする心の悩みを持つ人々が後を絶たない。いわゆる神経内科医たちが十全たる役割を果たしていないだけに。ところで、朝日新聞の書評(2010・3・21付け)で、広井良典千葉大教授が、通常医療にも「有効性が厳密に確証されていない療法が多い」とする一方、「心身相関や慢性疾患等の発生メカニズムの複雑性を考えた場合、著者らのいうような検証方法は限界を有する」とまで述べており興味深い。「現代医療論」として読む場合、「本書の議論にはやや表層的な物足りなさが残る」としているのには、ちょっぴり溜飲が下がる思いがする。広井氏は最後に、本書の議論を契機にそもそも「病気」「科学」「治療」とは何かといった現代医療をめぐる根本的な問いの掘り下げを、と求めている。この終り方はいささか定番だと思うのは酷だろうか。
(2017・5・28)

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