(221)『チーム・バチスタ』いらいの凄い医療ミステリーー岩木一麻『がん消滅の罠』を読む

厚生労働省の官僚が登場する医療ミステリーと云えば、海堂尊『チーム・バチスタの栄光』。あの小説が出たばかりの頃、海堂さんと講演会でお会いして、名乗ったところ、「読書録に取り上げていただき、有難う。感謝します」との言葉を賜った。厚労省の仲間にも面白いと薦めまくった。懐かしい思い出だ。それ以来の今再びの感動を伴う本を読んだ。岩木一麻『がん消滅の罠 完全寛解の謎』である。ここでも患者のひとりが厚労省の役人。尊敬する先輩の元郵政大臣から勧められて一気に読み終えた。確かに引き摺り込まれる。この著者、今は医療関係出版社に勤務しており、医師ではないが、医療研究者だった。医師不足が取り沙汰される今日、人材流出がちょっぴり心配にされるというのは、オーバーだろうか▼この役人を含む4人が立て続けにがんで余命いくばくもないと宣告されながら、保険の生前給付金を受け取った途端に、まるで魔法にかけられたように病巣が消えてしまう。「殺人」ならぬ「活人」といえる奇妙奇天烈な事件の連続。そこに、生活弱者層と富裕層の双方をターゲットにしたかのような謎の病院の登場。影の主人公である黒幕と思しき「先生」の復讐譚も絡んで……。「私、失敗しないんです」の名セリフを生み出した米倉涼子主演の人気テレビ番組『ドクターX』をも連想させるほどドラマティックな展開。前半は人が死なないから、ある意味爽やかに読めるが、最終盤は一気に血も見る壮絶な展開を見せるなかで、謎解きは急展開。とりわけ最後の一行があっと言わせる大逆転。夏休みの読書計画に是非入れてみたら、とお勧めしたい▶褒め過ぎばかりでは能がない。かといって粗探しはもっと品がない。とはいうものの海堂さんのものに比べるとコクがないように感じられ、少々筋立てが粗っぽいかなあと思った。で、最後の解説を心待ちにして(人はどう読んだか、と気になって)捲ってみたら、第15回「このミステリーがすごい!」大賞の選考委員たちの選評が並べられていた。「前代未聞、史上最高のトリック!医療本格ミステリーの傑作登場!」「日本医学ミステリー史上三指に入る傑作」などと絶賛の見出しがずらり。その一方で、「もろもろの小説的な弱点は枝葉末節」とか「随所で専門的な説明に傾きがちなのも難か」「会話など小説的完成度に若干の不満が残るのは惜しまれる」などとケチも忘れられていない。著者にとって最も気になる励ましは「デビュー後が大変だと思うものの、書き続けることで実力をつけてほしい」との言葉だろう。余計なお世話だろうが▶私が厚生労働省に御厄介になっていた頃の事務次官は辻哲夫さん。歴代次官の中でも卓越した能力の持ち主だと思われる。この人と引退後も時々会っているが、「医療の道も含めて日本の諸課題解決に向けて、医師たちがどう活躍するかが日本の未来を決する」といって憚らない。金儲けに関心を持ちがちな開業医、ただ忙しいだけの勤務医。こういった医療現場の実情はともあれ、間違いなく日本の知的水準の最高位にある職業は医師だろう。それだけに、彼らが日本の最前線で課題解決に仁王立ちになってくれるようなインフラ整備をしたいし、してほしいとの意思を吐露される。すごいミステリー小説を読み終えて、むしろ解決多難な現実問題の謎解きが気にかかっかってならない。(2017・8・3)

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